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もう一人の挑戦者

「ヘイ喜んで!」


 気っ風のいい声とともに注文が通る。それだけで私は、やるなこの店主、と胸中でその中年男性を認めた。

 常人は魔女を恐がり、魔女は恐怖した常人がなにかしてくるかもしれないと警戒するものだ。国すらも怖れさせる大物ならともかく、私のような格の低い魔女はそうと悟られない行動を心掛けるものである。

 よって、私の姿はごくありふれた町娘のそれに偽装してある。


 だというのに、ここの主人は巨人でも音を上げると噂される超大盛りメニューを注文した私に対して、わずかに片眉を上げただけだったのだ。

 ――そうとうな修羅場を潜っている。

 おそらく、余計な忠告をして面倒なクレームになった前例をいやというほど知っている者の所作だ。長くこの業界を住処にしている証である。只者ではない。


 もしや異界からの転移者であるという噂も、あながち的外れではないのだろうか。

 各地で散見される異世界転移者、あるいは転生者の存在については、美食界隈では常に話題沸騰している。彼らが再現する故郷の味はどれも目新しく、それでいて完成度が高い。

 いまや異世界から来た料理人の話は平民、貴族、魔女の垣根を超えて熱く情報が交わされ、闇のアンダーネットワークでは高値で最新の情報が売買されているほどである。


 まあ……それだけに、偽の噂も多い。私が二ヶ月かけて全力で箒を飛ばし東の果ての店へ行った時は、村の名産品を使ったただの郷土料理が出てきて崩れ落ちかけた。

 けっこう美味しかったからよかったものの、あれが不味かったら村を滅ぼしていたかもしれない。なんにせよ私はあれから、アンダーネットワークの情報を鵜呑みにするのをやめた。やはり自分の足と舌で確かめなければ分からないものだ。


 どれ、この店主ははたして本物でしょうか?


 私は期待半分、疑い半分の心持ちで店主を観察する。

 この店は面白いことに、カウンターから調理場の様子がよく見えるのだ。

 どうぞ見てください、と言っているかのような挑戦的、挑発的な配置だ。思う存分に磨かれた美技を御覧じろと幻聴がする。


 そして、さすがそんな店の構造をしているだけあって、店主の手際は非常に良かった。惚れ惚れするほどの躍動感。私は食べる専門で料理は壊滅的だから全然分からないけれど、おそらくすごいのだろう。まるで調理器具が踊っているかのように食材を料理にしていく。

 素晴らしい。あれに比べたら、操人形師や舞台役者の魔法すら毛虫のダンスに等しい。本人たちに言ったら千回は地獄巡りさせられそうだから言わないけれど、あんな悪趣味なものとは違う洗練された美しさがある。

 これは期待できるのではないか。たとえ異世界人でなくとも、あれだけの手捌きを見せる料理人の出すものならば美味しいに違いない。


 そうだ。美食界隈でもさんざん言われていることだ。

 最近は異世界人の目に新しい皿ばかり話題になるが、美食の本質はそこではない。

 美食とはいかに美味しいものにありつけるかだ。美味しければ誰が作ったのかなど関係ない。それを忘れてしまえば、我々は求道者から道化に落ちるだろう。


 サービスの水を飲んで、ふぅと息を吐く。氷で冷やされたそれは妙な味も臭いもなく、ただただ透き通った清涼感をくれた。

 上等な水だ。土地によっては泥水の上澄みを飲料水とすることもあるが、この水は自然豊かな山で濾過された天然水に匹敵するのではないか。

 自然、笑みが漏れる。水が美味ければ料理も美味いのは界隈の常識だ。


「おっちゃん、エビルマウンテンらぁめん魔竜級。野菜マシマシにんにく魚粉カラメだ」


 ガラリと扉を開けて、新たな客が入ってくる。

 夕食時はとうに過ぎていた。夜も遅い時間だ。正体がバレたらいろいろと事であるから、人の多い時間帯は避けるのが魔女のマナーだ。

 この店はメニューに酒もないのに、この時間にも新たな客がやってくるらしい。

 いや、そんなことよりも……


 今、この客は自分とまったく同じものを頼まなかったか?


 二つ隣の席に座ったその客は、若い男だった。巨漢というほどではないが体格が良く、筋肉質な身体つきをしている。

 肉体労働者だろうか? いかにも食べそうな印象がある。気づかれないよう横目で見れば、彼は座ったまま静かに深呼吸し、精神を整えている様子だった。


 ふぅん、なるほど。


 店に入るなり店主をおっちゃん呼ばわりし、メニューを見ずに注文したところからして、彼がこの店に来るのは初めてではない。そのうえでこの真剣な精神統一の様子を見れば、事情は分かる。

 リベンジだ。


 良い。とても良い。気勢を感じる。美食は時に挑戦であり戦いだ。彼からは戦士の風格を感じる。

 初めての店の見知らぬ客が戦友に見えて、私も同じように静かな深呼吸をした。


「ヘイおまち!」


 ドン、と重みのある音と共に、目の前に料理が置かれる。


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