05
猫足が何かは分かったけど、家具屋さんには猫足のドレッサーは売ってなかった。
タコの足みたいなのはあったけど、行ったお店では猫足のは取り寄せだと言われた。
オジサンがなんか凄く高いのを買いそうだったので引き止めた。
ダメだ、この人。
店員さんに聞こえない様に、小声で文句を言う。
「こんな高いの買って、どうすんのよ」
「良い物ならずっと使えるだろう?」
「そんなすぐ壊れないよ。安いので充分」
「どうせならリノの孫とかにも使って欲しいじゃないか?」
「アホでしょ?」
あ、声に出ちゃった。
「アホとはなんだよ」
「生まれるかどうかも分からない子の為に、何かやるってどう言う事?」
「投資だよ。リノの孫に歴史を感じる経験をさせられるだろう?」
「世界が滅びてるかも知れないのに?」
「みんなで孫の事を考えれば、世界は滅びないよ」
何を根拠に。
「孫が出来てからでは遅いのは分かるだろう?今から孫世代の事を考えて置かないと間に合わない」
「それなら自分の孫を考えたら?」
「まあ、そうだよな」
ん?
オジサンの微笑みに苦味が含まれてる気がする。
結局センスを理由にして、ドレッサーは私が選んだヤツになった。
次は机と言うのを全力で断る。
その代わりに観葉植物を見に行く。
でも買ったのは家庭菜園セットだった。
だって、収穫の喜びが魅力的なんだもの。
ベランダで買ってもらったプランターを並べてせっせと菜園作りをしていたら、オジサンに「ご飯だぞ~」と喚ばれてしまった。
「お昼は私が作るって言ってたのに」
「腹減ったからな」
「もう、ゴメンね」
「いいや」
用意してくれたのはトマトと鶏肉のスープパスタ。
「美味しい」
「そりゃ良かった」
「悔しい」
「なんでだよ?」
「なんかの役に立ちたいのに」
世話になってばかりで、借りばかり増えるのは危険だし。
「今朝も出遅れたし」
「俺は朝型だからな」
「昔から?」
「昔からだ。歳じゃない。子供の頃から休みの日には五時に起きてたからな」
「今日は?」
「五時だ」
「平日は?」
「五時だけど違うから。習慣だから」
「分かった」
「分かったってなんだよ?分かったって」
あまり歳の事を言うと、また子ども扱いされそうだから止めとく。
「野菜はどうした?」
「もう少し」
「何か手伝うか?」
「ううん。大丈夫」
「午後はどうする?買い物の続き、行くだろう?」
「買い物って机は要らないよ?」
「化粧品とか?あと石鹸?」
「あ、そうか」
「ああ言うのってどこで買うんだ?デパート?」
「え?デパート?デパートって行った事ないんだけど、そんなの売ってるの?」
「行った事あるだろう?連れてったぞ?」
「え?何しに?」
「お菓子のオモチャだかミニチュアだか買ったな。あとゲーム」
「お菓子ってアニメの?」
「そんな気もする」
「あれ、デパートだったのね」
「そう言えば、お子様ランチを最初に食べさせたのもデパートだ」
「え?そうなの?」
「小さかったから覚えてないか」
「お子様ランチを食べたのは覚えてるよ?色々買って貰ったのもね。でも場所までは覚えてないな」
「まあそうだよな」
もしかして他にも、色々と忘れてるのかな?
「デパートに行ってみるか?」
「ううん。ドラッグストアに行きたい」
「ドラッグストアってどこでも良いか?この辺は駐車場があるとこがない気がするから、少し遠くなるけど」
「うん、良いよ」
「夕飯は外で食べるか?」
「え?作らせてよ」
「じゃあその買い出しもしなくちゃな。帰りにスーパー寄るか」
「うん」
「良し。じゃあやっぱり食べ終わったら、俺も畑を手伝うよ」
「でも、土や肥料の臭いとか平気?」
「田舎生まれだから、全然」
「そっか。じゃあよろしくね」
そう言うとオジサンは「任せとけ」と笑った。
オジサンは種の袋の説明を読んだだけで作業を進める。動きに迷いがない。
さすが田舎育ち?
「ミニキャベツってなんだ?芽キャベツの事か?」
別に詳しい訳ではないのかも。
「小さめのキャベツ。トンカツに芽キャベツは違うでしょ?二人で食べきれるくらいの大きさかなって思って」
「トンカツ用だったか」
「トンカツ限定ではないけどね」
「え?一粒だけしか使わないのか?」
「今日はね。明日また一粒播いて、明後日も一粒播いて、毎日播けば毎日収穫出来るじゃない」
「なるほど。トンカツ限定ではないわけだ。でもこれ、ほら、収穫まで2カ月は掛かるみたいだぞ?」
「あ、ホントだ。あ~、それまではキャベツを買うしかないよね」
「そりゃそうだけど、60個もベランダで育てらんないだろう?」
「・・・1個で数日食べられる大きなキャベツにするべきだった?」
「何日かおきに播くしかないな」
「でも、種が余っちゃう」
「スプラウトにするのは?」
「赤キャベツのスプラウトは見た事あるけど、普通のキャベツのってあるの?」
「芽が出れば良いんだろうから大丈夫だろ?ブロッコリーのもあるし」
「なんでブロッコリー?」
「キャベツと同じアブラナ科だから」
「へ~。さすが田舎育ちを自慢するだけの事はある」
「いや、自慢してないし、田舎で覚えた訳でもないから」
オジサンが眉毛を下げてそう言った。
違うのか。
「そう言えば、オバサンから何か連絡はあったか?」
「どうだろう?」
「ダイさんからは?」
「後で確認してみる」
「俺からダイさんには連絡したけど、まだ返事がないんだよな」
「多分、明日になるよ?」
「そうなの?」
「多分ね」
次はミニトマトの苗。
「これもミニなんだな」
「これは普通に毎日収穫出来るよ」
「花が咲いてから2カ月くらいで収穫だそうだぞ?」
「これも2カ月なんだね」
「花が咲いてからな」
思ってたのと違う。
オジサンが肩をぶつけてきた。
「2カ月なんて直ぐだ」
「でも収穫の喜びが」
「それまで育てる喜びが味わえるさ」
「そうか。そうだね」
「それにスプラウトなら10日とか半月とかみたいだから」
「そうなの?」
「後でネットで調べよう」
「うん」
その日は他にバジルとイタリアンパセリの種を植えた。
バジルも2カ月、イタリアンパセリは2カ月半。
それまではやっぱりスプラウトか。
スマホの電源を入れたら、予想通りだった。
「オジサン。チイ叔母さんから山ほどメッセージが届いてたみたい」
「みたい?」
「スマホの電源切ってたから」
「俺と同じ様な事してるな」
「オジサンも?仕事の電話とか、大丈夫なの?」
「休みの日に仕事の電話は来ないよ。それにこれはオバサン専用のスマホ」
「え?チイ叔母さんだけしか繋がらないの?」
「そう。オバサンと同じOSのスマホを使ってたら、勝手にアプリ入れられたり設定変更されたから、別のにした」
オーエスは分かんないけど、でも分かる。
「チイ叔母さんらしいね」
「だよな」
「でもダイ叔母さんもやるよ」
「・・・姉妹揃ってかよ」
「うん。お祖母ちゃんも叔母さん達にやってたらしいから、ウチの風習かも?パパもお兄ちゃんにやってたって」
「そうか・・・でもだからって許せないけどな」
「まあね」
許せないけどもう、諦めたよ。
ちなみにスプラウトは、スプラウト用の種じゃないと消毒してあったりして、食べるのは危ないって。
キャベツの種、どうしよう?
もったいないとは思うけど、それを播く為に畑を借りようとするオジサンは間違ってると思う。