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双子のディープリム  作者: NAO
双子のディープリム
2/6

#2「ファーストインプレッション」





「ねぇ、なんでこんな事したの?」


 手が力む、何故って、お姉ちゃんが勝手な事したから。いつもそうだった、わたしの気持ちなんてしらずに、こうやっていつも。


 フローリングにつく素足で感じていた冷たさも熱さに変わっている。


「ねぇ、お姉ちゃん」


「わたし、二人でクルマ乗るの楽しみにしてたのに……」


 声が震える、自分で口にして初めて思ってもいないことを喋ったと気付いたからだ、何でって、電気自動車がそんなに楽しみだったわけじゃない。貯金がそんなに大事なわけでもない、二人で乗れればそれは楽しいかもって思ってた。でも一番はそれじゃない。


 どうしてだろう、どうして今、いままで泳いできた事とクルマを重ねているのだろう。


 全然カンケーないのに。


 わたしが次の言葉を浮かべようとしている内に姉が言葉を紡いだ。うつむきがちにしながら、した唇の振る舞いもままならない様子。


「うちな、ありやちゃんと泳ぐたびにいつも見てたん……、ありやちゃんがな……」


「なに!?わたしがなんなの!?」


 思わず声を張った、それ以上何を言うの。わけわかんない事したお姉ちゃんの事についてなのに、なんでわたしの話になるの?

 

 なんでこんな言い合いがはじまったんだろう、ちがう、わたしは、こんな事を言いたいんじゃない、そうこう頭の中で右往左往していると震えてた姉の口角が、やがて目尻にうつってきて。


「ありやちゃんな、いつも水面から上がる度、辛そうな顔してたん……」


 何言ってるの、わたしはずっと魚みたく自由に泳ぎ回れていた、思い通りに泳ごうとしていた、同じ想いでずっと二人でやってきたのに、それだけが最高だったって想ってた。それなのにわたしだけが辛そう? どうしてそんな風に見えたと言うの?


 いつのまにか、真理矢が力んでいた目尻は緩み始めて、ひくついていて。


 大きな瞳が揺れていた。


「だってな……泳ぐ度に、追い詰められてるよう見えたん……」


 わたしの中で何かが込み上げてきたのを感じる。腹立たしい、自分の内の事を分かったように口にされるのが腹立たしい、わたしの何が見えたというの、ずっと、ずっと泳いできた、進んできた。いつもいつだって最高だった私の気持ちをそんな哀れみまじりの目線で片付けるの。


 ずっと言葉にしないでいた思いを、姉に形にされてわたしは初めてその輪郭に触れてしまった。それはとげついていて、勝手で、気色の悪い質感だった。


「だって!! 私これしか知らないから!! 楽しくても! 辛くてもぉ!、水の中だけが自由だったから!! それをやめろって言うの!? 今更ぁ!? わたし、これだけしかやってきていないんだよ!? ねぇ! やめたらどうなるの!?」


 どうして、わたしは声を上げたんだろう。

 そうだ、これは八つ当たりだ。


 わたしが知らないふりのままフタをしていたモノを、自分の力では怖くて開けられなかったフタを、姉が開けるまで閉じ続けてるつもりだったフタを、いざ時が来て開けてもらえば、その中に育っていたのは想像だにしないほど醜悪なものだったから。


 そっと手にとった独りよがりのこの思いを直視できないから、わたしは当てずっぽうに姉に大声で当たってしまった。


 でも、お姉ちゃんは私の声よりも輪をかけて叫んだ。


「やめる!? ずぅっっとクルマ買ったら泳ぐの辞めるつもりだったんのはありやちゃんやろ!!」


 言葉が詰まる。


 何も言えない。


 真理矢の髪が震えてる。


 わたしがずっと頭の中ですら言葉にしないようにしていたそれを、突きつけられてしまった。


 真理矢は胸を呼吸の度に震わせながら、わたしに近づいては、なにを言うでもなく、そっとわたしを胸におさめた。


「もうな、する度に辛そうな顔するありやちゃん見たくないん……」


 いつのまにか、わたしはベソをかいていた。 


 いつのまにか、わたしは鼻水を喉で飲んでいた。


 耳元で真理矢の心音を感じる、うっとおしくて、しつこくて、確かな血の通った音。


 一人では到底直視できなかった歪な思いでも、二人なら受け入れられる、真理矢の暖かな音は、そう諭すようにわたしの胸の内に響いた。


 短大を出て、働きはじめて、二人暮らしをはじめて、もう大人になったつもりだったわたしだけれど、いまはもう少しだけお姉ちゃんの音を聞いていたい、懐かしい匂いをこのまま吸い込んでいたい。そんな甘えた気持ちでいられるのが心地よかった。


「あまえんぼやな、ええんよ、ありやちゃんは……」

こうして胸の中で姉に後ろ首をなでられると、自然と深呼吸してしまう。


 上目遣いで見上げて、ベソのせいで抑揚がままならないまま、わたしはお姉ちゃんに語りかけた。

「ねぇ、お姉ちゃん、これから出かけよ?」


 姉は目元を垂れさせてそっとわたしを見下ろす、まるで美味しいケーキでも食べたかのように口元が綻んでいる。

「うん、ええよぉ、どこいく?」


「自転車屋さん」ひとまひとま、互いを睦み合うように言葉を紡ぎ合っていた中、わたしは唐突に切り出した「返品しよ?」って。


 わたし、今日、こうして触れて、お姉ちゃんには敵わないなって思った。


 でもね。


 お姉ちゃん、これだけは言いたいの。わたし。


「眼の前のフルカーボンナントカ? はこれっぽっちもカンケイ無いよね?」


 姉の胸の中でそっと呟く。


「は? え?」


 胸の中から見上げる姉の顔は唖然として、目を皿にして口元はひきつっていた。わたしはベソの余韻もあったけど淡々と並べ上げた。


「お姉ちゃんが何かわたしに気遣ったのはわかるけど、それはそれだし、これはこれだし、全然もなにも全くコレっぽちも関係ないよね、でさ、これいくらしたの? ねぇ? マイカー貯金のウチ80マンはわたしのなんだよ」


 つきっぱなしのモニターからリピートされる「あなたのお金はどこから?」のフレーズが姉に更なる追い打ちをかける。


「いやいやいやいやいや、これは受け入れる流れやん? な? 貯金がなんであれ姉妹が涙で抱き合ったら一緒にやる流れやろ?……流れやろがい!! 流されるんや!! 流れてまえぇっ!!」


「いやいやいやいやカネの話だし」

そら流れませんわな。


 その言葉の後、姉の心拍が高まるのを耳元で感じる、あぁ、うっとおしい。


「じ、じてんしゃ……」と、口惜しそうに姉が呟く。

そんなに乗りたかったのなら、自分のお金で買うとかすればいいのに。


「ねぇ、これ一台いくらなの?」そう、それ、聞きたかったのはこれ! とんでもない値段なのはわかるけど、返品する前に確認したい。どれだけのお金が戻ってくるのか、全額じゃないにしても自転車屋さんに行く前に心の準備をしたいから。


 耳元で感じる早まる鼓動の合間、蚊の泣くような声でその金額は私に突きつけられた。


 ……まん……


 え? もっかい言って?

 1台いくら?


 ……6……まん……


 6万円かな? なんだこんなに騒ぐこと無いじゃない。なーんだ、でももう一度聞いてみよ。ねぇ、いくら?


 ……68万……


「オーバーしてんじゃん!」即座にわたしは水平に伸ばした人差し指で姉の胸の中心をズブりと射抜いた。


「やぁぁぁぁっ!」天井を仰いで姉が叫ぶ。


 晴れた日曜日の15時頃、4月中旬の春の気配を感じるこの頃を姉の叫びが貫いた。

 ただこれは二人暮らしをはじめてから何度目かの事なので特に珍しくはない。


 けれど、姉の胸の中で心地よい衣擦れを頬で感じていて、冬が終わった、いま、わたしはそんな気がした。



 歩いて30分、電車だと4駅、そんなところからどうやって2台の自転車を家まで持ってきたのか聞いてみると、1台目を乗って帰った後に電車で移動して2台目を乗って運んできたという、思い浮かべるとなんとも間の抜けた図だった。なんというか高い買い物したんだからお店の人に運んでもらうとか出来たんじゃない、どうせ返品するけど。


 というか自転車って一度乗ったら返品できるのかな、変な契約になっていないかな、出かける支度を進める中段々と不安が募る。


 わたしが準備をしている内に姉はもう2台の自転車をマンションの下に持っていったようで、「はよきてー」のメッセージを見てそそくさと降りていった。


 一応、この自転車に乗ってお店まで2人で行くのだけど、ちゃんと乗れるのかな……ハンドルすっごい低いしサドルは突き上がるように高いし……今更気付いたけどスタンドすら無いことに、この自転車は競技用だという強い主張をひしひしと感じた。


 高さを調節したいけど、ツマミのようなものが一切見当たらないし、下手にいじって壊したくない、ちゃんとなるべく買った時の状態から離れないようにしてお店まで持っていきたい。


 水泳明けの固くなった股関節をつっぱりながら目一杯伸ばしてようやくカーボンナントカに跨った。なんかお相撲さんの四股を踏むみたいですごくかっこ悪かったと思う。


「あはは!ありやちゃん相撲取りみたいやな!」

「うっさいなぁ!」


 うわっ……、乗ってわかるこの自転車の異質さ。サドルの分もあって目線が竹馬にでも乗ったように異常に高く、ハンドルが遠く、浅い。


 ハンドルの水平になっている部分を掴むと、ようやく上体が安定した……と同時に身体がすっぽりこの自転車に収まった感触がした。


 そっか、はじめからこの姿勢で乗るように作られているんだ。


 まだ漕ぎ出してすらいないのに、たくさん気付くことがあって驚く。


 左足は地面に、右足をペダルに乗せてみる。

 するとどうだろう、ペダルの表面がスカスカと滑るのだ。


 足を除けてよく見てみると……変な形をしている、明らかに普通のペダルじゃないし、なんか特別な部品があってはじめて成り立つような形をしていた……もう、なんかめんどくさいなぁコレ。


 ふと横を見やると、はじめての競技用自転車に戸惑いつつ乗り方を確かめているわたしをずっと見ていた姉は、ふふん、ウチはもう乗れるんやで、とでも言いたいかのように得意げで、つまりドヤ顔でずっと見ていた。


 姉の上向きに弧を描いた下唇がわたしを煽り立てる。


「なー、はよ自転車やさんいこー、なー」


 かなりうっとおしい、ただの自転車に乗れたぐらいで……まったくもう。


 もういい、わたしにとってはお店に着くまでに転ばない程度に乗れればいいんだから、少し踏んで慣れてみよう。そしたらすいすいーっとお店まで行って言うこと言って自転車返して帰りになんか食べて電車で帰ればいいんだ!


 軽い気持ちだったかもしれない。


 どうせただの自転車だと思っていた。


 ただの自転車しか知らないから、踏む前にそれ以外の何かを見越すなんて、到底出来っこない。


 つまり、なんだろう。


 今まで知ってきた中で似たモノなんて見つからない、まったく別の存在だった。


 むしろ、一度踏んでみた後に「これが自転車だ」と言われても、決してそうとは思えない。唖然としながら見下ろすハンドルのような曲線を眺めて思う、これは自転車の形をした他の何かだった。


 この乗り物、なんて名前なんだろう。


 絶対自転車だなんて名前じゃない。


 少しだけ進んで思わず足を止めちゃった。ぶつかりそうとか、バランスとかスピードがどうのとか、そういうのじゃない。


 身体が、わたしの足がペダルを離さなくなりそうだから……サドルから腰を下ろしたくない、そう思ってしまいそうだから……より深くハンドルを握りたいと、もっと下の部分を握ってしまいそうだから。


 踏んだ瞬間、全身の筋肉がペダルへの入力へ集中するように動きだして、それが丸ごとキレイにスピードとなって前進して、路面の細かな表情が足の裏と手のひらを介して骨に伝わって、頬に撫でるような風を受けた。


 このクリーミィさすら覚える一連の流れに思わず口角が釣り上がっちゃって、尾てい骨がこそばゆいように痺れる。


 そう! 感電したクリームを頬張ったみたい。なんだそりゃ。


 このしびれを、もっと味わいたい。

 存分に力を込めて踏み込みたいと欲が湧き出すのを感じる。


 もしこの乗り物で体力を使い果たせたら、一体どんな事が待ち受けているんだろう。それらの欲求が溢れ出てしまいそうだから収拾がつかなくなる前に足をついた。


 それくらいの冷静さは残っていた。


 結局たったの10mだけ前進して、わたしは片足を地面についたままハンドルに突っ伏している、だって姉に今の顔色を伺われたくないから。今のわたし絶対キモい顔してる、表情筋がヒクヒクしてる、こんなの見られたくない。


 ……悟った。


 やばい、これはやばい。

 これが家になんかあったらやばい。

 高い買い物なんて話じゃなくて、貯金の額の問題でもない、わたしのこころもからだも全部持って行かれる。


 これが家にあったら仕事いかなくなる。料理も家事もなにもしなくなる。


 鼓動が高まっていたのに今更になって気付く、期待が膨らんで破裂しそう。


 すると姉がにまにまと、突っ伏したままのわたしの顔をしたから覗き込んできた。「どぉ~したんやぁ~? はよ自転車屋さんいくんやろぉ~?なー、なー、あーりーやーちゃーんー」と、こんな様子のわたしの心中を知ったように。


 あぁ~もう、なんにも言えないよこれじゃぁ。


 もう、こんなのがあったら明日仕事いかなくなるのは確実。これはダメだ、わたしをダメにする乗り物だ、わたしだけをダメにする!


 一思いに「返すよコレ!」と叫ぶと姉の目が点になった後に景色の中に掠れて消えていった。


 わたしはいちはやく自転車やさんに着きたい、そういう思いから強く踏み込んだ、右で踏んで左でも踏んで、まるでボクサーのワンツーのように右、左のリズムでふとももに力を込めると、頭で思った分より1回りも2回りも輪をかけて大きなリアクションとなってスピードへ変貌してゆく。


 あぁ、あぁ~~―――。


 だめぇ、これ。


 よだれでる。


 踏む度にスピードへ何もかもが変換されていく、景色が流れていく。いつものご近所、住宅街、標識、コンビニ、道路に植え込み。どれもが瞬きの内に過ぎ去っていき、そしてまた景色が流れてくる。


 見下ろすと指2本分も無いような細さの車輪、驚いたのはこんなに細くても不安定さなど欠片も無かったから。


 両手で握るこれまた流線型のレバーのようなもの、これがブレーキなのはわかるけど、握る角度を変えてみると横にズレるように傾いた。


 なんだろ? これ?


 スピードを落として思い思いにいじってみると、レバーを横に大きく傾けた瞬間「コンッ」という音と共に変速し、足の踏み心地が軽くなってしまった! わたしの知っている自転車の変速といえばガリガリといつまでも不快音が鳴った後にようやくして「ガッコン」と変速されるものが、この自転車では「コンッ」だっだ。


 わたしが知ってる自転車とは一体なんだったの……。

 コレを知ったら粗大ごみにしか感じなくなってしまう。


 ペダルを軽くする方法を知ったから、重くする方法を模索して弄っている内に分かったのは左手のレバーを横に傾けるとみるみる内に重くなったと共に、さっきまでとはケタが違ったようなスピードが出てしまった。


 こ、こわーっ!


 でも、足に感じるこの重さが、踏み応えが楽しくて仕方ない。視界の端へ渓流のように伸びて消え続ける景色の中に、わたしはいるんだ。


 やがてニヤけ顔のわたしにあたる風が、スピードに伴って強くなった途端、ある事に気付いた。


 抵抗だ。


 あの水中で感じた、かすかな鉛のような感触。

 進む速度が増すほどに、身体に絡みつくこの流体。


 水から上がっても、逃れられなかった。


 でも、水に似たこの流体の中を進む術をわたしは知っている。


 より低く、鋭く。


 姿勢を思い思いに絞った。教わらずとも自然と成り立ったこのフォーム。きっとこの乗り物がはじめからそういう姿勢で乗るように出来ているんだ。


 すると、ぐんと……ちがうかな。ギュンと進んだ。


 水中なら手足を止めてしまえば重ね上げたスピードもすぐに流体に押し返されるように止まってしまう。けれど、水から上がったこの空間の流体は足を止めても鋭い姿勢を保てばどこまでも進んだ。


 自分で驚く、たったこれだけでここまで違うんだって。


 街路樹から、はらりと舞い降りた葉っぱ、わたしが走り去ってふわりとお空へ逆戻り。


 気まぐれに吹きすさぶ、流れる風のそれぞれは、まるでわたしを避けて通るようだった。

  

 陸に上がって、とぼとぼ歩くしか術を知らなかったわたしは今、地面から1mを……泳いでいた。水中では到底実現できないスピードで空気の中をたった今泳いでいる。


 いつか思った、こんな退屈な世の中でも街が水没して、わたしが人魚になれたらどんなに楽しいだろうって。そんなファンタジーを空想していた事を思い出した。


 叶っちゃった。

 荒唐無稽でしかなかった子供じみた空想が、今叶ってしまった。


 嬉しさが胸いっぱいになった、もう溢れちゃう。


 この思いを姉に伝えたくて、信号待ちに差し当たった時に振り返ったら……あら? いない、姉の姿が全然影も形も無い。


 はっとして、尻ポッケから取り出したクライアントモバイルの地図案内を見ると……、予め行き先指定していた自転車屋さんを5kmは通りすぎていて、姉からの着信の通知がズラりと並んでいた。


 やっちゃった。


 こうしてわたしは姉に連絡を取った後に、例の自転車店までやってきた。


「ありやちゃん……言ったのに……止まらんて……追いつけんよ……」電話口でそう話す姉にはちょっと申し訳ない気持ちになった。というのも変な話でわたしは何一つ悪びれていない。こんな事になったのは姉に原因があるし、なによりもわたしにはあの体験が鮮やかすぎて胸がいっぱいだったから。


「や、おまたせ」だってわたし悪くないもん、といった体の挨拶。

「ありやー!やっと来た……あ……」ん?


 姉はわたしの姿を見るや片方の手のひらを頬にあて「あちゃー」のジェスチャー。ん? わたしがどうしたの? と思ってペダルから足を離して立ち止まると、柔らかな風が私を包んだと同時に汗を吸って肌にぴったりと吸い付いたブラウスを瞬間的に冷やしてしまい、思わずぶるりと身体を震わせてしまった。


 さ、さむぅっ!!


 自転車を姉に手渡してからプルプルと水を頭からかけられた後のような寒さに悶える。なにこれ無理。両手で自分の震える身体を抱えながらようやく気付いた、わたし、上すけすけやん、汗で。


 ブラウスがすけてるでありませんか、汗で。


 肌にぴったりついて雑誌の写真みたくなってるでございませんか、汗で。


 おまけにジーンズもぱっつぱつ。


 往来でこんな姿でいたくもないので、早くお店の中に入りたい思いでいっぱいいっぱいになる。


 そんな一人で慌てているわたしへ姉は「はよこい」と手のひらで合図、おとなしくわたしはそれについていった。


 このお店はわたしもよく知っている道にあって、言われてみればようやく「あ、そういえばここにあったあった」と思うようなお店だ、コンビニ程の広さもない、小さくて、埃っぽくて、ゴムのようなプラスチックを思わせるニオイが籠もったいわゆるマニア臭のするお店だ。


 私が知っている自転車屋さんというのはお店の前に2万円か3万円のママチャリとか電動自転車がズラりと値札とともに並んでいるものだけど、この店にはそんな生活臭のするヤワなものはコレっぽちも無くて、バッキバキでゴリッゴリの競技用自転車の骨組みが天井からいくつもぶら下がり、壁に並ぶのはアナログレコードのような車輪、棚に置かれてるのはよくわからないグネグネゴチャゴチャした部品の数々。


 正直いってものすごい抵抗感を感じる。


 こういうお店って、いわゆる「わかっている」人しか相手にするつもりが無さそうに見えるから苦手だ。誰だってみんな初めはビギナーなのに、それをふんとあしらうような態度が見て取れるから、なんかキライだ。


 さぁ出てこい店員!


 もの知らぬ姉に高額商品を売りつける悪徳チャリンコ店員!


 こいつを返品……返品……え、いや、あの。


 返品してやる!




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