03
ダイニングのテーブルで待ってたら、オジサンがすぐに戻って来た。
「お先に」
「ちゃんと洗ったの?」
「オバサン家に行く前にも入ってるから」
「そう?ココア出来てるよ」
「ありがとな。なんだ、先に飲んでて良いのに」
「少し冷ましてたの」
「そうか」
オジサンが私の隣の椅子に座る。
「明日、石鹸とかも買わなきゃな」
「え?無いの?」
「リノ用に。今日は俺が使ってるので我慢しろ」
「え?別に平気だけど?」
「そうか?女の子って石鹸とかシャンプーとか拘るんじゃないのか?」
「私はあんまり」
「コンディショナーとかトリートメントとか言うヤツもないぞ?」
「使ってないの?リンス?」
「男性用シャンプーのみ」
「え?どうしよう?」
「あとは石鹸」
「石鹸はちがう」
「コンビニに寄って来れば良かったな。今から行くか?」
「う~ん、今日は良いや」
「そうか。歯ブラシは持って来たか?」
「ううん」
「使い捨てのを洗面台に出しといたから、それ使え。歯磨き粉も袋に付いてるから」
「うん。ありがと」
「明日はそれも買わなきゃか。いや、その前に、リノ。ここで暮らすんで良いよな?」
「それ、オジサンこそ良いの?」
「もちろん。この部屋を選んだのだって、リノの学校が近いし、リノにあの部屋を使わせられるからだ」
「近いにも程があるけど、私に部屋を使わせるってどう言う意味?」
「オバサンと結婚したら、リノを引き取る積もりだったからな」
「え?そんなの新婚のオジャマじゃない」
「俺の目的はリノだから」
「え?」
やっぱり危険だったんだ!
思わず自分を抱き締めて、体を反らしてオジサンから距離を取る。
「襲わないって言ってるだろ?」
「そうだけど」
「オバサンが男にだらしないのは知ってたんだ。これまでも何度も浮気をしてるしな」
「え?知っててチイ叔母さんと婚約したの?」
「ああ。オバサンには悪いけど、オバサン本人にはもう何も期待してなかった」
「え?じゃあやっぱり私が目当てで?」
「そうだけど、体目当てじゃないからな?リノは俺に取って妹と娘を足して3を掛けたみたいな存在だったからな」
「オジサン、妹も娘もいないじゃない。それに3掛けるって何?」
「それだけリノが可愛いって事だ」
また可愛いって言われた。
オジサンが手招きをする。
反らした体を戻して近寄ると、頭を撫でられた。
「血が繋がってないのに?」
「リノがそれだけ可愛いって事だな」
そう言ってオジサンは優しく笑う。
「ダイさんが許せば、俺と二人で暮らすんで良いな?」
「チイ叔母さんは?」
「オバサンとは別れる」
「それ、考え直しては貰えないの?」
「ああ」
「もし私がオジサンと暮らさないって言ったら?」
「そしたらリノとも会えなくなるからな。リノが独り立ちするまではオバサンと付き合うかも。でも結婚はしない」
「チイ叔母さんはオジサンの事、好きなんだよ?」
「本気か?もしリノが本気でそう思ってるなら、リノは恋愛は止めとけ」
「え?なんでよ?」
「悪い男に騙されるとしか思えない。信用できる人に紹介して貰った男とお見合いして結婚しとけ」
「え?私が恋愛したって良いでしょ?」
「だってオバサンが俺の事を好きだと思ってるなんて、よっぽどのポンコツだぞ?」
「何言ってんの?チイ叔母さんはオジサンが好きだよ」
「オバサンが好きなのは俺の持ってる金や地位だよ。俺を紹介する時に必ず俺の学歴や仕事や肩書を言うからな?俺の中身なんて少しも見てないぞ?」
「オジサンて、ホントの俺を見てちゃん?」
「ホントの俺を見ないで、なにを見ろってんだ」
「でも、オジサンだってホントのチイ叔母さんを知らないでしょ?」
「行動に問題ある人間のホントなんて、見ても俺には分からない」
「そんな・・・同じ人類なんだから、きっと分かり合えるよ」
「無責任な事言うなよな。俺はオバサンと付き合い始めてから、他の女性と寝た事なんてないぞ?浮気の度にもうしないって言われても、またやるんだろうなって予想が当たるのは、分かり合ってる事になるか?」
「それは・・・ごめんなさい」
「いや、俺こそごめん。リノに当たっちゃったな。ごめんな?」
「ううん」
俯いて首を振る。
確かにオジサンの言ってる事は分かる。
「なんか、俺とオバサンのどっちを取るか、みたいな話になったけど、リノがオバサンを大切にしてるのは知ってるから」
「オジサン」
「そうじゃなきゃあんな汚い部屋、掃除してやろうなんて思わないもんな?」
「あれは、まあ、やらされてるだけで」
「え?リノが自主的にやってんじゃないのか?」
「私もあの部屋には我慢出来ないけど、泊めてやるから掃除しなって言われてるし」
「そうか。料理もしてやってるだろう?」
「キッチン片付けたり冷蔵庫掃除するついでに」
「昔、オバサン家で出してくれたツマミが美味くて、何度かリクエストした事がある。でもあれっきり出して貰えた事がない。あれとかきっと、リノが作ったんだろうな」
「あれってどんなの?」
「冷や奴の薬味とかキンピラとか。キンピラはレンコンが入ってた」
「チイ叔母さん家で作った事あるけど、あれかな?薬味はなんだろう?キンピラはチイ叔母さんがゴボウは嫌いだって食べなかったから、それっきり作ってないけど」
「そうなのか?牛蒡嫌いとは知らなかった」
「ゴボウ使うのってキンピラ位だもんね」
「炊き込みご飯だってあるだろう?天麩羅だって」
「あ、ゴボテン好き」
「ゴボテンって薩摩揚げみたいので包んだヤツ?」
「うん」
「おでんか」
「ううん。網で焼いて」
「薩摩揚げの美味い店があるから、今度一緒に買いに行くか」
「オジサンもゴボテン好きなの?」
「俺はイカ巻きだな」
「え?ゴボウの話をしてたのに?」
「薩摩揚げの話だろう?」
「イカ巻きは邪道じゃないの?」
「なんでだよ?」
「知ってる?薩摩揚げってサカナのすり身で作るんだよ?サカナinサカナより、ヤサイinサカナでしょ?」
「イカはサカナじゃないだろう?それにそんな観点で食べてないよ」
「オジサンが普段連れてってくれるお店では、イカ巻きもゴボテンも出て来ないもんね。話題に上がらなかったか」
「じゃあ今度はおでん屋に行くか?」
「ううん。網で焼いて食べたい」
「ああ、そうか」
オジサンがふふふと笑う。
「リノの事は小さい時から知ってるけど、やっぱりまだ知らない事があるな。部屋の家具もそれっぽいのを選ばなくて良かった」
「それっぽいの?」
「俺が思う10代の女の子が好きそうなイメージの物」
「10代って幅が広すぎるけど、なんか凄く子供っぽいの選ばれそう」
「それは仕方ないよ。俺のリノのイメージはゴボテンよりお子様ランチだもの」
「え?まだお子様ランチなの?」
「多分一生だな。歳取ってからも、あの時リノはお子様ランチを美味しそうに食べてたよな、って言いそう」
「最後に食べたの、だいぶ前じゃない」
「そうだけど、いつも凄く嬉しそうな顔をして、可愛かったからな。今も可愛いけど」
またちょっと俯いた。
「それで?この家で暮らす前提で良いのか?」
「迷惑じゃないの?」
「リノの学校の前にリノの為の部屋を用意してここを借りたんだ。迷惑なもんか」
言葉からは罠しか想像できない。
「でもオジサンにメリットが無いじゃない」
「リノが安全に暮らせれば、俺の心の不安がなくなる」
「え?オジサンの不安て私だけ?」
「他に何がある?そりゃあ、地震や落雷や火事や事故や、不安になる事はいくらでもあるけど、それらは用心しても仕方ない部分があるからな。それに比べたらリノの事は、やればやるだけ安心できる」
「自分の仕事や将来は?それこそ結婚とか」
「俺のか?仕事は順調、蓄えもそこそこ。オバサンとの結婚は止めたから、俺の結婚はリノが結婚してからで良いさ」
「え?なんで私が先なの?」
「俺が結婚したら、一緒に居辛くないか?相手がオバサンじゃないと」
「そりゃあまあ、ここから出て行くと思うけど」
「だろう?」
オジサンの結婚相手がチイ叔母さんでも、やっぱり出ていくんじゃないかな?
「もし俺に、リノと暮らすより優先したい女性が現れたら改めて考えるさ。それまではリノ優先だ。大学も俺が通勤できる範囲なら、一緒に住むからな?」
「え?大学って私?」
「大学、行くだろう?」
「でも、お金が」
「俺が出すって。医大だって何とかしてやる」
「いやいや、医大なんて狙ってないけど、でも大学に行く積もりはなくて」
「行きたくないなら仕方ないけど、折角良い高校入ったんだから、やりたい事があるならやらしてやる。その為にリノを引き取る積もりだったんだから」
腿の上に置いたもう空のカップを見る。
顔が上げられない。
「そんなにして貰っても私、オジサンに何も返せないよ?」
「リノならそう思うだろうな。だから交換条件だ」
危険ワードが出た。
「え?なに?」
また自分を抱き締めて、少し体を反らす。
「一日一回、ハグさせろ」
そう言うとオジサンは立ち上がって腕を広げた。
「ハグって」
「ハグ。知らないか?」
オジサンが自分自身をガバッと抱き締める。結構痛そうなんだけど。
「いや、知ってるけど」
「ほら立って。今日の分だ。お尻触ったりしないから」
「ええ~?」
取り敢えず立って、でもオジサンとは少し距離を取る。
「どうした?来ないならこっちから行くぞ?」
「いや、ちょっと待って」
心の準備が。
「分かった。待つ。でももう眠いから、早目にしてくれ」
「え?もう寝るの?」
「リノはまだ起きてる積もりか?」
「少し勉強しなくちゃだから」
「勉強道具、持って来たのか?」
「バッグに入れてある」
「ああ、それであの重さだったのか。それじゃあ着替えは?」
「着替えは、ないけど」
チイ叔母さん家に置いてあるのに着替える積もりだったけど、持ち出さなかったから。
「なんだ。ちょっと待てろ」
そう言うとオジサンはダイニングを出て行った。
え?心の準備が調いそうなのに、こんな気持ちの私を置き去り?