かくれんぼ
──夏なのに、雪が降る。
かつてこの島に季節というものがあった、ということは、古い文献からなんとなく想像できる。文献によれば、雪というのは冬に降るものだそうだ。僕は、灼熱の太陽光に照らされながら、雪が積もっていくさまを茫然と眺めていた。現代の雪は熱に強く、寒さに弱い。
過去、何度かの核戦争があり、原発事故があり、内戦があり、パンデミックがあり、最後には隕石が衝突し、物理的に存在するモノの、そのすべての原子同士の結合が変異した。そして、僕たちヒトと呼ばれし存在は魂だけとなった。肉体を失うことで、自由になった魂は、どこにだって出かけることができた。たとえば宇宙の果てまでも。
「ねえ、カマクラ。遊ぼ」
ウサギという名の魂が、僕に語りかけてきた。カマクラとは、僕に付けられた記号で、他の魂と見分けがつくように、適当に割り当てられていた。名前に意味などなかった。
「いいよ。じゃあ、かくれんぼがいいかな」
「かくれんぼ?」
ウサギは、その不思議な響きに声を弾ませ、「やるやる!」と答えた。
かくれんぼ、という遊びについても古い文献から教わった。ルールは簡単だ。
「鬼となったヒトが、隠れたヒトを見つけたら勝ち。見つけられなければ負け」
「ふーん、簡単だけど、なんだか楽しそう」
「じゃあ、ジャンケンしよう。パーはグーより強く、グーはチョキより強く、そしてチョキはパーより強い。せーので、お互いに記号を呟こう」
「わかった! せーの」
──雪は降り積もる。太陽の熱を浴びれば浴びるほど、雪は見事に成長してゆく。六花の写真が、古い文献に載っていたが、いまでも同じ形の花を咲かせているだろうか。
❇︎
「もう、いいかい?」
「まーだだよ!」
「もう、いいかい?」
「もーいーよ!」
鬼となった僕は、島中を駆け巡ってウサギを捜した。ウサギは天才的だと思えるほど隠れるのが上手かったので、なかなか見つからなかった。ルールでは、鬼が降参したら負けだ。だから僕は必死になって捜した。自分でも驚いたが、僕は意外に負けず嫌いだった。
「もーいーよ!」
と言った、ウサギの声の残響が、僕の魂にこだまする。声のした方向へと、僕は走り、飛び、泳ぎ、島を抜け、地球の隅々を捜し回った。地球がダメなら、太陽系、銀河系へとその触手を伸ばし、徹底的に捜し回った。
──数億年後、島に戻ると雪は止んでいた。ウサギという魂は結局見つからなかった。
「分かったよ、もう。降参だ。出ておいで、ウサギ」
僕がそう言うと、丘の上に一人の少女が立っていた。体格に合わない、膝まである白いブラウスの裾を風に靡かせて。ウサギだ、と直感的に思った。気がつけば、僕という魂も肉体という器に閉じ込められていた。
僕はウサギのもとに駆け寄って、彼女を抱きしめた。
「やっと、やっと見つけた」
「私の勝ちね、カマクラ」
「うん。でも、勝ち負けなんて、もうどうでもいい。君とこうして逢えただけで、充分だ」
ウサギは、微笑みながら、太陽の光に目を細めて、言った。
「うん。とりま、恥ずいから服着ようか、カマクラ」
数十億年ぶりに肉体を獲得した魂は、意外に現実的な少女だった。【了】