別視点2
少し長くなってます。
「ユニさん、もうすぐラカタパですが、教会に向かってもよろしいですか?」
「…はい。」
「こんな聞き方して大変申し訳ないのですが、本当によろしいのですね?」
商人のドリノさんは私の覚悟を確認するように聞いてきた。
「仕方ありません…。 ジョアンの命が助かるのなら…。」
本当は教会を頼りたくはないけど、ジョアンを失う訳にはいかない。
ジョアンまで死んでしまったら、自分はどうなるかわからない。
私はこの子と2人で生きていく自信がないのだ。
「わかりました。 ドナムさん、ラカタパに着いたらそのまま教会に向かいます。」
「…わかった。 アイン、先に行って門兵に伝えといてくれ。」
「あいよ!」
「……。」
・
・
・
「ユニさん、着きましたよ。」
「はい…。」
「最後にもう一度聞きますが、本当によろしいのですね?」
「大丈夫です…。 覚悟は出来てますから。」
「…わかりました。 差し出がましいことを言って申し訳ございませんでした。」
ドリノさんが心配してくれているのは嬉しいが、優しい言葉が逆に私の決意を揺るがす。
そこへ教会の神父様が近付いて来た。
「これはこれは、聖フィトステリル教会に御用ですかな?」
「私達は怪我人を運んだだけですので、お話はこちらの方とお話ください。」
ドリノさんが露骨に警戒しているが、神父様は気にする様子もなく過剰に心配した様子で話を続ける。
「それは大変です! すぐに準備を致しますので、どうぞ中に。」
「ドナムさん、申し訳ありませんがジョアンさんを中にお願いします。」
「おう。 神父さん、こっちでいいのか?」
「はい、中の者が指示した部屋に運んでください。」
ジョアンを運んでいるドナムさん達が部屋の中に入って行ったのを確認すると、神父様は私に向き直り説明を始めた。
「見たところ彼はかなり傷が深いようなので、上級の回復魔法が必要になりそうですが、よろしいですね?」
「…はい。」
「上級の回復魔法を希望する場合、貴方達には聖フィトステリル教会の信者になって頂きます。」
「…はい。」
「信者は全財産を教会に寄付をし、教会の敷地で他の信者の方々と生活していただきます。」
ドリノさんが懸念していたのはこのことだ。
フィトステリル教会で上級の回復魔法を受けるということは、フィトステリル神に財産や残り人生など、全てを捧げなくてはならず、救ってもらった者は死ぬまで、フィトステリル教会が管理する土地でフィトステリル教会の為に働かなくてはならない。
これは教会の理論でいうと、フィトステリル神が助けなければ失っていた“全てのもの”を神に捧げ、教会が管理する“真の平和な世界”でフィトステリル神に感謝して生きるというものだ。
要するに死か、教会の信者となるかを選べということを意味する。
そして、全てを捧げるということは、4人で暮した家も冒険者としての人生も、ここまでという意味であった。
「よろしいですね?」
「…はい。」
「わかりました。 今、司祭様を呼んで参りますので、お部屋でお待ち下さい。」
(兄さん、コルン、ジョアン、本当にごめんなさい。)
「さぁ、部屋に行きましょう。」
ドリノさんに連れられて部屋に入る。
部屋の中はベッドと祭壇だけで、ベッドにジョアンが横たわっている。
ドナムさん達は何も喋らず、無言でジョアンを見ていた。
すると入口の方から先程の神父様と司祭様がやって来た。
「皆様お待たせ致しました。 こちらは司祭のマダス様でございます。」
「とりあえずちょっと見せてもらってもよろしいですかな?」
「……治りますか?」
「かなり危険な状態なので、上級の回復魔法を使うことになるのは間違いないですな。」
「じゃあ、前みたいに動けるようになるんですね!?」
「それはやってみないことにはなんとも言えませんな。」
「な、何故ですか!?」
「回復魔法は自己修復を高めて治す魔法。 見た目だけなら元通りにすることは出来ても、どのような不具合が出るかは誰にもわからん。 完全に元通りなんてものは神の力でもなければ出来ますまい。」
「…そんな。」
「どうなされますかな? 彼の状態を見るに、そんなに時間があるとは思わんが。」
「治してください…。」
「先程の説明は聞いておりましたな?」
「…はい。」
「では、理解した上での返事として受け取ってもよろしいですな?」
「……ジョアンを助けてください。」
「わかりました。 では早速儀式を始めます。 この者から離れてくだされ。」
・
・
・
「古より我らを照らす父なる光の神よ、この者と契約を結びて光の癒やしを与え給え、……エクストラヒール!」
次元が違う…。
私が使うヒールとは全く違う光景が広がり、神々しい光の玉が無数に浮かび、司祭様の手を伝ってジョアンの体を癒していく。
そしてジョアンの体が輝き、部屋中が優しい光に包まれる。
光が収まると、怪我が治っていた。
「ジョアン!」
気が付くと、私はジョアンに抱きついていた。
「ここは…、そうか…。」
ジョアンは優しく私を離し、クライスラーの頭を撫でる。
そして、体を起こし部屋を見渡し、司祭様と目が合う。
◆◆◆◆◆
俺は大きなシルバーウルフに斬りかかった。
そこから記憶が無かったが、目を覚ました時に全て理解した。
俺の体は温かい光を纏い、知らない部屋だが壁の中央には祭壇があり、腕の怪我もキレイに治り痛みも無くなっていた。
起き上がろうとした時、ユニが泣きながら抱きついてきた。
抱きついた後、声を出して泣き出したのには驚いたが、不安だったのだろう。
申し訳ないことをした…。
ふと苦しそうにもがいているクライスラーが目に入り、少し落ち着くことが出来た。
体を起こした俺は、怪我をした左腕の肘から先の感覚が無いことに気付いた。
動揺したが、今はこれ以上ユニを悲しませる訳にはいかないので、自然に振る舞うことに決めた。
そんなことを思いながら部屋を見渡す。
予想外の人間が壁際に立っていて驚いたが、予想通りの人間が椅子に座ってこっちの様子を見ていることにため息が出た。
「はぁ…。」
あの怪我は上級の回復魔法を使ったんだよな…。
俺は予想通りの人物を無視して、予想外の人達に話しかけた。
「ドリノさん、ドナムさん達も本当にありがとうございます。 俺をここまで運んで来てくださったのですよね。 貴方達がいなかったら俺は今頃死んでいたと思います。」
「いえいえ、たまたま通り道だったのでここまでお連れしただけのこと。」
「そういうことだ。 気にすんな!」
「これから色々大変でしょうけど、頑張ってください。」
「なんかあれば力になるからよ!」
「では、私達はこれで…。」
「ああ、頑張れよ!」
「じゃ…。」
「じゃあな!」
また会える日が来ないことはわかっているが、それを口にすることは今の俺には出来なかった。
たぶんみんなもそれがわかっているから、誰もそのことには触れなかったんだろう…。
(本当にありがとうございました…。)
もう扉は閉まって誰もいないが、みんなの気持ちがありがたかった。
最後にもう一人、感謝を伝ないとな。
俺は振り向き、ユニに歩み寄って抱き締めた。
「ユニ、ありがとう。 俺なんかの為に、色んなものを犠牲にしてしまって、本当に申し訳ない。」
「うううん。 私が望んだことをしただけだから、申し訳ないなんて言わないで。」
「俺はこれから死ぬまでユニと一緒にいるから…。」
「うん!」
「話を付けてくるから、ちょっと待ってて。」
「うん。」
(ふぅ〜、よし!)
俺は司祭に近付き、昔任務で見た貴族の礼式を行った。
特に理由は無い。
教会の作法以外なら何でも良かった。
だが、二人には十分意味が通じたようで、司祭は眉をひそめ、神父は青筋を立てていた。
「この度は助けて頂き誠にありがとうございます。 だが、俺はフィトステリル教会の信者になるつもりはありません。」
「キサマなにを…!」
「やめんか。」
「金も家も好きにすればいい。 家は街の中心部の近くにあるから、それなりの金にはなるだろう。」
「…お前さんは怪我を治してもらっておきながら、約束も守らず去るつもりか?」
「助けてもらったことには感謝している。 だが、残りの人生を教会に捧げるつもりは無い。」
「まったく、冒険者というヤツは約束を守れんヤツが多くて困る。 残念ながら、おぬしには治療する時に契約魔法を結んでおるから、逃げ出すということは死を意味することになるぞ?」
「!?」
「当然じゃろ。 こっちはおぬしのような輩を何人も見てきておるんじゃ。 言うことを聞くフリだけして逃げるヤツもいれば、怪我の治療が終わった瞬間から暴れるヤツもいた。 そういった者達は大体が冒険者で、腕が立つ分逃げ出せばなんとかなると考えるじゃろな。」
「……。」
「わかったかの? おぬしたちに選択肢は無い。 素直にその身をフィトステリル様に捧げよ。 おぬしが思っている程、あそこの生活も悪くはないぞ?」
「……。 ユニ行こう…。」
「外の者にこれからのことを良く聞いとくんじゃぞ。」
それから俺達は、全てをフィトステリル教会に寄付をして、フィトステリル教会が管理する家で暮らすことになった…。
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