第十四章 心揺らぐ誠司
黒田との再会から一週間が経った。
誠司は、いつも通り配達を続けていた。だが、心のどこかに——引っかかりがあった。
黒田の言葉。
「届け物なんて、届かなくていい。届いたって、誰も感謝しない。届ける側が損をするだけだ」
「俺たちは、使い潰されただけだ」
それは——真実だった。
少なくとも、日本では。
誠司も、使い潰された一人だった。毎日二百個以上の荷物を運び、クレームに耐え、パワハラに耐え、最後には過労で死んだ。感謝されることなど、ほとんどなかった。
「誠司さん?」
リナの声で、誠司は我に返った。
「あ、ああ。どうした」
「さっきから、ぼーっとしてます。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。少し考え事をしていた」
「何を考えてたんですか?」
「……配達の意味について」
リナは首を傾げた。
「配達の意味?」
「ああ。届けることに、意味があるのか——って」
「意味、ですか?」
リナは少し考えてから、言った。
「私は、意味があると思いますよ」
「なぜ」
「だって、届け物が届くと、みんな笑顔になるじゃないですか。配完の祝福が発生して、世界が少しだけ明るくなる。それって、意味があることだと思います」
「そうか……」
「誠司さんは、違うと思いますか?」
誠司は——答えられなかった。
日本では、そうではなかった。届けても、笑顔になる人は少なかった。感謝されることも少なかった。届けることに意味があるなど、信じられなかった。
だが、この世界では——
「分からない」
誠司は正直に言った。
「俺は、まだ——分からないんだ」
リナは心配そうな顔をした。
「誠司さん……」
「大丈夫だ。配達を続ける。分からなくても、届けることはできる」
誠司は荷物を背負い直した。
「行くぞ。次の配達先だ」
その日の配達を終えて、ギルドに戻ったのは夕方だった。
倉庫で荷物を整理していると、一人の少年が入ってきた。
十歳くらいだろうか。痩せた体格、ボロボロの服。目には——涙の跡があった。
「あの……」
少年はおずおずと言った。
「配達勇者さんって、ここにいますか……?」
誠司は振り返った。
「俺だ。何か用か」
少年の目が、希望に輝いた。
「本当に……配達勇者さんですか……!」
「そう呼ばれている。で、何の用だ」
少年は、懐から一通の手紙を取り出した。
「これを……届けてほしいんです」
「手紙?」
「はい。お母さんへの手紙です」
誠司は手紙を受け取った。
「届け先は?」
「……分かりません」
「分からない?」
少年の目に、再び涙が浮かんだ。
「お母さんは……魔王軍に連れ去られたんです。どこにいるか、分かりません。でも——」
少年は懇願するような目で誠司を見つめた。
「届けてほしいんです。お母さんに、この手紙を。お母さんは、俺が生きてることを知らないから……俺が待ってることを、伝えたいから……」
誠司は——黙っていた。
魔王軍の支配地域への配達。届け先も分からない。危険すぎる。普通に考えれば、断るべきだ。
だが——
少年の目。
あの目は、かつて誠司自身が持っていたものと同じだった。
届けてほしいという、切実な願い。
「分かった」
誠司は言った。
「届ける」
「本当ですか……!」
「ああ。必ず届ける」
少年の顔に、涙と笑顔が混じった。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
誠司は手紙を懐にしまった。
届けるべき届け物が、また一つ増えた。
その夜、誠司はギルドの屋上にいた。
手には、少年の手紙。封を開けることはできないが、その重さは——想いの重さだった。
「誠司」
声がして、振り返った。ガルドが立っていた。
「マルコから聞いた。魔王軍の支配地域へ、単独で行くそうだな」
「ああ」
「危険すぎる。止めはしないが——覚悟はあるのか」
誠司は手紙を見つめた。
「覚悟か……」
「ああ。魔王軍の本拠地に近い場所だ。見つかれば、殺されるかもしれない」
「分かっている」
「それでも、行くのか」
誠司は——少し考えてから、答えた。
「黒田に言われたんだ。『届け物なんて、届かなくていい』と」
「黒田?」
「魔王軍の軍師だ。あの男は、俺と同じ世界から転生してきた。そして——俺と同じように、配達員だった」
ガルドは黙って聞いていた。
「あの男の言葉が、ずっと頭に残っている。届けることに意味があるのか。感謝されないのに、危険を冒してまで届ける価値があるのか」
誠司は手紙を握りしめた。
「でも——この手紙を見て、思ったんだ。少年は、母親に想いを届けたい。それは、感謝されるかどうかとは関係ない。ただ、届けたい。それだけだ」
「届けたい、か」
「そうだ。届けることに意味がないなら——俺が意味を作る。少年の想いを、母親に届ける。それが、俺にできることだ」
ガルドは——笑った。
「お前らしい答えだな」
「そうか?」
「ああ。お前は、配達勇者だ。届けることが、お前の生き方だ」
ガルドは誠司の肩を叩いた。
「行ってこい。無事に帰ってこい」
「ああ。行ってくる」
誠司は夜空を見上げた。
星が瞬いている。
明日——魔王軍の支配地域へ向かう。
少年の手紙を、母親に届けるために。
翌朝、誠司はギルドを出発した。
仲間たちが見送りに来た。リナ、レオン、セレナ、マルコ、ガルド。そして、新しく加わった配達員たち。
「気をつけてね、誠司さん」
リナが言った。
「必ず帰ってきてください」
「ああ。帰ってくる」
「無茶はするなよ」
レオンが言った。
「一人で抱え込むな。俺たちは、仲間だ」
「分かっている」
誠司は——微笑んだ。
「行ってくる」
王都の門を出て、東へ向かう。
魔王軍の支配地域は、そこにある。
少年の母親が、そこにいる。
「届ける」
誠司は呟いた。
「必ず、届ける」
風が吹いていた。
東へ向かう風。
その風に乗って、誠司は歩き続けた。




