07
ドレッサーが届く、と広い方の部屋に運び込まれた。
「ほら、これ、リノの枕」
オジサンが枕を投げて寄越す。
私が夕べ使った毛布も持って来てた。
「布団やマットレスはサイズが違うから入れ替えられないけど、シーツとカバーは洗ってあるのと取り替えた。それでも良いか?」
「良いかって?」
「まだ早いから、新しいのを買ってくるか?」
「え?いいよいいよ、これで良いから」
「そうか」
「ホントに私がこっちを使って良いの?」
「良いよ。俺の荷物の少なさ、見たろう?」
確かに少なかったけど。
「本とか読まないの?」
「スマホかPCだな。スマホなら湯船で使えるし」
「そうか」
「メモも手書きより楽だから、俺は机も要らない」
「PCは?」
「ノート型。家では滅多に使わないけどな。リノが使って良いぞ。リビングのモニターにも繋げられるから、調べ物とかはスマホより楽じゃないか?」
「あ、うん。ありがとう」
「いや、ありがとうはこっちだ。はい、これ」
「え?何これ?」
受け取った封筒になんか入ってる。
「お礼」
「え?何の?」
「一緒に朝飯と昼飯を食べてくれたのと、一緒に買い物をしてくれたのと、この部屋を使ってくれるのと、一緒に住んでくれるから」
「え?なにそれ?」
「後はその他諸々纏めて、今の分」
「今の?」
「夕飯一緒に食べたらそれもお礼するし、食器洗ってくれたらそれもする」
「なんで?そんなの違うでしょ?」
「リノが俺に求めてるのは、そう言う関係だろう?」
「違うよ!これじゃあいかがわしい関係みたいじゃない!」
「そうだな。オジサンと姪とかじゃなくて、パトロンとヒモか?」
「ヒモって、そんな」
封筒をオジサンに突き返す。
「非道いよオジサン!そんなの要らない!欲しくない!」
オジサンは封筒を受け取ると、代わりにハンカチを出して渡してくれる。
「ティッシュの箱、隣に持ってっちゃったから、それでかめ」
チーン。
「リノが自分で金を出すって言った時の、俺の気持ちが分かったろう?」
「・・・オジサン」
「どうだ?思い知ったか?」
「・・・なにそれ、悪役のセリフみたい」
「え?正義じゃないの?」
「いやいや、悪だよ」
「そうか~。今の子には悪か~」
オジサンは「やれやれ」と、それまでとの繋がりが良く分からない言葉を口にして、肩を竦めた。
もしかしてこの一連の流れが、昔のギャグか何か?
「リノの気持ちも分かる積もりだけど、そんなのは俺には関係ない」
「え?悪を続けるの?」
「リノの為なら悪にだってなってやる」
「私の所為にしないでよ」
「リノの所為じゃない。リノの為だ」
「悪って言うか、ノリが詐欺師か狂信者になってるよ?」
「なんて呼ばれても、俺の本質は変わらないさ」
オジサンが変なテンションを急に止めて、静かにそう言った。
私の頭を撫でてくれる。
「俺には家族がいないから、一緒に暮らすリノには俺の家族になって欲しい」
「・・・オジサン」
「関係性はオジサンと姪でも父と娘でも兄と妹でも恋人でも何でも良い」
「恋人って」
「姉と弟でも良いぞ?」
「なんでふざけるのよ」
「あはは、ゴメンゴメン。呼び方はどうでも俺のリノに対する気持ちは変わらないし、家族って括れればそれで良い。リノ」
「・・・なに?」
「俺はリノが可愛いし大好きだ。リノはどうだ?」
「どうって・・・」
言われて嬉しい筈の「可愛い」が、今はなんかちょっと邪魔だった気がするけど、そんな事を訊かれたんじゃないのは分かる。
「俺に対して一緒に暮らしても良いと思うくらいの好意は持ってるのか、今の状況では仕方ないから一緒に暮らすのか?」
「それは・・・」
「まあ、良いや」
そう言うとオジサンは、私の手からハンカチを取って封筒を渡して来た。
「え?違うよ?私もオジサンの事、好きだから」
「ありがとな」
なんか返事が軽い。
「一緒に暮らせるのも嬉しいよ?」
「そうか」
「でもだから、これはヤだ」
オジサンに封筒を差し返す。
「家族でこんなのお金払わないでしょ?」
「それなら食費を割り勘とかもおかしいだろう?」
「お財布は別々で、家計費はワリカンにしてる夫婦もいるよ?」
「え?・・・確かに聞いた事あるわ」
「でしょ?家庭科で習ったもの」
「でも親子ならないよな?」
「ないけど、オジサンとは親子じゃないもの」
「う~ん。リノ」
「なに?」
「俺はね、リノが大好きなんだよ」
「あ、うん。ありがと」
「娘の様にも思ってるし、妹の様にも思ってるけれど、女性としても好きなんだ」
「それって・・・それって私がチイ叔母さんの姪だから?」
「オバサンの代わりじゃないよ。なんだ、それを気にしてたのか?」
「そうじゃないけど」
「案外、ヤキモチ焼きなんだな」
「違うし!そうじゃないって言ってるでしょ!」
オジサンは降参だと言う様に手を上げて、「まあまあ」と私を宥めようとするのがイラッとする。
「オバサンに結婚を申し込まれた時も、リノの事が頭にあったんだ」
「え?・・・それはどう言う意味?もしかしてオジサン、ロリコンってヤツ?」
「リノを可愛いとは思ってるけど、幼いリノをそう言う対象に見た事はないよ。そんな危険、俺から感じた事あるか?」
「それは、ないけど」
「オバサンと婚約してリノを引き取ろうと決めた時も、リノには手を出さない決意をしていたんだからな?」
「・・・処女じゃなければ口説くって」
「口説いてないだろう?」
ハグは多分、口説いたとは違うかな?
一緒に寝るかは?でも抱き枕って言ってたし。
可愛いって言ってくれたし、女性として好きとも言われたけど、それって単なる感想?きっと口説かれては無いんだよね?
「・・・そうだけど」
どうなったら口説かれたって言うんだろう?
「俺は今のリノを女性としても見てるし、だからそう言う危険には近寄らせたくない。それにリノが俺を男として見てないのは知ってるし、リノが俺に求めてるのが父親や兄なのも知ってる」
そうなのかな?
オジサンはパパともお兄ちゃんとも全然違う。
パパやお兄ちゃんの代わりと思った事はないと思うけど・・・
「女性としても好きだけど、家族の様にも好きだから、リノの恋愛とか邪魔する気はないし、幸せは応援する」
「そうなの?」
「ああ。もちろん、リノさんを下さい、なんて言ってきたヤツは俺が父親としてぶん殴るしな」
「え?それって邪魔してないの?」
「結婚の挨拶に来たならもう、邪魔しても遅いだろう?」
「分かんないけど」
「まあ、結婚に限らず、リノの生き場所が出来たら、出て行くのは邪魔しないよ。だからそれまでは俺の家族になってくれないか?」
「・・・オジサンの言う家族ってどう言うの?」
「う~ん、言葉で言うと一緒くたかな」
「イッショクタ?」
「ああ。例えば俺とリノ、どっちが収入ある?」
「オジサンって言うか、私まだバイトしてないし」
「だから俺が家計を支える。俺とリノ、どっちが自由時間がある?」
「それは私かな?」
「勉強は?リノは勉強もしなくちゃだから、そんなに自由時間は無いだろう?」
「それを言ったらオジサンだって仕事しなくちゃでしょう?」
「仕事は時間が決まってるけど、勉強はずっとだからな?」
「ずっとならオジサンも勉強しなくちゃじゃない。勉強は一生って言うんだよ?」
「そうか。そうだな。婚約解消したから暇も出来るし、俺も何か始めるかな」
「どんな事やるの?」
「まあ、後で考えるよ。出来たらリノと一緒に出来る事が良いな」
「私もオジサンと何かやりたいけど」
「嬉しいね。でもそれを割り勘だからこれしか出来ないってなると、違う気がしないか?」
「え?いや、そう言われるとそうかもだけど」
「俺はリノと旅行とかもしたい。割り勘だからここまでしか行けないとか、このランクの旅館しか泊まれないとか、それも違うよな?」
「そうかも知れないけど」
「住むとこだって、狭くてリノと一つの布団でも俺は良いけど、料理の煙がリビングに来ない方が良いし、ベランダで野菜育てたり出来た方が良いだろう?」
「それは、うん」
それは一つの布団が良いとは言えないよ。
「だから世の父親が娘にする事は俺にさせろ。リノの家族として」
オジサンが真面目な顔で「どうだ?」と訊く。
「でも、それだと私が貰うばかりで」
「誰かと一緒に食事とか旅行とか、リノがいなけりゃ俺一人じゃ出来ないし」
「恋人とか作れば」
「婚約者に浮気されて婚約解消したばかりだぞ?厳しい事言うなよ」
「厳しいってそんな積もりじゃ」
「失恋の痛手もリノが傍にいてくれるから慰められるんだ」
「そんなの、慰め方とか分かんないし」
恋愛経験ないし。
「リノが一緒にいてくれれば充分。一緒に笑えたら心の傷が癒される。リノの笑顔は良く効くからな」
「一緒に笑うくらいなら出来るけど」
「それだけで良いんだよ。な?父親役をやるから、家族として一緒に暮らそう。頼むよ、リノ」
父親か。
「パパはあまりウチにいなかったから私、父親って良く分かんないけど」
「・・・そうか。シンヤさん、滅多に帰って来なかったもんな」
「だから、いつものオジサンとの関係でも良い?」
「それでも良いけど、遠慮は無しじゃないと家族っぽくないぞ?」
「分かってる。でも昨夜だって送ってってオジサンに頼んだじゃない?遠慮してないでしょ?」
「駅で降ろせってあれ、遠慮だろ?」
「遠慮って言うか、あれはダイ叔母さん家に帰れなかったから」
「ああ、それもあるか。じゃあ買い物で何かと安いのを選んだのは?」
「それは、いつかは自分で払う積もりだったから」
「じゃあ、いつかは自分で払う積もりだったのは?」
「あ~それはなんか、オジサンに払わせたら、オジサンに迫られた時に断れなくなりそうで」
「はぁ・・なんだ、そうだったのか。分かった分かった、迫らないよ。娘を口説く父親はいないもんな。ごめんな」
「あ、いや、ううん。オジサンが謝る事じゃないけど」
「いや悪かった。言ってくれて嬉しいよ。気付かずにリノに距離を置かれるよりはずっと良い。教えてくれてありがとな」
「ううん」
なんか、これで良いのかな?
「取り敢えずこれは渡しておく」
「え?なんで?」
「父親から娘への今月のお小遣いだ」
「でも・・・」
「自分で買いたい物もあるだろう?学食使ったりするだろうし、友達と出掛けたりするのも我慢しないで良いから」
確かにそう言うのあるし、それを我慢してたらオジサンに気を遣わせるかな?
「・・・分かった。ありがとう」
ちゃんと金額をメモしておいて、就職したら返そう。
「ちゃんとお礼を言えて偉いな」
オジサンに「いい子だな」と言われながら頭を撫でられた。
しまったかも?
親子役ってだけではなくて、オジサンの中で子ども扱いに固定されてしまったんじゃない?
「そう言えばオジサン」
「なんだ?」
「チイ叔母さんとの婚約、いつの間に解消したの?」
「昨夜」
「え?いつの間に?」
昨夜はチイ叔母さん家からオジサンが寝るまで、ずっと一緒だったのに。
シャワー中?トイレ?寝室で?
「リノの隣に座ってた男がリノの肩を抱いてたろう?」
「え?見えてたの?」
顔がカッと熱くなる。
ダメだ!照れてる様に思われたらイヤだ!
そう思うとスッと血の気が下がってフワッとする。
「それでリノが帰るって言ったらオバサンとは別れようと思って、案の定リノが帰るって言ったから、オバサンに頼まれた荷物と一緒にオバサンの浮気の証拠書類と婚約解消を告げる手紙を渡した」
「書類とか手紙とか、いつの間に用意したの?」
「前から。いつも持ち歩いてたから」
そう言ってオジサンは笑うけど、自分の婚約解消の話題なのにそんな風に爽やかに笑われると、立場的にいたたまれない感じなんだけど?