第六章 仲間との出会い:獣人の少女
王都に戻った翌日、誠司はギルドの倉庫で荷物を整理していた。
東方面への配達が成功したことで、ギルドの評判は少しだけ上向いた。噂を聞いた人々が、新たな届け物を依頼しに来るようになった。まだ数は少ないが、確実に動きが出始めている。
「神崎」
ガルドが近づいてきた。
「報告がある」
「何だ」
「新しい配達員の候補がいる。会ってみてくれ」
「候補?」
「ああ。元配達員だ。二年前にギルドを辞めたが、お前の話を聞いて、復帰を考えているらしい」
誠司は興味を持った。
「どんな奴だ」
「獣人だ。犬系の。嗅覚が異常に鋭くて、届け先を探す能力に長けていた。だが——」
ガルドは言葉を切った。
「何かあったのか」
「ある。それは本人から聞いてくれ」
待ち合わせ場所は、ギルドの裏手にある小さな広場だった。
誠司が到着すると、すでに一人の少女が待っていた。
獣人。
耳が違う。犬のような三角形の耳が、頭の上にピンと立っている。髪は茶色で、短く切り揃えられている。尻尾も見える。ふさふさとした尾が、緊張で小刻みに揺れている。
「リナ、だな」
誠司は声をかけた。
少女——リナは、びくりと身体を震わせた。
「は、はい……リナです……」
年は十代半ばだろうか。目は茶色で、今は不安そうに誠司を見つめている。痩せた体格、薄汚れた服。ギルドを辞めてから、あまり良い生活をしていないようだ。
「座ってくれ」
誠司はベンチに腰を下ろした。
リナはおずおずと、少し離れた場所に座った。
「聞いたぞ。復帰を考えているって」
「……はい」
「なぜ辞めた」
リナの身体が、さらに強張った。
「それは……」
「言いたくないなら、無理に言わなくていい。だが、復帰するなら理由は知っておきたい」
沈黙が流れた。
リナは俯いたまま、しばらく何も言わなかった。やがて、小さな声で話し始めた。
「二年前……私は、配達中に滞留魔に襲われました……」
「滞留魔に?」
「はい。森の中で、大きな滞留魔に遭遇して……逃げることはできたんですけど、届け物を——落としてしまいました……」
リナの声が震えた。
「私の嗅覚は、届け先を探すのが得意なんです。でも、逃げることに必死で、荷物のことを忘れて……気づいた時には、もう手遅れで……」
「それで?」
「届け物は、滞留魔に飲み込まれました。そして——その届け物を待っていた人が、亡くなりました」
誠司は黙って聞いていた。
「病気の薬だったんです。届いていれば、助かったかもしれない。でも、私が落としたせいで……届かなくて……その人は、薬を待ちながら死にました……」
涙が、リナの頬を伝った。
「私のせいです。私が、ちゃんと届けていれば……あの人は、死なずに済んだのに……」
「違う」
誠司は言った。
「え……?」
「お前のせいじゃない」
リナは顔を上げた。涙で濡れた目が、誠司を見つめている。
「俺も、届けられなかった荷物は山ほどある」
誠司は続けた。
「不在で持ち戻り、時間指定に間に合わず、誤配で取り返しがつかなくなったこともある。完璧な配達員なんていない。失敗は誰でもする」
「でも……人が死んだんです……」
「それでも、お前のせいじゃない」
誠司はリナの目を見つめた。
「滞留魔に襲われたのは、お前のせいじゃない。薬が届かなかったのは、この世界の状況が悪いからだ。お前は逃げた。それは正しい判断だ。荷物より命の方が大事だ」
リナは何も言えなかった。ただ、涙を流しながら誠司を見つめていた。
「届け物は届けるまでが仕事だ。届けられなかったら、次に届ければいい」
誠司は立ち上がった。
「過去は変えられない。でも、未来は変えられる。お前にはまだ、届けられる力がある。その力を、これから使えばいい」
「……本当に……いいんですか……」
「何が」
「私みたいな、失敗した配達員が……また届けても……」
「いい」
誠司は言い切った。
「俺たちは仲間だ。一緒に届けよう」
リナは——泣いた。
声を上げて、子供のように泣いた。
二年間抱えていた罪悪感が、少しだけ軽くなったように見えた。
リナが正式にギルドに復帰したのは、その三日後だった。
最初は緊張していたが、配達を重ねるうちに徐々に自信を取り戻していった。彼女の嗅覚は本物で、届け先の位置を匂いで特定できる。地図を見なくても、「こっちに人がいる」と感じ取れる。
「すごいな、その能力」
誠司は感心した。
「獣人の、犬系の特徴なんです」
リナは照れくさそうに言った。
「でも、誠司さんの『逆順積載』の方がすごいです。あんな技術、見たことありません」
「慣れればできる。教えてやる」
二人は一緒に配達に出るようになった。誠司がルートを組み、リナが届け先を探す。相性は抜群で、配達効率は格段に上がった。
「誠司さん」
ある日の配達中、リナが言った。
「私、ずっと思ってたんです」
「何を」
「配達員って、誰にも感謝されない仕事だなって。届いて当たり前、届かなければ怒られる。それが嫌で、辞めたいと思ったこともありました」
リナは続けた。
「でも、誠司さんと一緒に配達するようになって、少し考えが変わりました」
「どう変わった」
「感謝されなくても、意味はあるんだなって」
リナは微笑んだ。
「届け物が届いた時の、受け取った人の顔。安心した顔、嬉しそうな顔、泣いている顔。その顔を見ると、届けて良かったって思えるんです」
誠司は何も言わなかった。
ただ、リナの言葉を噛み締めていた。
「誠司さんは、なぜ配達員になったんですか?」
「……それしかできなかったから」
「それだけですか?」
「ああ。最初は、それだけだった」
誠司は空を見上げた。
「でも、今は違う。届けることに意味があると分かった。だから——届け続ける」
リナは嬉しそうに尾を振った。
「私も、届け続けます。誠司さんと一緒に」
「ああ。一緒に届けよう」
二人は、次の配達先に向かって歩き出した。




