妖しい男
手紙受付場に来てからというもの、なかなか帰してもらえず、ようやく男が口を開いたと思えば、耳を疑う言葉を伝えられた。
「悪いがお前を帰すわけにはいかん。」
「…は?」
「お前、あの綿毛の森付近に住む碧だろう。お前が来たら帰すなととある方から言われているのだ、すまんな。」
さっきまでジロジロと見てきていた官僚の男が見た目にそぐわない優しい声でそう言った。
とはいえ優しい声で言われても碧の腹はそろそろ本格的な空腹に達する。
恥を忍んで彼に何か食べるものを乞うてみようか。
意を決して碧は「わかりました、そのかわり…」と少しだけ上目遣い気味に話を続ける。
「本日何も食べるものを口にしていないのです…何かくだされば、大人しくこちらで待たせていただきます」
勿論、今日何も食べていないなどと言った言葉は嘘だが、そう言っておけば貰えるものが多めに貰えたりするかもしれない。
まぁ気持ち程度にだろうが。
「ならばこれをやろう。私の朝の残りで申し訳ないが、これしかないのだ。」
そう言って官僚が差し出したものは藁に包まれた握り飯。
碧は何よりも米が好物のため、他人の残り物とはいえ目をキラキラと輝かせた。
それを見たパリエはというと安堵の表情と呆れた表情を混ぜたような顔を見せる。
食べるものを貰えたのはいいのだが、碧のそれを食らう表情がなんとも言えない…まるで動物が餌を食らうような勢いで食っているのだ。
ある程度食うとパリエの顔から呆れは消え去っており、残っているのは安堵のみ。
そしてよくよく考えてみればこの官僚、賤民である碧のことを無下には扱わなかった。
官僚にもこんな人間がいるのだと碧は感心していたところに、応接間の扉が開く。
開けられた扉の向こう側に立っていたのは、誰がどう見ても美男というにふさわしい男だった。
しかしそれはただの人間ではないとすぐにわかる。
否、分かるのは碧だけではない。
碧の傍を悠長に舞っていたパリエも瞬間的にわかったようで、碧の背後に隠れてしまった。
『あ、碧……』
(…何故こんなやつがこんな人間界にいるんだ?)
こういう存在がいることは知っていた。
だが直接見たのは初めてだ。
その美男は
「お前が非人遣いの碧だな?」
と顔をかなり近づけて随分と美しい声でそういった。
美男の後ろでは彼のその美貌にでもやられたのか、一瞬でくたくたになっている男が二人。
なんと情けない姿だ。
本来男とは威厳を保つべきものであるというにも関わらず、まるで骨抜きにされてしまったかのような状態になってしまっているとは。
美男の問いに何も答えずにいると、いつの間にか碧の頬には白くて肌理の細かい手が添えられていた。
それを無礼にならぬ程度に己の手で振り払う。
「作用にございます、私めに貴方様のような高貴な方が何か御用でしょうか。」
抑揚のない声でそう伝えると美男は「ふむ」と呟いた。
恐らく彼は感じているのだろう。
通常の人間に効くはずの己の効力が、碧には全く効かぬ事を。
「なるほど、素晴らしい身体をしているな。それにお前の中にももう一匹いるようだ。」
とん、と明らかにある方とは言えないであろう碧の胸の真ん中あたりを軽く小突き、ちらりと視線を向けた先には碧の後ろに隠れる小さな少女。
「ヒッ!」と小さく怯えたような声を出すパリエ。
ふっと笑うと、その美男は碧と二人にしてくれと後ろの男達に告げた。
当たり前ながら惚れ惚れしている男達は言われるがままに出ていく。
あんな男から握り飯をもらったと考えると鳥肌が立ってきた。
考えないようにしようと思うと同時に、なんとなく身の危険を感じなくもない碧であった。