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ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜  作者: ふーみ
ボーンネルの開国譚
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ヴァンの過去

 翌日、宿を出るとヴァンに会うためエピネール商会に向かった。

 向かう途中、昨日の一件もあってか周りからの視線が強かったが痛い視線というのではなかった。

 笑顔で挨拶してくれる人もかなりいたほどだ。


 商会に入ってヴァンは会うなり


「ようっ、そういえばクレースが賞金首になってたぜ」


 と、さらっと言ってきた。


「まあ仕方ないね」


「どおりで視線が強かったわけだな」


「まあ、あんたなら大丈夫だろ。それより昨日のことをエピネール商会の会長に話したらおまえたちと話がしたいってさ。今すぐ来ると思うぜ」


 ヴァンがそう話していると奥から上品な雰囲気を醸し出すエルフの女性が出てきた。


「お初にお目にかかります。私はエピネール商会で会長をしております、エルシアと申します。以後お見知り置きを」


「初めまして、私はジンって言います。それでこの狼はガル、それでこっちがクレース、よろしくねエルシアさん」


「ジンさん、クレースさん、そしてガルちゃんですね。よろしくお願いいたします」


 エルシアは丁寧に挨拶するとさっそく本題に入った。


「ヴァンから話は伺いましたわ。エピネール商会は国に対して多額の税金を支払っておりましたから、中央教会の後ろ盾がないとわかれば無理に支払う必要はありませんわ」


「ああ。それで相談なのだが、私たちの住むボーンネルに商業面で協力してくれないか?」


「商業面での協力····ですがなぜいきなりこのようなことを?」


「色々あってボーンネルの王様になろうと思ってるんだ。だけど資金面がまだまだでね」


 色々あって王様になろうとしている。かなり省いたがエルシアは頷き理解してくれた。


「なるほど。事情は理解しました······ただし条件が一つあります」


「条件?」


「ええ、この国をボーンネルの一部にしていただきたいのです。この国は無能な国王のせいでまともな国の形を為しておりません。もしこの国の問題を解決してくださるのでしたらこのエピネール商会を廃止し代わりにジン様の治められるボーンネルの商会としてご尽力致しましょう」


 エルシアの判断は早かった。かなり重要な転機にはなるはずの決断だがエルシアの顔に迷いはない。


「そんなにすぐ決めてもいいの? 返事は考えてくれてからでいいよ」


「いいえ、一流の商人というのは物事の好機を逃しません。買わせて頂きましょう。あなたたちの覚悟を」


 こうしてジンたちは無事エピネール商会と同盟を結んだのであった。



 ************************************



 その頃エピネール城。ベルベットは激怒していた。 


「まだあの忌々しい獣人は見つからんのかッ!」


「申し訳ございません、もう少々お待ちください」


「チッ! 使えんなこのゴミどもが。王には報告したか?」


「はいすでに伝達しております」


「なんなのだ王は、私がこんな大怪我をおったというのになぜ国の兵どもを出さないッ!?」


 ベルベットはクレースに対する怒りが収まらず昨日からこの調子でずっとイライラしていたのだ。


 一方エピネール城、王の部屋。エピネールの王の名はロバルトという。

 ロバルトはエピネールの王というだけで実力の伴わない、名ばかりの王である。


「何やら忌々しい愚民が朕の国を荒らしているようだな。だがまあ中央教会の名を出せばすぐ朕にへりくだるであろうよ」


「そうですぞ王。何やら他国の者のようですが気にする必要などありませんぞ」


 貴族たちはベルベットのことは公言せず、口を揃えて同じようなことを言う。


 そしてその場にいるものは誰も嘘を言っているつもりはない。ただ自身の記憶にあることを多少は大袈裟にしても言っているだけなのだ。エピネールの王室の全員は、皆エピネールの国には中央教会という後ろ盾があると『思い込んでいる』のだ。そしてそのことを誰も疑わない、不思議に思うこともない。ただ盲目的に信じきっているのだ。······ただ一人のあるものによって。


「━━ついに、あなた様を見つけられました」


 整った顔を少し崩すようにその者は興奮を含んだ笑みを浮かべていた。



 ************************************



 ジンたちが商会の外へ出ると地面からインフォルが顔を出し手を振っていた。


「ようやく見つけたで、ジンちゃんにクレースはん」


「あっインフォル。どう? 何かわかった?」


「それがなあ、どうも貴族連中だけやのうて国王も中央教会がバックにおるって信じきっとるんやわ」


「ん? どういうことだ」


「ボルのやつが言った通り、エピネール国と中央教会のつながりを示しとるもんは一個もなかった。せやけどな、ワイの相棒が言いよるからほんまや」


 インフォルの相棒とは『意思のある道具』の「バンパー」。バンパーはスコップであり、インフォルが使用すると対象の相手が嘘を話しているのかが分かるのだ。


「そうなると何者かが裏にいると考えるのが妥当だろうな」


「ということは国王連中に何を言っても聞く耳をもたれないね」


「まあこんなところやな、じゃあ気いつけるんやでジンちゃんにクレースはん、それにガルちゃんも」


「うん、またね、ありがとう」


 ガルが「バウっ」と返事をするとインフォルは手を振りながら地中に消えていった。


「そうだ、ジンにクレース。この国には王国に昔から仕えるメルバール家という魔法使いの家系があるんだがな、この国では割と有名で現当主の『メルバール・ロッド』って言うのはなかなかの魔法使いらしいぜ。気をつけな」


 インフォルと別れてすぐにヴァンがそう話しかけてきた。


「メルバール? 知らない名だな」


「ゼフじいが言ってた人かな? 一応油断しない方がいいね」


 そしてヴァンは何かを決心するかのように真剣な顔で話しかけてきた。


「それによ、俺はこの国の国王連中はどうしても許せねえんだ」


 ヴァンは激しい怒りを抑えるように唇を強く噛みしめる。

 確かな決意を持ったヴァンの瞳。

 貴族に対するこの憎しみはヴァンの過去に由来していた。



 ************************************



 12年前、ヴァンはもうすぐで8歳の誕生日を迎えようとしていた。

 ヴァンの家は決して裕福ではなかったがヴァンは幼い頃から父と母からの絶え間ない愛情を受け幸せに暮らしていた。


「お母さん、お父さん僕ね僕ねっ! 誕生日にケーキ食べたい!」


「そうね、ヴァンはもうすぐ8歳になるもんね」


「そうかぁ、もう8歳になるのか。大きくなったな」


 この頃ヴァンの父親はエピネール商会で駆け出しの商人として働いていた。少ない収入で小さな家に住む家庭だったもののそれなりの生活はできる。


 ヴァンの8歳の誕生日、母親は外に出ていた。そしてちょうどその時ヴァンの父親が仕事を終え家路に向かう途中であった。結婚後少し経った後も変わらず仲のいい夫婦。近所に住む者達からも有名なほどだった。


「おう、買えたか?」


「ええ、きっとあの子も喜んでくれるわ」


 仲良く話しながら両親はヴァンのいる家へと向かう。


「道を開けろーッ! ベルベット侯爵の御前であるぞ!」


 しかし突然辺りから緊張した雰囲気が伝わってきた。何事かと思い声の聞こえる方を向くとその原因はすぐに判明した。二人の視線の先には貴族階級でも上位の侯爵家がいたのだ。そう、12年前のまだ侯爵家であったベルベットである。


「どうしてこんなところに侯爵家様が」


 そういった声が周りから聞こえてくる。

 二人も嫌な予感を感じその場から逃げるようにして回り道に向かった。


「おい、そこの女。おまえだお前。余が呼んでおるのだ、近うに寄れ」


「ッ——」


 声をかけられ二人は背筋が凍るような感覚に襲われた。

 ベルベットの視線の先。周りにいた者達の注目はヴァンの両親へと向かった。 

 そして驚きつつも緊張した面持ちで振り返る。

 ベルベットからの舐め回すような視線。

 恐怖で足はすくみ身体は小刻みに震えていた。


「先ほど上から見ておったが目の前で見るとなお美しい。喜べ、余の妻にしてやるぞ」


 あまりにも身勝手な発言。しかしベルベットを咎められる者などその場にいなかった。


「そ、そんな。私には夫も、まだ小さな子どももいるのです。どうかお許しを」


「何を言うか! この侯爵家である余が妻にしてやると言っておるのだ」


 そう言ってベルベットは強引にヴァンの母親の手を掴む。ヴァンの父はすかさず、妻を引き寄せベルベットから引き離した。


「どうかお許しをッ!」


「黙れ、貧民がふぜいが我に歯向かうとはなんたる無礼か! こやつを殺せ」


 ベルベットは顔を赤くして怒り、衛兵に怒鳴りながらそう命令した。

 妻を守るように後ろへ移動させヴァンの父親は衛兵の前に立つ。

 既に逃げる選択肢などなかった。だがヴァンの父親は武器など持っていない。


「いやぁーッ!」


 次の瞬間、女性の悲鳴が響き渡る。

 叫びも虚しく、ヴァンの父親は無慈悲にも衛兵によって胸を突かれ命を落とした。


「ふんっ、興が醒めたわ。もういい、こやつも殺してしまえ」


 ベルベットがそう命じると衛兵はそのまま放心状態のヴァンの母親を突き刺した。周りにいた者達は拳を握り歯を食いしばるも誰も動こうとはしなかった。動けなかったのだ。今動けばあまりにも明白な死という現実が待っている。


「······ヴァ······ン、 ヴァ······」


 ヴァンの母親は、子どもの名前を言い続けた。だがその声は次第に弱くか細くなっていく。

 終わりの時は刻一刻と近づいていき呼吸は小さくなっていった。だが手に持った小さな箱を手放すことはない。潰れたその箱を見て涙が頬を伝った。


(ヴァンが····待ってる。まだ····あんなに小さいのに)


「ごめん······ごめん」


 死の間際、口から出てくる言葉はそれ以外になかった。

 何度も謝りながら、横で大量の血を流し絶命していた夫が目に入る。

 倒れる夫に手を伸ばしたが最後まで手は届かなかった。


 その光景を見ていた誰もが自身の無力さに後悔する。助けに行こうにもまだベルベットがいた。


 ヴァンが両親の死を知るのは近くに住む住人が噂をしているのを聞いた時だった。頭が真っ白になり無心でその姿を探し出す。誕生日などどうでもよかった。ただ生きてさえいてくれれば全てがどうでもよかった。


「お母さんっ····お父さん」


 泣きながら歩いていたヴァンはその姿を見つけた。

 涙で視界ははっきりしない。力の抜けた身体でゆっくりと近づいていく。

 真っ赤な血を流し倒れ伏した両親はいつものように話しかけてはくれない。


「ごめん···お母さん」


 最後まで母が放さずに持っていた小さな箱からぐちゃぐちゃに潰れたケーキが見えていた。

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