これからのこと。あの頃のこと。
「もー、ジョアン! いつまでやってるのよ! しかもずっとクライスにやられてたじゃない。」
「ぐっ!」
「違うよ、母さん。 父さんは手を抜いてくれてたんだよ。」
「クライス、さっきも言ったけど母さんは冒険者だったのよ? 戦ってる相手の力量ぐらい、見たらわかるわよ。 むしろ私にはクライスの方が手を抜いているように見えたけどね!」
「まぁまぁ、それぐらいで勘弁してあげて。」
「くそーっ! あの身体強化は反則だろ! 俺にも身体強化のやり方教えやがれ!」
「じゃあ、まず魔力を感じる練習からだね!」
「無理よ、クライス。 あのねクライス、ジョアンはそういう細かいこととか、何度も同じことを繰り返すとか出来ない人だから。」
「ぐっ! ちくしょう!」
「大丈夫! ちゃんと秘策があるから。」
「秘策? どうするの?」
「簡単だよ。 父さんは母さんのことを考えながら集中すると、凄い集中力を発揮するんだよ! さっきだって、モガガ……。」
「クライス君、あとで父さんとじ~っくりお話しようか?」
「別にいいでしょ? そんな照れなくても。」
「クライス、てめぇ〜。」
「母さ〜ん、助けてー。 父さんがこわいよー。」
「もー、ジョアン! クライスをいじめないの!」
「いやユニ、抱っこはダメだ…。」
「なんでよ。 可愛い私達の子供じゃない。 チュ。」
「ユニ! 今、クライスにキスしたなー! クライスゥー、ぅぉおまぁぁえぇー、覚えてろよ! 絶対に許さんからなー!!」
「頬にキスしたくらいで、何をそんなに怒ってるのよ…。」
「ははは…。」
(ごめん、ジョアン。)
それから2日間、マジでジョアンは俺と口を利いてくれなかった。
今日は2日間俺を無視して、朝からしこたまユニに怒られたジョアンと、庭で俺がマンツーマンで身体強化の特訓をする予定だった。
2人共視線を合わせず無言で庭に出た。
「で、お前はこれからどうすんだ?」
「久しぶりの会話がコレって、ちょっと酷くないか? はい、そこに座って目を閉じて体中にある魔力の巡りを感じる練習。」
「いいだろ。 ユニは今、外に行っていないんだから。 」
「どこいったの?」
「知らね。 なんかジフ爺さんとこに行くって言ってたけど。 それで、お前はこれからどうすんだよ?」
「んー、希望としては3人で冒険もしたいけど、ダメならとりあえずこの世界を見て回る旅に出ようかな? ほら、目を閉じて魔力を体の中心に集めるような感じで!」
「ということは、ユニに話すってことか?」
「正直、時が経つにつれて前世の記憶が無くなっていってるんだよねぇ。 もう、前の家族の名前どころか自分の名前すら思い出せなくなってきてさ。 前は思い出せないことに腹が立ったけど、今はその感情すら無くなってきたんだけど、どう思う?」
「知るかっ! どう思うって聞かれても、わかんねぇよ。 それと体内の魔力もわかんねぇ!」
「だよねー。 だから、自分でも何がしたいのかわからないから、どうしようかと考えてる。 じゃあ体内の血を意識してみて。」
「なんだよ。 あれだけ偉そうに“帰る為に頑張る”みたいなこと言ってたのに。」
「あー! その話するんだ! お互いにあの夜のことは忘れるって約束したのに。」
「はいはい、すいません。 それにしても、お前はここから出ないことにはどうしようもないんだなぁ…。」
「母さ…。」
ジロッ。
「ユニはどうしたいんだろ?」
「ユニさんだろ! おっ、なんか体が温かくなってきた!」
「はいはい。 そんなに怒るなって。 次はその温かいモノを頭、右手、右足、左足、左手、頭って順番に移動させてみて。」
「チッ。 …ユニは今の生活の方がいいのかもなー。 贅沢は出来ないけど、冒険者みたいな痛いことも辛い思いをすることもないし。 それにもともとユニは姉貴と一緒で、冒険者には向いてなかったと思うから。 それにしてもこれ予想以上に難しいな。 頭にいく途中ですぅーっと消えたぞ。」
「コツとしては、始めに温かいモノをしっかり作ることかな? ジョアンはこのままユニさんと一緒なら、死ぬまでここにいてもいいってこと?」
「まぁ、それでもいいかな?」
「好きだねぇ〜、ユニのこと。」
「うるせぇ。 あとユニ“さん”だ」
「はいはい。 そっかぁ~。 じゃあ、そのユニさんに聞いてみようかな?」
「なにを?」
「このまま死ぬまでジョアンと2人で暮らすのか、3人で冒険をするのか。 もしかしたら、ジョアンと2人で冒険がしたい!なんて言い出したりして。」
「……。」
「なに想像してニヤついてんだよ。 気持ち悪い。」
「ニヤついてなんてねぇよ! だけど、たぶんそんなこと聞いたら、ユニは俺がしたいようにしろって言うだろうなぁ…。」
「確かにそれ、1番言いそうだね…。」
「俺も今の生活に不満がある訳じゃないし、ここにも知り合いが出来たから、出て行きたい訳じゃないんだよなぁ。」
「根本的なこと聞くけど、どうして冒険者になったの?」
「んー、冒険者になったのは、ユニが兄貴のブランと姉貴に付いて行くって言ったからかな…。」
「動機が不純。」
「勘違いするな! ブランに付いて行くのがユニか姉貴だけだったら付いて行かなかったよ! チッ、…まぁでも1番の理由は生きる為かな? 俺達の村はみんな貧乏で、その日その日で一生懸命だった。 そんな生活でもそれなりに楽しかったけど、作物が不作の年は毎回冬に誰かが死んじまうんだよ。 食う物が無くて…。 不作の時は狩りをしてもだいたい獲物はいねぇし、冬になったら吹雪いて外に出歩くことも出来ないからな。」
「じゃあ、冬はどうやって生活してたの?」
「味がしなくなった一切れの干し肉を、何日も噛まずにしゃぶるんだよ。 確か2年連続不作なのが決定した時に、ブランが村を出て行くって言ったんだよ。 口減らしの為に出て行くって言ってたが、本当は出て行く理由にしただけなんだろうな。」
「それでこの街に来て、冒険者になったの?」
「最初は色んな街を転々と渡り歩いた。 村を出るのに、ユニの両親も俺の両親も死んでいなかったから好きに出来たしな。 最初の街の通行税は口減らしとして村を出る時に、村長から少しもらった金があったからなんとかなったし。 武器はユニの親父さんが元冒険者だったからブランには剣があったし、俺には今は全然使ってないが弓があった。 だから、街で冒険者でもやればなんとかなると軽く考えてた。 今思うと、甘い考えだったよ。」
「うまくいかなかったの?」
「最初はキツかった。 田舎から出て来たばっかりのガキだった俺達は、実力も足りなければ、なんのコネも伝手もなかったから、冒険者っていう名前だけの街の便利屋だった。 来る日も来る日も臭え・汚え・キツい街の掃除とかの雑用仕事をして、もらえる賃金は食うのにギリギリしかもらえない。 特に冬は野宿なんてしたら凍え死んじまうから、食うのを我慢して宿代にするような生活だったよ。 そんなんだから、水だけで何日も生活してたこともあった。 結果的に村での生活となんら変わらなかったって訳だ。」
「随分懐かしい話してるのね。」
魔力の特訓を忘れてジョアンと話し込んでいると母さんが帰って来た。
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