褒美
「マジかよ…。」
「ハァ、ハァ、ハァ、信じられん…。」
俺とドナムさんはピエットの討伐方法を説明した後、ガウドさんに地下の闘技場のようなところに連れて行かれた。
そこでパーフェクトシールドを実際に見てもらったのだね。
ガウドさんは本当にピエットの攻撃に耐えることが出来るのかを確認する為に、ガウドさん自ら直接攻撃を仕掛けて強度を確認することになった。
初めは手を抜いていたようだが、ビクともしないので途中から段々と本気になっていった。
そんなギルドマスターの様子を見て、半信半疑のドナムさんも参戦することになり、まとめて相手をしていた。
最後の方は二人とも雄叫びをあげながら攻撃していたが特に変化も見られなかったので、俺の「そろそろいいですか?」という必死の訴えでやっと攻撃を止めた。
「これで、教えても意味がないっていう理由、わかってもらえました?」
「ああ。 理解はしたが受け入れられる結果ではないがな。」
「やっとあの鳥どもを根絶やしに出来ると思ったんだがな…。」
外に出ると、完全に日は沈んでいた。
「ギルマス、いやガウドさん、今日は一緒に飲まねぇか? 飲んでさっきの事は忘れよう! な?」
「悪いな。 俺はまだ仕事が残ってるんでな。」
「別にいいじゃねぇか! 俺達は急がねぇし、今は誰かと飲まずにはいられねぇから一緒に頼むよ。」
「その他にも色々仕事があるんだよ。」
「わかった。 じゃあ、一杯だけ! 金は俺が払うからさぁ。」
「バカヤロー。 ギルドマスターが酒を奢ってもらうなんてこと出来る訳ねーだろうが。 変な噂されたら大変なんだよ。」
「わかったよ! 一人で行って、さっきのことを飲み屋で言いふらしてやるよ。」
「オイオイオイ、待て待て待て! わかった、一杯だぞ? 一杯飲んだらすぐに帰るからな?」
「あのー、僕はどうしたらいいんでしょうか?」
話が長くなりそうだったので、俺は話に割って入ったのだが、返ってきた答えはなんとも冷たいもので。
「うるせぇ! お前はもう帰って寝ろ!」
納得いかない気持ちを堪えて、言われた通り帰ることにした。
「わかりました。 じゃ、先に宿に戻りますね。」
「帰ったらグェンとアインに、ギルドマスターと飲んで帰るって伝えとくれ。 本当はサブマスも誘いたかったんだがな。 まぁ、いいか。 とりあえず、今日は飲むぞー!」
「おい! 一杯だけだからな!」
ジョアンだったら確実に文句を言っていた所だが、これまでの恩があるので素直に帰ることにした。
「お疲れ様でしたー。 ガウドさんも今日はありがとうございました。」
「おう! 気を付けて帰れよ!」
「じゃあな。 って、おい! わかってんのか? お前と違って俺は明日も仕事があるんだよ! 一杯だけだからな! わかったか? 付き合うのは一杯だけだぞ?」
こうして俺は、買い取り金の用意が出来るまでギルドに手配された宿に帰り、グェンさんとアインさんにドナムさんの伝言を伝えた。
「ギルドマスターと飲んで帰るって言ってたんで、帰りは遅くなると思います。」
「ギルマスと飲む…。」
「クライス、申し訳ないがドナムがなんて言っていたか正確に教えてくれないか?」
「えーっと、ギルドマスターと飲んで帰るって伝えとくれ。 あとは…、本当はサブマスも誘いたかったんだがな。 まぁ、いいか。って言ってました。 あと最後に今日は飲むぞー!って言ってました。」
「なるほど…。 とりあえず、大丈夫そうだな。」
「えっ? どういうことですか?」
「いや、こっちの話だよ。 それより、僕達は用が出来たから少し出てくるよ。」
「えっ!? 今からですか?」
「ああ。 俺達も色々忙しいんだよ。」
「クライスは初めての長旅だったんだから、しっかり体を休めるんだよ? じゃあね。」
「はい。 二人共、気を付けて。」
俺は二人を見送ってから、先程の会話を思い出していた。
(今から行くとしたら飲み屋かな? だけど、用が“ある”じゃなくて、用が“出来た”って言ってたしなぁ…。)
そんなことを考えていると自室の扉の前に着いた。
「ただいま。」
俺達家族が泊まる部屋に戻ると、椅子に座って剣の手入れをしているジョアンと、ほっとした様子で俺を出迎えてくれたユニの姿があった。
「おかえりなさい、クライス。 遅かったわね。」
部屋は宿としては広く、部屋に入るとリビングのような空間があり、側面の壁に扉があって中に入ると寝室
となっていた。
それでもベッドはシングルで2つしかなく、俺とユニが一緒に寝るには少し狭かったが、この街の宿としては高級な方であるらしかった。
「なんの話をしてたんだ?」
「ん? たいした話はしてないよ。 僕が捕まえた鳥は、どうやって捕まえたのかって聞かれただけ。」
「ふーん。」
本当は興味がないことぐらいわかっていたので、俺もテキトーに返事をした。
「それじゃあ、今日はもう寝なさい。 長旅で疲れてるでしょ。」
そんな俺達の会話を呆れたように聞いていたユニは、俺に優しく寝るように促してきた。
初めての長旅で疲れていた俺は、ユニが言う前には寝室に向かっていた。
「はい。 じゃあ、おやすみ。」
早くベッドに入りたかったので、返事はユニの方を振り返ることなく寝室に向かいながら言った。
「……。 クライス何か隠してるわね。」
「そうか? 気の所為だろ?」
「そうだといいんだけど…。 ハァー、あなたは気楽でいいわね。」
「ん? なんか言った?」
「…別に。」
「?」
・
・
・
それから三日が過ぎた。
俺達一行は今、ダンゲカイ領主屋敷の応接室で領主が来るのを待っている。
時は二日前に遡る。
ギルドマスターとドナムさん達が夜の街に消えて行った次の日、俺達はギルドマスターに呼ばれて全員でギルドの応接室に向かった。
そこでギルドマスターのガウドさんからある要件を伝えられた。
「集まってもらって悪いな。 早速本題なんだが2日後、領主様の屋敷に行ってもらう。」
「はあ!」 「なんと!」 「!?」 「えっ!」 「…。」
ドナムさん達3人は知っていたようで俺とフニフニ同様、特にリアクションはなかったが残りの人達はかなり取り乱して驚いていた。
「理由は、ピエットという鳥をその小僧が大量に狩ってくれたってんで、領主様が直接お礼を言いたいそうだ。」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! いや、待ってください。 コイツは近寄ってきた鳥を捕まえただけで、そんな領主様にお礼を言われるようなこと…。」
「言われるようなことなんだよ。 お前達にとってはたいしたことがなくても、この領にとってはたった十数羽だったとしても大変なことなんだよ。」
「……。」
「安心しろ。 この街の領主様は気さくな方だからそんなに構えんでも大丈夫だ。 じゃっ、俺からは以上だ。 詳しくはサブマスのサファストから説明する。 わからないことがあったら、コイツに聞いてくれ。 頼んだぞ、サファスト。」
ガウドさんはそれだけを言うとスッキリしたような面持ちで部屋を出て行った。
「それでは皆様、領主様にお会いするまでの予定をご説明させて頂きます。 明日は皆様のお召し物を準備する為に明日の朝、領主様の使いの方々が皆様のお部屋までお迎えに上がります。 それから……。」
・
・
ということがあり、俺達はそこそこ高価な衣装を身に纏って領主様を待っている。
俺達は3人掛けの椅子を3つ用意されていて、領主様の椅子の向かいに机を挟んで、先が開いたコの字に配置されていた。
俺達と領主様が座る椅子の間には膝より少し高い、前世の子供のころ田舎の和室にあった座卓を思い出させるような、机の足の部分にしっかりと彫刻された大きな机が置かれていた。
そして、俺達が座っている3人掛けのソファ、というよりはアンティークチェアのような、お尻と背もたれの部分に硬めのクッションのような布が取り付けられており、手すりや背もたれの上部にはドラゴンのような彫刻があって、かなり高価なものであることがわかった。
まぁ、領主様が座る椅子は俺達が座る椅子よりも大きな彫刻があり、かなり威圧感があった。
コンコン…ガチャッ。
しばらくすると、白髪をオールバックにした燕尾服の男性が洗練された動きで入って来た。
(あっ! アイツ!)
(庭で鍛えてた人ね!)
(凄かったよねー!)
妖精3人組はというと、この街に着くと同時に街を探索すると飛び出して行って、昨夜俺の所に帰って来たところだ。
「本日はお忙しい所、お越し…。」
ダン、ガン、ガチャッ…。
落ち着いた感じで話し始めた執事っぽい人の言葉を遮るように、ノックの音なのかドアが開く音なのかわからないが、勢いよく開いた扉から入って来たのは、フランス革命のアニメに出てくるような、青地に胸元に金色の装飾をこれでもかというくらい施した上着を身に付け、ピチッとした白いズボン姿を履いた長い茶髪をポニーテールにしている大人の色気か溢れる美女だった。
「おお、待たせたか? あっ、座ったままでいい! 堅苦しいのは嫌いなんでな、楽にしていてくれ。 私の名前ローゼ・ニコ・ダンゲカイだ。 見ての通り女だが、この地の領主をやっている。」
「お嬢様!」
「そんなガミガミ言わんでもわかっておる! 領内の者を相手する時ぐらいよいではないか。」
「お嬢様は、国王陛下からこの地を任された領主なのですぞ。 もう少し自覚を…。」
「あー、うるさい、うるさい!」
「お嬢様!」
「フフッ。」
みんな見て見ぬふりをしていたが、俺はコントのような二人のやり取りを見ていて、つい笑ってしまった。
「こらっ! クライス!」
ユニは顔を青くして、笑っている俺をすぐに注意してきた。
「構わん。 口うるさい執事の相手をするのもなかなか疲れる。」
「……。」
「これ以上無駄口を叩くと、またお説教が始まるので本題に入るぞ?」
態度にこそ出してはいないが、まだまだ物言いたげなオーラを放ちながら、静かに領主ローゼの後ろに執事のコルツさんは立った。
「此度はピエットの討伐、心より感謝する。 ガウドから聞いているとは思うが、わざわざ足を運んでもらったのは他でもない、そなた達に褒美をとらせようと思うてな。」
そこで一旦話を区切り、ローゼは妖艶な笑みを浮かべて俺達の目を1人ずつ見ていった。
全員の目を見た後、俺の目をしっかりと見つめて話し始めた。
「そなたが捕まえたと聞いたが、子供であるそなただけ特別扱いする訳にもいかんので、そなた達全員に褒美をやろうと思う。 なんせ街でもかなり噂になっておってな。 そんな英雄を手ぶらで帰したとあっては、誰になんと言われるかわかったものではない。 ホレ、何が欲しいか言うてみよ。 なるべく希望に沿うようにする。」
「私達のような者、ここに呼んで頂けただけで十分で御座います。 これ以上…。」
折角くれると言うのに、ドナムさんは褒美の受け取りを拒否した。
ドナムさんにはかなりお世話になったが、なんでアンタが断るんだよ!っと思ったが、みんなを見ると断ることが当然のようだったので、みんなと同じ様な顔をして黙っておいた。
しかし、ローゼはそんな俺達の態度がお気に召さなかったようだ。
「辞めんか。 そのような形式だけのやり取りは王都だけで十分じゃ。 ワシの前で貴族の真似事のようなことは二度とするな。 別にお前達をどうこうするつもりはないからハッキリと申せ。」
「お嬢様。」
そういうことか。 断るのは形だけで、ドナムさんも褒美はもちろんもらうつもりだったらしい。
一度断るのは貴族相手のマナーのようだった。
でもローゼは、そのような不毛なやり取りが嫌いなようでさっさと話を進めたいようだったが、執事のコルツさんに注意されていた。
こんな状態では欲しい物なんて到底言える雰囲気ではないので、仕方がないから俺がひと肌脱ぐことにした。
この場では俺にしか使えない子供の無邪気という最強の矛と、空気が読めない鈍感力という盾で交渉に挑むことにした。
「じゃあ、僕は家が欲しいです。」
「オイ!」「クライス!」
もちろんジョアン達に止められたが、ジョアン達程度の若造に俺を止めることなど出来ない。
だが、二人して領主様に頂いた高価な服を鷲掴みするのはのはやめようか。
俺は子供なので、ただ欲しい物を言えって言われたのだから、言い過ぎたとしても少し怒られるくらいで済むだろう。
「母さんのお腹の中には赤ちゃんがいるので、出来ればお医者様が近くにいる家が欲しいです。」
「お前、何勝手なこと言ってるんだよ!」
「……。」
俺は言われた通り、素直に欲しい物を言った。
ローゼは、ジョアンに肩と頭を掴まれて無理矢理ソファに押し込められた俺の目をじっと見つめて、おもむろに口を開いた。
「それはこの先ずっとこの街に住みたいと申しておるのか?」
いや、そんなこと今言われても知らんけども。
「はい!」
まぁ、“はい”以外の選択肢は怖くて選ぶ勇気は無かっただけなのだが。
「お許し下さい、領主様! クライスは、この子はまだ子供ですので…。」
「そうです! コイツには後でしっかりと言い聞から…。」
ジョアンに邪魔されるのはわかっていたので食い気味で返事をすると、俺の両サイドのジョアンとユニがいきなり土下座を始めた。
なにが起こっているのか理解が追い付いていないのは俺だけのようで、周りを見渡すとフニフニ以外は俺のことを残念なヤツを見ているような顔をしていた。
そんな俺達を見ていたローゼが脱力したよう手を膝に置き顔を下げた。
「「領主様!!」」
その様子を見たジョアンとユニは懇願する様にローゼに向かって叫んだ。
「クックックッ…。」
すると、静まり返った部屋に笑い声が漏れてきた。
ジョアンとユニは顔を青くしてローゼを見ていた。
すると突然、「フフッ、アーッハッハッハ! アハハハハハッ!」と、ローゼは大きな声で涙を流しながら大笑いを始めた。
「お嬢様…。」
そんなローゼの様子を見てコルツさんは呆れたように呟いた。
「いやー、済まんな。 別にそなたをバカにした訳ではない。 こんなにも純粋で裏表のない言葉を聞いたのは久しぶりでな。 つい嬉しくなってしもうただけだ。」
一通り笑い終わると、ローゼは先程の妖艶な笑みを浮かべてこちらを見た。
「良いぞ。」
「へっ?」「えっ?」
「コルツ、この者達に医者が近くに住んでいる家を用意してやれ。」
「畏まりました。」
ローゼがあっさりと俺の希望を全て聞いてくれたので、珍しくジョアンだけでなくユニまで素っ頓狂な声を出していた。
「ありがとうございます!」
「「ありがとうございます!」」
「気にせんでよい。 それだけのことをしてもらったお礼じゃ。 ホレ、他の者達も申してみよ。」
俺がお礼を述べると、慌ててジョアンとユニも頭を下げたが、ローゼはなんてことはないといった様子で俺達の話を終わらせ、隣に座っていたジェントさんとジフさんに話を振った。
「では、ワシ等にも家を頂けますかな?」
「贅沢は言いませぬ。 ワシ等2人が住める家をお願い致します。」
「一緒に住むのか?」
「この歳になると一人で暮らすより二人で暮らした方がなにかと便利なのですよ。 よろしいですかの?」
「お主もそれで良いのか?」
「はい。 宜しくお願い致します。」
「わかった。 コルツ、なるべくこの少年の家の近くに用意してやってくれ。」
「畏まりました。」
「ありがとうございますじゃ。」「ありがとうございます。」
ジェントさん達の話をサクッと終わらせ、フニフニの方を見た。
「そなたは?」
「俺は馬でいい。」
遠目から見ていても、フニフニの話し方にコルツさんが少しピリついたオーラを放っていたが、ローゼ様は特に気にする様子もなく話していた。
「馬か…。」
「褒美として与えるような馬は現在おりません。」
「俺を乗せて走れるならなんでもいい。 出来れば若い馬がいいが。」
「それならばすぐにでも用意出来るかと。」
「では、そなたには馬を褒美としてやろう。 で、残りのお主ら3人はなにを望む?」
「…では、我等も馬2頭と幌馬車を頂きたく存じます。」
「コルツ?」
「馬車は整備をすればそれなりのものが用意出来ます。」
「それで構わんか?」
「ありがとうございます。」
「では褒美はなるべくすぐに用意する。 用意が出来次第、使いの者を出すので少し待っておいてくれ。 …さて、ここからは私の話をさせてもらおうか…。」
その瞬間、ローゼは先程までの優しい雰囲気は無くなり、一気に領主としてのオーラが部屋いっぱいに立ち込めた。




