02
クルマが見覚えのある道を通る。
「あれ?どこ行くの?」
「俺ん家」
「え?こっちだっけ?」
「引っ越した」
「いつ?知らなかった。チイ叔母さんも何も言ってなかったし」
「言ってないからな」
「え?引っ越したって、チイ叔母さんとの新居じゃないの?」
「その積もりだったけど、調べてみたらああだろう?様子を見てたんだ」
「様子を見てたって、それってチイ叔母さんにはまだチャンスがあるって事?」
「バカ言うな。俺のリノの純潔を売ろうとしたんだぞ?そんな奴にチャンスを与える訳ないだろう?」
「まだ売ろうと決まった訳じゃ」
「決まってからじゃ遅いだろう?全くもう、のんびり屋さんか?」
「そうじゃないけど、でも私、オジサンのじゃないよ?」
「俺の気持ち的には、俺の可愛いリノだ」
驚いた。
オジサンに可愛いって、久し振りに言われた気がする。
小さい頃は良く言われたと思うけど。
もしかして危ない?
顔を逸らして窓の外の景色を見る。ちょっと窓を開けて、顔を風に当てた。
顔を熱くしてる場合じゃないし、頭を冷やさなきゃ。
「この先、私の学校があるんだよ」
話を逸らしてみる。
「知ってる」
「ホント?オジサン家、近所なの?」
「ああ。直ぐ傍だ」
「へー。じゃあ学校帰りに寄って良い?」
「何言ってんだ。俺ん家に住むんじゃないのか?」
「え?」
「俺ん家に来いって言ったろう?」
「今晩だけじゃなくて?」
「いつまで居ても良いって言ったろう?」
「・・・そうか」
「イヤになったらいつでも出て行って良いから」
「え?そんな」
「イヤになるまで居ろ」
「・・・うん」
「明日、ダイさんの所から荷物取って来ような」
「明日はまだ、帰れないんだけど」
「昼間も?」
「うん」
「じゃあ、明日は買い物に行くか」
「え?何を?」
「服とか下着とか」
「え?お金が」
「俺が出すよ」
「でも」
「何日も同じ下着着てたら、追い出すからな」
「ちゃんと毎日替えてるし」
「靴下もだぞ?」
「替えてるよ」
「それならやっぱり買わないとな。下着、自分で選べるか?選んでやろうか?」
「自分で選べるよ!」
「そりゃ良かった」
やっぱり危ない?
危険度を探り探り話してたら、学校に着いた。
正門の真ん前の横断歩道の手前で停まる。
「ここ、私の学校だよ」
「そうだな」
そう言うとオジサンは、学校の正面にあるマンションの駐車場にクルマを進めた。
「え?あれ?」
「俺ん家はここだ」
「え?学校の真ん前?」
「そう」
「傍って、近すぎるよ」
「だからって、夜更かしして遅刻するなよ?」
「こんなに近くて遅刻するわけ無いじゃない」
「俺の学生時代は、家が近いヤツほど遅刻したぞ」
「う~ん、分かる気もする。こんだけ近いと油断しそうだよね」
「だから油断するなって言ってんだ」
クルマを停めたオジサンに、頭をコツンと叩かれた。
オジサン家のドアを開けると直ぐに新築の匂いがした。
「玄関、何もないね?まだ引っ越しの荷物を片付けてないの?」
「片付けたから、スッキリしてんだよ」
「こんなに何もなくて良いの?」
「いや靴とかはちゃんと仕舞ってるから」
オジサンが扉を開けると靴が綺麗に並んでる。
「随分と空いてるじゃない」
「リノの靴を入れりゃあちょうど良いだろう?」
「これが埋まるほど、靴持ってないよ」
「買ってやるよ」
「え?オジサン、もしかしてパトロン気取りってヤツ?」
「良いから上がれ」
オジサンはさっさと先に行った。
「ここがリノの部屋な」
ドアを開けて灯りを点けると、木目が美しい家具が目に入る。
「俺の趣味で地味な部屋になってるから、家具は買い換えような」
「え?なんで買い換えるの?」
「自分の好みに合わせた方が良いだろう?」
「あ、でも、もったいないし、このままで良いよ」
「どっちにしろ、机は買わなくちゃだろう?」
「机って・・・」
「机に合わせて・・・どうした?家でも勉強しろよ?」
「家って・・・」
「いやホント、どうした?旅行先に泊まるのとは違うからな?ここでちゃんとした生活送らせるから、その積もりでいろよ?」
「あ、うん。分かった。でも、机はちょっと待って」
「どうして?」
「テーブルはある?」
「うん?リビングにもダイニングにもあるぞ。こっちだ」
リビングにはソファとローテーブル、それに大きなテレビがある。
「観葉植物とか置かないの?」
「置いても良いけど、ちゃんと世話しろよ」
「あ、うん」
そう言う積もりで言ったんじゃ無いけど。
「じゃあ明日はそれも探すか」
「あ、欲しいわけじゃないよ?殺風景だと思って」
「殺風景だと思うなら、共有部は雰囲気を変えて良いから。リノが暮らし易くしろ」
「あ、うん」
「じゃあ次、ダイニングな」
そう言うとオジサンはドアを開けた。
「隣にもう一つ部屋があるの?何ここ?」
「ダイニングだよ」
「ダイニングって?」
「食事するとこ」
「え?さっきのとこで食べるんじゃないの?」
「あのソファでも飲み食いするけど、ご飯はこっち」
「分かれてるの?」
「いつまでも食べ物の匂いがしてたらイヤだからな」
「もしかしてオジサン、贅沢な事言ってる?」
「贅沢には入んない。妥協してるし」
「そうなの?あの奥は?」
「キッチン」
入ってみると冷蔵庫やコンロやシンクがある。
「ここも分かれてるんだ」
「油料理や肉や魚を焼いたら煙や臭いが出るからな」
「ウチは何もかも一緒だよ」
「ワンルームならそうだろうな」
「ここも妥協してるの?」
「仕方ないさ。賃貸だし」
「オジサンが家を建てたら、凄いことになりそうだね」
「それまで一緒に暮らしてたら、リノの好きな様にしても良いぞ」
「え?オジサンの趣味に合わなくならない?」
「リノがアイランドキッチンを選ぶなら、俺は別にダイニング作るから。最悪、二世帯住宅だな」
「アイランドキッチンがどんなのか分かんないけど、二世帯住宅って別に暮らすって事だよね?」
「まあ、そんな感じだ」
「普段は会わなくて良いって事?」
「会いたくなったら食べ物でリノを釣るさ。パスタ作ったって言えば食べに来るだろう?」
「そりゃ行くけど、それならオジサンだって、トンカツ揚げたら来るでしょう?」
「ああ。揚げ物の匂いがしたら、喚ばれなくても行くな」
オジサンと笑い合った。
「何か食べるか?」
「揚げ物?」
「冷凍メンチカツがあるけど、こんな時間に大丈夫か?」
「ううん。私は良いかな。オジサンは?」
「俺は大丈夫だけど、リノが食べるなら付き合うよ」
「私も大丈夫」
「ココアは?」
「飲む!」
「じゃあ好きな所に座って待ってろ」
「私入れるよ。オジサンも飲むでしょう?」
「ああ。じゃあココアはこれな。ヤカンはそっち。火は着けられるか?」
「え?分かんない」
「これで火が着くから」
「なるほどね」
「じゃあ俺は先にシャワー浴びて来ちゃうから、頼むな」
「うん、任せて」
そう言ったけど、カップが見当たらないのには困った。