第3話 気が弱い自分にイラついている
あの後ソファーの上でしばらく休み体調も戻ってきたので立ち上がって見ると、二人は相変わらず先ほどのように書類作りをしていた。
「あの」
「ああ、もう気分はよくなった?」
清水はメールを作成しながら僕の様子を伺ってきた。
「ええ、ありがとうございます」
「そうか、それは良かった安心した」
「あのさ.....清水君」
「松君の聞きたいことは分ってる、にじかつの事だろう?」
「にじかつって一体何なんですか? それとあの3年生は誰なんですか?」
清水はメールを作成する手を止め僕の傍にパイプ椅子を寄せてきた。
「そうだね、説明も無しににじかついや正確な呼び名は2次活動なんだけど、いきなり連れていったのはちょと刺激が強すぎたかな、すまなかったね」
そう言うと清水は少し考える仕草を見せながらゆっくりと僕に話し始めた。
「まず全部説明するのは長いから分かりやすいところから、あの3年生の氏名は永田翔太3年C組。彼は家庭と彼自身にちょっと問題があってね、さっきあそこであんな風に寝ていたのは」
またその目で嘘を付くのかよ。僕はいつも抱くある種ウンザリした感覚を味わっていた。
人は自分にとって都合の悪い事実を隠そうとする時まぶたの力を弱めて目が泳いだり、逆に積極的に嘘を相手に信じさせようとする時にはまぶたに力を入れて話そうとする。でもどちらの場合でも表情に無理が出る。そんな時は目の中にある瞳孔を見るに限る。緊張している場合は必ず瞳孔が開いている。
ほんっとにどうでも良いよ、こんな役に立たずのスキル! 一体誰得だよ?
そう思いながら清水君の瞳の奥を覗き込むと、不思議な事に清水君の瞳の瞳孔は微動だにしていなかった。
そうか、清水君は相当精神が強いんだろうな。恐らく相当過酷な環境で暮らして来たのか......でも僕はそんな見せ掛けの真剣な表情や目の瞳孔の開き方では騙されないぞ!僕は気勢を制して先に言ってしまった。
「ええ単なる薬の飲み間違えなんかじゃない、酒でもない何か、別の何かですね。なんで救護係りの人に嘘を付いたんですか?」
当惑の表情を一瞬見せたが直ぐにもとの温和な表情に戻りやさしく清水は、
「えっどうして分るの? シックスセンス?」
と冗談めかして言った。
「分かるんですよ僕はなんとなく、目とか仕草とかでその人が本当の事言ってるかそうじゃないとか、いろいろ」
「ふ~んそうか~分かっちゃうのか、さすが佐藤センセ人選はさすがだね。そう、あそこでショッピングセンターの救護係の人に言ったことは全て思いつきの嘘、彼はオーバードース(薬の過剰摂取)をやってラリってあそこで倒れたんだ」
「ええ!!」
僕は一瞬言葉に詰まってしまった。
「驚いた? でもオーバードースにはまっている人は実際多いんだ」
「でもなんで生徒会の仕事でそんな事しなきゃならないんですか!訳分かんないよ!」
「その通り訳分からないよね、まあそこが2次活動と言われる理由でもあるんだけどね。だから表向きの仕事とはちょっと違うとも言える。俺も時々訳が分からなくなる時がある、その点は同意だな」
「そんな事を聞いているんじゃないんです、なぜ2次活動だか業務だとか訳わかんない事やんなきゃなんないんですか?」
「この学校が地元の政財界の子息が多く在籍していることは知っているかな?」
「少しは知ってます、その寄付で学校の運営がずいぶん助かっているってどこかで聞いたような」
「もっと正確に言うと、有力企業や政財界のちょっと問題のある子息を押し込めておく高校なんだよ。その見返りとして多くの寄付金を学校が受け取っている」
「じゃあ、清水君や田中さんもお金持ちの家の人なんですか?」
僕はちょっとひねくれて嫌味を言ってみた。
「いや俺のところと、田中のところは普通の家庭だよ。あとこう言ったら怒るかな?君のところも普通の家庭だよね?」
ウチが普通か、そう考えた時僕の表情が少し硬直したのを感じたのか清水はさっきの続きを説明しだした。
「2次活動っていうのは金持ちの問題児、おぼっちゃんお嬢様のやらかした後始末、事ができるだけ大きくならないように穏便にすませる生徒会の別の仕事なんだよ」
「内申だけでそこまでするんですか?」
「内申だけじゃないよ、もちろんそれなりの成績は残さないといけないけど特別奨学金だって出る、それも大学4年分のね」
ええ!?特別奨学金! 4年分! 僕は驚きの余り声がでない。
「驚いた? そうだろうね、俺も最初聞いた時はびっくりしたよそんな簡単なことでって。でも実際結構きつい時もあるかも。松君失礼だとは思ったけど佐藤センセから君の事は少し聞いている、家庭の事や君が大学へ進学希望してるって事もね」
「はあ、そうですか......」
「どう? 正直今2次活動やってるのは生徒会でもセレブな家庭じゃない俺と田中だけなんだ、君が入ってくれるとローテーション制みたいの組めて助かるんだけどな」
そう清水が言うと、いつのまにか田中が背後に来ていて、
「そう! そうれいいアイデアじゃんサンセー! こうき君よろしく~」
と透き通るような目で微笑んできた。
彼女いない歴イコール年齢の僕には眩しすぎる笑顔なので、少しあかるさを調節して欲しいです。
「もちろん、2次活動の事は誰にも相談してはいけない。表向きは生徒会の活動に真摯に取り組んだ評価として特別奨学金が出ることになっている。もちろん奨学金は返済不要」
僕は心が少しだけ揺れているのを必死に悟られないように隠しながら、
「はあ......ちょっと考えさせてください」
と蚊の鳴くような小さな声を搾り出すように答えた。でも恐らくこの清水君には僕が心の奥底で動揺している事を感じ取ったに違いない。清水君は僕が奨学金返済不要の説明を聞いている時片方だけまぶたをしきりに瞬きしていた。
恐らく彼独特のクセなのだろうーーー人の考えを鋭く読む時の。
「いいよ。でも1次活動は佐藤先生の命令だから、2次を断っても結局は生徒会にはこなくちゃならないけどね~内申は君も怖いだろう?」
ウワァ何これ? この人爽やかによくこんな腹黒い事言えるね。腹立つなあ!
「っていうことはなし崩しに2次活動に参加も有り得るって事ですね、今日みたいに」
「まあそういう事だね。さあもうそろそろ保健室で伸びてるお坊ちゃんがまともに戻ってる頃だろうから、お迎えのママの車も到着した様だし、俺は彼を送り出してくるよ。松くんは今日はもういいよ帰ってお疲れ様、初日から大変だったね!また頼むよ」
そう言うと、清水は生徒会室から出ていった。
清水が生徒会室から出て行った後、ある種の緊張した雰囲気が少しだけ和らいだように感じた。僅かながらもリラックスできた僕は思い切って田中さんにあることを聞いてみた。
「あの、田中さん」
「うん?何~女性恐怖症のこうきくん」
「いや、あの、今まで入学してからどの位こんな事してるんですか?」
「え? どのくらいって? まあ問題児といってもそんなに多くないよ、大体だけど1週間に1回か2回かな」
えええ! そんなに問題ばっかり起こしそうになってるの! こりゃコスパ悪いぞ。自分の時間が殆ど1次と2次活動に取られちゃうよ!
「そうですか、はは、他にどんな事やらかしてきてるんですか問題児は?」
「そうだね~例えば~やっぱり一番多いのが恋愛関係で揉めてごちゃごちゃになったとか。つまんないところだと学校とか塾のテストのやまはりとか~あっそう言えばこの前もっと変なのもあったよ、清水がやったんだけどね、うんちもらしたからパンツばれないように学校まで持って来てくれだって」
「そんな事まで、なんて幼稚なんだ」
「そう、小さい時からな~んの苦労もしない人たちは、くだらないことで見栄を張って、出来ないことは他人に頼ろうとするんだよ」
そう軽蔑の表情を一瞬だけ作り
「まあ宜しく! 仲良くやろうよ!!」
と直ぐに弾ける笑顔になり僕の方を見てきた。ただその後田中さんはまた近づいてきそうになったので、僕は慌ててしまい
「失礼します!」
そういって生徒会室を出て走り出した。
自転車置き場に辿り着くと既に自分以外の自転車は無くなっていて、時計を見ると19時過だった。ちょうど良いや今日の夫婦喧嘩も終わっているだろう。
僕は自転車に乗り込み考える。
「こんな事でいいんだろうか、何か信じられない、でも奨学金か」
そう思いながら、自転車を漕ぎ出した。
校門を出ると県道沿いに自転車を北へ走らせ交差点を3つ越えると家に着く。家に帰ると母さんが泣きながら割れた皿を片付けていた、僕も無言で片づけを手伝う。
「考基、ごめんね」
「いいよいつもの事だろ、親父は?」
「あの馬鹿ならまたどっかに飲みにいったよ。まったく最低の父親だよね」
その言葉に起こりそうになる複雑な感情を必死に押し殺し、片づけを手早く済ませると、母さんが疲れた表情で聞いてきた。
「夜食はどうするの?」
「いいよ適当にスパゲティーでも作って食べるから、母さんは寝てなよ」
「そう、悪いね」
スパゲティーを湯でなら考える。
「まあ今日はどうせあそこあたりで正体なくなるまで飲んだくれているから、これ食べたら迎えに行くか」
それにしても......
キッチンでスパゲティーを茹でながら考える。今日は本当に変な日だったな、生徒会活動でセレブ生徒の後始末かあ、確かに奨学金は魅力的だけど僕は要領がよくないからなあ、あんな事しながら勉強とかできるかな?
だけど......大学なんかとてもうちの経済力じゃ無理だな、親父の会社もつぶれないでギリギリでやってるからな。
「やるしかないか......2次活動」
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第3話 気が弱い自分にイラついている
慌しく松川が生徒会室から出ていきしばらくした後、清水は今日の2次活動が完了した事を佐藤先生に報告した後、生徒会室に戻ってきた。田中はちょうど、1次活動記録の入力を終わりPCをシャットダウンしていた。
清水は田中におもむろに言葉をかけた。
「良かったのか? 松君にあの事言わなくて?」
「ひとまずは......いいよ」
「そうか......まっお前なら大丈夫だな」
「そっ私なら大丈夫」
「そっか、じゃ俺は帰るから。戸締りヨロ!」
清水は何か言葉を続けたそうな仕草を一瞬みせたが、軽く微笑み生徒会室を出て行った。
一人生徒会室に残り、カップに残った紅茶を見つめながら田中は思う。
「今度こそ負けないんだから......絶対!」