08
その日の夜はオジサンが勉強を見てくれた。
分かり易い。
オジサンに教わると、スルスル理解できるので、自分の頭が良くなった気になる。
で、眠いと言って、オジサンは先に寝た。
明日も5時に起きるんだろうな。
その後も少し勉強を続けて、切りの良いとこで寝る。
う~ん、5時に起きられるかな?
ベッドに入ると、なんだろう?
オジサンの匂い?
どこから?
あちこち嗅ぎ回るけど、良く分からない。
布団とかマットレスとかに染み付いてるのかな?
もしかして、私の匂いもオジサンに嗅がれてる?
ひ~・・・
寝付けなくて、朝起きたら昨日より寝坊してた。
「おはよう、オジサン」
「ん。おはよう、リノ」
今朝はオジサンはもう朝食を食べ終わったみたい。
「ダイさんと連絡が取れたよ」
「え?こんな朝早くから?」
「ああ。朝ご飯食べたら、リノの荷物を取りに行こう」
「うん」
そう言いながらキッチンに行くオジサンに付いて行く。
朝ご飯はベーコンエッグとトマトとレタスとトーストだった。それにフルーツジュース。
オジサンもお代わりで、一緒に食べた。オジサンは野菜ジュースだ。
少し離れたとこにクルマを停めて、そこからウチまで歩く。
クルマを降りる時にオジサンが電話してたから、ウチに着いたら直ぐにダイ叔母さんが出て来た。
「おはようございます、タカヒロさん」
「おはようございます、ダイさん。朝早くに済みません」
「いえいえ、こちらこそ、朝早くに連絡してしまって、済みませんでした」
「いいえ。もう起きていましたので、気にしないで下さい」
「そう言って頂けると助かります。それにリノの事もありがとうございます」
「その事で少し話がしたいのですが、リノ、先に荷造りしておいで」
「うん」
ダイ叔母さん、相変わらずオジサンの前では外面全開だ。
部屋に入って、オジサンから借りたバッグに自分の荷物を入れていく。
制服は最後かな。下に入れるとシワになるだろうし。
靴はこっちのバッグにして。
私のスリッパはいいかな?歯ブラシは捨てるけど、あと捨てるもんは、箸?それくらい?
直ぐに詰め終わった。
オジサン、まだ外でダイ叔母さんと話してるかな?
待ってるとドアが開いて、ダイ叔母さんが入って来た。
「お前、上手くやったもんだね」
ダイ叔母さんの笑いがイヤらしい。
「さすがあの女の娘だ。もう男を咥え込むなんて、血が教えるんだろうね」
「ダイ叔母さん、私の通帳返して」
「はあ?そんなのはないよ」
「え?ダイ叔母さんに預けたじゃない?」
「お前を育てるのにどんだけ掛かってると思ってんだ?高校だって行かないで働きゃあ良かったのに、馬鹿高い授業料、誰が払ったと思ってんだい?」
「授業料なんてそんなに掛かってないでしょ!」
「入学金やら教科書代やら制服代やらなんやらかんやらあんだよ、まったく。働いてりゃあ食い扶持くらい稼げたんだろうに、無駄飯食らいが」
「そんだけで預金がなくなるわけ無いじゃない!」
「ないもんはないね。良いじゃないか。どうせタカヒロに食わせて貰えんだろう?小遣いもあいつから貰や良い」
一日三食で一食千円としても、一年で百万ちょっと。
服なんて何着も買ってない。参考書も先輩のお下がりだ。
学費を引いても、パパの遺したお金はまだ残ってるはず。
「半分はお兄ちゃんのなんだよ?」
「あいつもどうせ死んでるよ。失踪宣告もされたじゃないか」
「死んだかどうかなんて分かんないじゃない」
「失踪宣告ってのは法律上死んだって事さ。ほら、スマホ返しな。もう要らないんだろ?」
手を伸ばしたダイ叔母さんに、今まで使ってたスマホを渡す。
「それで?新しいスマホの番号は?」
オジサンに買って貰ったスマホを出して、ダイ叔母さんに電話した。
「今の着信、私だから」
「あいよ」
「チイ叔母さんには教えないで」
「なんでさ?」
「なんでも」
「ふ~ん。婚約解消するってのと関係あんのかい?」
「それとは別」
「そうかい。まあ気を付けんだね。あいつもバカやったよね。あんな条件のいい男、リノに寝取られるなんてさ。淡泊でヘタクソだからって、我慢して浮気なんかしなきゃ良かったんだよ。まああたしにも反応悪かったし、ロリコンだったんじゃあ敵わないか」
ロリコンってもしかして、今の私を子ども扱いって事?
「で?お前、初めてだったんだろう?どうだった?」
え?チイ叔母さんとこのあの男の事を言ってんの?
「なんだよ、睨んで。やっぱり楽しめなかったのか。まあ最初の内はそんなもんさ。で?荷物はこれで全部かい?」
頭に血が上って言い返す言葉が上手く浮かばない内に、ダイ叔母さんが一つのバッグを持ち上げようとする。
「重たいね。お前、あたしのもん、盗ってないだろうね?」
「今の内に確認してよ。返せって言われても面倒だから」
バッグを開いて、中を見せていく。
「ぬか床は?」
「え?持ってって良いの?」
「お前しか食べないじゃないか。あんな臭いの、置いてかないでくれ」
お祖母ちゃんのぬか床が貰えるなら、お金は諦めても良いか。
オジサンに生活費として渡そうと思ったけど、ぬか漬けで我慢して貰おう。美味しいって言ってくれてたし。
お金は就職したら返せば良いや。
ダイ叔母さんのチェックが終わったバッグから玄関に運ぶ。
持ち上げると確かに重い。
バッグ、壊れないかな?大丈夫?
全部のチェックが終わって、ドアを開けた。
「オジサン、お待たせ」
「ああ」
「済みませんね、タカヒロさん。この子ったらあれも持ってく、これも持ってくって欲張るもんですから」
「いや、大丈夫ですよ。リノ、これだけか?」
「うん」
「良し」
オジサンがバッグを一度に持った。
え?オジサン、折れない?
「わ~、タカヒロさん、力持ちですね!男らしい!」
「オジサン。私も持つよ」
「平気だぞ?まだリノを背負えるくらいだ」
「わ~凄~い!」
「背負わなくて良いけど」
「リノ。その傘は?」
「あ、ゴメン。忘れるとこだった」
「それは自分で持ってくれ」
「これだけで良いの?」
「ああ。天気が良いのに傘を持って歩くなんて、俺には恥ずかしくて出来ないから」
「なんだと~?」
「ホント、そうですよね~」
「それではダイさん。これで帰ります。お邪魔しました」
「いえいえ、いつも何のお構いもしませんで、申し訳ありません。リノをよろしくお願いします」
「はい」
「リノ。タカヒロさんの言う事を良く聞くのよ?」
「ええ。ダイ叔母さん、さようなら」
「気を付けてね」
「失礼します」
「はい。タカヒロさんもお気を付けて」
ダイ叔母さんが愛想笑いで手を振っている。
クルマに戻って荷物を積む。
「オジサン、大丈夫だった?」
「ああ。なんだ?俺はそんなに頼りなく見えるか?」
「頼りにしてるけど、あ、荷物じゃなくて、ダイ叔母さんとの話」
「ああ、問題ないぞ。大丈夫」
「そう・・・」
ダイ叔母さんに取っては、私が出て行っても別に、なんとも無いんだろうな。
部屋が広くなる分、喜んでそうだし。
「うん?早速、なんだろ?」
スマホが鳴ってる。
新しい番号を知ってるのはオジサンとダイ叔母さんだけだから、ダイ叔母さんかと思ったらチイ叔母さんの番号だ。
「オジサン」
そのままスマホの画面をオジサンに見せたら、オジサンが凄くイヤそうな顔をした。
「口止めしなかったのか?」
「したよ」
「あ、俺のも鳴ってる」
「こっちは切れた」
「か~、俺の番号も売られた」
オジサンがスマホを見せると、掛かってきてるのはチイ叔母さんの番号だ。
「帰りにスマホショップに寄るぞ」
「うん。ゴメンね、オジサン」
「リノが謝るな」
オジサンが頭をグリグリと撫でた。
「どこかで美味いもん食べて帰ろう」
「うん。あ、ダメ」
「うん?どした?」
「お祖母ちゃんのぬか床、貰って来たんだ」
「ホントか?」
「クルマん中、暑くなるよね?」
「停めてる内にな。一旦帰ろう」
「ゴメンね」
「いや。ぬか床を貰って来たのはお手柄だ」
オジサンがまた、頭をグリグリ撫でてくれた。
ウチで荷物を降ろしてから、もう一度クルマに乗ってスマホショップに行った。
シムってのを替える方法もあるらしいけど、オジサンは新しいスマホを買う。最新型だ。
で、新しい番号に変わる事の連絡を元のスマホでショートメッセージで送って、新しいスマホからもショートメッセージを送る。
「なんか、詐欺みたい」
「ホントだよな」
新しい方から送るのを私が受け持って手伝って、必要な人全員に送った。
元のではチイ叔母さんは拒否して、ダイ叔母さん専用にする。
「解約しないの?」
「ダイさんから連絡が取れないと、拙い事になるかも知れないからな」
確かに。
何と言っても私とオジサンは、血の繋がりも戸籍の関係もないからね。
「ご褒美だ」
そう言ってオジサンは私のスマホも買い換えてくれた。昨日買ったばかりだけど、今日買ってくれたのはオジサンとお揃いの最新型。
「使い方分かんなかったら訊くから」
「え?そゆ事?」
今度の私のスマホで、通話履歴の一番最初はオジサンの番号だ。
今日はメッセージの遣り取りもオジサンとだけ。
明日は学校で、スマホが変わった事をみんなに伝えなきゃ。