青嶺
「さて、ようやく会えたな、非人遣いの碧」
いきなり突拍子もないことをほざくやつだ、と碧は少し引いた目を向けてしまうも、己の身の安全のためにその目付きを和らげる。
だいたいこんなやつは知らない。
知らないどころか、知り合いたくもない奴だと心の中で大層な悪言を呟く。
こほん、と一つ咳払いをして、鼻で笑いそうになるのを何とかして抑える。
「大変失礼かと存じますが、貴方様のような美しく高貴な方とは私は知る仲ではございません。
どなたかとお間違えではないでしょうか。」
ストレートに言うと首が跳ねるかもしれないので遠回しにそう伝えてみる。
その美男は美しくつややかな顎周りを二本の指で撫でると「おや」と少し驚いた顔を見せた。
「お前は綿毛の森付近に住む碧だろう?そうでなければお前はそうして私の前で平然と立っていられるはずがなかろうに。」
「はぁ…確かに私は綿毛の森付近に住む碧で間違いございません。」
確かにそう言われてしまっては頷くしかなくなる。
彼の前で、しかも彼がこんなに己の力を発しているにも関わらず、こんなふうに平然と立っていられる普通の人間などいない。
(しかし私は非人遣いなんていう異名を持っとったんか…知らんかったな)
「そうだぞ、お前のことはこの王宮内ではかなり有名だ。
だからこうして何度も何度もお前を迎え入れたいと文を送ったのだが…毎回毎回このような綺麗な文字での断り文章を読み、王様に伝えなければならないこちらの気にもなってくれ」
と、彼らならではの思考を読む能力を使われてしまった。
なんという厄介な男だ、下手なことを考えることも出来ないではないか。
というかそんなことよりも
(こいつが青嶺か…)
おっと、まずいまずい。
こいつ、なんて呼び方をしていては・・・思考を読まれていれば命がいくつあっても足りないのではないかと何故か今後の人生に不安がよぎる。
それに、青嶺だとわかった理由。
何度も何度も文を送られた覚えなど、青嶺という名の男からしか記憶にないからだ。
こいつは確実に厄介な野郎に違いない。
「…失礼ながらお訪ねしてもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
碧は恐る恐る下げていた頭を彼の目線と合わせると
「…何故貴方のような上級精霊がこのような人間界に堕りて居るのです?
本来居るべき場所とは程遠いのでは」
と、聞いても良いものなのかよくわからないが、ある意味勢いで聞いてしまった。
青嶺は「ふむ」と納得したような顔を見せている。
どうやら気に障った訳では無いようだ。
上級精霊と呼ばれる彼は通常の人間が知るような所謂只の『妖精』や『精霊』とは違うと聞いた覚えがある。
碧自身、非人遣いという異名はあれど、非人についてまるで歩く辞書と言えるほど詳しいわけではないのだ。
ただ、上級精霊かそうでないかの見分け位はつく、それだけだ。
しかも彼がこうして己のことを分かりやすく力を発してくれているおかげでもある。
碧は非人と呼ばれる、人では無いものを操る能力を持つ非人遣い。
故に非人たちの魔力やらなんやらは彼女には通じない。
彼女の前では彼らの能力も無いようなものなので、非人も人間と大差ないと碧は思っている。
しかし実際に上級精霊なんてものを見たのは初めてだ。
「精霊と言うな、青嶺だ。名前くらいあの文書が読めるのならば分かっているだろうに…。まぁ俺はいわゆる魔物崩れになってしまってな。」
上級精霊と言われたのはやはり嫌だったのかと思うほどに突如崩れた話し方で、魔物崩れという言葉をやけに強調してそう話す青嶺。
薄い唇、子犬のようなまん丸で少し垂れ気味の可愛らしい目元。
そして白い肌に長い藍色の髪。
どこからどう見ても人間離れしているだろうに、誰も気が付かないのか。
「魔物崩れと申しますと…魔界に帰れなくなったという解釈を致しますがそれでお間違いございませんか?」
碧が再び顔を下げてそう訪ねると、青嶺は「そんなことより」とこれまた軽い口調で話す。
そして手には見覚えのある文が握られている。
それをまるで見せ付けるかのように碧の目の前に出す青嶺。
「これは一体どういうことだ、碧。そなたこの私が何度も何度もよろしく頼むと文を送り続けているというのに…何故今回もまたこのように綺麗な文字で断るのだ」
なんてこった、これは随分と面倒だ…と碧は瞬時に悟らざるを得ないだろう。
なんと言ってもこの男は約半年も碧に文を送り続けてきたような執拗な男なのだから。