表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編小説集 à la carte

かくれんぼ

作者: 篠崎フクシ

 ──夏なのに、雪が降る。


 かつてこの島に季節というものがあった、ということは、古い文献からなんとなく想像できる。文献によれば、雪というのは冬に降るものだそうだ。僕は、灼熱の太陽光に照らされながら、雪が積もっていくさまを茫然と眺めていた。現代の雪は熱に強く、寒さに弱い。

 過去、何度かの核戦争があり、原発事故があり、内戦があり、パンデミックがあり、最後には隕石が衝突し、物理的に存在するモノの、そのすべての原子同士の結合が変異した。そして、僕たちヒトと呼ばれし存在は魂だけとなった。肉体を失うことで、自由になった魂は、どこにだって出かけることができた。たとえば宇宙の果てまでも。


「ねえ、カマクラ。遊ぼ」

 ウサギという名の魂が、僕に語りかけてきた。カマクラとは、僕に付けられた記号で、他の魂と見分けがつくように、適当に割り当てられていた。名前に意味などなかった。


「いいよ。じゃあ、かくれんぼがいいかな」

「かくれんぼ?」

 ウサギは、その不思議な響きに声を弾ませ、「やるやる!」と答えた。

 かくれんぼ、という遊びについても古い文献から教わった。ルールは簡単だ。

「鬼となったヒトが、隠れたヒトを見つけたら勝ち。見つけられなければ負け」

「ふーん、簡単だけど、なんだか楽しそう」

「じゃあ、ジャンケンしよう。パーはグーより強く、グーはチョキより強く、そしてチョキはパーより強い。せーので、お互いに記号を呟こう」

「わかった! せーの」


 ──雪は降り積もる。太陽の熱を浴びれば浴びるほど、雪は見事に成長してゆく。六花の写真が、古い文献に載っていたが、いまでも同じ形の花を咲かせているだろうか。


 ❇︎


「もう、いいかい?」

「まーだだよ!」

「もう、いいかい?」

「もーいーよ!」


 鬼となった僕は、島中を駆け巡ってウサギを捜した。ウサギは天才的だと思えるほど隠れるのが上手かったので、なかなか見つからなかった。ルールでは、鬼が降参したら負けだ。だから僕は必死になって捜した。自分でも驚いたが、僕は意外に負けず嫌いだった。


「もーいーよ!」

 と言った、ウサギの声の残響が、僕の魂にこだまする。声のした方向へと、僕は走り、飛び、泳ぎ、島を抜け、地球の隅々を捜し回った。地球がダメなら、太陽系、銀河系へとその触手を伸ばし、徹底的に捜し回った。


 ──数億年後、島に戻ると雪は止んでいた。ウサギという魂は結局見つからなかった。


「分かったよ、もう。降参だ。出ておいで、ウサギ」

 僕がそう言うと、丘の上に一人の少女が立っていた。体格に合わない、膝まである白いブラウスの裾を風に靡かせて。ウサギだ、と直感的に思った。気がつけば、僕という魂も肉体という器に閉じ込められていた。


 僕はウサギのもとに駆け寄って、彼女を抱きしめた。

「やっと、やっと見つけた」

「私の勝ちね、カマクラ」

「うん。でも、勝ち負けなんて、もうどうでもいい。君とこうして逢えただけで、充分だ」


 ウサギは、微笑みながら、太陽の光に目を細めて、言った。

「うん。とりま、恥ずいから服着ようか、カマクラ」


 数十億年ぶりに肉体を獲得したウサギは、意外に現実的な少女だった。【了】

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最後のオチにほっこりです。 ディストピア的な話じゃなくて良かった。
2023/04/24 23:57 退会済み
管理
[一言] 魂だけになると億の年月も存在し続けられてしまうのですね。 それだけ時間が流れていたら、ものの在り方の法則がまた変わっていそうです。 だからこそ、カマクラとウサギが受肉したのでしょうけど。 こ…
[一言] カマクラとウサギ。 私たちが冬の風物詩として想像する彼らは、私たちの冬を知らないのですね。今の地球や人類のあり方とはまったく異なるにもかかわらず、その世界に思わず心惹かれてしまうのは、彼らの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ