第2話 色々と説明してくれる受付のミドリさん
「それで、服屋に着くまで私はパジャマのままなの? というかこの世界、マトモな服屋あるの?」
召喚部屋を出た私たちは、石造りの廊下を進む。
「まずは受付のミドリさんとお話するのです。ミドリさんはこの世界の説明をしてくれる便利な人なのです」
人を便利なもの扱いしてるのはどうかと思うけど、もうこの子はそういうダメな子だと思って諦めよう。
やがて私たちは広い部屋へ出た。木製のカウンターがある、役所や病院の受付みたいな広間だった。というか、そういう場所なんだろう。
「ミドリさーん、召喚成功したのですよー」
もくれんがカウンターに身を乗り出し、声をかけると、奥からメガネをかけた女性が現れる。
「成功したんですね。おめでとうございます」
温和な雰囲気を漂わせた美人が、ふわっとした長髪を揺らしながら近づいて来た。彼女が受付のミドリさんだろう。
「それで、そちらが召喚されたオトモさんですね」
オトモさん。なんなの、マジで私はそこのクソガキのオトモなの? 下僕なの?
「はじめまして。私はあちらの世界から来た転移者さんの支援をさせていただいてます、神殿協会所属のミドリと申します。これから長い付き合いになると思いますので、どうかよろしくお願いしますね」
ミドリさんが丁寧にお辞儀をした。
「あ、はい。どうも」
私はぎこちなく礼を返した。パジャマ姿なのもあって、多分すげぇダサい。
「それではまず、お名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。名前は……」
「ユリサキ先生、喋る時に『あ、はい』って必ず言ってるのです。コミュ障なのです」
「ちょっと黙ってて」
「ユリサキ先生でよろしいでしょうか?」
「えっと……じゃあ、ユリサキで」
本名じゃないんだけど、ここを超リアルなVRゲームの世界だと思えばそれで良いような気もした。そこの迷惑なファンに個人情報を教えたくも無いし!
「それではユリサキさん、今の貴女の状況を説明いたしますね。ユリサキさんはあちらの世界から」
「その前にちょっといいですか?」
「なんでしょうか?」
「日本語、上手すぎませんか?」
ここは異世界らしいのに、この人むちゃくちゃ日本語使ってる。翻訳魔法とかそういうやつなのか、あるいはやっぱり夢だからだろうか。
「あちらの世界から来た方々は、みんなそう仰いますね。でも私はこの世界の言葉しか使えませんよ?」
ミドリさんが微笑んで言った。
「いやでも、歴史とか文化とか全然違うはずなのになんで同じ言語になるんですか?」
「?」
ミドリさんが首を傾げた。話が通じてない?
「先生、ここはファンタジー世界なので、そういうのは深く考えない方が良いのです」
もくれんが横から口を挟んできた。
「だけどおかしいでしょ、この世界だってファンタジーなりに数千年の歴史とかが」
「難しいことは考えない方が良いのです。ファンタジー世界はなんでもありなのです」
「……わかった」
彼女の目が、「その話題はツッコんでも無駄なのです」というメッセージを送っているように感じたので、私は一旦この件を置いておくことにした。もしここが本当に異世界なら、正統ファンタジー世界じゃなくてカオスに満ちたコメディファンタジー世界なんじゃ……
「それでえっと……私の状況、でしったけ?」
カオスな予感を覚えつつも、私はミドリさんとの会話を続ける。
「はい。ユリサキさんは、もくれんさんのオトモとしてこの世界に召喚されました。なので、ユリサキさんはもくれんさんに危害を加えたり、勝手に一定以上の距離を取ることが出来なくなっています」
「え、マジで?」
「マジです」
本当に下僕だった。この世界の人権意識は相当低いらしい。やっぱりヤバい世界だった。
「ねぇ、なんで下僕として召喚したわけ?」
もくれんに尋ねる。
「オトモとして召喚しないと、協力してくれそうにないからなのです。絵を描く人は自由にさせると、絵も描かずに遊びまくると聞いたことがあるのです」
正解!
それはそれとして、もくれんの言うように召喚されたからといって協力する義理は無い。それを防ぐためのオトモ化というわけか。
「ちなみに危害を加えたり、勝手に離れたらどうなるんですか?」
「全身に激痛が走るそうですよ」
地味に嫌! 完全に奴隷じゃん!!
「とはいえ、クエ神やタングッツ神も鬼では無いですから、絶対服従のような形にはなりません。だから、仲良くしてれば大丈夫ですよ」
「クエ神とタングッツ神ってのが、ここの神様なんですか?」
「他にも神様はいるのですが、知恵と農耕の神であるクエ神と、探索と伝達の神であるタングッツ神が神殿協会と関係の深い神様になります。きっとユリサキさんにも加護を与えてくださいますよ」
ファンタジー世界なのだから、多分本当に神の加護が与えられるのだろう。今のところ神罰のことしか聞いてないけど。
「とにかく、私はこの子のオトモとして働けば良いってことですか」
「そうですね。もくれんさんは冒険者としても活躍してますから、そのお手伝いをするのが良いと思います」
「やっぱ冒険者なんだ」
「当たり前なのです。異世界に来たら冒険者になるのが基本なのです。メリットもたくさんなのです」
「どんなメリットがあるわけ?」
「クエポイントがいっぱいもらえるのです」
「クエポイント?」
「クエポイントは善い行いをするとクエ神から与えられるポイントです。それを使うことで様々な加護を得ることが出来るんですよ」
「ふーん」
まるでゲームだ。いや、現代の日本語が通じるあたり、ゲームを元にしてこの世界が作られているのかも。パクったのか、神々。
「ちなみに私は『働かなくても生活できるくらいのお金が毎月振り込まれる加護』を目標にしてるのです」
「それって加護なの? 年金とかじゃないの?」
「授かるのがとても難しい加護なのですが、もくれんさんは前向きに頑張っているんですよ」
「その加護を得るためには、どのくらいポイントが必要なわけ?」
「えっとですね……」
そう言うとミドリさんは、カウンターの下から木の枠にはまった水晶板を取り出し、指で操作し始めた。
いや、それってどうみても……
「タブレット端末?」
「これはクエパッドです。神々が様々な情報を教えてくださる神器なんですよ」
なにがクエパッドだよっ! やっぱ私らの世界の発明を軽々しくパクってるじゃん!
「もくれんさんが目指してる『働かなくても生活できるくらいのお金が毎月振り込まれる加護』はですね、10億クエポイントが必要になります」
「途方もない目標に聞こえるけど……」
「他の加護だと、たとえば『異世界からオトモを召喚する(知人程度の関係)』だと10万ポイントになりますね」
「あらお安い」
「お安いのです」
「……って、それって私の召喚費用ってことだよね!? 私の価値ってその程度なの!?」
「先生の価値はもっと高いのです。だからオトクということなのです」
「くっ……怒りづらい言い方を……」
「ちなみに、オトモの方もクエポイントで加護を得られることが出来ますよ」
「そうなんだ……ちなみに奴隷解放はおいくらで?」
「そんなに私のオトモが嫌なのです?」
「嫌」
「『オトモから通常異世界転移者への身分変更』は1000万クエポイントになりますね」
10億クエポイントに比べればだいぶ現実的な価格だ……これは割と早く狙えるかな?
「ただ、オトモは丙種冒険者なので」
「ちょっと待って。丙種?」
「はい。冒険者は甲種、乙種、丙種に分かれていて、あちらの世界からの通常転移者さんが甲種、こちらの世界の住人が乙種、あちらの世界からのオトモさんが丙種に」
「そういうのはSランク、Aランク、Bランクとかじゃないの? あるいはゴールド級、シルバー級、ブロンズ級とか」
「?」
ミドリさんが首を傾げた。
「ユリサキ先生、この世界を架空のファンタジー世界と同じように考えてはダメなのです。現実のファンタジー世界はなんでもありなのです」
なんか言ってることが意味不明なんだけど!? ここまでヨーロッパ的なファンタジーの様相を醸し出してたんだから、テイストは統一すべきじゃない!? いやクエパッドとか出てきてる時点でもうなんかおかしいから今更なんだけどさぁ!
私は数秒程沈黙し、この世界の空気感について思考を巡らせた。
そして――ひとまず気にしないことにした。
理解不能なことには思考停止するしかないのよね!
「それで、丙種だと何か問題があるの?」
「冒険者は依頼を達成することで報奨金とクエポイントが与えられるのですが、丙種冒険者であるオトモさんは基本クエポイントの1%しか貰えないんですよ」
申し訳なさそうにミドリさんが言った。パーセントって単位があるんだね、この世界。もうツッコみたくない。疲れた。
「1%で1000万ポイントってことは……100%だと10億ポイントか」
異世界ファンタジー格差社会ここに極まれり。
「おお。私の目標と同じなのです。つまり私の目標が達成されれば、先生の目標も達成されるのです。ラッキーなのです」
ラッキーじゃない! 全然ラッキーじゃない! 最後まで付き合わなきゃいけないってことでしょ、これっ!!
「でもまぁ、絵を描くだけだからどうにか……」
「絵を描くだけじゃなくて、冒険のお手伝いもして欲しいのです」
「私、戦闘の経験とか無いんだけど」
「それなら、転移加護を調べてみましょう。あちらの世界から転移した方なら、オトモさんでも転移加護が授けられているはずですから」
転生チートみたいなものか。この世界の神、ただのオタクなのでは?
「ちなみに私の召喚も転移加護なのです」
「だろうね」
「それでは、転移加護を確認しますね」
ミドリさんがクエパッドの背面を私に向けて、なにやら操作をする。異世界転移者には二次元バーコードでもついているのかな?
「完了しました。ユリサキ先生の加護は……あっ、凄いですよ!」
「なんだった?」
「『健康』です!」
「……健康?」
「『傷を負わず病にもならず毒なども効かず寿命以外で死ぬことはない』とのことです。これは凄い加護ですよ」
「確かに凄いけど……地味だね」
「先生にはちょうどいいスキルなのです。絵描きさんも健康第一なのです」
そういえば寝る前に健康を望んでた気がするなぁ……もしかしたら、私自身の願望を汲み取った結果なのかも。
「これなら前衛職で活躍できそうですが……ああでも、戦士職の適性は無いみたいですね」
「職業の適性もわかるんだ」
「魔法職の適性もあまり……職人系の適性が高いのと、素早さはそれなりに伸びるみたいなので、道具を作ったり魔物をかく乱したりする役割が向いていると思います」
「ふむふむなのです」
「あまり役に立てそうにないけど、いないよりはマシってところなのかな」
「こういう適性の持ち主が活躍できる場合もあると思うので、あまり落ち込まないでくださいね」
ミドリさんが微笑んで慰めてくれるが、そのフォローが逆につらい!
「だいたいわかったのです。それではミドリさん、また聞きたいことがあったら来るのです」
「はい。気を付けてくださいね」
私たちはミドリさんと別れ、部屋を出ることにした。
「なんとなくやることは分かった。だけどまずは、もくれんの召喚を見ておきたいかな」
「ここじゃ危ないから、もっと安全な所で見せてあげるのです。私の召喚はなかなか凄いのですよ」
「ああでも、その前に服だわ。あと靴。裸足だし」
「ミドリさんに言えば、この世界の服とかもらえるのです」
私は回れ右し、ダッシュでミドリさんのいるカウンターに戻り、身を乗り出す。
「服ーーーーっ!!」
「先生うるさいのです」
そうして私はこの世界の初期装備である布の服と靴下と革靴と下着のセット(何故か現代日本と比べても遜色無い品質のやつ)を手に入れたのだった。