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底辺絵師の20代後半女子が異世界で召喚士少女の専属デザイナーになる話!  作者: くろろん
第1章 異世界と美少女と怪物と猫とあとなんかいろいろ
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第6話 創作の猫

「先生、まだかかりそうなのです?」


 白い猫と戯れているもくれんが、声をかけてくる。


「もうちょっとだけ待って」


 私は道の上に胡坐をかき、1匹の猫をスケッチしていた。

 日向でくつろぎ、まどろみの表情を見せている茶トラの猫。少しふてぶてしい感じが、無邪気な可愛さとは別の憎めない愛嬌を感じさせる。

 鉛筆での素描(そびょう)は既に終わっており、私は色鉛筆で茶トラの柄を写していた。消しゴムの使えない一発勝負。明るめの茶色と、こげ茶の縞模様が混じる毛並み。以前の私であれば描けなかっただろうそれが、紙に再現されていく。


「最近、気付いたことがあるんだよね」

「なんなのです?」

「猫は、可愛くて美しい」

「当たり前なのです。今まで気付いてなかったのです?」

「再確認したってこと。それともう一つ。私は自分が思ってたより、絵を描くのが好きみたい」

「これまでは好きじゃなかったのです?」

「それなりに好きだったと思うけど、なんだろう、承認欲求を満たす手段としての側面が強かったかも」

「今は違うのです?」

「どうだろうね。少なくともあっちの世界にいた頃よりは楽しく、集中して絵を描いてると思う」

「それはきっと、ネコさんが可愛いからです。モデルさんが可愛いとやる気も出てくるのです」

「そうかもね。猫は本当に、綺麗な生き物だから」


 私は色鉛筆を画用紙から離し、絵の全体を確かめる。


「……よし」


 とりあえず、完成だ。


「出来たのです?」


 もくれんが駆け寄り、私のスケッチブックを見る。


「おお。写実的なかわいいネコさんなのです。想像以上の出来なのです」

「褒めてくれるのは嬉しいんだけど、30日も頑張ったんだからもうちょっと期待してても良いんじゃない?」

「先生の絵柄だとリアルなネコさんは苦手だと思っていたのです。杞憂だったのです」

「なんにしても、このレベルの猫なら召喚しても大丈夫だよね」

「もちろんなのです。はやく召喚してみたいのです」


 嬉しそうに微笑むもくれん。顔は可愛いよなコイツ……


「だけど先生、前々から少し疑問に思っていることがあるのです」

「なに?」

「かわいいネコさんは、戦闘の役に立つのです?」

「…………は?」

「役に立つのです?」

「……」


 猫。ねこすけのような怪物では無く、普通の猫。

 戦闘力は、たぶん、無い。


「…………」

「先生?」

「あぁぁ……」


 私はその場で呻き声を上げ、うなだれてしまった。


**********


「先生、いい加減元気出すのです。今日はコーヒーゼリー食べていいのです」


 ファミレス(愛称)で、もくれんが私を慰める。


「うん……ありがと……」


 だけど私はなんかもう疲れちゃってぇ、全然動けなくてぇ……

 だってこの1か月間、私は猫の絵を描くため毎日頑張ったのに、それが無駄な努力だったなんて。そこに「ただの猫を描いても意味無いじゃん」ということにまったく気付けなかった自分の愚かさが加わって……ああもう、15時間くらい不貞寝させてください。


「本当に、元気出すのです。ネコさんは役に立たなくても、ユリサキ先生の画力は向上したのです。次はもっと強そうな動物を描けばいいのです」

「それはそうなんだけど、徒労感がね……」

「次はクマさんとか描くのです。凶暴で大きくて強そうなのです」

「それ絶対、上手く描けるまでに何回か頭かじられると思うわ」


 私はため息をつく。そして、ホットコーヒーを一口飲む。

 にがい。もっと砂糖入れてもよかった。


「それか、大きなネコさんを描けばいいのです。トラさんやライオンさんくらい大きなネコさんにするのです」

「見た目は普通の猫だけど、大きさだけ異常ってことにするの?」

「その通りなのです。大きいネコさんなら、乗ったりできそうで面白いのです。戦力としても申し分無さそうなのです」

「う~ん……」


 もくれんの発想は妥当な案であった。魔法(?)で生み出す召喚獣である以上、本物と同じ大きさである必要は無い。化け猫のような巨大な体を持つことだって出来るだろう。

 だけど、なんだろうか。せっかくのファンタジー世界なのに、どうにも工夫が足りなく思えた。

 一言で言うなら、ちょっとつまらない。


「…………そうか」


 だったら、面白くすればいい。


「なにか思い付いたのです?」

「うん。少し待てる?」

「もちろんなのです」


 私は鞄からスケッチブックを出し、猫の絵を描き始める。もくれんの視線を感じつつ、今までに観察してきた猫たちの姿を思い出しながら、私は筆を走らせた。

 創作。それは現実に、空想を加えることが出来る。

 それがどんなにメチャクチャで、でたらめでも、構わない。

 思い付いたものを、自分の心に浮かんだものを、自由に表現していい。

 現実を壊すその自由さが、人を前へと進ませることもあるのだから。


「……よし、完成した」


 小一時間の後、私は創作の猫を3匹、描き上げた。


「見せて欲しいのです」


 もくれんは私からスケッチブックを奪うように取り上げ、「おぉー」と小さく感嘆した。


「先生、このネコさんたちはなんなのです?」

「まず赤い猫がファイヤーキャット。炎を吐き出すことが出来るの」

「もえねこなのです」

「それで、青い猫がウォーターキャット。水を操れる」

「ぬれねこなのです」

「最後に黄色い猫がサンダーキャット。電撃を放つことが出来る」

「びりねこなのです」

「変な名前付けないでくれない?」

「先生の方が変なネーミングなのです。かわいくないのです」

「いや……格好良いでしょ?」

「……」


 もくれんが沈黙する。え? 格好良いでしょ?


「とにかく、このネコさんたちは素晴らしいのです。それぞれの特技を上手に使えば、みんな大活躍するに違いないのです。早く召喚してみるのです」


 もくれんは立ち上がり、テーブルからファミレス(愛称)の出入り口へと向かう。


「ああちょっと、会計しないと。あと、召喚書への清書もしないと」

「わかっているのです。でも、待ちきれないのです」


 うずうずとした様子を隠しきれないもくれんが、スケッチブックを抱えたまま出入り口の前で足踏みをする。

 私はその姿に、思わず笑みをこぼしてしまう。

 自分が絵描きとして、やっと何かを成し遂げられたような気がして。

 それはとても、嬉しいものだった。


**********


 数日後。私ともくれんは討伐依頼のため、ある湖に来ていた。

 今回の討伐対象は巨大魚の姿をした魔物。成功報酬は1万クエポイント。今までで最も多い報酬だが、その分難しい依頼であることは容易に想像できた。

 私は湖のほとりに立ち、じっと水面を観察していた。しばらくすると、大きな影が水中を移動してこちらへ向かって来るのが見えた。私に付与された魔物に狙われやすくなる加護が、目論見通り巨大魚を引き寄せたようだ。


「もくれん! 来るよ!」

「こちらからも見えたのです。それじゃあ出番なのです、ぬれねこ!」


 私の少し後方にいたもくれんが、ウォーターキャットを召喚する。ウォーターキャットがひと鳴きすると、湖の水が空中へと吸い上げられ、その流れに巨大魚が巻き込まれる。


「そのまま地面に叩き付けるのです、ぬれねこ!」


 ウォーターキャットが首を振ると、吸い上げた水が湖から少し離れた地面へと勢いよく向かって行った。巨大魚もその勢いに抗えず、湖水と一緒に地面へと落下する。


「よくやったのです、ぬれねこ! 次はびりねこ、頼むのです!」


 ぬれねこじゃなかったウォーターキャットが光の粒子となって消え、代わりにサンダーキャットが召喚された。


「びりねこ、強力な一撃をお見舞いするのです!」


 もくれんの指示の直後、サンダーキャットの上方に放電する球体が出現し、そこから巨大魚へ向かって電撃が放たれた。


「うわっ、まぶしいのです!」


 顔を背けるもくれん。私は健康の加護のおかげか、それほど眩しく感じなかった。だから電撃を受け、全身を激しく痙攣させる巨大魚の姿もしっかりと見えた。


「ユリサキ先生、攻撃は成功したのです!?」

「バッチリ当たってるね。もう死んだんじゃないの?」

「念には念を入れるのです。次はもえねこ、行くのです!」


 サンダーキャットが消え、もえねこ違うファイヤーキャットが現れる。


「焼き魚にしてやるのです、もえねこ!」


 目を抑えながら、もくれんが命令する。ファイヤーキャットは、にゃああ、と威嚇するように鳴いた後、口の先から火炎を放射して巨大魚の表面を焦がした。

 香ばしい匂いが立ち込めるが、魔力で出来ているという魔物の肉からどうして美味しいお魚の匂いがするのか、少し謎だった。もくれんがよく口にする気にしない方が良い案件なのだろうけど。

 火炎放射を受けた巨大魚は高熱に悶え、尾ひれを激しく地面に叩き付ける。抵抗は激しく見えるものの、電撃と火炎を立て続けに受け、巨大魚の体力は相当削られているはずだ。


「そろそろ良いのです、もえねこ! 最後は任せるのです、ねこすけ!」

「ネコー!」


 可愛い赤猫ちゃんが消え、怪物が出現した。怪物ねこすけは素早く巨大魚の首元に噛みつき、その肉を噛み千切った。


「ネコッ!」


 噛み千切った肉を放り捨て、また肉を噛み千切り、放り捨て、噛み千切り。小さな体が、巨大魚の肉を穿(うが)っていく。巨大魚は抵抗しようと尾ひれを動かしたが、次第にその動きも弱々しくなっていった。

 やがて巨大魚の全身から、紫色をした淡い光の粒子が放出され始める。肉体が致命傷を受けたため、構成要素である魔力が散逸しているのだろう。

 しばらくすると巨大魚は跡形も無く消え失せ、ねこすけだけがそこに残った。


「お見事なのです、ねこすけ!」

「ネコー!」


 もくれんは駆け寄ってきた怪物の頭をよしよしと撫でる。自分も見慣れてきたせいか、ねこすけがちょっと愛らしく見えてきた……まずいな……


「先生もありがとうなのです。ネコさんたちのおかげで、まるでナントカトレーナーになったみたいな戦いが出来たのです」

「うん。私もそれ思った」


 やっぱりあの3匹のファンタジー猫は、どっかで見たような感じのキャラになってる気がする。そりゃ、私ごときが独創性溢れるデザインを出来るわけが無いので、仕方ないのかもしれないけど。

 そんなことより、大事なことがあるのだし。


「他の3匹も褒めてあげるのです。まずは、もえねこからなのです」


 もくれんはねこすけの代わりにもえねこを召喚し、「頑張ったのです」と笑顔で可愛がる。

 クライアントである彼女が、笑ってくれること。

 それは今の自分にとって、自身のオリジナリティを追求することよりもずっと、大切なことだった。

 彼女を幸福にすることが、この世界における私の、絵師としての仕事なのだから。

 ……ちょっと、格好良いかも。


「先生にもよしよしした方が良いのです?」


 4匹の召喚獣を撫で終えたもくれんが、こちらを見て尋ねてきた。


「いらない。お姉さんだからね」

「だけど、最大の功労者はユリサキ先生なのです。私はちゃんと、わかっているのです」


 屈託の無い微笑み。ムカつくところも多々あるけど、まぁ、良いパートナーなのかもしれない。まだまだ分からないけど。


「この調子でどんどんクエポイントを稼いで、ポイントで強くなって、もっと難しい依頼もやって、目指せ不労所得なのです。先生もお付き合いお願いしますなのです」

「オトモだからね。とことん付き合ってあげるから」

「よろしくなのです、これからも」


 もくれんが差し出した小さな右手を、私は握り返す。

 多分、今後も無茶苦茶に痛い目をたくさん見るだろう。だけどこういう瞬間があるのなら、それでも良いような気がした。


 それで良いんだと、思えた。

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