#6「チェックイン」
軋む体でリアス式海岸を巡る。
心電図のような小刻みなグラフを描くアップダウン。主張の激しい変則的なそのリズムは、今日一日わたし 達は決してこのコースに慣れる事は無いだろう、と、半ば諦めている。
足腰は痛み、休憩を挟んでも心拍はすぐに上がり、水を飲んでも瞬く間に喉は乾き、物を食べても満たされはしない。
なのに何故、わたし達姉妹の走りはさっきと打って変わってこんなに生気に溢れているのだろう。
それは、この自転車は今、わたし達の「楽しい」を推力に変えているからであった事に気付いた。
楽しいってなんだろう、何が楽しいのだろう。褒められて楽しい、物が手に入って楽しい、おいしいものを食べて楽しい、友達と遊んで楽しい、お金で好きな事が出来て楽しい、どれとも違う。
このサイクリングは誰に言われるでもなく走った、ゴールしたとしても誰にも褒められはしない、今走った道はお金にはならない、道中に食べるものは栄養効率だけを考えていて、美食には程遠い。
でも、この道は自分で決めた道、わたし達姉妹が選んで走る道、ただ「走りたい」その欲とも言えない、何か肉体に眠る根深い思いを満たす為だけに、肉体に従って走る。
走りたいから走る、太陽の下を、風の中を。
何も追わず、何にも追われない。
邪魔も、遮る者も存在しない。
水は重くのしかかるけど、空気はひらりと肌を避けた。
空気は水より軽かった。
わたしの肉体から生まれた、わたしだけのスピード。
誰も知らない、わたしと姉だけが知るこの道のり。
喜びと苦しみは絶妙にブレンドされて、クリアに抽出された一滴の雫は汗となった。
ずっと、終わらないでと願いたくなる。
言葉にならないこの思いと良く似た経験を、過去わたしは水泳で体験していた。でも、その思いと結びつく原初の記憶は昔の事で、今感じている再び出会えたこの気持ちに懐かしさと、ちょっとの後ろめたさ。
今までの自分に正直になれないのは水泳から自転車に乗り換えたから?
違う、タイムという針に串刺しになっていたから、そして、その針は自分で自分に「速くなる為」と刺したもの。
長い時間を掛けて皮膚から頭蓋、脳みそへとゆっくり刺さり、やがて貫通してしまったカエシのついた秒針だ。抜けばいいのに、抜くには痛いだろうし、長年共にしたコレに今ではほんの軽い愛着すらある。
狩猟の矢が刺さったままの魚や鳥を半矢というけれど、刺さった矢に親しみを持つのはわたしくらいだろう。
右のこめかみから、左へ突き抜けていた、ずっと刺さりっぱなしだった秒針の存在を、今はまだ引き抜けないでいた。
だって自分から刺した針なんだ、愛おしくてたまらないのさ。
少し目の端が痺れたのはきっと風のせい。
この針がもし抜けたら、針の重さの分だけ軽くなるのだろうか、身軽になれたと言えるのだろうか。
多分、針が抜けても、針を刺す前の自分には戻らない。きっと針が抜けただけの、知らない自分になるんだ。いつになるかは分からない、抜けずにこのままかもしれないし、ずっと未来の話かもしれない。多分その日まで針を撫でて過ごすしかないんだ。
後悔なんてしていない、ただ、改めてもう一本刺そうとは思わない、それぐらいの事なんだ。
後ろを見ると姉はわたしにしっかりとペースを保ってついてきている、余力が残っている様子だった。あと5分くらいしたら前に出てもらおう。
楽しければ、強い思いがあるからこそ、この自転車は止まらない。形や重さの無い感情や気持ちは、大腿四頭筋からクランク、チェーンとスプロケットというドライブトレインを通じ、そしてホイールへ伝わり推力へ変貌し私を前進させている。
わたしは、この生々しい人間くさいプロセスの中に、最先端の材料工学技術の結晶である自転車という機械があって成り立つことに、この自転車自体が単なる移動手段に終始しているのじゃなくて、肉体に深く根ざし、走る、ということだけを追求し続けた末に生まれた存在という事を思い知った。
精神から肉体へ、骨からフレームへ、そうやって1つに繋がる。
そういう道具だと知った。
佐沼の言っていた、ロードバイクは人を食い物にするという話の意味が少しわかった気がした、ただ、わたしが知ったのはロードバイクであるこのカチア・アトゥは乗り手の体力に加えて「楽しい」という思いも推力に変えてしまう、といことであって、食い物にするというのは流石に悪く言い過ぎじゃないかと感じる。
これは佐沼の言い方が悪いだけなのだろうか、それともわたしがアトゥの事を知らないだけなのだろうか。まだわたしにはわからない、あんな風袋でも少なくともわたしよりずうっと前からロードバイクを知って、研究して、開発までした人だから深く知っているのだろう。
それを踏まえても自転車が人を食い物にするなんて、言い方悪すぎだよ、開発者が思い浮かぶ製品に対するキャッチコピーとしては、やっぱり悪趣味だった。まいっか、仮にわたしが知らなくて、佐沼が知っている事があっても、どうせ走り込んでいる内に知る事になるんだ、きっとね。
やがて、数多の曲線を乗り越えてから、走り続けるこの道に住宅や商業施設、飲食店がちらほらと見かけるようになって、姉とコンビニに寄ったついでに地図を確認すると、なんと目的地の旅館はあと10km先であった。
時刻は19:00を回っている、あと30分もしないかな。
「なーなー、ありやちゃん」
「なに?」
「今日このアトゥに乗ってて気付いたんやけどな、ありやちゃんも気付いたかなて思って」
「んーなにそれ」
「アトゥに限った特性かどうかは知らんけどな、中くらいで踏み込んだ時のフレームの硬さと、強めに踏んだ時の硬さが違うねん」
言われてそうなのだと思った。確かに、踏み込みのパワーによってリアクションが違う。普通は中くらいで踏み込みんだフレームのたわみより、強い力で踏んだたわみの方が大きいはずだ。
アトゥは違った。
「あ、そのカオやっぱ気付いてたん? 一定以上の強い力で踏むと、途端にガチゴチになった気がせーへんか?」
「そうだよね、なんか踏み方によって感触が想像とは違うよね」
「せやろー、やっぱなんか不気味やなー、ロードバイクってみんなこんなんな感触なんかなー」
「いやーわかんないよね、でも、普通なら中くらいで踏むフレームのたわみは、強い力で踏むともっとたわむよね」
「そーなん、そのはずなん、でも違うねん。んー、旅館についたら佐沼のおっちゃんにメッセ送ってみよ」
「え、お姉ちゃんアイツのメッセ送信先知ってるんだ」軽く衝撃の事実だった。
「だって道中で自転車おかしくなったときスグ聞けるやろ、ウチらそんなメンテ詳しくないし、メーカーサポートやこれは。まさかありやちゃん、ウチと佐沼が友達になったー思たん? ませとんなーありやちゃん」姉は半目でけらけら。
「うるさーい、そんな事思ってませーん、お姉ちゃんがアイツから連絡先聞かれたかと思って気持ち悪くなっただけです〜」
「ごめんな〜、お姉ちゃんに嫉妬してまったんやな〜、ごめんな〜、あはは」
揶揄われ続けるのが苦手なわたしは、苦し紛れにお姉ちゃんをポカポカ叩いて誤魔化すのだった。
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20分ほど走って、今日一日、クライアントモバイルの地図サービスの画面外へ果てしなく続く道筋を辿り続け、たった今その終端に到達した。
走行距離193km、時間にして11時間。
時刻は19:30。
長かった。
「ありやちゃん、やったな、ついたで...」ぽつりと姉が漏らす。
「やったね……お姉ちゃん……」ゴールしたという事に、何も表現が見つからない。
わたし達を受け入れんとする旅館のエントランスの明かりが太陽のように眩しい。
なんて言ったらいいのだろう、お互いにこのゴールを称える言葉を探しても見つからないけど、特に気の利いた言葉は要らないというのは互いに理解していた。
これでいい、これだけで最高なんだ。
ふたりの息継ぎと、背後から響くアスファルトをなぞる自動車の走行音、吹き荒ぶ海風がわたし達へのファンファーレだった。
いま最も必要なのは、そう、暖かくて、全てを洗い流してくれる、空気でもプールの水でもない、白い霧に包まれたあの流体に飛び込む事。
「いこ、お姉ちゃん」ペダルから足を離した。
いつものサイクリングの終わりは、家から出発して家に帰るけど、今日は旅館がゴールな事が、なんだか浮き足立っちゃって、ちょっとだけドキドキした。
この旅館はサイクリストを迎合する設備が整っており、エントランスにはロードバイクを引っ掛ける為のラックが並んでいて、屋内でフロント係の目の届く場所に保管できるようになっている。食事や温泉など色々と決める基準はたくさんあるけれど、一番はカチア・アトゥを安全に保管出来る事だった。
ナンビャクマンもかかっているんだから、当然なんだ。
苔の上のような感触のカーペットをえっちらおっちら歩いてフロント係へチェックインの手続きを行った、ペン先が安定せず、ふらふらとバランスを失った文字で姉とわたしの名前を書いた。フロントの男は、今日はもう1組サイクリストがいて、どうやらその2人もわたし達と同じ女性だと言っていた。まさかわたし達のように何百キロも走った末にこの旅館にいるわけではないだろう。そんなの女性でやる人なんて余程の競技志向かわたし達みたく長距離サイクリングを甘く見くびっていたかの2通りだろうと思う。
手続きを終えて姉を目で探していると、なにやらバイクラックで何かを気にしているようだ。
「なー、ありやちゃん! バイクラックにカッコいいのあるでー! 来てみー」自転車置き場の影から手を振っている。
「なになにー」はいはいといった振る舞いで生返事、わたしも少なからず他人のロードバイクがどんなものか気になっていた。
わたしとお姉ちゃんが乗る2台のカチア・アトゥのいくつか向こう隣にそれはあった。
黒い、2台のロードバイクだ、それも見てわかる、ただのロードバイクじゃない。ピカピカに汚れを拭き取られたフレームとホイールのリムやコンポーネントはまるで新品のようで、打って変わって傷だらけのペダルや退色したバーテープには計り知れない程に走り込んだであろう距離を思わせる。
一つ一つのパーツを、乗り手の試行錯誤の末に選び抜いて組み上がっただろう独特なエアロシルエット。
フロントの人はもう一組の女性サイクリストがいると言ったけれど、このロードバイクから女性的な柔らかさは微塵も感じさせない、シビアで戦闘的なシルエット。
見ただけで、これはレースを戦い抜く機材であるという主張をわたしへムチのように打ち付けた。
息が止まって、しばらくして唾を呑んだ。
「お姉ちゃん...なんか、すごいね、コレ...」
「せやな...武器みたいねんな...」口を閉じれずにいたまま、ロードバイクの周りをあらゆる角度から舐めるように眺めた。
乗り手の強い念が、まるで形になったような雰囲気に慄く。一流の道具が、一流の使い手によって使い込まれてようやく醸成される出で立ちだ。
フレームのロゴを見てみると、1台はSTRUCKERというメーカーで、モデルはSPARTという名前だった。多角的なラインの幾何デザインが焼き付く。
もう1台のフレームの名とメーカーは。
CACCIA・DEMONEと書かれていた。
佐沼が言っていた、佐沼のライバルのフレーム。アトゥと双子のように生まれて、生みの親から宿敵として運命付けられたフレームだった。
全体的なシルエットはよく似ている、違いと言えばアトゥがやや曲線的なのに対して、デモネは多面や多角が目立つダイヤモンドのように見えた。佐沼が言っていたけどカーボンフレームはパズルピースのようにカーボンシートが重なりあっていて、そのパターンでも性能が大きく変わるというから、見た目以上に違う所は沢山あるのだろう。
「なー、デモネのここ見てみぃ」姉はデモネのハンドルを指で示した。
この車体、デモネの大きな特徴はハンドルだった。普通のロードバイクのハンドルはドロップハンドルと言われている、両端にトリガーのようなシフターがあってその下に所謂「下ハン」などと言われる低い位置に持ち手がある。通常はその下ハンを掴んでより強いパワーを低い姿勢で繰り出す事が目的だ。
しかし、目の前のデモネにはシフターから先にある下のハンドルがすっぱりと切断されてしまっている。飛行機の翼を模した扁平のハンドルとスッキリと下ハンを切断されたハンドルが、ハンマーヘッドシャークの頭部の如く獰猛な海の捕食者を彷彿とさせた。
下ハンを切ってまで軽量化したいのか、それとも下ハンが無くとも十分に速いというのか、いずれにしても要らないと思った部分を切断してしまうという発想に躊躇がない事に驚いてしまった。だってこのカーボン製のハンドルも、べらぼうに高そうなのだから。
改めて遠巻きに眺めて気付いたのは2台ともフレームは違うけれど、ホイールは同じで、FIENDというロゴが刃物じみたディープリムに描かれていた。きっと、2人走るのに互換性を意識して同じのを使っているのかな。
わたしは、こんな異様なモノと、その乗り手とその内競わなけれならないのだろうか。
どんな場所の、どのレースでもいい。そこでアトゥがデモネに勝てばいい。佐沼のその言葉を思い出した。わたし達姉妹はカチア・アトゥを託されたけど、決して勝負をお願いされた訳ではない、気が向いたら程度の事だ。この因縁は佐沼の話しであって、今のわたし達には正直関係無いと言っていい。
今は、そういう事にしていたい。
フロントの係に、この自転車が例の女性サイクリストのものかと聞いたら、そうだ、という。もし旅館の中で出会ったら何か話しかけてみようか、少しぐらいコミュニケーションというモノが成り立てばいいな。あの自転車を見て、わたしは少し消極的になってしまう。
結果としてロードバイクの主は、サイクリングを甘く見くびったビギナーではなく、ゴリゴリの競技志向のお方であったようだ。
あと、ついでに姉がフロントへ食事について聞く所、21:00までレストランが空いており、そこで自由な時間に食事にありつけるということだった。
であれば、やる事は1つ。
砂埃と、汗と、ほかのあらゆる何かが染みて乾いて、また染みるというプロセスを今日一日繰り返したウェアをコインランドリーに放り込んで温泉へ飛び込もう!
憔悴していたテンションは灰テンションへ変わり、部屋に転がり込んでは浴衣とアメニティをかっさらい、お姉ちゃんと大浴場へスプリントするのだった。
今は、肌に染みた全てを洗い流したいんだ。
赤字で書かれた暖簾をくぐると、桐材の香りと上質な湿度に包まれる、もう倒れそう。
脱衣所でウェアを脱いで、厳しい道のりを走り抜いた体を眺める、大腿や脹脛の筋肉はパンプアップして、胸や背中が張り詰めている。
鏡の前で体の感覚を腰を捻って確かめた。
こんな手応えは、高校以来かもしれない。
口角の右端が自然と釣り上がる。
「お姉ちゃん、今日、最高だったね」ふと、わたしから話しかけてしまった。お姉ちゃんに聞いて欲しかったんだ。
「鏡の前でお乳放り出して言うもんでも無いで」姉は髪を首上に纏めながらサラっと放った。
脱衣所にはわたしとお姉ちゃんしかいないとは言え、公衆の場でやってしまった行いに恥ずかしさのあまり、わたしはノータイムでタオルで前を隠すのだった。
「オウチじゃいくらでもやってええけどな〜」ニヤニヤしながら蒸し返された。
「うっさぁい!」
「お風呂は静かにしいなー」
「ん〜っ……」なんにも言えなくなった。
シャワーを浴びて湯船につま先をつける、熱すぎない程度の湯温が、もう今日は休んでいいと許してくれた気がした。
「あぁ〜……くぅ〜〜……っ」
お姉ちゃんとわたしは同時に足を湯船に伸ばして、足首から膝へ、腰から胸と肩まで湯に浸かる一連のため息混じりの声が絶妙にハモった。
強張った体中の筋肉や組織が、湯船に溶けていきそうな感覚に身を任せる。今日の事をお湯の中で語ろうとしたけど、喉から上まで声が昇ってこない。
いっかぁ、もうこれで……。
自然とお湯の中で、お姉ちゃんの手を探して緩く繋いだ。お姉ちゃんも目を瞑ったまま緩く握り返した。
回遊魚は最終的に、こうして鍋で出汁をじっくりととられてしまったとさ。鍋の具材の魚達はこんな気持ちなのかな……。
文字通り、天に昇るのだから魚達は心地いいのかもしれないなぁ……、しばらくうとうとしていた、10分くらいかな……、するとガラガラの浴場に2人の女性が入ってきた、仲良く話しているけれど、内容は浴場に反芻してよくわからない。
その2人は軽くシャワーを浴びた後に同じ湯船の対向側に浸かった。そんな様子をうとうとと眺めていた。ただ、湯気の向こうのシルエットはスタイルがいいなーくらいの感想だけが浮かんだ。
「ねぇナルミ、さっき自販機に寄ったついでにスパートのディレイラーを調整していたの、そしたらバイクラックに見たこと無いロードバイクが増えていたよ」
子音に伸びがある、甘く聞き取りやすい林檎のような声だった。栗色のセミロングは後ろで纏まっている。2人の内、長身の方が先に喋った。長身といっても、2人とも170cm以上はありそうだったけど。
「こんな時間まで走るなんて、どこからだろう……、この旅館にこの時間に着くなら200kmライドでもしたのかな、ラナ、それ、どこのモデルだった?」
ほんの少しだけハスキーで、柑橘系を思わせる声質。発声からしてスポーティだった。
「カチアだったよ、ナルミと同じ、カチアだった、でもモデルが分からないの、デモネと良く似ていたけれど……」
「カチアかぁ、あとで見てみようかな。カチア自体、乗ってるヤツは全然いないし」両手を首の後ろへ回して、天井を仰ぎ見る。黒々としたショートカットにシュガーブラウンの肌はとてもクールだった。
ぼんやりとした頭で、お向かいの2人の会話を小耳に挟んでいた、同じサイクリストさんかな……、ん? カチア? あれ? 確かバイクラックには4台のロードバイクがあって、内2台はアトゥで、他は誰のか知らない、あのただ者では無さそうなデモネとスパート……だったっけ……って事はお向かいさんは……。
湯気に包まれた思考が徐々に晴れて、目が冴えてきた。
向かいの2人組は、あのデモネの持ち主であるライダーだった。
話しかけようか、タイミングを探して迷ってしまう、どうしようか、なんて話しかけようか、話題はどうすればいいのだろう。
「こんばんはーぁ、ウチらセンダイからここまでロードバイク乗ってここに来たねん! お二人さんもサイクリストさんやろー、よろしゅーおねがいしますぅー」
なんと姉が先にアタックを仕掛けた。
「あら、あなた方があのロードバイクのライダーさん? 私はラナ、国見良波と言います、よろしくね。それでこっちが……」長身の方が目線を隣に流して促す。
「……ナルミ、黒石成海です、よろしく」この人、機嫌が悪いのか、元々こうなのかは判然としない、ぶっきらぼうなだけで元々こうなのだと思いたい……。
黒石さん……? あれ……どこかで聞いたような……。
あ、私も挨拶しなきゃ。
「あのっ、わたしは鶴岡愛里矢と申します、で、隣が真理矢でわたしの双子の姉です、よろしくお願いします」なるべく丁寧に、語調になるべくお手柔らかにという思いを十分に含ませて挨拶したつもりだった。
黒石成海……どこかで聞いたような響きが引っかかって、わたしは表情を繕う一方で記憶の中の心当たりを手探りしていた。
入院中にもう1話仕上げるつもりです。