第十一章 敵国の軍師
配達勇者の噂がさらに広まり始めた頃、魔王軍の動きも活発化した。
「報告です」
マルコが息を切らしながら駆け込んできた。
「東の街道で、また略奪部隊が出ました。今回は規模が大きい——三十人以上です」
「三十人……」
ガルドの顔が険しくなった。
「今までの倍以上だな」
「それだけじゃありません。彼らの動きが——変わっています」
「変わっている?」
「今までは闇雲に届け物を奪っていましたが、今回は違う。配達員の動きを完全に読んでいて、待ち伏せを仕掛けてきたそうです」
誠司の表情が変わった。
「待ち伏せ……ルートが漏れているのか?」
「分かりません。でも、偶然とは思えない精度です」
沈黙が流れた。
ガルドが口を開いた。
「軍師だな」
「軍師?」
「クロダだ。彼が配達ルートを分析して、最適な待ち伏せポイントを割り出している。そうでなければ、あそこまで正確には予測できない」
誠司は考えた。
クロダ——黒田。
彼は日本で、管理職だった。数字を分析し、効率を追求し、部下を追い詰めることに長けていた。その能力を、今は届け物を奪うために使っている。
「ルートを読まれているなら、対策は一つだ」
誠司が言った。
「ルートを完全にランダムにする」
「ランダム?」
「今までは効率を優先してルートを組んでいた。だから、パターンを分析されれば読まれる。だが、ランダムなら——」
「効率が落ちるぞ」
セレナが指摘した。
「ルートを最適化しなければ、配達時間が増える。一日に届けられる荷物の数が減る」
「分かっている。だが、奪われるよりはましだ」
誠司は地図を広げた。
「それに、完全なランダムにする必要はない。複数のルートパターンを用意して、毎日くじ引きで決める。パターンが複数あれば、予測は困難になる」
「なるほど……」
ガルドは考え込んだ。
「やってみる価値はあるな」
新しい配達システムが導入されてから三日後。
誠司は一人で、森の中を歩いていた。
今日の担当は、山向こうの村への配達。片道四時間の行程だ。ランダム選択で決まったルートは、いつもとは異なる迂回路。時間はかかるが、待ち伏せに遭う確率は低い——はずだった。
「……来たか」
誠司は足を止めた。
前方の木々の間から、黒い影が現れた。一人、二人、三人——十人以上の兵士が、誠司を取り囲んでいる。
「待ち伏せ、か」
誠司は周囲を見回した。
ランダムルートのはずなのに——なぜ。
「驚いているようだな」
声がした。
兵士たちの中から、一人の男が歩み出てきた。黒いローブ、深いフード。あの日、南エリアで見た姿と同じ。
「クロダ……」
「久しぶりだな、神崎」
男がフードを下ろした。
その顔を見た瞬間、誠司の全身が強張った。
黒田——間違いない。
四十代半ばの顔。鋭い目つき。薄い唇。あの世界で、何度も誠司を怒鳴りつけた顔。
「やはり、お前か」
誠司は言った。
「ああ。俺だ」
黒田は薄く笑った。
「驚いたか? 俺もこの世界に転生した。お前と同じようにな」
「なぜ、魔王軍にいる」
「なぜ?」
黒田は笑い声を上げた。
「決まっているだろう。届け物を止めるためだ」
「届け物を、止める……?」
「そうだ。俺はあの世界で悟ったんだ。届け物なんて、届かなくていい。届いたって、誰も感謝しない。届ける側が損をするだけだ」
黒田の目が、暗く光った。
「お前も経験しただろう? どれだけ届けても、クレームの嵐。どれだけ走っても、給料は上がらない。代わりなんていくらでもいると言われ、使い捨てにされる。俺たちは——使い潰されただけだ」
誠司は何も言えなかった。
黒田の言葉には——真実が含まれていた。
「この世界で、俺は選んだ。届ける側ではなく、止める側に回ることを。届け物が届かなくなれば、滞留魔が増える。滞留魔が増えれば、世界は混乱する。その混乱の中で——俺は力を手に入れた」
「力……」
「魔王軍は、俺を重用してくれる。作戦を立案し、勝利をもたらす。そのたびに、俺の地位は上がる。あの世界では、俺は管理職止まりだった。だが、この世界では——軍師だ」
黒田は両手を広げた。
「ここでは、俺は必要とされている。お前のような配達員を潰すことで、俺は価値を証明できる」
誠司は——怒りを感じなかった。
代わりに、悲しみを感じた。
「お前は……」
誠司は言った。
「本当は、届けたかったんじゃないのか」
黒田の顔が、一瞬だけ歪んだ。
「何だと」
「お前も、最初は配達員だっただろう。届け物を届けたくて、この仕事を始めたんだろう。それが——」
「黙れ」
黒田の声が、冷たく響いた。
「俺に説教するな。お前に何が分かる。俺がどれだけ——」
言葉が途切れた。
黒田は深呼吸をして、冷静さを取り戻した。
「……今日は、見逃してやる」
「え……?」
「お前を潰すのは、まだ早い。もっと追い詰めてから——絶望させてから、止めを刺す」
黒田はフードを被り直した。
「次に会う時は、容赦しない。覚悟しておけ」
兵士たちが、黒田と共に去っていく。
誠司は、その場に立ち尽くしていた。
黒田の言葉が、頭の中で繰り返されていた。
「届け物なんて、届かなくていい」
それは——誠司も、かつて思ったことだった。
日本で、毎日二百個以上の荷物を運んでいた頃。感謝されず、クレームを受け、パワハラに耐えていた頃。届けることに意味があるのか、分からなくなっていた頃。
だが、今は違う。
この世界では、届けることに意味がある。配完の祝福が証明している。届いた想いは、人々を幸せにする。
「俺は——届ける」
誠司は呟いた。
「何が来ても、届ける」
荷物を背負い直して、歩き出した。
村への配達は、まだ終わっていない。




