2話 生き残る為の道。
謎の老人に連れ去られた翌日から実験が始まった。
まず最初は魔力の正しい使い方を教わった。今までの俺は魔力をただただ放出していた。放出する力が強ければ強い程身体能力が増すし、壊れた肉体が再生する時により強い肉体に生まれ変わるし、魔力の成長にもなったからだ。
だけどこれは正しい使い方では無かったようだ。正確には間違いではないが、本来の使い方ではないし、無駄が多い使い方だったようだ。
まず最初に微弱な魔力を血管の様に全身に巡らせてそれを維持する。最初は太い血管の様に巡らせて、慣れてきたらそこから更に細い血管の様に巡らせる。
そうやって魔力を巡らせる事で効率の良い魔力傾脈を肉体に形成して魔導師としての体を作っていく。しかしこの効率的な魔力傾脈の作成は子供の頃にしか効果が無く、15歳位には魔力傾脈が固定されてしまうらしい。
だけどあまりにも幼い子供がこれを行うと、乱れた魔力傾脈が作られ、尚且つ乱れた魔力傾脈を直す方が大変らしい。
俺は偶然にも魔力傾脈など作らず、全身に満遍なく圧力をかけて放出するやり方で魔力を扱っていた為に、一から形成する作業に入る事が出来た。
それに前世の知識も役にたった。
人間の体の中の血管がどんな風に巡っているか理解していた為だ。そしてその知識から更に発展した魔力傾脈を形成する事が出来た。
人間の血管には普段使われていない血管が存在する。
その血管はある特殊な条件を満たすと使われ始める。その条件とは圧力だ。
例えば海の中に潜ったりすると全身に水圧がかかり血の巡りが悪くなる。すると人間の体は小さな力でも酸素を送れるように普段使われていない細い血管を使い効率良く血を巡らせる。
これを続けると、圧力が掛かってない状態でも細い血管が使われるようになり、通常よりも高い身体能力とスタミナを獲得する事が出来る。多くのスポーツ選手が水中トレーニングを行うのは、今まで漠然と『水中トレーニングは効果がある』と体感だけのあやふやだった知識が、これらの最新の科学知識を応用する事によって明確なトレーニング方法が確立された結果、あらゆるスポーツ選手が取り入れる様になった。
この仕組みを応用して魔力傾脈を心臓から血液が流れる様に血管に添う様に形成して行き、あらゆる場所に包帯を強く巻き付けたりしながら使われていない毛細血管を探しだしてそれに合わせる様に魔力傾脈を作り上げた。
魔力を血液に乗せる様なイメージで流す事によって、血液の流れを感じる事が出来るようになったお陰だ。普通の人はこの感じられるようになった血液の流れに合わせる事で魔力傾脈を作っていくらしいが、俺の場合は更にそこから使われていない毛細血管すらも利用して、更に細かい魔力傾脈を作成する事が出来た。
それによって魔力傾脈に魔力を流す事により、血液の流れも良くなり、身体能力も更に上がり、魔力の運用効率もかなり上がった。
すると俺の異常な身体能力の向上と、魔力効率の上昇に疑問を持った老人が詳しく聞いてきた。
そして俺は前世の知識は話さずに、血液の流れを明確に感じる為に血管を縛ったら発見したと伝えた。
そして俺が話した事が実証されたらしいが、何をどうやって実証したのかは俺も知らない。
そこから次の段階へと進んだ。
次は頑丈な肉体作りだった。魔力を全身に巡らせた状態であらゆる負荷に耐える訓練だった。
限界に近い重りを持ち上げたり、重い物を投げ飛ばしたり、高い場所から飛び降りたり、限界ギリギリの高さに飛び上がったり、硬い物に鉄の棒を振り下ろしたり、硬い木を殴り付けたり、魔力による衝撃波をぶつけられたり、様々な負荷をかけさせられ、夜寝る前に回復薬を飲まされる。
そうやってどんな負荷のかけ方が効率が良いのか実験させられた。
これにも前世の知識に似たような知識があった。
スポーツ選手が幼い頃から厳しいトレーニングを行う理由だ。
理想的なスポーツ選手の体を作る為には成長期の間に負荷を掛けて、その負荷に耐えられる様に肉体を作り替える仕組みを利用している。
人間の骨や筋肉は、成長する過程で負荷に耐えられる様により強靭に、より頑丈に、より効率良く耐えられるように作り変えられていく。勿論限度はある。
小さな内から少しずつ頑丈になり、成長する度に更なる負荷に耐えられるように成っていく。骨や骨格や筋肉の質や配置は、成長期程効率良く進化するため、成長期が終わった16歳頃から初めても殆どの人はスポーツ選手の体には成れない。
中には生まれながらにスポーツ選手に向いた体の人も居るが、それは例外とする。
それと同じ様な事をやっている様だ。
つまり魔力により向上した頑丈さや筋力を、更に魔力を使った負荷に耐えられる肉体に作り替えていく作業だ。しかも普通は負荷をかけて回復するのに時間が掛かるはずが、回復薬を使う事によりより効率的に行っている。
そしてそれらの実験が終わると次は魔力の放出だった。
あらゆる物に魔力を放出する事で、その人の性質を調べる事が出来るらしい。
火に魔力を放出したり、水に放出したり、空気中に放出したり、土に放出したり、あらゆる物に魔力の放出をした。
すると俺に適正が有るものが分かったか。それが植物と土と鉱物だった。
適正がある物に魔力を放出すると、その物質に干渉する事が出来る。火なら温度を変えたり、形を変えたり、鉱物なら分離したり、結合したり出来る。
それらの能力を鍛える事により干渉能力が上がり、自身の魔力にもそれらの性質が現れるようになるらしい。ただ個人によってどんな性質に特化していくかは人によるらしい。
それらの実験が終わると最後の実験が始まった。
厳重な扉を何回か抜けると広い実験室に通された。部屋の中には様々な素材や器具が置かれ、興味がそそられる様な物が沢山置かれているが、それらが霞む様な物が部屋の奥に存在していた。
床に設置された巨大な装置の上に透明な容器が設置され、その中には緑色の液体が満たされていて、そしてその中に人間が入っている。
「これは私から作られた肉体だ。お前から得られた結果を利用して、更に強靭な肉体の私の体を作り上げた。そして最後に私の魂に記憶を刻み込み、新たな肉体に転生する。それが終わればお前は自由にしろ。転生さえ済めばこの都市に用はない。ここはお前が使えば良い」
遂に解放される時がきた。
正直かなり不安だった。何の為の実験か分からないし、肉体改造の実験はかなりの苦痛と精神的な負荷に何度も逃げ出したくなった。
だけどその度に、死体の片付けをさせられた事を思い出していて必死に耐えていた。
逃げ出そうとした奴、反抗的な奴、やる気のない奴、成長しない奴、頭がおかしくなった奴、様々な理由で処分された奴らの死体を片付けさせられた。
どんなに辛くても、恐怖に負けそうになっても必死に耐えた。なんとしても生き残り、自分自身と妹の人生に意味を持たせる為に。
それにこの老人は実験の邪魔さえしなければ寛容だった。実験に関係する質問には答えてくれたし、怪しい行動をしなければ実験以外では何もされないし、飯も食える。
そして俺はある質問をした。
「貴方がこの都市を去った後に、この装置を使っても良いのか?これは死人を蘇らせる事も出来るのか?」
すると老人は直ぐに答えた。
「これは肉体を作る為の装置だ。死んだ奴の体の一部が有れば、そいつの肉体を作る事は出来る。ただし、魂がなければ無意味だな。それにこの装置は処分する。私の転生が終われば使えなくなるし、お前の記憶からこの装置と転生の秘術の知識は抹消する。お前を処分する方が確実だが、これはお前がもたらした新たな知見への報酬だ」
「分かりました」
正直余計な事を言ったと思った。これ以上下手な事を言えば確実に殺されるだろう。そして絶対に余計な事はしない。不審な事をすれば確実に殺される。
それから様々な準備が終わり、老人が転生する日がやって来た。
裸になった老人の肉体には、びっしりと刺青が刻まれている。この刻印により魂に記憶を刻み込み、新しく作られた肉体に刻まれた刻印と繋がり転生する様だ。
老人が空の容器に入り蓋を閉じる。私は教えられた通りに操作する。すると老人が入った容器に液体が流れ込み、老人の肉体から魔力が流れ出した。
すると魔力が隣の容器に流れ込み、新しい体に魔力が流れ出した。一時間程経つと魔力の流れが止まり、二つの容器から液体が排出された。
そして新しい肉体のほうが動き出し、体の状態を軽く確かめた後に鍵の掛かった箱を開けて、中に入っていた紙を読み終わると服を着て、鞄から戦闘用の装備を取り出し身につける。そして元の老人の肉体に魔法弾を放ち焼き尽くした。
それを見届けると装置にも魔法弾を放ち原型が無くなるほど焼き付くし、泥々に溶かし破壊した。
「今から魔力錠の書き換えをする。着いてこい」
俺はこの人が戦闘用の装備を取り出した時、正直このまま殺されるんじゃないかとかなりビビっていた。正直あまりにも怖すぎて倒れそうになる程血の気が引いて動けなかった。
しかし、殺される事はなかった。
そして後に着いて行き、彼が操作した後に俺の魔力を流す作業を暫く繰り返した。
「これで最後だ。今からお前の記憶を消去する。処分されない事に感謝しろ。服を全て脱いでそこにうつ伏せになれ」
「はい」
そして服を全て脱ぎ、うつ伏せになると意識が途切れた。
暫くすると意識を取り戻した。周りを見渡しても誰も居ない。側にあった服を着ると机の上に置かれている紙を手に取る。
今日お前は解放された。そこにあるケースの中身はお前への報酬だ。
突然の事に困惑した。俺の記憶は曖昧で、思い出せるのはあの謎の老人の実験による肉体改造と、魔力特性を鍛える日々の記憶だ。
そして突然目覚めて今に至る。眠った記憶もなく、突然目覚めた。かなりの混乱だ。しかし、本当に解放されたようだ。ずっとここに居るが一向に誰もこない。
そして俺は思い出していた。
あの時、捕まった時から今日までに、少しでも反抗的だったり、怠けてたり、逃げ出そうとしたり、恐怖により錯乱したり、何か1つでも選択を間違えていたら俺は生きて居なかっただろう。それを思うと恐ろしくて動けなかった。
それからやっとの思いで動き出し、この敷地や建物を調べ始めた。
様々な用途で作られた部屋があり、最低限の家具と食料と大金が残されていた。
恐らくあの老人にとってははした金なんだろう。だけど、この貧民街のスラムの人間にとっては大金だ。
色々あったし、いつ殺されてもおかしくない状態だったが、結果だけを見れば大きな成果になった。
スラムの人間が寿命まで働き続けても稼げない程の大金と、貧民街では絶対に知り得ない知識や技術。そしてある程度の理不尽をはね除ける力も身につけた。
正直スラムにあんな理不尽な力を持った化け物はそうそう居ないはずだ。壁側の貧民街や壁の中になら居るかもしれないが、あんな化け物がそこら中に居ない事を願うしかない。
それからやはり、生き残ったのは俺だけだったようだ。正直他の生き残りが居たらかなり困っていただろう。
そうして俺は翌日から外での活動を始めた。
そして初めてあの老人以外の魔力持ちに出会った。