第十二章 再会
王都に戻ったのは、翌日の朝だった。
誠司は真っ直ぐにギルドに向かい、ガルドに報告した。黒田との遭遇、彼の正体、魔王軍での役割。すべてを話した。
「転生者か……」
ガルドは深刻な表情で言った。
「お前と同じ世界から来た人間が、敵側にいるとは」
「ああ。彼は俺のルートを読んでいた。ランダム選択でも、予測されていた」
「どうやって……」
「分からない。だが、彼は数字に強い。パターンを分析する能力がある。ランダムと言っても、選択肢に限りがあれば——」
「確率を絞り込めるということか」
「そうだ」
誠司は溜息をついた。
「対策が必要だ。彼の裏をかく方法を考えないと——」
「誠司」
ガルドが言った。
「少し、休め」
「は?」
「お前は疲れている。昨日の配達から帰ってきたばかりだろう。その状態で対策を考えても、良い案は出ない」
誠司は反論しようとしたが——やめた。
確かに、疲れていた。身体だけでなく、心も。黒田との再会は、想像以上に誠司を消耗させていた。
「分かった。少し休む」
部屋に戻り、ベッドに横になった。
目を閉じると、様々な記憶が蘇ってきた。
日本での日々。毎朝五時に起きて、二百個以上の荷物を運んでいた日々。不在票の山、クレームの電話、パワハラ上司の怒鳴り声。
そして——黒田。
彼は、最初から嫌な上司だったわけではなかった。
誠司が入社したばかりの頃、黒田はまだ現場のドライバーだった。真面目で、効率的で、誰よりも多くの荷物を届けていた。誠司は彼を尊敬していた。
だが、彼が管理職に昇進してから——変わった。
上からの圧力。数字への執着。部下への厳しさ。元々の真面目さが、歪んだ形で現れるようになった。
「お前の代わりなんていくらでもいる」
その言葉を、何度も聞いた。
最初は怒りを感じた。次に悲しみを感じた。そして最後には——何も感じなくなった。
「俺たちは、使い潰されただけだ」
黒田の言葉が、頭の中で繰り返される。
それは——本当なのかもしれない。
日本で、誠司は使い捨ての駒だった。いくら働いても評価されず、いくら届けても感謝されず、最後には過労で死んだ。
だが——
「届けることに意味がないなら、俺は意味を作る」
あの日、少年の手紙を届けた時に言った言葉。母子の再会を見た時に、感じた思い。
届けることには、意味がある。
少なくとも、この世界では。
「俺は——届け続ける」
誠司は目を開けた。
答えは、出ていた。
翌日、誠司は配達に出た。
目的地は、西の集落。片道六時間の行程だ。今回は一人ではなく、レオンが護衛としてついてきている。
「誠司」
道中、レオンが声をかけた。
「クロダのこと、考えているのか」
「ああ」
「何を考えている」
「彼を、どうすべきか——」
誠司は言いかけて、やめた。
「いや、それよりも——届けることを考えている」
「届けること?」
「そうだ。黒田が何をしようと、俺は届ける。それが、俺にできる唯一のことだ」
レオンは何も言わなかった。
しばらく歩いてから、彼は口を開いた。
「お前は、強いな」
「強い? 俺が?」
「ああ。俺なら、かつての上司が敵に回っていると知ったら——復讐を考える。だが、お前は違う。届けることだけを考えている」
「復讐か……」
誠司は考えた。
「考えなかったわけじゃない。黒田を許せないという気持ちは、まだある。でも——」
「でも?」
「復讐しても、何も届かない。黒田を倒しても、届けられなかった届け物は戻らない。それなら——新しい届け物を、届けた方がいい」
レオンは——笑った。
「やはり、お前は強い」
「そうか?」
「ああ。俺には、その境地はまだ遠い」
二人は、歩き続けた。
西の空が、夕焼けに染まり始めていた。
集落に着いたのは、日没直前だった。
十五件の届け物を、順番に配達していく。逆順積載のおかげで、荷物を探す時間はゼロ。日が完全に沈む前に、すべての配達を完了させた。
「これで終わりだ」
誠司は最後の届け物を渡しながら言った。
受取人は、老婆だった。彼女は包みを受け取り、中を開けた。そこには——古い写真が入っていた。
「これは……」
老婆の目に、涙が浮かんだ。
「息子の……最後の写真……」
「送り主は、王都の誰かだと聞いています」
「息子の友人だろう……息子が戦争で死んだ時に、一緒にいた男だ……」
老婆は写真を胸に抱いた。
「ありがとう……届けてくれて、ありがとう……」
配完の祝福が発生した。
温かい光が、老婆を包む。その顔には、安堵と悲しみと——そして、幸福の表情が浮かんでいた。
誠司は、その姿を見つめていた。
これが、届けるということ。
これが、想いを届けるということ。
「届けて、良かった」
誠司は呟いた。
「ああ」
レオンが頷いた。
「これが、俺たちの仕事だ」
二人は、帰路についた。
夜空には、星が輝いていた。




