最悪の前兆
「私にはもう、この命を犠牲にしてでも守りたい存在ができた。······だから、私は兄貴を助けに行くつもりはない」
(素直になれ)
「····レイ、お母様を失ったあなたにまた守る存在ができたことはとても嬉しいわ。お兄様のことは任せて」
(素直になれよ)
「レイ·······」
「ジン、コイツの決めたことだ。無理に首を突っ込む必要はない」
「······うん」
(エルムに言われただろ?)
「でもせめて敵の居場所だけは協力させてもらうね。パール、お願いできる?」
「うん!」
ゼグトスが不在なため、感知魔法の得意なパールに頼むことにした。手がかりとなる魔力は本当にごくわずかだったけれども、パールの魔法の精度は特訓のおかげで日々上がってきている。そのため今ではゼグトスにも引けを取らないほどの技術で、小さな痕跡からも追跡が可能なのだ。
「ここ」
地図でパールがさしたのは鬼帝ゲルオードの治めるギルゼンノーズとギルメスド王国に挟まれる形で存在するロングダルトという国だった。この国では昔から天使族を崇拝の対象とするという風習が受け継がれている。そのため、他国からは天使族の存在を恐れ攻撃を仕掛けられるということがほぼないのだ。
「感謝致します。この御恩はこちらの一件が解決した後必ず返させていただきます」
そしてゼーラとミルファは帰り際、深々とお辞儀をしてそのまま帰っていった。しかし、帰っていく騎士達を見つめるレイの顔にはどこかやるせない思いが感じ取れたのだった。
避難していた皆んなに戻ってきてもらった後、リラックススペースに行くと、珍しくトキワとボルがお互いに背中を背もたれにして眠っていた。最近、ボルは傭兵達を、トキワはリンギルとエルダンを特訓していたため二人ともかなりの疲労が出ていたらしい。
横に目をやるとブレンドが「シーッ」と言いながら鼻に手をやっていた。どうやら入ってきた人達全員にやっているようで部屋の端には閻魁とコッツそれに骸族のハバリとギルスが静かに座らされていた。トキワはそれほどではないがボルが無防備に寝ている姿はかなり珍しく滅多に見られないのだ。
とりあえずは近くに座り一度レイを話をすることにした。あんな顔を見たのだからどうしても一度話し合わなければ必ず後悔してしまうと思う。
「レイ、私のことなんて考えなくていいからレイの本心を聞かせて」
そう言うとレイの顔がピクッとなり強張ったのがはっきりと見てとれた。
「ウム、そうであるぞ。嘘をつくのは良いことではない」
「誰だよお前」
「多分、兄貴は私のことを覚えてすらいない。あいつは騎士道一筋の人間だったからな。私はああいう人間にはなれないと思った。私たち兄妹は住んでいる世界が違うんだ」
「····もし、お兄さんが死んでも何も思わずに仕方ないって言うのなら私は何も言わないよ。でもね、お兄さんが死んでレイが少しでも悲しいと思うのなら、私は誰が相手でも一緒に戦う。私はレイに悲しんで欲しくない」
ジンはレイの顔に手をやって優しくそう言った。するとちょうどその時、部屋にラルカが入ってきた。
「ジン様、お時間があれば少しよろしいでしょうか。採寸したい部分がありまして」
「うん分かった。すぐ行くね。 レイ、大好きだよ」
「ッ—」
そしてそのままジンは部屋を後にした。ジンが部屋を出てドアが閉まるとレイは緊張していた思いを吐き出すように「フウっ」と息を吐くとともにクレースの顔を見てニカリと笑った。
「あれは全員に言うやつだから。私もお願いすれば言ってくれるから」
そんな様子を見てクレースは少し焦ったようにそう言った。
(なぜ、あの子はあれほど素直に言葉が出てくるんだろうな)
そしてレイは再び考え込んだ。
一方、ギルメスド王国に帰ってきたミルファとゼーラの二人はパールからの情報をベオウルフに報告していた。
「どうやら敵はロングダルトにいるようです。他国との関わりがあまりない国ですので詳しい情報が分かりかねますが、調査いたしますか?」
(ロングダルトか······随分と厄介なところにいやがるな)
「まずは俺が一人で行ってくる。作戦はその後だ」
「しかしベオウルフ様、もし秘密裏に動きロングダルト国内で正体がバレてしまえば外交的に言い訳が聞かない状態になってしまいます。ここは部下に行かせるべきかと」
「大丈夫だ。おそらくもうロングダルトは敵の手に堕ちてる。今更の話だ」
「······分かりました。お気を付けてください」
「ああ、ここは頼むぜ」
「それともう一つ、ご報告したいことが······」
ゼーラは何かを言いにくそうな様子でベオウルフの顔を伺った。
「おいおい、まさか······」
「ええ、注意はしていたのですが、グラムさんがまた何処かへ行ってしまいました。申し訳ありません」
「ったく、あの野郎······まあ仕方ねえ。おそらく今向こうから攻めてくることはねえ。お前達でなんとか頼む」
「ハッ」
ベオウルフの頭の中でグラムの高い声が幻聴のように響いてきてますます腹が立ってきたが、そのままロングダルトへと出発することにしたのだ。そしてベオウルフが出発しようと城の中を歩いていた時、シャドの姿を見つけた。
「おうシャド、久々だな」
(け、剣帝様!?)
「は、はいお久しぶりです」
「これから俺は少しの間用事でこの国を出る。なるべくすぐ帰ってくるが、頼んだぞ。それとグラムの馬鹿野郎を見つけたら切り刻んでもいいから帰って来させといてくれ」
「分かりました······」
「どうした? 何か悩んでんなら話でも聞くぜ?」
シャドは逡巡しながらも、こちらの目をジッと見てくるベオウルフになんとか口を開いた。
「······剣帝様、どうして俺を選んだんですか。俺なんかがこんな強い騎士達の中に紛れ込んでも邪魔になるだけっていうか。俺の座席にもし他の誰かが入っていたら、俺なんかよりももっと役に立てると思うんです」
いつもは心の中でしか言わないその言葉をシャドは初めて口にした。
「俺を信じろ。お前はまだ、本当のお前を知らない。本気を出したお前は、俺くらい強えぜ?」
「俺が!? そ、そんなわけ、自信を持たせるためでも言い過ぎですよッ」
「さあ、どうだろうな」
そうしてベオウルフはギルメスド王国を出発した。




