09
月曜。ちゃんと5時に起きれた。
「オジサン、おはよう」
「おはようだけど、こんな時間に起きて大丈夫か?」
「ねえ?」
「いや、ねえじゃないだろ?授業中、眠くなるぞ?」
「でもオジサンも今日は仕事でしょ?」
「もちろん」
「朝ご飯、一緒に作るよ」
「俺、これから走って来るけど?」
「え?そうなの?」
「揚げ物を思う存分食べる為には、カロリー消費もしないとな」
「週末は食べてなかったじゃない?」
「休カロ日」
「え?なんて言ったの?」
「いや」
オジサンがなんか、険しい顔をしてる。
あ、直った。
「リノも一緒に来るか?」
「オジサン、走るの結構速いよね?」
「そうか?」
「足手纏いになりそうだから、待ってる」
「それならもう一眠りしてろ。一時間くらいで帰るから」
「でも、朝ご飯一緒に作りたいから」
「帰って来たら起こすよ。ノックで起きなかったら部屋に入っても良いか?」
「うん」
「分かった。それじゃあ、お休み」
「うん。お休み」
二度寝、癖になりそう。
早くも放課後。
オジサン、部屋に友達喚んでも良いって言ってたけど、問題発生。
チイ叔母さんが校門の前で待ってるのが見える。
「どうしたのリノ?」
「新居に案内してくれるんでしょ?」
「新居・・・愛の巣」
「違うから。居候だから」
「だってリノのオジサンと一緒なんでしょ?」
「いつも惚気てるじゃない?」
「惚気てなんかないでしょ?」
「無自覚・・・本音」
「違うって。それより問題があるのよ」
「な~に?」
「私の叔母さんが校門の外にいるの」
「問題?」
「なんで?」
「叔母さん・・・婚約者?」
「ああ、オジサンの婚約者か」
「なんで?一緒に住むんでしょ?」
「リノ・・・お邪魔?」
「オジサン、叔母さんと婚約解消したのよ」
「え?」
「寝取ったの?」
「ネトッタノってなに?」
ダイ叔母さんも言ってた気がする。
「え?知らないの?」
「ほら、説明して上げなよ」
「え~?私が~?」
「真実の・・・掠奪愛」
「それだけじゃリノには分かんないでしょ?どっから説明すれば良いと思う?」
「最初からじゃない?」
「え~、イチからって事?」
「きっと・・・ゼロから」
「訊いといてゴメン。後で教えて。取り敢えず、叔母さんに捕まるとマズいの。先に向こうに渡っててくれる?直ぐに追うから」
「良いけど、あのマンションだよね?」
「うん。エントランスに入ってて」
「分かった」
「了解」
「あれ?あれが叔母さん?なんか生徒に話し掛けてるね?」
「多分、私を知ってる子を探してるんだ。みんな、捕まらない様に気を付けてね?」
「誰かボタン押したら行こうか?」
「そうだね。青になったら走ろう」
「マンション・・・大丈夫?」
「え?何が?」
「叔母さんにバレて」
「あ、ダメかも?」
「リノは裏門から出たら?」
「そうだね。そうする」
学校のすぐ前なのが不利になるなんて。
仕方ないから裏門からグルッと回ってマンションの裏口から入った。
オジサンにも連絡して、チイ叔母さんに気を付けて貰う。
クルマで友達を送って貰った帰りに、オジサンと作戦会議。
「俺が迎えに行くまで、学校に残れるか?」
「うん。でもそしたらチイ叔母さんに住んでるとこがバレるよ?チイ叔母さんの目的って、オジサンでしょ?」
「そうだろうな。でも、このままでもクルマでバレそうだな。校門の前で待ち伏せされたら、マンションの駐車場に出入りするの見られるし。クルマ、買い換えるか?」
「チイ叔母さん、どれくらいいるかな?」
「そうだよな。仕事休んでるのか、早退して来てるのか分からんけど」
「オジサン、チイ叔母さんの知り合いと顔見知りだったりする?」
「何人か知ってるけど、なんで?」
「その人達に頼めばチイ叔母さんが仕事を休まなくても、オジサンがあのマンションに住んでるのがバレるかも」
「でも校門で待ち伏せするなら、頼むのはリノの顔を知ってるヤツにだろう?」
「あ、そうか」
「・・・俺の会社で待ち伏せ?いや、あり得るな」
「そうか。オジサンの住んでるとこ捜すならそうか。前のマンションは?もう引き払ってるんだよね?」
「ああ。次の住人が入ってたら、もう俺がいない事に気付くだろうな」
「・・・どれくらいで諦めるだろう?」
「オバサン、浮気はしたけど、結婚はずっと俺とする積もりだったみたいだからな」
「そうだね。諦めるの、何年も掛かるかも・・・」
「良し。クルマを買い換えるのは何日も掛かるから、取り敢えずレンタカーを借りよう」
「買い換えるのかぁ」
「どうした?」
「このクルマ、思い出があるからちょっと」
「そうか?そんなに乗ってないだろう?前のクルマの方があっちこっち連れてったぞ?」
「そうだっけ?って言うか、前のクルマって何?買い換えたの?」
「同じ様な色だし、雰囲気似てるから気付かなかったか?それなら次のも同じ様なクルマにするか」
「・・・私が見分け付かないなら、チイ叔母さんもクルマの見分け付かないかも?」
「・・・色も形も変えるか」
「そうだね・・・引っ越しも考える?」
「・・・なんか、面倒臭くなって来たな」
「お金掛かるよね。ゴメンね」
「リノが謝るな。それに面倒なのは婚約解消したのに、オバサンの事を考えなくちゃならない事だ。オバサンの事、忘れたいのに、なんてゴメンな?リノのオバサンなのに」
「ううん。私も叔母さん達の事、忘れたい」
「・・・そうか」
オジサンは前を見て運転しながら手を伸ばし、頭を撫でてくれる。ちょっとズレてたので、自分から撫でられに行った。
手探りで私を探すと、運転に集中出来なくて危ないからね。
借りたレンタカーは軽自動車。
確かにこれなら雰囲気が全然違うから、バレないと思う。
乗るとオジサンのクルマよりオジサンとの距離が近い。
近過ぎて、オジサンがいつもの様には私の頭を撫でられないのが分かった。
火曜の放課後。
授業が終わって直ぐに校門まで走る。
チイ叔母さんはいない。良し。
「おい!」
校門を出たとこで、その声と共に腕を掴まれた。
「よくも逃げてくれたな?」
突然の事で声が出ない。
後から両腕を掴まれて、押される様に歩かされる。
「誰?!」
やっと声が出た。
「はぁん?忘れてるだと?」
なんか低い声で凄まれる。
知ってる人?誰だっけ?
路上駐車してるクルマの後席に押し込まれた。
中からドアが開かない。壊れてんの?
男が運転席に乗り込んで来た。
そのまま乱暴にクルマを走り出させる。
「高い金払わせといて、男と逃げるってどう言う事だよ?」
「・・・もしかして、チイ叔母さんとこでベタベタ触って来た男?」
「ベタベタじゃねえだろう?なんだ、知らねえのか?ホントに処女だったんだな。あれはな、愛撫ってんだ。フッヘヘッ、気持ち良かっただろう?」
気持ち悪いしかない。
「男と逃げたから処女じゃねえのかと思ったけど、あの後、やってねえだろうな?やってたら金、倍で返して貰うからな?」
「返すも何も、受け取ってない!」
「返せねえなら体で払って貰うだけだ」
うゎ。体で払って貰うなんて言う人、ホントにいたよ。
いや、感心してる場合じゃない。
今、私に出来る事。
後から首を絞める?信号で停まってる時なら大丈夫よね?
先にオジサンに連絡。まだ仕事中の筈だけど、気付いてくれるかな?
警察に通報したら、この男に逆上されるかな?男に気付かれない様に、電話しても直接しゃべらないで、こっちの会話が聞こえる様にしておけば助けて貰える?その前にスマホの充電が切れる?警察にメッセージ送れたら良いのに。
あ、でも、私の学校を知ってたって言う事は、チイ叔母さんも共犯?
警察に報せたら、チイ叔母さんも逮捕される?
信号で停まった。ここの信号なら長い筈。
良し!
運転席のシートベルトも頭を載せるとこも邪魔で、手が上手く首に届かない。
「クソ!何しやがる!」
「私をクルマから降ろせ!」
「手を離せ!死にてえのか?!」
「殺されるくらいなら殺してやる!」
「バカ!止めろ!事故る!」
「なら降ろせ!」
「ホント止めろ!ブレーキが離れたらぶつかって死ぬぞ!」
え?そうなの?
「クソ。死ぬとこだった。信号無視して進んだら、事故ることくらいわかるだろ?」
男の声が弱々しいのが、ホントに危なかったのかも。
「大人しくしてろ。こないだは触りだけだったが、今日は時間掛けてたっぷり可愛がってやるからな」
首絞め掛けた所為でシャツの襟が変になったまま、男が変な顔をしてるのがバックミラーに映ってた。
高速にも乗って、山が近い所まで連れて来られた。
山に埋められる?
オジサンはまだ既読が付かない。
ヒトん家みたいな所に入って行って、クルマが停まった。
「大人しく待ってろよ!」
そう言って男がクルマを降りる。
今がチャンス。
オジサンに教わった事あるし、いつも見てるから運転出来るはず。
レースゲームではオジサンに勝ったし。
運転席の頭を載せるとこを外して、運転席側に移動する。
え~と確かサイドブレーキを外して、あれ?サイドブレーキないじゃない?安いと付いてないとか、そう言うタイプ?
いやまずエンジン掛けなきゃか。
じゃあクラッチを踏んで・・・これブレーキだよね?こっちがアクセルだから。じゃあクラッチは?安いとクラッチもないの?
ギアもなんか変。Rはバックだよね?でもPってなに?あ、Nがニュートラル?え?ホント?
あ!戻って来た?
慌てて後席に戻る。
あ、違うって!
運転席から外に出れば良かったんだ!運転席のドアは壊れてなかったのに!
どうしよう?運転席に戻る?どうする?
オジサン、どうすれば良い?
後席のドアが開いたので、取り敢えず殴り掛かる。
「おっと」
と私の手を掴んだのはオジサン?
「オジサン?」
「大丈夫かリノ?怪我してないか?」
「オジサン・・・うん。大丈夫だよ、オジサン」
「良く頑張ったな」
頭を撫でようとするオジサンの手を躱し、クルマから飛び出して抱き付く!
「オジサン!オジサン!」
「ああ。もう大丈夫だ」
「・・・オジサ~ン」
「ああ。無事で良かった。ほら」
オジサンがハンカチを鼻に当てた。
チーン。