縁
この手紙を出すにあたってまた面倒だと思う点は、市役所まで出向かねばならないということ。
碧の住む家は市役所のある所謂市街地までかなりの時間をかけねばならないほどに遠い。
魔術や呪術が使えるものならば、素早く移動できる馬車でも出しただろうに。
残念ながら碧にはそんな能力はない。むしろ魔力も呪力も零に等しいのだ。
そんな彼女が唯一持っている能力。
能力というより体質だ。
『碧』
突如碧の耳に届いたのはそんな声のような音のようなもの。
人によっては鈴のように聞こえたり、事の音色のように聞こえたりするらしいが、碧にはハッキリとした声で聞こえる。
「ついてきてたんね」
『当たり前でしょ?私たち、妖精が守るべき貴女を一人であんな場所へみすみす送り出すわけがないじゃあないの』
そう、まるで笑っているかのように楽しそうに話す紫色に輝く綿色妖精のパリエは姿を現した。
普通の人間には見えない彼女たちの姿。
魔力や呪力があろうと、それは変わりようのない事実だ。
だが碧には眩しいほどに金色に輝く髪を揺らしながら、薄紫色のドレスをふわりと翻す姿がはっきりと見える。
舞いながらこちらと目を合わせてはにこ、と笑うその瞳は何もかもを見透かす紫水晶色。
その瞳と目を合わせると何人たりとも彼女たちの魅力には逆らえないという。
そう、特別な体質を持つ碧を除いては。
当の本人は、大きな溜め息を一つ吐くとつまらなさそうな顔を見せる。
「なんでこう市役所まで遠いんだろうなあ」
そう呟けば、パリエはクスクスと楽しそうに、悪戯に、妖艶に笑ってみせた。
ヒラヒラとドレスを揺らしながら舞うその姿はまるで舞踏だ。
『それは碧とあの縁の爺があんな場所に住んでいるからでしょう?周りに他人の住処がないからとあんな辺鄙な土地を選ぶなんてほんっとに縁はどうかしてるわよ。まぁそのおかげで碧に出会えたんだけどねっ。』
そう言うとパリエは碧の瞳にキスをする。
縁というのが爺の名前。
本名かどうかも知らぬまま幼き頃に拾われた碧は愛称も込めて爺と呼ぶ。
碧と爺の住む家は人里離れている。
なぜだかは知らないが、昔官職に就いていた爺が退職する時に退職金の代わりにあの家を所望したらしい。
あの場所は綿毛の森と呼ばれる、綿色妖精たちの住処が近い場所だからと人々が毛嫌いする場所だ。
だがそんな場所を爺は好んでいる。
なんならあの場に骨を埋める気ではなかろうか。
「まぁ私も人里離れた場所にいるからこそああして唄えるんだけどさ。」
『そうよ碧。逆に言えばあなたがあの場所にいなければ私たちも貴女も何も築けなかったと言えるわ。縁に感謝ね』
別に私は好き好んであの場所にいる訳では無い。
なんなら爺と私には血縁関係などないのだから、と少し失礼な気持ちを抱いていたのを押し込めるように気づかぬふりをした。