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【これは】16時間夜勤が月6回を超えるとどうなるのか【フィクションです】

 俺は村人A。40歳。

 勇者が来たら、決まったセリフを言うだけのよくいるアレだ。

 画面越しに俺たちを見ている神々は、きっと不思議に思うだろう。


 こいつら、昼間から村の中をフラフラしているだけで働いてないんじゃないか?

 どうやって生活してるんだ?


 ――と。

 酒場や宿屋や武器屋とかの「働いてる人たち」は別として、なんか家の中にいるだけのおばちゃんとか、「専業主婦なの?」と思うんじゃないだろうか?

 実際には、共働きが多い。勇者が近くにいるときだけ、休みを取ったり、たまたま休みのそっくりさんが役人の指示で集められて交代で演じていたりする。どうせ神々の画面に表示されるときはポリゴンなので、双子ほど似ていなくてもいい。兄弟とか血縁者とか、その程度で十分だ。


「えー、お疲れ様でーす」


 俺は職場にやってきて、タイムカードを押した。

 村によくいるジジババたちを世話する老人施設。神々が勇者を通してこの世界を見るときには映し出されない舞台裏が、俺たちの職場だ。

 酒場はあるのに酒蔵がないとか、服屋や縫製業者がいないとか、大工がいないとか、運送業者がいないとか、八百屋がないとか、肉屋がないとか、表舞台には生活するのに必要なものが色々ない。舞台装置としては必要ないからだ。

 こういう場所は、表舞台からは巧妙に隠されている。まだ先が続いてそうなマップの、行けない部分とか。2Dマップの裏側とか。普通に考えたら分かるだろうが、100人もいないのに王都だとか無理がある。

 勇者が来るときだけ、ジジババたちは通所介護(デイサービス)を休んで「役割」を演じる。ボケちゃってるジジババたちについては、出演させないパターンと、混乱魔法をかけて逆にマトモなことを言うようになるパターンがある。ま、そこはケースバイケースだ。ボケる原因と症状は様々あるから。


「あ。お疲れー」


「B子じゃん。えーと、今日、日勤?」


 B子は25歳のデブだ。

 ちなみに俺もメタボなので、他にも似たような連中を集めて「横幅同盟」を組んでいる。


「ううん、早番」


「へえー、明日は?」


「夜勤」


 デイサービスだけなら、夜勤はない。利用者がみんな帰宅するから。

 しかし短期入所介護(ショートステイ)や老人ホームなどは、宿泊する利用者がいるので、夜勤が必要だ。


「えー、じゃあ、終わったら飲みに行かね?」


「行かな~い。

 そんな元気ないよ~」


「えぇえぇ、ですよね~」


 夜勤が多い。

 午後5時から、翌日9時までの16時間勤務だ。「1日の勤務時間は8時間を基本とする」「超える場合は残業手当をつけること」と法律で決まったいるので、16時間勤務だと2日分の給料が出る。勤務シフトも、「夜勤入り」と「夜勤明け」が別日で組まれている。なお、「夜勤明け」の翌日は必ず「休み」だ。

 これが、月に6~7回ある。


「えーと、4人も来てないからな~。夜勤も増えるよね」


「それな。

 てか、4人も?」


「えー、出産、出産、鬱病、退職」


 2年前に産休に入った職員が1人。現在は1歳児の母になった。まだ復職していない。

 1年前に産休に入った職員が1人。現在は0歳3か月の子がいる。まだ復職していない。

 8か月前に鬱病になった職員が1人。服薬しつつ自宅療養中だ。まだ当分は復職できない。

 来月15日付で退職する職員が1人。現在は有休消化中だ。


「ああ~……4人だ」


「えー、で、残り5人だから、夜勤がほぼ2倍と」


 夜は毎日やってくる。

 誰かが夜勤をやらないといけない。

 昼間の勤務はパートの人もいるが、夜勤は正社員しかやらない。

 その正社員が、9人中4人まで休職や退職で働いてない。

 足りない分の夜勤は、残っている正社員にのしかかる。


「てかさー、夜勤入りと夜勤明けで2日続けて夜の仕事じゃん。それが月に6回てことは、ほとんど半月は夜の仕事ってこと?」


「えぇえぇ、しかも合間に昼間の仕事が入るからね」


「そーそー。

 そりゃ体もしんどいよね」


 基本的に、夜勤は連続しない。

 夜勤入り、夜勤明け、休み、夜勤入り……という勤務シフトは、できるだけ回避して組まれる。

 なので、夜勤入り、夜勤明け、休み、早番、日勤、夜勤入り……という感じになる。


「えー、そんなわけで、睡眠サイクルが狂っちゃうんだよねー」


「それな」


「えー、働いてる時間に、体は寝てるし」


「寝る時間に、体は起きてるし」


 という事だ。

 つまり、眠ってもしっかり休めない。

 働いてる間、眠気は感じなくても、元気は出ない。


「睡眠魔法とか使えればなー」


 村人のステータスでは、MPが足りない。


「えーと、薬買えば?」


「睡眠導入剤か~。目が覚めても残っちゃう事があるからな~」


「ですよねー。えー、だから使わないんだよ、俺」


「ちなみに、Aは明日なに番?」


「えー、非番」


「ひばん?

 なにそれ?」


「えー、休みってこと。

 うわ~、ジェネレーションギャップだわー」


「で、何するの?」


「えー、そりゃ寝るさ」


 当たり前だろ~?


「ですよね~。

 私も休みの日はずっと寝てる」


「えー、もうね、暇さえあれば寝てるよ。座ってるのが重労働だもの」


「それな。ほんと座ってられない」


「えー、せめて夜勤が連続すれば、まだマシかもしれないけど」


「どーかなー?

 連続夜勤てきつくない?」


「えー、いや、このまえ半月夜勤が続いたときは楽だったよ。

 日勤が続いたときも楽だった。

 なんかね、朝になると目が覚めるんだよ。『目が覚める』ってこういう事なんだなって思ったわ」


「あー、私も日勤が続いたことある。

 友達に工場勤務の人がいてさ、朝になると目覚まし鳴る前に目が覚めるって言ってたけど、『そんな奴おらんやろ』と思ってたけど、覚めるんだよね」


 と、そこでCが会話に入ってきた。

 Cは47歳のパートのおばちゃんで、少し髪が薄くなったと気にしている。俺の目からは薄くなったように見えないのだが。でも本人は気にして、ものすごく強いパーマをかけた。結果、彼女の頭はアフロみたいになっている。面白いからそのままにするそうだ。本人が気に入ってるなら何も言うまい。体型は中肉中背だが、髪のボリュームだけは「横幅同盟」の仲間だ。


「Dさんが来月で辞める予定だったけど、3ヶ月待ってくれるって話になってるらしーよ」


 Dは65歳の正社員だ。ちょっと前までパートだったが、早々にボケた夫が寝たばこをやって自宅全焼。新しい家を見つけたのはいいが、家財道具やら服やら何もかも燃えてしまったので、色々と入用になった。そこで正社員になって夜勤をやり、稼ごうという事にしたらしい。

 なお子供と孫がいるのだが、孫(3歳)は自宅全焼がきっかけで情緒不安定ぎみ(突然泣き出すなど)になり、それを受けて子供(35歳・孫の母親)は鬱病になった。Dの人生、なかなか波乱万丈である。


「えー……そうか、あの人ももう歳だしねー」


「待って。そしたら、人が入ってこないと夜勤4人になるの?」


「そしたら月8回コースだね。

 社長も人を探してるらしーけど……」


「えー、この業界には人来ないだろうなー。

 んで、パートのEが『日中にパートしかおらん』てブツクサ言うやつね」


「言う! それ言うわ」


 Eは54歳のパートのおばちゃんで、声がデカくて噂好きだ。他人を「自分ワールド」に巻き込むのが得意で、よく言えばリーダーシップがあるのだが、他人と意見が食い違うと「でもでもだって」を発動する独善的な面もある。いるよねー、こういうやつ。ちなみに、体型も髪型も中肉中背なので「横幅同盟」には入っていない。

 俺たちにとって幸運なのは、EがいわゆるDQNやキチと呼ばれるような部類ではない事だ。なので、Eが「でもでもだって」を発動したら、Eの意見に従っておけば問題はない。今までのところは。


 警戒すべきは、Eがよく言う「パートは正社員ほど責任や仕事を負うべきではない」という趣旨の主張だ。確かにその通りだが、Eの主張する内容は、パートが負うべき責任・仕事の範囲が狭すぎる。たとえば日中に来客があったら、対応は正社員でやるべきだと主張している。そのために、日中に正社員が1人はいるようにするべきだと。

 たしかに、正社員が5人いる現状では、「夜勤入り」「夜勤明け」「休み」「日勤」「日勤」の組み合わせで2人は日中に出勤できる。だがこれは「最大でも2人まで」という意味であって、「常に2人出勤できる」という意味ではない。

 なぜなら、正社員にもそれぞれ都合がある。どうしても休まなければならない日がある。家族の通院の送迎とかで馬車を運転しなければならないとか、畑が収穫期で手伝わなくてはいけないとか。そうした事情をくんで勤務シフトを作ってみると、どうしても夜勤以外の正社員がすべて休みという日が出てくる。

 そしてEは、翌月の希望休・希望勤務を1日から末日までびっしり書き込んで申請する。まるで勤務シフトを組み終わったような状態で申請するのだ。それに合わせて正社員の勤務シフトを組むと、必ず夜勤以外すべて休みの日が出てくる。そのくせ「日中にパートしかいない」とか、完全に「お前が言うな」である。


 そもそも、「パートは正社員ほど責任を負わない」というのは、「その業務を遂行するために必要な訓練――その訓練に必要な費用と期間が少ない」という意味である。「正社員ほど働かなくていい」という意味ではない。

 来客があったら、用事のある相手を聞いて担当部署や担当者に回すだけなのだから、それに必要な訓練は「そのようにせよ」と申し送るだけでいい。費用も期間も必要ないので、これはパートでもできる仕事だ。その証拠に、実際Eはしょっちゅう来客の対応をしている。


「えー、そしたら『じゃあ、日勤やるので、夜勤代わって下さい』って言えばいいと思うよ」


「それで『うん』とは言わんやろ」


「えー、うん」


「『うん』じゃないしー」


「えー、勤務表つくる主任と人員募集する社長ガンガレってことで」


 ちなみに小さい会社なので「人事部」はない。


「それな」


「超ガンガってほしいしー」


 残念ながら、こういう時の俺たちの予想はとてもよくあたる。

 来月にはEが「パートしかおらん」とぶつくさ言い、3か月後にはDがやめて4人で8回夜勤をやっていることだろう。

 育児を頑張っている2人の正社員が復職しても、子供が小さい間は夜勤なんてやらないだろう。つまり4人で夜勤を回すようになるのは、ほぼ確定だ。今いる職員は、ほぼ全員が、会社創立時のメンバーが集めてきた知り合いと、集まった知り合いがさらに別の知り合いを連れてきた結果だ。一般公募して募集してきた人は、1人しかいない。それも、たまたま遠方から引っ越して来て仕事を探していたというレアケースだ。しかもパート。勤続5年の俺がこのケースを1人しか経験していないのだから、あと3か月でまた応募してくる人がいるとか、ましてやそれが正社員で夜勤もやるとか、まずありえないだろう。

 そしたら残る4人の正社員のうち1人はメンタルが弱い(しかもちょくちょく熱を出して休む)から、1年後には3人で夜勤を回しているかもしれない。

 3人で……となると、「夜勤入り」「夜勤明け」「休み」の繰り返しだ。月に10回の夜勤で、ひたすら夜勤だけ繰り返すことになる。正社員なのに「昼間の事は分かりませーん(泣苦笑)」という状態になるだろう。


「えー……俺たち『横幅同盟』から『10円ハゲ同盟』に改名することになるかもしれない」


「それな」


「やめて! 薄毛の話は私に効くしー!」

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