第十章 配達勇者の噂
王都の大配達から一ヶ月が経った。
配送ギルドは、目覚ましい成長を遂げていた。配達員の数は十五人から三十人に増え、依頼の数も倍以上になった。王宮からの信頼を得たことで、貴族や大商人からの依頼も舞い込むようになり、ギルドの財政は安定し始めた。
「配達勇者の噂、聞いたか?」
「ああ、どんな届け物も必ず届けるって男だろ」
「魔王軍の略奪部隊を撃退したとも聞いたぞ」
「すごいな……本当にそんな奴がいるのか」
街の至る所で、誠司の噂が囁かれていた。
「配達勇者」という呼び名は、いつの間にか定着していた。誠司自身は照れくさく思っていたが、仲間たちは誇らしげだった。
「誠司さん、また依頼が来ましたよ」
リナが駆け寄ってきた。尾がちぎれんばかりに振れている。
「今度は東の国境の村からです。片道三日の距離ですけど、どうしても届けてほしい手紙があるって」
「三日か……」
誠司は考えた。
「他の配達員は?」
「全員、手が埋まってます。でも、私が行きます! 誠司さんが教えてくれた逆順積載、ちゃんと使えるようになりましたし」
「一人で三日の旅は危険だ」
「大丈夫です。嗅覚で危険は察知できますから」
リナは胸を張った。
「誠司さんに教わったこと、全部覚えてます。届け物は届けるまでが仕事。届けられなかったら、次に届ければいい」
誠司は——笑った。
「分かった。頼むぞ」
「はい!」
リナは嬉しそうに飛び跳ねながら、準備に向かった。
その後ろ姿を見ながら、誠司は思った。
仲間が、成長している。
最初は自分一人で百個以上の荷物を運んでいた。今は三十人の配達員が、それぞれの担当エリアで届け物を届けている。逆順積載の技術も、全員が習得した。配達効率は格段に上がり、配完の祝福の発生回数も増えた。
だが——魔王軍も動いている。
「誠司」
ガルドが近づいてきた。
「話がある」
「何だ」
「偵察からの報告だ。魔王軍が、大規模な作戦を準備しているらしい」
誠司の表情が引き締まった。
「大規模な作戦?」
「ああ。詳細は不明だが、『配達勇者を潰せ』という指令が下ったとの情報がある」
「俺を、名指しで……」
「お前の存在が、魔王軍にとって脅威になっているということだ。それだけ、お前たちの活動が成果を上げている証拠でもある」
ガルドは誠司の肩に手を置いた。
「気をつけろ。敵は本気だ」
「ああ。分かっている」
誠司は窓の外を見た。
王都の街並みが広がっている。人々が行き交い、子供たちが遊び、商人が声を上げている。一ヶ月前より、確実に活気が戻っている。
それを守らなければならない。
届け物を届けることで、この世界を守らなければならない。
「俺は——届け続ける」
誠司は呟いた。
「何が来ても、届ける」
その日の夜、誠司はギルドの屋上にいた。
星を見上げながら、考えていた。
黒田のことを。
あの日、南エリアで撤退を命じた時の黒田。顔は見えなかったが、声は確かに聞き覚えがあった。あの、理不尽な叱責を繰り返していた上司の声。
なぜ、魔王軍にいるのか。
なぜ、届け物を奪う側に回っているのか。
そして——なぜ、俺を見逃したのか。
「誠司さん」
声がして、振り返った。レオンが立っていた。
「何をしている、こんな夜中に」
「考え事だ」
「何を考えている」
「……敵のことを」
レオンは隣に座った。
「敵? 魔王軍のことか」
「ああ。魔王軍の軍師——クロダという男のことを」
「クロダ……」
レオンの顔が曇った。
「噂は聞いている。優秀な軍師だと。彼の作戦で、多くの配達が妨害されてきた」
「そうだ」
誠司は空を見上げた。
「俺は、あの男を知っている」
「知っている?」
「前の世界で——日本という場所で、あの男は俺の上司だった」
レオンは驚いた顔をした。
「上司? お前の?」
「ああ。パワハラ上司と呼ばれる、ひどい男だった。部下を怒鳴り、責任を押し付け、追い詰める。俺も何度も——」
言葉が詰まった。
「あの男のせいで、俺は心を壊しかけた。何度も辞めようと思った。でも、他に行く場所がなくて——結局、あの世界で死んだ」
「誠司……」
「そして今、あの男は魔王軍にいる。届け物を奪い、人々の絆を断つ側に回っている。俺が届ける側に立っているのに、あの男は——奪う側に立っている」
誠司は拳を握りしめた。
「なぜだ。なぜ、あの男は——」
「分からん」
レオンが言った。
「だが、一つだけ言える」
「何だ」
「お前は、お前の道を行けばいい」
レオンは誠司を見つめた。
「お前がクロダを憎む気持ちは分かる。俺にも、かつて憎んでいた相手がいた。親友を見殺しにしたと自分を責め、その怒りを誰かにぶつけたかった」
「レオン……」
「だが、お前に言われたんだ。『届け物は届けるまでが仕事だ。届けられなかったら、次に届ければいい』と。その言葉で、俺は変われた」
レオンは立ち上がった。
「お前も、届ければいい。クロダが何者であろうと、お前は届け物を届ける。それが、お前の道だ」
誠司は——しばらく黙っていた。
やがて、小さく笑った。
「そうだな」
「そうだ」
「届ければいいんだ。俺は——配達勇者だから」
星が瞬いていた。
夜空に無数の光が広がっている。
まるで、届けられた想いのように——温かく、優しい光だった。




