ワスパニート王国と蟻皇国
今月2話目となります。
めっきり寒くなりましたが、なんとか健康に過ごしております。
いよいよワスパニート王国と蟻皇国の登場です。
――西暦1748年 3月20日 シンドヴァン共同体 首都レバダッド
この日、シンドヴァン共同体の首都レバダッドの日本製巨大ホテルの会議室で、日本の外交官である篠山と、ワスパニート王国の女性外交官であるメイフォアが互いの元首から渡されている締結のサインが入った書類を交換した。
本当はワスパニート王国の首都メコミンでできればよかったのだが、ワスパニートが北方の蟻皇国と緊張状態にあることから、あまりよろしい状態ではないとワスパニート側に判断された(要するに気を使われた)のだ。
篠山は今回の任務で初めてワスパニート人を見るが、『ミツバチのような触角と尾てい骨から伸びる第二の腹部』を持っていると聞いていたので、篠山は白い礼服を身につけてきた。
なぜ白なのかと言えば、ハチは明るいところで色の濃いものや黒いものを見ると、ひどく興奮してしまうという特性を持っているのだ。
これは、天敵のクマに対抗するための本能の1つである。クマは茶色や黒い毛をしていることが多いので、この色が近づく=敵だという判断に繋がるのである。
余談だが、ミツバチはこの他にも集団で翅を震わせることで『シャアァァッ』という音を出してクマを威嚇することが判明している。
これは、クマが嫌がるヘビの鳴き声を真似したものと言われている。
クマが嫌がるモノの音を組織的に出して撃退しようとするなど、いかにミツバチの社会能力と知能が高いかがうかがえる。
閑話休題。
篠山はそんな話を出かける前に生物オタクの息子から聞かされていたので、向こうで使用する服は白に統一したのである。
メイフォアは若干いぶかしむような顔をしたものの、篠山が差し出した書類をしっかりと受け取った。
「篠山殿。失礼ですが、日本の礼服は変わっておられますね? 白い礼服というのは、初めて見ました」
メイフォアの発言に、篠山は笑顔で答える。
「いえ、これはその……皆様の身体的特徴である『ハチ』は、明るいところで色の濃いものや黒い色を見ると興奮する、あるいは攻撃的になるというのが我が国の定説なのですが……もしかして、そうではなかったのでしょうか?」
すると、40代の篠山よりも一回り以上若いであろう、恐らく20代後半と思われるメイフォアはころころと笑った。
「実を言えば、確かに私たちのご先祖様はそういった生物の本能が強く残っていた時代があったらしいです。しかし、時代を経るにつれて他種族との協調を旨とするうちに、そういった本能は静まっていきました。なので、戦争でも始まらない限りは大丈夫ですよ」
どうやら、ワスパニート人は年月を経るにつれて攻撃本能を抑え込むことに成功した民族のようであった。
「(彼女たちの見た目と上っ面だけで色々判断してしまったな……これはしくじったか)」
篠山は心の中で悔いたが、メイフォアはそんな篠山の手を優しく握った。
「私たちを刺激しないようにと気を使っていただいたこと、誠に感謝の念に堪えません。私は今、ワスパニート人を代表する立場として言わせていただきます。どうか今後、末永いお付き合いができることをお願い申し上げます」
メイフォアのどこまでも温和な言い回しと態度に、すっかり毒気が抜かれてしまった篠山であった。以前フランシェスカ共和国とアヌビシャス神王国に赴いた時もエルフ族やダークエルフ族は温和で友好的な種族だったが、ワスパニート人ほどではないだろうと思わされた。
「……こちらこそ、お気遣いいただきありがとうございます。我が国日本国としても、今後良いお付き合いができることをお祈りいたします」
篠山が改めてメイフォアの手を力強く(ただし、相手が女性なのできちんと気は使っているが)握り、日本人なりの感謝を示したのだった。
――西暦1749年 5月15日 ワスパニート王国 首都メコミン
日本とワスパニート王国が国交を締結してから1年以上が過ぎた。
ミツバチに酷似した触角と『第二の腹部』を持つ蜂人族が住まうワスパニート王国は、タイ、カンボジア、ラオス、ベトナム、さらに東南アジアの島嶼各地を支配する王国である。
女性が主権を握る国で、男は力仕事などの労働力以外では子孫繁栄のための存在として扱われている国。
ハチのような見た目で攻撃的な性格かと思いきや、他者に自ら積極的に攻めかかるようなことはしない温和な性質であった。
生活レベルは日本の江戸時代に近いレベルながら非常に簡潔な組織作りのお陰で方針の進行スピードが非常に早いのも特徴である。
ガネーシェード神国同様、蜂の腹部分に磁場発生器官を有しており、これと翅を用いることである程度の飛行を可能としている。
この国では女王以外の蜂人族の女性も普通に結婚、子供を成していることから、女王蜂だけが子供を作る地球のミツバチとは違う進化を遂げた性質になっていると日本の学者は分析している。
そんな国であった。
そんなワスパニート王国の首都メコミンの一角に存在する巨大な城郭、ワスパニウム城……日本人が見れば、それが『超巨大な天守閣のある皇居』に見えるだろう、そんな街ごと覆うような巨大城の天守閣の頂点では、女王ワスパニウム14世は玉座に腰掛けながら日本の本を読んでいた。
「女王陛下、いかがでしょうか? 日本国の『ファッション雑誌』は」
ワスパニウム14世に声をかけたのは、この国の外交を司る外務卿の女性、シャンフォンという。
「うむ。驚いたな。我が国の服とは全く比べ物にならないほど先進的な服装じゃ。グランドラゴ王国やニュートリーヌ皇国の服装を始めて見た時も驚いたが……あれとは比較にならぬ驚きじゃ」
妖艶な雰囲気を漂わせ、正に『女王バチ』といった貫録を醸し出しているワスパニウム14世は、まだ21歳という日本人からすると若齢である。
だがしかし、彼女が女王の位に就いたのはわずか10歳の時であった。先代女王である母親が病気で急死したため、急遽その実子である彼女が跡目を継ぐことになったのであった。
女王として島嶼部の統治状況や、交流のある諸国との貿易、技術協定などを見続けてきた彼女からすれば、日本の技術は正に全ての国の先を行っている。
もっとも、そんな日本は謙虚なもので『自分たちはまだまだ先史人類には及ばない』と謙遜しているのだが、その姿勢もワスパニウム14世には好ましく映っていた。
「とにかく日本人という人種はまじめなようじゃな。今朝日本の外交官に出会った侍従がおったが、日本人は大使館の業務のために朝の6時にはもう起きて洗顔や食事を済ませるという。妾はいつも朝8時くらいに起きるからのぉ……日本人の勤勉さをもっと見習わなければならぬかと思うてしまったわ」
「日本人のあの勤勉さは、諸国でも驚きの声を持って迎えられているようでございます。既に我が国は日本から技術提供を受けて発展したグランドラゴ王国による開発が始まっておりますが、この開発能力もこれまでの王国とは比較にならないほどでございます」
グランドラゴ王国の建築技術レベルは年々進歩しており、今や1960年代~1980年代の間くらいにはある。
世界第2位と言われたグランドラゴ王国を、イエティスク帝国並みに発展させてしまった日本という国の技術の底知れなさは、既にワスパニート人全体に広まっていた。
日本はワスパニートと国交を締結する上で、『安全保障条約も締結してほしい』と頼まれた。これは日本のみならず、グランドラゴ王国やアヌビシャス神王国とも交わしているものらしく、その一角に加わってほしい、というものであった。
日本の改正された憲法と法律上、諸国との融和及び協調を深める上で安全保障条約を交わすというのは大事であった。
要するに、『これだけ多くの国と保障を結んでいるのだから、我が国には手は出せないぞ』という脅しの意味を持っているのである。
北方の、旧世界の中国全体を支配する蟻皇国は大戦間期レベルの軍事力を保有しているため、第二次世界大戦~冷戦期レベルの軍事力を手に入れたグランドラゴ王国や、第二次世界大戦に片足を突っ込んだ(一部それを上回る輸出用軍艦も得ている)アヌビシャス神王国と安全保障条約を結んでいるのであれば、友好国の安全の一助となるのは好ましいと日本側も調印したのである。
それによって、日本はグランドラゴ王国やアヌビシャス神王国同様に武器も大量輸出を始めた。
もっとも、ワスパニート王国の貨幣価値では歩兵用の兵器だけでもかなりお高いのだが。
まずは、ようやく新小銃として開発された30式自動小銃(史実の20式小銃)の大量採用によって、多数の89式自動小銃と64式自動小銃(まだ使っていた)が不要になったのはもちろんのことだが、古い迫撃砲や未だに生産されている110mm個人携帯対戦車弾、84mm無反動砲、小銃擲弾などが一部無償で供与され、グランドラゴ王国によって建設された近代的な飛行場には、日本製の輸出用戦闘機『ヒルンドー』型戦闘機が首都防衛のために25機、離島防衛に各5機~10機ずつを、数年をかけて配備されることになった。
誘導弾に関しては安価な中距離多目的誘導弾を車載型から陸上発射型のモノを開発し、それを輸出用に充てている。
海軍の船舶も、これまでの鉄板張りの蒸気コルベットを日本との仲介で国交を結んだエルメリス王国に売却したのだが、そのお金を一部回して『ピストリークス』級巡洋艦が2隻、なんとか首都防衛に配備された。
だが、これらを購入するためとはいえ、日本円にして数百億円を超える莫大な借金をしてしまった。
もっとも、日本からすると『だいぶお勉強させてもらった』らしい。
例えば、小銃類は完全に無償供与である。これは『廃棄処分するくらいなら引き取って廃銃になるまで使ってもらった方がマシ』という『もったいない』精神を発揮した日本側の魂胆である。
処分だろうが再利用だろうが、お金がかかるのである。ならば使える限り使ってもらった方が得というものである。
幸い弾薬に関しても規格を統一して7.62mm弾と5.56mm弾なので、生産ラインという意味でも問題はない。
ワスパニート王国としては『戦車』も欲しいところだったが、日本の『10式戦車』や『16式機動戦闘車』は高い上に運用がかなり難しい。
自国のレベルで運用できそうなものを一から作ってもらうわけにもいかず、結局当面はアヌビシャス神王国が製造を始めた『デセルタ』戦車(主砲を65口径にしたⅢ号戦車)と、『コルリス』型突撃砲(主砲をグランドラゴ製76.2mm砲のライセンス生産で対応したⅢ号突撃砲F型モドキ)で何とかすることになった。
幸いコルリスは製造しやすく安価なこともあって、離島防衛には十分すぎる能力を発揮できると防衛卿は考えていたため、日本の戦車を導入することに比べればはるかにハードルは低かった。
撃ち方と戦い方次第では、イエティスク帝国の戦車も撃破できる兵器が多数入ったので、ワスパニート王国は大喜びである。
また、機銃掃射用と対空機銃を兼ねて、ブローニング12.7mm重機関銃も多数首都防衛の部隊に配備されたのだが、これが意外と安い。
元々100年ほど前のモノで基本設計が変更されていない物なので、他の兵器に比べると単純でお安いのだ。
また、自衛隊の9mm拳銃も大人気であった。海上保安庁と自衛隊の拳銃として採用されている本銃は小さい分、量産すれば値段も安いのでこれも喜ばれたのである。
幸い、インドネシアなど一部の島嶼部では石油が自噴するということで、海底油田の採掘権は日本に『有料で貸し出す』代わりにこちらは技術を導入して自国で掘り出すことにした。
日本がこちらを対等な相手と認識して、かなり高額な賃料を払ってくれるのはありがたい話である。
もっとも、現在は日本に技術者を派遣して掘り出し方や精製技術まで勉強させているところである。
将来的には自動車を導入する必要があるので、そのガソリンを生成することを考えれば、当然の処置であった。
もしうまくいっても、自国で石油を産出できるのは数年以上後になるだろう。
「いずれにせよ、よくもまぁこれだけのものをたった1年で揃えたものじゃなぁ」
「はい。すべては蟻皇国に備えるためでございます。ただ……総力戦では未だに蟻皇国には及びますまい。あの国とは『数』の上で大きな差がございます故」
ワスパニート王国は島嶼部を統治するために子づくり政策をとり、人口を6千万人にまで増やして島嶼部の各地を開拓させ、果物や穀物などを大量に作らせている。
特に果物は嗜好品としてアヌビシャス神王国やグランドラゴ王国、そして日本にも高く売れる。日本は現在超巨大な大陸を手に入れてそこを開拓し、果物なども手に入るはずなのだが、やはり南の島でしか手に入らないものなどが貴重だということらしい。
また、天然ゴムが見つかったことも大きい。日本では天然ゴムは貴重らしく、既に多くの加工業者が到着し、加工と輸出を開始していた。
これにより、ワスパニート王国は借金をしているとはいえ景気はいい。
しかし、蟻皇国の人口は2億を遥かに上回る。数の上では、日本ですら勝てるかどうか怪しいだろう。
技術格差のことは知っているので、あくまで単純な『数』の話だが。
「あと、魚や肉が保存しやすくなったのもありがたい。あの冷蔵庫・冷凍庫という道具は素晴らしい」
「おかげで我が国の料理の種類が大きく増えることになりそうでございます。私も先日、鶏の唐揚げなる料理を日本人の経営する店で食べましたが、あれは驚きでございました。鶏肉を『味をつけて』揚げるというのはあれほどうまいのかと驚愕の至りです」
「なんと、妾も食べてみたいものよのぉ」
2人は楽しげに会話をしているが、内心は蟻皇国がいつ攻めてくるか、国境付近でトラブルが起きないかといつも心配しているのである。
――西暦1749年 7月21日 蟻皇国 首都南京
蟻皇国は、旧世界の中国を支配する国家である。しかも、都市の読み方は旧世界の中国そのものであった。
人々はワスパニート王国の蜂人族のように第二の腹を持つ蟻人族。
かつて1700年前に赤蟻族、黒蟻族、茶蟻族に分かれて大戦をしていたが、1000年以上前に茶蟻族によって全土が統一され、以後は茶蟻族を中心とした国になる。
ちなみに年月を経るにつれてこの蟻人族は磁場発生器官が退化しているため、攻撃は普通に通る。
非常に攻撃的かつ人口が非常に多い国であり、その人口は既に3億人を超えている。
北のイエティスク帝国と南のワスパニート王国と常に対立しており、いずれは侵攻せんと牙を研ぎ続けていた。
地上のほとんどは食糧増産のための穀倉地帯となっており、人々は主に地下に都市を築いて住んでいる。
グランドラゴ王国のワイバーンにすら劣る航空能力だが、原始的ながら艦載機も開発しており、戦闘機として『フェアリーソードフィッシュ』に酷似した機体を開発・量産して空母にも搭載している。
また、この国に存在する最強の戦艦の名前が『定遠』と『鎮遠』という、日本人からすると懐かしい名前であるが、その能力は弩級戦艦並みのものとなっており、オリジナルよりはるかに強い。
軍の兵士数は200万人を超えており、常に北と南に侵攻できるように態勢を整えている。
そんな国の首都南京で、皇帝・蟻徳洪は現在のワスパニート王国に関する報告を受けていた。
「なに? ではワスパニート王国は日本なる国の支援を受けて大いに発展し始めたというのか?」
宰相の孟徳鎮がひざまずきながら頷く。彼は優秀な宰相で、軍事や技術方面にも明るい、蟻徳洪のお気に入りであった。
「はい、陛下。どうやら生意気にも日本なる国は中々高い能力を有しているようでございます。もっとも、シンドヴァンを通じても情報があまり入ってこないので、未だに詳細な軍事力は不明でございます」
これには、シンドヴァン共同体が意図的に情報を少し遮断しているのだ。皇国人が一部日本のことを探ろうとしていたので最初は見逃していたのだが、何分蟻皇国はイエティスク帝国に次ぐ覇権国家である。
これまでも色々な物を、シンドヴァンを通じてアヌビシャス神王国やグランドラゴ王国、フランシェスカ共和国などに輸出していたので問題がなかったのだが、近年はイエティスク帝国に張り合ってのことか、世界統一を狙って手近で様々な資源もあるワスパニート王国への侵攻を画策し始めたのだ。
シンドヴァンとしては戦争を起こそうというのであれば『ある程度の』守秘義務が生じるので、日本の情報を少し出さないようにしたのだ。
その結果、遅ればせながら日本の情報収集を始めた蟻皇国は日本の情報を思うように集められなくなってしまっていた。
ちなみに、シンドヴァン共同体は日本とワスパニート王国が相互に守りあう安全保障条約(と言っても日本が一方的に守らなければいけない国力なのだが)を結んでいることに関してはなにも言わない。
国家間で同盟や安全保障を結ぶことで覇権国家に攻められにくくするというのは昔からやっていることだからである。
「が、大陸を制していることを考えますと、日本の軍事力……少なくとも、広い土地に展開する能力は、かなり高いものと思われます」
これも正確とは言えない。日本は恐竜を圧倒的な火力で排除しつつ地道に勢力を広げていっただけで、沿岸部の一部を除けば農地や鉱山地帯などは未だに政府の管理下にある。
「ぬぬぅ……いずれはこの星全てを支配するであろう茶蟻族の覇道を邪魔しかねないというのか……どうすればよいと思う?」
この場合の『どうすればよいと思う?』は、『どうすれば奴らに勝てる?』という意味である。負けてはならない、という意思が垣間見える。
孟徳鎮はひざまずいたまま『聞いた情報でございますが』と付け加えながら話した。
「日本国は陸上戦力において100mmを超える口径の主砲を持つ戦車を配備しているそうでございます。我が国の戦車の3倍近い大きさの砲を装備しているわけです。つまり、陸戦兵器はかなり発達していると考えるべきでございましょう」
これは宰相がシンドヴァンに持つ独自のルートで何とか仕入れた情報であった。『日本の戦車の主砲は100mmを超える』というのは酒場でも有名な話である。
「ただ、海軍に関してはその限りではないかもしれません。伝聞では空母を保有しているという話はあるそうですが、主力軍艦はなぜかどれも主砲が130mmほどの単装砲が1門しか搭載されておらず、あとは機関銃が少々乗っている程度のようでございます」
「なんだそれは? スペルニーノとイタリシアの連合くらいならばともかく……それでよくニュートリーヌに勝てたな?」
『これについても推測でございますが』と孟徳鎮は続ける。
「恐らく、勝敗を分けたのは戦闘機でしょう。もし彼らがイエティスク帝国に近い能力を有しているのだとすれば、航空機が発達していてもおかしくありません。ニュートリーヌの船は船体こそ『それなり』に固いですが、航空機の爆撃は露天艦橋や露天砲座の彼らには厳しゅうございます」
「ふむ。それもそうだ」
「実際、ニュートリーヌ皇国と日本国が戦闘した際には『飛行機の猛攻で艦船が撃沈されるのみならず、港湾部にも大きな打撃を受けた』という話がございます。ニュートリーヌ側も開発したばかりの飛行機を投入したそうですが、あっさり蹴散らされたと……もしかしたら、帝国並みの強力な機体を持っているのかもしれません」
「ふぅむ……油断はできぬ、ということか」
「もしも陛下がワスパニートを攻略したいと思うのでしたら、安全保障条約を結んでいる日本国が出てくる可能性を重々考慮していただきたく思います。海軍がどうかは知りませんが、陸軍・空軍は侮りがたいですぞ」
「そう、だな」
蟻徳洪は立派な髭の生えた顎に手を当てながら考える。
「ただ、海軍が大したことがないことを考慮しますれば、我が国が開発した最強の戦艦『定遠級』の主砲が火を噴くやもしれません。いくら航空機の爆弾を大きくしようとも、古代文明ならばいざ知らず、現代の技術ではイエティスク帝国ですら1tを超えるような……戦艦の装甲を突き破って弾薬庫を吹き飛ばすような爆弾を搭載できるとは思えませぬ故、イエティスク帝国並みの巨大戦艦を持っていないのであれば、多少の被害は出るかと愚考しますが、最終的には勝てるかと考えられます」
もっとも、これは正確ではない。第二次世界大戦の時点で日本の『ワンショットライター』と連合軍に称されるほど脆かったと言われる『一式陸上攻撃機』ですら1tの爆弾を搭載することが可能であり、日本では悪名高い『Bー29』スーパーフォートレスは9t、イギリスの『アブロ ランカスター』などはダム破壊爆弾であるグランドスラムのような10t近い爆弾を搭載することができたのだ。
あくまで蟻皇国の常識にして最新鋭の『フェアリーソードフィッシュ』に照らし合わせれば大量の爆弾、あるいは大重量の爆弾を搭載することは夢のまた夢と言える話である。
戦略爆撃を専門にするほどの巨大航空機がまだ存在していない(旅客機として少し大きめのレシプロ飛行機は存在するが、それも軍事転用を考えていないほど)ことが、蟻皇国の考えを狭めていた。
もっとも、ソードフィッシュとほぼ同じ性能であれば800kg近い魚雷を搭載することが可能なのだが、魚雷に関するデータが遺跡にないためか、それに匹敵する大重量爆弾を搭載するという考えが思い浮かばないらしい。
「では、こちらも剣魚を強化しておかねばな。せめて、イエティスク帝国のように単葉機が作れるようになれば良いのだがな……剣魚はまだ金属製骨格に帆布張りだ」
「さようでございますね……こればかりは皇国先史文明発掘部に任せるほかありますまい」
2人はできる限り慎重に行こうと議論をまとめるのだった。
そして最後に……
「では、万が一日本と敵対することになった場合は、できる限り海軍で戦い、それも戦艦を主体にした方がよいな」
蟻徳洪の脳裏には、貧弱な単装砲をものともせず勇猛果敢に吶喊し、敵艦に大艦巨砲の一撃を見舞う『定遠級』の姿が浮かんでいた。
「左様でございますな。日本海軍の主砲では我が方の装甲は貫けず、逆に我が方の主砲は日本軍の船を紙きれのごとく引き裂くことでしょう」
彼らは知らない。日本には対艦誘導弾が存在するため、彼らの探知距離のはるか先からもう攻撃を仕掛けることができる、ということを……。
さて、彼らの向かう明日はどこなのだろうか。
ひとまず、今年の投稿はここまでとなります。
次回は年明けの8日、9日あたりに投稿しようと思っています。
皆さんもコロナのみならず、風邪を含めて病気しないように十分気を付けてください。