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非人遣い  作者: 一姫
6/6

意地

青嶺から半年も送られ続けてきた文章はこうだ。

 






"非人遣い、碧殿。貴殿のその非人遣いの能力、是非とも国のためにお貸し頂きたい。一度登宮して頂きたく存ずる。"

 








つまり碧の能力を国の為に使って欲しい故に宮殿に勤めろと言われているのだ。

しかし碧には勿論そんな気がある訳もない。




普通の賎民相手にこんな話があるなんぞ、聞いたこともないような…夢のような話だ。

それを断るなんて、他の賎民たちからすればなんと罰当たりな娘だと言われてもおかしくはない。

だが碧は王宮勤めはどうしても嫌なのだ。


「その件に関しましては、今回の文にも記してあります通り、お断りをさせていただきたく存じます。」

 

深々と頭を下げ、目上の者に対する礼儀もかなり払っているはずだ。

それでもこの青嶺という男はどうやらご納得いかないようで、腕を組んではその場にある椅子に座り込んでしまった。

そしてシワ一つなかったはずのその顔に、シワが刻まれた。

その箇所は眉間だ。

 

「王宮勤めだぞ?」

「存じております」

「賎民ではどんなに望んでも一生足を踏み入れることはできない場所だぞ?」

「存じております」

「給金だってそこら辺で働くのとは訳が違う」

「存じております」

「待遇だって今までとは全く違うのだぞ?」

「存じておりま…」

「存じておりますばかりではないか‼︎」

 

碧は顔を下に向けたまま、ちっ、と思わず舌打ちをしそうになる。

大抵の男ならばどれだけ揺さぶりや言葉をかけてこようと、同じ文句ばかりつけていれば怒るか諦めて帰るものばかりだったはずだ。




やはりこの青嶺という男は執着ねちっこい。

それが逆に碧のやる気を削いでいくのだった。

 



「何がそんなに気に食わんのだ?そもそも俺は王宮勤めを断る人間なんてものを初めてみたぞ!お前は本当に人間か?欲はあるのか?」

 

欲。

その言葉には碧もぴくりと眉間を動かした。

そして静かに、まるでボソッと呟くかのように静かに

 

「欲ならば御座います」

 

と言った。

その消え入るような小さな声を、青嶺という男が聞き逃すはずがない。

だらけるようにして椅子に腰掛けていた青嶺の体が多少前のめりになった瞬間に、碧は、しまった、と言いたげな顔を見せた。

それも青嶺は見逃さない。


「何か訳でもあるのか?」

 

そう訪ねても素直に『はいそうです』なんて答えるような娘ではないだろうと、この短時間ではあるが青嶺もどこかで察していた。

だが青嶺はこの国の王から直々に『非人遣いの碧という娘を王宮に呼べ』との命を受けているのだ。

簡単に引き下がるわけにもいかない。

ここで引き下がってしまっては、あれだけ執拗に文を送り続けた意味がなくなってしまうではないか、と半分は意地になっていた。

通常の人間であればなびくのは簡単だ、己の魔力を使ってもいいが、その前にまずその美貌で何とかなる。

 

(だがどうも碧にはそれは通用せぬようだしな…)

 





碧という人間はそういう人間だ、と碧の後ろにひたすら隠れるパリエがどこか得意げに笑った。








これまでパリエたち綿色妖精パステルフェアリーは何度もあらゆる手を使って碧を我らの住処である綿毛の森へと誘おうとした。 

金品、美貌、人間としての地位の向上…。

そのどれにもなびく事はなかった。

その姿を見つめれば一秒も持たずに魂を抜かれてしまうと噂の妖精王と何秒目を合わせても、魂を抜かれるどころか妖精王に妖精の正式な例を尽くして見せた。

『綿毛の森に迷い込んだ者はそこに住まう妖精たちに永久に弄ばれる』と町中で噂になっている場である綿毛の森に入って、迷う事なく帰ってきた程だ。

 





「ふむ、成程。どうやらこの場でお前から二つ返事を貰えそうには無いな。」

 






ようやくわかってもらえたか、と心の何処かでホッとする碧。

しかしそれと同時に何と無く嫌な予感もしたが、取り敢えず、今日のところは返してもらえるような空気を感じ取った。




否、そんな気がしていただけだった。





「すまないな、許せ」 

「…は?」

 




青嶺がため息をつきながら、碧の傍に立つと碧の指にチクリとした痛みが走ると同時に木の板で作られている床にぱたり、と生温い雫が垂れ落ちる。

その色は透明ではなく、真っ赤だった為、木の板の上に落ちたそれはまるで染みのようになった。

 

『碧!』


(これ、は…)

 

そしてそれを機に、碧はその場に倒れ込んでしまった。

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