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ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜  作者: ふーみ
英雄奪還編 前編
119/240

常盤


翌日、まだ朝日も出ていないほど早くに起きた二人は早々に出発の準備を整えて洞窟を綺麗にして外に出た。夜中に雨がかなり降っていたようで地面には水溜りが多く見られ粘着質になった地面は少し歩きにくくなっていた。


だがそんなことガルミューラにとってはどうでもよかった。起きてからずっと、周りの状況など気に留めている余裕など全くもってなかったのだ。


(あぁあああアアアッ!!!)


ガルミューラは生まれてきて今までないほどに心の中で悲鳴を上げた。後悔、恥ずかしさその他諸々の感情が入り混じってどうにかなりそうだったのだ。自分のしたことが信じられないほどで昨晩の自分を殴りたくなるような感覚とともに恥ずかしさでトキワの顔をまともに見られなかった。

昨晩、トキワの肩に頭を乗せて眠ったガルミューラは始めこそ緊張で眠れなかったものの焚き火の心地いい音とトキワの温もりで割とすぐに眠りについた。


しかしガルミューラの心にトドメを刺したのは朝起きた時のことだった。

早朝、天井からの水滴が顔に落ちてゆっくりと目を覚ました。少し寝ぼけていて状況がすぐには分からなかったが、隣に目を向けると頬杖をつくトキワの姿がかなり至近距離で見えた。一晩中肩に頭を乗せていたのだ。その状況を思い出すたびガルミューラは形容し難い感情に襲われる。ハッとなり自分が肩に頭を乗せているのに気がつき、物凄い勢いで立ち上がったのだ。


(コイツは、何も思わなかったのか。あんなに近くで眠っていたのにあいつは何も考えなかったのか)


トキワの横顔からは昨日から同じような表情が見えた。昨日のように特に多くを話すことなく休憩もせずに歩いていた。


「ガルミューラ、もうすぐで山を超える。親父の家はそこからはすぐだ」


「分かった」


トキワの顔は昨日よりも強張っていた。いよいよ父親に会いに行くという現実に追いつかれそうになりいつもの余裕そうな表情は微塵もなかった。それからトキワは無心で歩いた。何も考えず、頭を無理矢理に空にして一定のペースで歩みを進めた。いつの間にか山を越え、視界が一気に開ける。


「ここが······」


山を抜けると集落が一つ見えてきた。辺りには青葉が生い茂り、自然豊かという言葉が似合う景色だった。まばらに花が咲いている集落へと続く道を歩いていく。集落には少数だが人が住んでおり、客人は珍しくはないのか特にこちらに気づいても何も無い様子だった。

トキワにとっては懐かしい光景であったが、本人は周りの景色を見ている余裕などなく一歩一歩、踏みしめるように昔通った道を黙って歩いていた。


「あそこだ······まだあるみたいだな」


トキワにとって父親の家に帰ったのはジンが生まれて行った時から一度もない。ひとまずはまだ家があることにホッとしてしばらく昔の家を見つめた。


「トキワ、私も一緒に入っては駄目か」


「何言ってんだよ、良いに決まってんだろ。寧ろそっちの方がありがてえ」


近寄って、家の前で立ち止まる。極限の緊張状態にあったトキワとは対照的に周りから楽しそうに駆け回る子どもの声が聞こえてくる。


(クソッ、鼓動がうるせえ。黙って静かにしとけよ。ちゃんと会わなきゃ行けねえんだよ)


自分でも前に進もうとしていたが、身体が言うことを聞かない。


(震えんのなんて初めてだな)


緊張で無意識のうちに手が震えていた。どんな魔物を、どんな敵を相手にしても顔色一つ変えずに堂々と立つトキワも今ばかりは自分自身のことをどうすることもできなかった。


「ッ——」


その時、優しく隣から手を握られた。


「何を恐れてるんだ」


「······でもよ、今考えりゃあ俺は駄目な息子だったんじゃねえかって自分でも思っちまう」


ガルミューラを前にしてトキワは素直に思っていたことを言葉にした。いつもなら言葉を濁して本心を言わないトキワもこの時ばかりは心の底からの想いが出てきた。


「私は知ってるぞ。ヴァンやリンギル達の悩みを親身になって聞くお前の優しさを、お前のジン様に対するクレースやボルにも負けないほどの忠誠心を、誰を前にしても堂々と前を向くお前の姿を、皆を引っ張る頼りになるその背中を。トキワ、私はお前を同じ主を持つ仲間として、一人の友人として信頼している。ならお前は、私の尊敬するお前は、堂々と構えて父親に会えばいい」


それに応えてガルミューラもできる限り素直になって述べた。


「そ、そんな褒められるとはな。だがありがとよ、勇気もらったわ」


そして意を決し、扉の前に立つ。今でも覚えている特定の間隔で扉を叩く。

すると中から慌てるような物音とともに扉の方へと急いで近づいてくる足音が聞こえる。

扉は勢いよく開き中から驚いた顔の女性が出てきた。


「トキワ······様」


「おう、久しぶりだな。卯月」


出てきた卯月は目から大粒の涙を流しながらもトキワに向かって深々と頭を下げた。


「よくぞ、今までッ······ご無事で。············おかえりなさいませ」


卯月は泣きながら言葉に詰まりつつも頭を上げた時の表情は嬉しそうな笑みに溢れていた。


「その、迷惑かけたな。一度上がらせてくれ」


「······はい、そちらの方はお連れ様で?」


「俺の仲間だ」


少し表情の曇った卯月について行くようにして家の中に入った。中はあまりにも静かで生活感もあまり感じられない。ただ綺麗に掃除されており家具も整然と並べられていた。


「お茶をお入れします。お二人とも座って待っていてください」


「ああ、すまねえな」


卯月はお茶を入れると少し気まずそうにして隣に座った二人の前に正座した。


「親父は、今どこに」


「············それは」


トキワは落ち着いて周りを見ると昔の雰囲気を感じられなかった。気づけば立ち上がり、変わらない内装の中父親の部屋の前に立ってゆっくりと襖を開けた。そしてある物が目に入ってくる。


「ッ——」


「······数年前に病に伏せられ、ほんの数ヶ月前に。慎んでお悔やみ申し上げます」


いつも背中を向けて座っていた座布団はただ寂しくそこに置かれ、その横には小さな墓石が置かれていた。

目を大きく見開き、口をポカンと開けながら、部屋の中に入り弱々しい足取りで墓石の前まで近づいた。

墓石の前には小さな箱に数え切れないほどの紙が丁寧に積まれており、無意識のうちに箱ごと手に取った。


何枚かはくしゃくしゃに丸められたものを無理矢理引き伸ばしたような跡が見られ、きちんと綺麗に整えられたものもある。


「親父の······字」


積まれた紙の一番上には、綺麗な字で『常盤(トキワ)』と書かれていた。幼い頃はよく読めなかった達筆で書かれたその字は間違いなく父親の字だった。一番上の紙を取ってズレていた焦点を無理矢理に合わせ空白が目立つ紙に書かれた文字を読んだ。



『今度飯でも食いに来い。

 お前の部屋は空けてある』



「······これ····は」


「病気になられてから、旦那様が毎日のように書かれていた手紙です。勝手ながら、気に入らずに捨てられた物も集め保管させていただいておりました。『明日になれば送る』そう言われて結局は一枚も送られないまま····」


すると卯月は奥の戸棚から小さな小箱を取り出し中から一枚の紙を取り出した。


「そしてこれは、病気の中最後の力を振り絞って書かれた手紙です」


そう言われ卯月から受け取った紙はトキワの持っていた紙よりも幾分か大きく丁寧に折られていた。


「旦那様は客人の方が来られた時や、手紙が届いた時には『常盤が来たのか』、『常盤からか』と口癖のように言っておられました」


卯月の言葉を聞きながらも無心で紙を開くと、先程とは違い父親の文字で紙のほとんどが埋められていた。

何も考えず紙を広げ、息を呑んで一文字目に目を向けた。



『—常盤へ この手紙を書くまで、何枚も手紙を書いた。これで最後にするつもりだ。お前は面倒くさいことの嫌いなやつだとは知ってる。だが読んでくれ、俺の最初で最後のお前に対する頼みだ。


とは言っても、お前とはああいう別れ方をした。お前は俺のことを嫌いなやつだと思ってるだろう。それでいい。

まあなんだ、友人とは仲良くやっているか。しっかり主の言うこと聞いているか

きちんと三食飯は食ってるか、病気にかかってねえか、でかい怪我はしてねえか

女房が出来たら今度一緒に来い、美味い飯食わせてやる。お前の選んだ女ならきっと大丈夫なんだろう。


お前がガキの頃から俺がしてやったことと言えば稽古をつけたぐらいだ。俺は馬鹿野郎だから、お前が生まれてから親父としてやってやるべきことを一つも出来なかった。母親のいねえお前に親としての愛情ってもんを注いでやれなかった。お前と腹を割って話したことも一度もなかった。あの時俺はお前と話すことはねえと言ったがお前とはいつまでだって話していたい。お前の友達はどんな奴なんだ、趣味はなんだ、どんな女が好きなんだ。今考えりゃあ、お前に聞きたいことなんて山ほどある。

だからこそ、お前が正面切って自分の夢を堂々と話した時はどれだけ嬉しかったか。信頼しあえる友と夢を決め、実際に行動に移す。立派なことじゃねえか、何言われようと胸を張って自慢しろ。


ほんの数年前、お前の言っていたジンという少女がここに来た。何かと思えば、まだあんなちっせえのに俺とお前が元の関係に戻るように俺に頭を下げてきたんだ。いい主を持ったじゃねえか。お前の一生をかけて守る価値があの子にはあるぞ。

他人のために頭を下げられる奴は、人の幸せを一緒になって喜び、人の悲しみを一緒になって背負える立派な人間だ。

お前の考えは正しかった、何一つ間違っちゃいねえ。これから誰にも負けんじゃねえぞ。


それと女のことだ。こんな立場だが、ただ一つだけ。一度決めたらそいつのことを一生かけて愛してやれ。

俺は今でも母さんのことを愛し続けている。お前は少し飽きっぽいところがあるが、優しい奴ってのは知ってる。

もしお前にガキが出来たら、何も難しいことは言わなくていい。ただ信じてやれ。それだけで息子は立派に育つ、お前がそうだったようにな。

お前にしてやれることをずっと考えていた。だが決まらねえな、俺は自分が思ってたよりもお前のことを知らねえ。何をすればよろこぶのかが分かんねえ。悪いがしてやんのは向こうで母さんと相談してからだ。卯月のやつも一緒に四人でも話がしてえからな。


常盤、お前は俺のことを一生親父だとは思わなくていい。それでも、お前は俺にとってこの世で唯一母さんと同じくらいに愛した、たった一人の誰にでも胸張って自慢できる立派な息子だ。お前は俺の誇りだ。父ちゃんももうちっとだけ踏ん張るからよ、また戻って来い。早く会いてえ、会ってお前と酒が飲みたい』




読み終える頃に、気づけば手紙が濡れていた。優しく手紙を持っていた手にはいつの間にか力が入っている。

何度も拭おうと、無理矢理止めようとしても溢れ出てくる涙を止めることができない。


「····あんたが親父じゃねえなんてッ、死んでも言えるわけねえだろ」


歯を食いしばりながら、涙を拭うことなく受け入れるようにして静かに泣いた。後悔、自分に対する恥ずかしさ、心の中で感情がうるさいくらいに入り混じっている。


(会いてえよ······俺だって会って話しがてえよ、親父····)


そして持っていた手紙の束を一枚一枚、丁寧にめくる。



『元気か。もし腹減ってんなら家に来い』



『いい酒が入った。飲みに来ねえか』



『ダチとは仲良くやれてるか』



『たまには手紙を寄越してこい』




「俺は······なんて····」


空白の目立つその手紙はどれも簡潔ながらも息子を想う内容だった。


そして墓石の前に正座してゆっくりと前を向いた。


「俺は今親父とお袋に自慢しに行きてえくらい幸せだ。だからよ、見ててくれや」


そう言い残して持ってきた小箱の蓋を開けて墓石のすぐ近くに置き、立ち上がった。


「卯月、今まで世話になったな。お前はこれからどうするつもりなんだ」


「私はこれから故郷に帰るつもりです。その前にトキワ様に手紙をお渡しに行くつもりでした」


「そうか、この紙に俺の住んでる場所が書いてある。困ったことがあればいつでも来てくれ」


「はい。有難うございます」


トキワはもう一度だけ墓石の前で少しの間だけ目を瞑った後二人は家を出た。


そして一人だけになった家の中。卯月は墓石の前に置かれていた小箱の中に紙が入っていることに気がついた。そして同時に書いてあった文字が視界に入る。そして思わず、フフッと優しい笑みが溢れた。


「やはり親子で考えられることは、同じなのですね」


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