その夜の下-SIDE:F-
「あぁー、今夜も星がキレイだなぁ。」
いつもより少し大きな声で、隣にいる彼に聞こえるようにわざと言ってみる。
チラッと横顔を見てみると、いつものように少し切なそうな少し嬉しそうな、そんな顔で星を眺めている。
「ね~え!なに考えてるの?」
「いろいろ、かな。」
「ふぅん…。」
星を見る彼はいつもそんな顔で、気になって聞けばいつもその答えが返ってくる。
初めは少し不満だったわたしも、今はそれを不服と思うことも無くなった。
むしろそれが彼なんだからと、思うようにもなっていた。
「星はさ。」
「うん?」
「良いことも嫌なことも、全部思い出すから。大好きだし大嫌いなんだよ。」
「…わたしは、いいことも嫌なこともぜーんぶ思い出せるなら。それはすごいことだと思うなぁ。」
「うん?なんで?」
「だって、思い出せなくなったら。それってなんにも無かったことになっちゃうじゃん。」
「なるほどね…たまには良いこと言う。」
「たまには、は余計だけど。褒められたことは素直に受け取っておくー。」
もう一度チラッと横顔を覗き見る。
彼が見る視線は変わらない、言葉はわたしに向かっていても彼の目は星を見ている。
姿も形も言葉も全部ここにあって、その心がわたしを想ってくれていることも伝わっている。
手を伸ばせば手を繋いでくれて、抱きしめればその力が緩むことも無い。
それでも…星を見ているときに遥か遠くを見つめているような瞳は、わたしの目には映らないその景色は何を見てるんだろう?
「ねぇ、ちょっとこっち見て?」
「うん?」
空から目を離し、わたしの方を見る彼の瞳をじっと見つめてみる。
「なに?どうした?」
「瞳に、わたしが映ってるよ。」
「へぇ…どんな風に映ってる?」
「見えないものを見ようとしてる、感じかな。」
わたしの答えに彼は目を細め少し首をかしげて、もう一度目を見開いてそのままわたしの瞳を覗き込む。
「俺には、今にも泣きそうに見えるよ。」
言われてハッとなる。
わたし、泣きそうだった?
「あ、あはは!バカねー、そんなわけないじゃん!」
「そう?」
「だってこんなにそばに、アナタがいるし。」
「…なら、いいけど。」
優しいアナタは、きっとこの後も同じ時を刻み続ける限り何度も何度も心配するんでしょう?
わたしはそれが嬉しくて、でも苦しくもなる。
アナタを悲しそうな顔にしてしまうのが、とてもとても苦しくて。
だから、わたしは精一杯の嘘を精一杯の笑顔を見せて吐く。
何があっても彼が笑っていられるように。
「わたしは、全然大丈夫だからさ!心配ないよ!」
「そっか…いつもありがとう。」
そう言って、目線が夜空の星に戻っていく。
その姿に自分の言葉を少しだけ悔やみながら、繋いだ手に少しだけ力を込めた。
応えるように少しだけ力のこもる彼の手。
嬉しいはずなのに、その瞬間すらも空と星と月にある彼の目線が少しだけ悔しくて。
「わたし、生まれ変わったらあの星になりたいなぁ。」
「星に?なんで?」
「…なんとなーく!」
ふぅん、と彼は言いながら目線をこちらに戻して続けて言った。
「きっとまた、同じお前に生まれて来ると思うよ。」
「えー?なんで?」
「この星空は、過去も今も未来も繋げてるから。」
「…なんか、キザなセリフは似合わないなぁ。」
些細なやりとりも、バカみたいな話も嬉しく感じるのは何でだろう?
繋いだ手から感じる想い、言葉から感じる優しさ。
でもそのどれもが届かない何かを痛感させている気がして。
「ん…どうしたの?」
「え?」
わたしは彼の心配そうな顔と言葉で、ハッと気付いた時には涙を流していた。
「あ…あれ?あ、あぁー!嬉し泣きかも!?」
「…そんな嬉しいこと、今あったっけ?」
「どんな些細なことも、わたしには嬉しいの!」
嬉しくて悲しくて、苦しくて幸せで、どんな瞬間にも感じる何かが涙となって流れるときもある。
当たり前に出来ているかもしれないことが、些細なことが嬉しいから。
だから足りないのかもしれない、だから届かないこともあるのかもしれない。
嬉しいから足りなくて、足りないことも幸せで、幸せだから苦しくなって、苦しいから嬉しくなる。
「繰り返してるんだよね、バカみたいに。」
「なにを?」
きっとそのことにアナタは気付かなくて、きっとわたしはアナタに気付けない。
だからそばにいることが嬉しいのかな?
「うーん!星がキレイだなぁ。」
何度も何度も繰り返して。
何度も何度も嘘を吐いて。
何度も何度も嬉しくなって。
「わたしは大丈夫だからさ、心配ないよ。」
「うん、いつもありがとう。」
きっとアナタは気付かない。
わたしの心が見えないからこそ、きっとわたしはアナタのそばにいられてアナタはわたしのそばにいたくなる。
「星を見てるといろいろ、考えるよ。」
「うん、知ってる。
それがアナタだもん。」
きっとわたしは気付けない。
アナタの心が見えないからこそ、わたしはアナタのそばにいたくなってアナタはわたしのそばにいられる。
「ねぇ、星にお願い事しよう!」
「流れ星じゃないのに?」
「お願いした星がいつか流れるかもしれないじゃん?」
「へぇ…その発想、斬新だなぁ。」
「いいから!お願い事しよう!」
斬新と言いつつごねる彼をなだめて、二人で手を合わせた。
いつか、彼の願い事を聞けるときがくるのかな?
いつか、わたしの願い事が叶うときがくるのかな?
「もし、願い事が叶ったら教えてね!」
「お前はなんてお願いしたの?」
「ひーみーつー!」
もし、二人の願い事のどちらかが叶うとしたら。
きっと、彼の願い事が叶うだろう。
「今夜も星がキレイ!」
彼の願い事が叶うことが、わたしの願い事だから。
なんとなく当たり前のようで、そうでない雰囲気の2人の見えない想いと見えない距離が少し感じられたらいいのかな、なんて思って書きました。
でも書きたかったものが何なのか、途中でわからなくなったり思い出したり。
思い通りに書けた気がするようなしないような、そんな書き終わり。
星も月も、夜空は何か落ち着くような気がします。
それだけじゃなくて切ない気持ちになるから不思議ですね。
切ないのに落ち着くことはきっと人それぞれ多々あると思いますけど。
夜空は誰もが見れて誰もが感じることが出来ることなのかなって、思えているのです。
-SIDE:F-とタイトルにある通り女性目線になっていますが…
-SIDE:M-と題して男性目線も書く予定です。