に:逃げて/逃げないで
"逃げて"
"逃げて"
"逃げて"
切実な
囁く声に追い立てられて、彼女は走る。
"逃げて"
何から?
"逃げて……"
どこから?
"逃げて……!"
彼女は振り返る。誰もいない。
なのに、感じる視線。
誰の囁き?
何から逃げるの?
彼女は足を止める。
覆う影。
見上げた時には、もう手遅れ。
悲鳴も、絶望も飲み込んで――
私は目を覚ます。最近、いつも見る夢。
同じ所で始まって、同じ所で終わる。
逃げているのは私。それを、違う場所から見下ろしている私。
疲れてるのかな。こきこきと首を動かして、私は欠伸を一つ。
……嫌な夢。
"逃げないで……"
囁きが
直接頭の中に響く。
"逃げないで……"
座り込んだ
彼女は、耳を塞いで身を縮めてる。
"逃げないで……"
どこに居ても
彼女を震え上がらせる。
誰なの……?
彼女は半ベソで。
疲労困憊で。
精神的なダメージに打ち負かされて。
"逃げ、ないで……"
氷の様な声。
冷たく、背骨を掴まれる様に。
"にげ
やめて!!
彼女は叫ぶ。
――暗転。
私は目を覚ます。これもまた、最近よく見る夢。
始まりも終わりも、いつも同じ。
蹲った私。それを見下ろす、もう一人の私。
これって、何かのメッセージなの? 私は深い溜め息を一つ。
………嫌な夢。
"……げて"
"……逃げて……"
"逃 げ て"
切実な
囁きが、更に切迫している。
彼女は振り返らない。すぐ後ろに、気配を感じるから。
湿った温度を伴う、不気味な気配が迫っているから。
まとわり付く視線、
絡み付く空気。
肺の中の酸素を全て消費して。
彼女は足をもつらせる。
それが命取り。
口を開ける、深い闇。
"もう、逃げないで"
――飲み込まれる
彼女の震えは収まらない。
"逃げないで"
安心させる様な
柔らかな囁き。
"……逃げないで"
懐かしい
誰かにも似ている。
"逃げないで?"
目を
閉じてしまいそう。
――駄目よ、それは幻聴!!
必死に、彼女は叫ぶ。
"逃げないで……"
例えば、人を喰らう妖精。
気を抜いたところを、がぶりとひと呑み。
"逃げても、いいのよ"
眠りに誘う、毒の歌――
「おはよーっ」
「お早う! 実花、ちょっとあんた」
「ん?」
「ちゃんと寝てる?」
「まあ、そこそこ」
「ホントー? 寝てないっぽいよ」
「あー……最近さ、変な夢見んだよねー」
「変な夢?」
「何かさー、逃げろだの逃げるなだのさ、どっちかにしてくんない? って夢」
「……そりゃ変だわ」
「でしょー? 」
「疲れてんじゃないの? ちゃんと休みなよ」
「おう!! アキはホント優しい子だねえ、大好き♪」
「引っ付くなって……」
覚えたばかりの死の歌を、ワタシは歌う。
おいで。
逃げないで。
可愛いあなた。
"ミ カ"
おいで。ワタシの元に、早く。
逃げないで。
早く。
……逃げて……




