第五章 逆順積載、異世界で覚醒す
山を越えたのは、日が傾き始めた頃だった。
眼下に、東の街道が見える。魔王軍の検問は、まだ向こう側にある。山越えで迂回したことで、検問の裏側に出ることができた。
「やったわ……」
セレナが息を吐いた。
「魔王軍を避けて、東側に出られた」
「でも、まだ安心できません」
マルコが言った。
「ここから先にも、魔王軍がいるかもしれない。慎重に進まないと——」
「分かっている」
誠司は地図を確認した。
東方面の集落は、全部で五つ。それぞれに、届け物がある。一つずつ回っていけば、今日中にすべて届けることは不可能だ。だが——
「分担しよう」
誠司は言った。
「俺が北の二つ、セレナが南の二つ、マルコが中央の一つ。それぞれ単独で配達し、夕方までにここに戻る」
「単独で……?」
「時間がない。三人で固まって動いていては、日が暮れてしまう。単独行動の方が、効率がいい」
セレナは顔をしかめた。
「危険よ。魔王軍や滞留魔に遭遇したら——」
「逃げればいい。届け物を守りながら、逃げる。それが配達員の仕事だ」
誠司は荷物を分配した。
「これが北の二つ、計十五個。これが南の二つ、計十八個。これが中央、計十四個」
そして、自分の荷物を整理し直す。
「見ていてくれ」
誠司は言った。
「逆順積載——最後に届ける荷物を一番奥に、最初に届ける荷物を手前に積む。こうすれば、配達先で荷物を探す時間がゼロになる」
十五個の荷物を、素早く並べ替える。宛先、距離、地形、時間指定。すべてを計算に入れて、最適な順序を導き出す。
「北のリーベン村が最初。次がハイデン村。リーベン村への荷物は六個、ハイデン村への荷物は九個。リーベン村への六個を手前に、ハイデン村への九個を奥に」
さらに、それぞれの村の中での配達順も計算する。
「リーベン村の中では、入口に近い家から順に。一軒目のクラウス宛が最も手前、六軒目のヘルガ宛が六番目」
二分ほどで、積み込みが完了した。
「これで、配達先に着いたら荷物を取り出すだけでいい。探す必要はない。一秒も無駄にしない」
セレナとマルコは、呆然と見つめていた。
「すごい……」
マルコが呟いた。
「こんな技術、見たことない……」
「私たちも、やれるかしら……」
「やれる」
誠司は言った。
「難しくない。届け先を把握して、最短ルートを割り出して、その逆順で積むだけだ。慣れれば誰でもできる」
誠司はセレナの荷物を見た。
「セレナ、荷物を出してくれ。手伝う」
三十分後、三人の荷物が逆順積載で整理された。
「では、行こう」
誠司は言った。
「夕方五時にここに集合。それまでに、全員配達を完了させる」
「了解」
三人はそれぞれの方向に散った。
誠司が最初の村、リーベン村に着いたのは、午後二時過ぎだった。
小さな農村。二十軒ほどの家が、畑の中に点在している。人影は少ないが、まったくいないわけではない。子供たちが道で遊んでいて、老人が井戸で水を汲んでいる。
誠司は最初の届け先に向かった。
「こんにちは。配達です」
声をかけると、家の中から中年の男性が出てきた。
「配達? 配送ギルドから?」
「はい。クラウスさん宛の荷物です」
男性——クラウスは、信じられないという顔をした。
「嘘だろう……ギルドは壊滅したんじゃ……」
「まだあります。届け物を届けに来ました」
誠司は荷物を渡した。
クラウスは、震える手で包みを受け取った。中を開けると、そこには小さな薬瓶が入っていた。
「これは……母の薬……」
「送り主は、王都の薬師ハインリヒさんです」
「ハインリヒが……母のために……」
クラウスの目に、涙が浮かんだ。
「三ヶ月も待った。薬が届かなくて、母は毎日苦しんでいた。諦めかけていた。それが——届いた……」
配達完了。
誠司の身体を、温かい光が包んだ。配完の祝福だ。
「ありがとう……ありがとう……」
クラウスは何度も頭を下げた。
誠司は次の家に向かった。
二軒目。三軒目。四軒目。順調に配達が進む。逆順積載のおかげで、荷物を探す時間はゼロ。一軒あたりの所要時間が大幅に短縮された。
五軒目を終え、六軒目——最後の家に向かった時だった。
「待って」
後ろから、声がした。
振り返ると、若い女性が走ってくる。茶色の髪に、緑の目。どこかで見た顔——
「エリーゼ?」
「やっぱり、あなたね」
エリーゼが息を切らしながら言った。
「噂を聞いたの。配達員が東に来たって。まさかと思ったけど——」
「なぜ、ここに?」
「ミレーヌ村から来たの。おばあちゃんの人形が届いてから、少し状況が良くなって。それで、物資を買いにリーベン村まで……」
エリーゼは誠司を見つめた。
「本当に来たんだ。届け物を届けに」
「約束しただろ。もっと届けに来るって」
「うん……」
エリーゼは微笑んだ。
「ありがとう。配達勇者さん」
誠司は最後の家に向かった。
六軒目の配達を完了し、リーベン村を出発。次はハイデン村。時間は十分にある。
ハイデン村への道中、誠司は考えた。
配達の意味。
日本にいた時、そんなことを考える余裕はなかった。ただひたすら荷物を運び、数字を追い、クレームに怯え、パワハラに耐えていた。届け物を届けることに、意味があるのかどうか——考えたことすらなかった。
だが、この世界では違う。
届け物は想いの器。届けることで、想いが届く。配完の祝福が発生し、世界が少しだけ良くなる。
「届けることに意味がある、か……」
誠司は空を見上げた。
青い空。白い雲。日本で見るのとは違う、どこまでも澄んだ空。
「俺は——届け続ける」
その決意が、胸の奥で固まった。
ハイデン村での配達も、順調に終わった。
九軒すべてに届け物を届け、九回の配完の祝福が発生した。村人たちは泣いて喜び、誠司に感謝の言葉を述べた。
「三年ぶりだ……届け物が届いたのは……」
「ギルドは死んでいなかったんだな……」
「ありがとう、配達員さん……」
誠司は集合場所に戻った。
約束の夕方五時。セレナとマルコは、すでに到着していた。
「どうだった?」
「全部届けました」
マルコが興奮気味に言った。
「逆順積載、すごいです! 荷物を探す時間が全然かからなくて、いつもの半分以下の時間で配達できました!」
「私も同じよ」
セレナが頷いた。
「今まで、こんなに効率よく配達できたことはなかった。誠司、あなたの技術——本物だわ」
誠司は満足そうに頷いた。
「よし。全員の配達が完了した。帰るぞ」
三人は、来た道を戻り始めた。
山越えのルートは、すでに把握している。魔王軍の検問を避け、滞留魔のいない道を通り、王都へ戻る。
「今日一日で、四十七個の届け物を届けた」
誠司は言った。
「明日も、明後日も、これを続ける。滞留魔を減らし、配完の祝福を増やす。そうすれば——」
「世界は少しずつ良くなる」
セレナが続けた。
「ええ。それが、配達員の仕事だ」
三人は歩き続けた。
夕日が山の端に沈んでいく。オレンジ色の光が、三人の影を長く伸ばしている。
「誠司」
セレナが言った。
「あなたを信じて、良かったわ」
誠司は何も言わなかった。
ただ、前を向いて歩き続けた。
届け物は、まだ山のようにある。
明日も、届ける。
明後日も、届ける。
それが——配達勇者の仕事だ。




