戦場に咲う
「クソッ、近づけねえ。それになんで仲間内で争ってんだよ」
「多分、メルバールの魔法だね。でもベオ、焦るのはダメだよ。覚えてる? 昔ラーグが不在だった時に、二人でやった作戦のこと」
「ああ、だがまあ正直賭けだな。上手く陽動になれるかも分からねえ」
「でも、少しは他のみんなの負担が減らせるはず」
「よっしゃ、じゃあ行くぜ」
作戦と同時にベオウルフは右手に赤色の魔力を込めた。
「五分は必要だ。無理はすんなよ」
「うん」
二人での作戦はラグナルクのいない場合とは違いかなり危険性が高まる。まず作戦にはベオウルフが魔力を溜めるために幾分かの時間が必要となる。その間、二人の陣形は前衛後衛など関係なく互いが互いをカバーし合うようにして敵を倒しながら時間を稼ぐ。
そして魔力が溜まると、前方目掛けてその魔法を解き放ち、敵に向かう一直線の道を作り出す。
作り出された道を二人同時に走り込み、敵の注意を引く。この時、相手がある程度知能を持ち陣形を持つものならまだしも、魔物達が相手ならばこの作戦は有効となる。
魔物達は遠くにいる相手より走り込んできた二人に注意が向き、二人を追うようにしてその道になだれ込んでくる。これにより魔物達の陣形は一気に崩れ去り、形勢が変わるのだ。
「行くぞッ!」
周りの魔物達はベオウルフの周りに存在する魔力濃度の変化に気づいたように二人の元へと向かってきた。
背中を守り合いながら、二人は迫り来るサラマンダーやガーグナイトの攻撃を最小限の動きで受け流した。ブレスなどの範囲攻撃には盾で対処し、複数の打撃には機動力を活かして避ける。周りには少しの判断ミスで全滅してしまうほどの魔物の数と質。しかしその状況において、フィオーレの顔には小さな笑みがこぼれていた。
(ラーグが戻ってきたらまた三人で戦う。三人で戦う時だって、今ベオと一緒に戦っている時だって、二人はいつも私を守ってくれる。いつもは喧嘩してばっかりなのに、私を守ってどっちかが怪我した時は絶対に互いを責めない。そんな優しい二人だから、今だって安心して信頼できる)
そう思いつつ、フィオーレは戦いの最中にベオウルフの横顔を見つめた。
二人の息は時間を追うごとに合っていき、二人の動きはより洗練されたものになっていく。
「フィオーレ! いけるぞ!!」
「了解!」
ベオウルフの合図でフィオーレは素早く後ろに下がる。そして同時に、前方に魔力の変動による風が吹き上がった。ベオウルフの右手からは訪れる解放の時を今か今かと待ち侘びるように赤い雷が現れた。
「雷怒咆ッ!!」
まるで魔力自体が怒気を孕んだようなその一撃はベオウルフの腕から離れると同時に地面を抉りながら進んでいった。真紅に燃える魔力は重たく、それでいて速く、一気に魔物を蹴散らしながら後方にいる魔法使いの元までやってきた。
そして瞬時に展開された魔力壁とぶつかると、轟音を響かせて爆発し、魔物の周りに魔力を撒き散らした。その破壊力にエスピーテ国の魔法使いは数十人やられ、遂に魔法使いへの攻撃に成功したのだ。
「ベオッ!」
「問題ッ、ねえ。行くぞ」
大量の魔力の消費により、少しよろめいたが気合いで立ち上がる。先程いた魔物がかなり減少し、二人の目の前には段差でできた大きな道があった。二人が猛スピードでその道を走り出すと、想定通り魔物達は陣形を崩しながら二人を追った。そしてこの作戦には最後にもう一段階ある。先程、雷怒咆の魔力を体に浴びた魔物達は混乱状態に陥り怒り狂うのだ。そのため魔物達は互いに殺し合い、二人はメルバールを含めた魔法使い達のみとの戦いに持ち込むことに成功する。
しかし二人は急に背筋が凍り、自然と自分の筋肉が緊張の悲鳴を上げているのを感じた。
「近くで見ると、バケモンだな。コイツは」
「うん、魔力が桁違いだね」
(俺らで勝てるか······ここは、一旦時間を稼いでラグナルクと騎士団長を待つか)
「ほう、ガレリアではないのか。ここの障壁を乗り越えてきたのは褒めてやろう。だが、あまり生き急ぐなよ?」
「フィオーレ、絶対に俺から離れんなよ」
「う、うん。分かった」
杖を構えるとメルバールの周りには無数の魔法陣が現れる。どうやら周りの魔法使い達から魔力を供給されているようで無尽蔵の魔力を惜しげもなく使用していた。
「穿て」
二人の真正面と周りを囲い込むように放たれた無数の魔力弾は二人の逃げ場を絶った。ベオウルフの盾に隠れ攻撃を防ぐが、威力は凄まじく今にも盾を砕きそうな猛撃でベオウルフの腕は悲鳴を上げそうになっていた。
「クッ、このまま進むぞ。捕まっとけ」
「分かった。私は後ろから杖を狙う」
(なんでだろう、こんな状況でも君となら安心できる)
フィオーレはベオウルフの背中で安心しながら集中した。その瞳はメルバールの手を確実に捉える。
そして大きく息を吸い、スッと止める。
「——ここだ」
針に糸を通すように魔力弾の無い小さな空間をレイピアの衝撃波が伝わる。神業の如きその狙いは魔力弾を避け、吸い込まれるようにメルバールの手まで一直線に伸びていった。
「なッ—」
杖を弾いた瞬間、その魔法陣は消え去りベオウルフは力が抜けるようにその場に膝を着いた。
「ベオッ!」
「さすがだ、一気に詰めるぞッ!」
呆気に取られた魔法使い達をよそに二人は地面を強く蹴り横並びで走り出した。騎士が有利なほどの間合いまで詰めることに成功した二人は魔法障壁を至近距離から潰し、さらに距離を詰めた。
(—行けるッ)
メルバールに杖を拾わせる暇も与えず、フィオーレは衝撃波を飛ばし吹き飛ばす。
空中に舞い上がったメルバールが地面に着く前にベオウルフは落下地点に走り込んだ。
しかし、その刹那にフィオーレはメルバールの表情が見えた。
そして目が合い、同時に血の気が引く感覚を初めて体験した。
ベオウルフは確実にメルバールを捉えて身体に斬撃が入った。確かな手応え、メルバールはその場に倒れ込むがどこか胸騒ぎがする。
「ベオッ!! 離れて!!!」
振り向きざまに研ぎ澄まされた反射神経で攻撃を避けると共に驚きで目を見開いた。頬を掠めたその一撃は間違いなくフィオーレのレイピアによるものだった。
「お前、まさか······」
フィオーレは下を俯き身体を震わせていた。
「ごめんなっ、さい」
ベオウルフも血の気が引くのを感じた。
「だ、大丈夫だッ。俺が助けるから」
しかし、操られたフィオーレの身体は自身の意志とは関係なくレイピアを握り、ベオウルフ目掛けて激しく突いた。
ボロボロになった盾で攻撃を防ぐが、重たい突きに盾は激しく損傷した。
「——ッ!」
フィオーレの身体は急に動きを止めた。しかしベオウルフは同時に動きが止まったことに焦りを感じる。このまま自分が攻撃を受け続けなければ、そう思ったがフィオーレの身体は先程の勢いを失い、ただその場に立ち止まった。
「ごめんッ、痛かった······よね。でも、もう大丈夫だから。私はもう独りでも大丈夫だから」
「おまッ、何を」
(覚えてる? 君とラーグが、初めて私に話しかけてくれた時のこと。それまで私は独りだったんだよ? あの時の二人の顔、今でも忘れられないなあ。それから三人で任務をこなすようになって、私は本当ッ、嬉しかった)
「待てッ!!」
ベオウルフの叫び声は届かず、フィオーレは静かに自分の胸を突き刺した。そしてゆっくりと、紅色の血が鎧を徐々に染めていく。
(私がいれば、二人はいずれ本当に死んじゃうかもしれない)
「フィオーレェエエッ!!」
つまずき、手をつきながら、前のめりにフィオーレの元へと走っていく。
「今っ、俺が助けるからッ!」
魔法をかけようとした手をフィオーレに優しく掴まれた。そして冷たく細いその手を握り返すと、なぜか力が抜けてしまった。
「死なないで······くれよ」
(この人の泣き顔なんて、初めて見たな)
「私は元々、いなかった····存在だから。昔に戻るだけ。そう、でしょ? だからッ—」
「好きだ」
遮るように言われたその言葉に大きく目を見開き、驚いた。胸の痛みを忘れ、顔が赤くなるのを自分でも感じるほどに恥ずかしくなった。そして、抱きしめられた。
「····私も、だよ」
(不器用だから、そう言ってすぐ口に出すんだから。でも、君のそういうところも私は好き。本当に、嬉しいな····でも)
恥ずかしさをグッと堪えて少しだけ赤らんだ顔でベオウルフの瞳を見つめた。
「でも私、もうダメだぁ」
血を吐きながら、それでいて満足そうで優しい口調。
(最後にもう一回、二人が笑ってるのを見たいな)
胸の中で、静かにフィオーレの力が抜けていく。瞳の光はゆっくりと消え涙が頬を伝わる。
「君は、何も····悪くない」
(上で見てるから)
再び冷たくなったその顔は咲っていた。




