見
三題噺もどき―ごひゃくななじゅういち。
ヒヤリとした風が吹いている。
頬を撫でる風は、北風と言われるとなるほど納得だと思えるほどに冷たい。
風だけでも無意識に体が震えるほどに寒いのに、これに雪なんて降ったら私は一生外には出られないかもしれない。北国の人たちってホントに凄いんだな……冬なんて人が生きるにはあまりにも不向きな季節だよ。夏もそうだけど。春と秋だけで良い。
「……」
震える体を両手でさすりながら、歩いている。
そんなに寒いなら家にいればいいだろうと言う感じなのだが、残念ながら妹にいいように使われるのが、仕事もしていない姉の役目なので。
「……」
少し先を歩く妹は、私の相棒のカメラを片手に写真を撮っていた。
なんでも目覚めたらしい。今度自分のも買ってもらおうかなと言っていた。好きにしてくれたらいい。私の相棒を返してくれれば。
しかし残念ながら、あまりにも手が冷えて言うことを聞かない今は、持っていてもお荷物になるだけなので、妹に貸し出した。首が痛くなったのもあるけど。
「……」
あーもう。
ホントに寒い。さっさと帰りたいんだけど、いつまでいるつもりなんだろう。
時期が時期だから、花も咲いていないし木も枯れかけている。この辺りには紅葉や銀杏も見当たらず、色という色が抜け落ちているように思える。まさに冬って感じの景色だ。
それはそれで撮るものはあるし、題材なんて自分で探すものだ。気になればシャッターを切ればいいだけの話だもの。だから、夢中になるのも分かるので、飽きたなと思うまでは声を掛けない。好きにとっておくれ。
「……」
しかしほんとに、アッと言う間に冬の景色になった気がする。
少し前まで昼間は暑いと言っていたのに、気づけばこんなに寒い。
これでまた温かい日が来ると言われれば、それは違うだろうと言いたくなるんだけど。もう寒くなるなら寒くなるで、そのままでいて欲しい。
「……あれ」
寒さに震えながら、ゆっくりと歩いていると。
いつの間にか先を歩いていた妹を見失った。飽きてさっさと次へ行ったのか、それとも車に戻ったのか?それならそれで声を掛けて欲しいものだが……いや鍵は私がもっているから先に行ったのかな。この先になんかあっただろうか……。
今日来たところは確かに自然が豊かで、それなりに草木は生えているが……とはいえこの季節だし、花畑なんてものはない。
「……」
気持ち速足になりながら、道を進んでいく。
……なんとなく、心臓が早鐘を打ち始めた。
嫌な予感。ではないけれど。何かが、変な気がする。
「……―――は」
妹が進んでいったであろう道に先に。
突如として開けた場所が現れた。
開けた―というか、そこに花畑が広がっていた。
というか、あれもこれも、蕾だ。
「……」
しかし今にも開きそうな膨らみ方をしているように見える。
色は全部茶色。冬らしいと言うか、バレンタインに持って来いな色合いだろうこれは。チョコレートの代わりにこの花で花束を作ればいいんじゃないか。
「……」
茶色が広がる一面に、あっけにとられる。
心臓がドクドクとものすごいスピードで血液を送り出しているけれど、どうにも足がそこから動きそうになかった。妹もここにはいないようだし、さっさと離れるべきだと分かるのに。なぜか目が離せない。
今にも開きそうな、その蕾に。
「……ぁ」
ひとつ。
私の立つ目の前の蕾が。
開く。
「……」
目を離したいと思うのに。
視線をそらせずに開くのを待つ。
心待ちになんてしていないのに。
「――」
チョコレート色の花弁のその中には。
「――」
数えきれないほどの。
「――」
目が。
「――」
花束のように。
「――」
きょろ、と。
こちらを見ている。
「――――」
それが開いたのを皮切りに。
花々は一斉に開き。
こちらを見る。
「――――」
私を見る。
「――――」
見て。
みて見て。
見てみてみて。
「――――」
みてみてみて見てみてみてみてみてみてみてみて見てみてみてみてみてみてみてみて見てみてみて見てみてみてみてみてみてみてみ見て見てみてみてみてみてみてみてみてみてみてみて見てみてみて見てみてみてみて見てみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみて見てみてみてみてみてみてみて見てみてみてみてみてみてみてみて――――――――――――――――
「 」
びくりと体が跳ねた。
何かを言った気がする。
「……」
なぜか酷く汗をかいている。
寒いからと厚着をしすぎたのかな。
「……」
時刻は昼過ぎ。
世間の皆さまいかがお過ごしですか。
「……」
世間の眼なんてないはずのものが気になるのは、もう病気かな。
お題:チョコレート・心臓・蕾