どちらが正しい?
もしかしたら、若干残酷かもしれません;
ちょっと長めです。
あなたは、どちらが正しいと思いますか?
あるところに、光族と闇族という、対の一族がありました。
当然、光族は生をつかさどり、幸福をもたらします。
当然、闇族は死をつかさどり、不幸をもたらします。
あるところに、小さな少年がいました。
少年は、由緒正しき闇族の王、死神の息子――――
つまり、闇の国の王子でした。
王子は、王が、王妃が、国民のみんなが、大好きでした。
仕事から帰ってきたあと、みんなが辛そうな顔をしているのを、知っていました。
みんなは、好きで人に死を与えてる訳じゃない。
なのに、光族や人間は、闇族を非道だと罵ります。
いつだったか、それに文句を言った王子を、死神は、こう慰めました。
「そんな事を言っちゃいけないよ。辛ければ笑いなさい。幸せは、すべてが全て光族がもたらす訳じゃないんだから」
王子は、そんな父から、いつも幸せをもらっていました。
*
ある時、光族の王は考えました。
闇族を、人を苦しめ続ける恐ろしい奴らを、このまま放っておくわけにはいかない。
滅ぼさなくては―――
彼らがもたらすのは、死と不幸だけだ。
このままでは、一向に増えるばかり……
人々の幸せを切に願い続ける光の王にとって、当然の決断でした。
*
ある時、闇の一族は、滅亡の危機に陥れられました。
光族の奇襲によって。
闇の王は、言いました。
「こんな闘いになんの利がある! そちらにも死者が出るだろう!」
光の王は、言いました。
「あたりまえだ! 死をもたらすのは貴様ら闇族! 滅ぼさねば死の恐怖は消えない!」
死が無く、生ばかりの世界など意味がない、その先にあるのは破滅のみ。
二つの一族は、互いに対になって初めて意味がある。
闇の王は、そう言いました。
情けない……この期に及んで命乞いか?
愚かにもほどがある、やはり滅ぼすべきだ。
光の王はそう言いました。
そして、対の王は、片方が欠け、すべてを支配する王となりました。
*
さて。
この全てを見ていた幼い影がありました。
闇の王子です。
彼は、自分の父が、母が、仲の良かった友が、仲間が、殺される様を見ていました。
見えない鎖で雁字搦めにされたように、動けなかったのです。
ただ、沸騰したお湯の入ったやかんのようにカタカタ震えていました。
そんな王子に、光の王は気づき、優しい笑顔で近づき、こう言いました。
「怖かったね、もう大丈夫だよ。僕が皆のもとに連れてってあげよう。大丈夫、痛くないようにするから。ね?」
王子は、差し出された光の王の手を振り払うと、悲鳴をあげて逃げ出しました。
助けを呼んだって、いつも助けてくれる皆はもういないことくらい、彼にも分かっていたのに。
「あれ……怖かったかなあ」
光の王は、困ったように頭をかきました。光の王は、そこに転がる小石ほどの悪意もなかったのですから。
せめて苦しまないように、というのが、光の王の精一杯の親切でした。
でも、今の自分の姿は、人間界の「不審者」そのままだと思い、苦笑しました。
*
今のは、なに?
どうして笑顔で僕の大切な人を殺しているの?
お父さんもお母さんも、そんな嬉しそうな顔で死を与えたりなんてしてなかったのに!
王子は、ゴムまりみたいに息を弾ませながら、幼い頭で必死に考えました。
どうしてあいつらは僕の大切な人を殺すの?
闇族が皆に死を与えるから? 不幸を与えるから?
じゃああいつらは何なの?
皆あいつらのせいで不幸になったよ?
皆を死を与えたよ?
皆、みんなまだ死ななくて―――よかったのに――――――!!
「あっ、いた!」
光の王は王子をみつけると、ほっと息を吐き、天使みたいな笑みを浮かべました。
決して作り笑いではありませんでした。
でも、それは王子にとって、今まで見てきたどんな表情より恐ろしく、おぞましい笑みでした。
「くっ……来るな! 来るな来るな来るなァァ!!」
王子は、再び差し出された掌を振り払い、叫びました。
「お前なんか人殺しだ! 皆は悪くない! なのに殺したんだ! お前は……お前はぁっ……!」
王子は、ぼろぼろ涙を零しながら訴えました。
これには光の王も心底困り果てました。
幼い王子様を、どうやって慰めよう?
でも、放っておくわけにはいかない。
ただ一人残すのは可哀想だし、この子を生かしておけば、いずれまた闇族が生まれていくに違いないのだから。
「なんで……? なんで殺したの? お父さんもお母さんも、仕事辛いって、いつも言ってたよ? 好きであんな仕事してる訳じゃないんだよ?」
泣きじゃくり、もう逃げる気力すら失った王子の声を聞いて、光の王の心には、煮えたぎる溶岩のように怒りがわいてきました。
こんな幼い子供を騙し、言いくるめていたのか?
辛い仕事なのは分かる。
それだからこそ、『慣れ』が生じるはず。
人に死を与える事に何も感じなくなる―――――。
「お前なんか許さない、許さない……っ!」
「……大丈夫」
「触るな! 返り血で汚れたお前の手なんか触りたくない!!」
光の王は、ため息をつくと、優しい笑みで王子に言いました。
「次に生まれる時は、幸せになれるよ」
そう言って、幼い王子につるぎを振り下ろしました。
*
王子は、まだ生きています。
闇族の息のあった者が、瀕死ながら、力を振り絞り、大切な王子を守ったのでした。
その事を、光の王は知りません。
自分の滅ぼした闇族の来世の幸せを願い、世界の幸せを願っていました。
自分のやったことが間違ってるとも、思っていませんでした。
その願いを、王子は知りません。
あいつらは、無意味に僕の大切な人を殺した。
あいつらは、僕らに死と不幸を与えた。
みんなは、僕に幸せをくれた。
みんなは、僕を生かしてくれた。
こんな世界、間違ってる。
闇も光もない。
どちらの一族だって、生も死も、幸も不幸も与えられる。
何故? なぜ光族はそれに気付かない?
―――――愚かだからに決まっている。
こんな世界、ぶっ壊してやる。
光族なんて、絶対に滅ぼしてやる。
光の王は、綺麗事ばっか言って、世界を破滅に招く愚かな王だ。
そんな奴を、ほっとく訳にはいかない……っ。
破滅が破滅を呼び、
幸せが不幸を呼び、
死が復讐を招く。
――――――全ては、平和のために。