終戦、未来を見据えて
今月2話目となります。
今回からは本編に戻りますが、外伝キャラの一部はまた登場するのでお楽しみに。
日本国召喚が怒涛の展開になりつつあってもう楽しみで仕方がないですねぇ……。
10月からは半妖の夜叉姫もダンまちも始まるし、いやーいいなぁ……。
――2027年 8月27日 日本国 東京都 首相官邸
ニュートリーヌ皇国との戦争が終結してから約2か月、ようやく皇国内部の混乱が落ち着いてきた。
海軍所属艦艇のほとんどが殲滅され、さらに対日開戦の元凶である元老院議員が確保されたとはいえ、陸軍の一部では強硬な過激派が少なからず存在した。それを自衛隊とレーヴェが共同でなんとか鎮圧していったのだ。
日本国政府はニュートリーヌ皇国と正式な講和会議を行うために、レーヴェとの会談で推し進めた内容をさらに煮詰めるべく大臣及び関係者を招集した閣僚会議を行なっていた。
「では、皇国への賠償金などの請求は基本的に『なし』という形でいかれるのですか?」
経産相の不服そうな顔にも怯まず、外務相が続ける。
「かの国は既に多くの兵器・兵員を失い、さらに首都を含めて多くの建造物が崩壊しています。その惨状は、我々が前回戦ったスペルニーノ・イタリシア連合王国よりも死に体と言っても過言ではない状態です。そんな彼らにさらに多額の賠償金を吹っ掛けるようなことをしては、間違いなく国家体系そのものが滅びてしまいます」
皇国はシンドヴァン共同体を通じて東の蟻皇国やアヌビシャス神王国とも取引を行なっていたが、それが災いして皇国元老院が日本に宣戦布告と取れる言動を発したと報道された直後からあっという間に国際的な皇国の通貨『パルソ』の価値下落が始まった。
皇国側は『なぜ価値が下がっているのかよくわからないが、まぁ勝てば戻るだろう』という感じで楽観視してほとんど気にしていなかったが、敗北が迫るとようやく危機感を覚えていた。
しかし、残念なことに皇国及び関係のある各方面が手を打つ間もなく、想像よりも早く決着がついてしまった。
結果、日本の価値に直すと皇国のパルソ通貨千パルソでようやく10円になるかどうかというレベルにまで貨幣価値は落ちている。
そんな皇国通貨をもらったところで、なんの得にもなりはしない。第一次世界大戦後にドイツが多額の賠償金を諸国に支払ったせいでハイパーインフレーション状態にあったことは、閣僚たちであれば重々承知している。
「ならば、金で直接支払わせたらどうですか? 皇国の所属する東欧部分には金山なども少なからず存在するようですが?」
経産相の味方である法務相はごねるが、現地からの報告を受けていた外務相は動じない。
「確かに皇国内部にも相応の金山は存在しました。しかし、残念なことに現在ではほとんどが掘り尽くされています。そう、幕末の我が国の状況とほぼ同じです」
日本はマルコ・ポーロによって『黄金の国ジパング』と呼ばれたほどに金や銀が産出した時代もあったが、それも幕末頃になるとほぼ掘り尽くした状態となっていた。
「皇国内部の金も、皇国の敗北が決定的になった時に一部の不心得者が持ち出してシンドヴァンに逃げたらしく、残存量はとても日本の要求に応えられるモノではありません。それに、今回必要な賠償金と同じ額の金がいきなり入ってくれば、日本経済も大きな混乱に陥ります。そのことは経産相のほうがご存知だと思いますが?」
経産相もそれを言われては立つ瀬がないのか、『うっ……』と言い淀んでしまう。
「そして、皇国には恒久的に我が国に利益をもたらしてもらわなければ困ります。具体的には、『各国と競争できる程度には強くなってもらう』必要がありますので」
そこで外務相に追随するように防衛相が口を開いた。
「皇国及び周辺諸国から入手した情報によれば、この世界で最強と言われているイエティスク帝国という存在は、非常に閉鎖的で情報が少ないながら野心溢れる国だという話です。その国力・技術力はかつての冷戦時代のソビエト連邦に匹敵すると考えられています。戦車や戦艦など、設計思想はなぜか一部ドイツ寄りになっているようですが……ともかく、それを勘案すると、各国にも最低限、第二次世界大戦時程度の能力を持ってもらう必要があります。そのための技術輸出であり、武器輸出です」
『しかし』と防衛相は続ける。
「これまた残念なことに、我が国の要求する技術水準を持っている国は、今のところ存在しません。技術輸出をするといっても、当然『ある程度』でさえ理解できる者が限られます。現時点で我が国との接点を活かして最大限努力しているのは、やはりグランドラゴ王国ですね」
グランドラゴ王国は戦艦を保有しているのみならず、生物とはいえ航空戦力を保有していることにより、航空戦力が戦局に与える重要性を理解している。
現在この世界に存在する軍艦のほとんどが、ワイバーンの火炎弾や火炎放射を食らうだけで甚大な被害が出て指揮もままならず、戦闘どころではなくなると言えばその威力が知れる。
とはいえ、そんな国でもイエティスク帝国の空母が出てくれば完膚なきまでに叩き潰されてしまうであろうことは想像に難くない。
「そして、そんなグランドラゴ王国に輸出・技術供与した『紫電改二』こと『ファルコン型戦闘機』でさえ、性能面で言うならば『Mig―17』に不意打ちして勝てるかどうか……それどころか、レーダーや通信設備の性能を考えれば、ほぼ勝てる可能性はゼロです」
実際、紫電改二は旧日本軍のレシプロ機としてはかなりの強さを誇る機体と言われているが、それとて全力を出したMig―17に勝てるかと言われれば、かなり難しいだろう。
ちなみに、米軍はかつてベトナム戦争の際にMig―17を単発レシプロ機である『A―1』スカイレイダーで撃墜したことが2度あると言われているが、それとて乗員の高い練度と機体の性能を熟知するほどの飛行時間が必要になるであろう。
あとは当時のジェット戦闘機が加減速が難しく、レシプロ機に比べて格闘戦に弱かったことも一因と言われている。
わずかな時間でそこまで高められるかと言えば、はっきり言ってしまえば現実的な考えではない。
そして、それは艦船での戦いにも言える。
「グランドラゴ王国が現在建造・保有している『ダイヤモンド級』戦艦も、能力的にはかつての長門型戦艦並みの打撃力と、金剛型戦艦並みの機動力しかありません。さらに、航空母艦に関しても日本に残されている資料や設計図、CG写真を参考に『信濃』型航空母艦とほぼ同じ構造の物を作ろうとしている状態です」
これらに関しては日本から造船方法としてブロック工法などの技術を導入し始めたため、それの実践という部分もある。
これに関して、日本は『ひゅうが』型や『いずも』型護衛艦、そして『あかぎ』型航空護衛艦の建造経験こそあるものの、第二次世界大戦時の空母におけるレシプロ機の扱い方(離発着、航空管制、さらに艦隊運用方法などほぼ全て)は完全にロストテクノロジーとなっている。
そのため、レシプロ機の空母運用については、残存資料や写真などから、王国独自に研究してもらうしかない状態なのだ。
「……いっそ、本当にA―1もどきでも作らせて輸出しますか?」
「「「「「おいやめろバカ」」」」」」
この瞬間、経産相に対する閣僚たちの心は一致した。防衛相でさえそうなのだからアホさ加減が知れる。
「いや、それだったらいっそ大先輩(英国)にならって安いステルス性と偵察用に『モスキート』もどきでいいかも……」
「「「「「「だからやめろと言うに! それに近いこともうやってる‼」」」」」」
経産相は技術方面の歴史に詳しく、その過程である程度だが軍事知識も持っている。そこから出てきたらしい。
それにしてもモスキート(空飛ぶ家具)はなかろう。モスキートは。
とはいえ、既にアヌビシャス神王国に『ヒルンドー』型戦闘機として、あの『三菱の飛ぶ不条理』とまで言わしめた『零式水上観測機』の陸上運用強化型を輸出しているので誰もツッコミはいれられても笑えないのだ。
「……話がそれましたが、実際問題、イエティスク帝国が冷戦ソ連と同レベルの技術力と思想を持っているのであれば、この世界で対抗できるのは日本のみです。しかも、海上戦力はもちろんですが陸上戦力でも戦車はようやくニュートリーヌ皇国がマークⅣレベルの車両を作れる程度……グランドラゴ王国は我が国の思想と技術供与(主に装甲の生成方法と強力なエンジンの作り方)を得て現在大戦時レベルとほぼ同等の性能を持つ戦車を作ろうと試行錯誤しているようですが、それとて第二次大戦時のドイツ戦車、アハト・アハト(88mm砲)を装備したティーガーⅠもどきにどれほど対抗できるでしょうか? 実際、代表的な歩兵戦車であるチャーチルは装甲の厚みだけならば分厚い所で150mmほどあるそうですが、それとてヤークトティーガーもどきが出てくれば至近距離では抜かれてしまうでしょう。攻撃力もそれほど高くないので、至近距離に迫られれば対戦車火器や対戦車地雷などでやられる恐れもある」
特に、大口径砲装備戦車の中でも実戦経験のあるヤークトティーガーの主砲は戦車砲としてはかなり大きい128mm砲である(ソ連に回転砲塔のクセに『かーべーたん』なんて大口径榴弾砲を装備したオバケがいたとか言っちゃいけません)。
機動力や駆動系統、そして固定砲塔であるが故の問題点も多々存在するが、正面から相対することができれば、チャーチルレベルでは登坂能力などを活かさなければ確実に負けるといっても過言ではない。
「せめて、機動力なども含めると、各国が74式戦車レベルは作れないと困ります。防衛省と技術庁で技術関連の教導も進めるつもりですが、それでも時間がかかります。とはいえ、グランドラゴ王国からある程度概念が輸出されているからなのか、学問的な物理学の基礎は多くの国が心得ているのがせめてもの救いかもしれませんが……実際、アヌビシャス神王国はノイマン効果をすぐに覚えて、他の兵器に有効活用できないか考え始めたようですしね」
アヌビシャス神王国はグランドラゴ王国に続いて既に日本に十数名の留学生を送り込んでおり、鉄鋼技術や造船技術、電子技術を学ばせようとしている。
とはいえ、それでも足りないのだ。
「そして、本題である今回の皇国に関しては、『将来的に日本の輸出用兵器を大量購入してもらう』ということでどうにかしようと考えています」
実は今、日本では対外輸出向け軍艦も製造している。既に試験艦は完成し、性能のテストも上々なので、あとは量産体制を整えて『それなりの』値段で各国に売り払うだけである。
最初の導入国がアヌビシャス神王国になる予定なので、命名法則はアヌビシャス神王国に任せることになった。
その結果、完成したのが以下の軍艦であった。
『ピストリークス』型巡洋艦
日本が『しきしま』型や『あきつしま』型巡視船及び汎用護衛艦の船体設計を流用して製造した友好国輸出向け軍艦。
巡視船と異なるのは、装甲に日本独自の複合装甲を用いていることによって、ただの堅固さというだけならば現代艦(汎用護衛艦やイージス護衛艦)よりも遥かに頑丈な設計にしてあることである。
これにより、友好国であるフランシェスカ共和国を含めて最強の軍艦になった。
主機などがブラックボックス化されている代わりに変わらないため、航行能力は『しきしま』型と同じ。しかし、主砲が『エリコン社製35mm連装機関砲』から『99式自走155mm榴弾砲』の砲身を流用した52口径155mm三連装砲を、副砲としてOTOメララ76mm速射砲を3基搭載している。
また、船体後部の、本来ヘリコプター甲板のあった場所には、『93式地対空誘導弾』を改良した対空誘導弾発射機を8基搭載することで、ある程度ながら対空戦闘も可能となっている。
更に、ヘリコプター用対艦誘導弾『ASGM―1』を改良し、ロケットブースターで射程距離を40kmまで延伸した新型対艦誘導弾も搭載されている。
レーダーや射撃指揮システムなどは大幅にデチューンされている(最大捕捉距離150km)ため、護衛艦や『F―2』戦闘機と対峙しても敵にはならない程度になっている。
武装
○52口径155mm三連装砲 1基
○62口径76mm単装速射砲 3基
○SSGM艦対艦誘導弾発射筒 16基
○改良型艦対空誘導弾発射筒 8基
○短魚雷三連装発射管 2基
となっている。
コンセプトとしては現代の護衛艦に近い部分も僅かながらある。
だが、複合装甲を施しているお陰で重量は多少増しているものの、155mm砲の砲撃くらいなら耐えることが可能となっている。
それでも第二次大戦当時の戦艦の重装甲と比べてしまえば紙装甲も同然だが、ないよりはましだ。
なにより、射程40kmの対艦誘導弾があるのが大きい。
最初は『めんどくさいしハープーンもどき造って輸出する?』という意見もあったのだが、堅固な装甲を持つ戦艦の装甲を抜こうと思うとHEAT弾頭が必要になるため、船舶や固定翼機で運用する大型の対艦誘導弾に比べると弾頭重量なども小さく、弾速も遅い対戦車誘導弾改良型のこれが選ばれたのだ。
ちなみにこれ、重量の割に結構使い勝手がいいため、のちにアヌビシャス神王国では『ヒルンドー』型戦闘機に2発搭載できるように改良を求められる、さらに輸出車両に搭載されて日本でいう『12式地対艦誘導弾』のような運用をする話が持ち上がるのだが、それは別。
また、この予想外の成功に日本も目を付け、現在運用されている『中距離多目的誘導弾』の後継に本機の改良型を採用することになる。
「実際、それを各国に配備し、更に練度も上昇させたとしても、空母を有する機動部隊と戦うのはかなり面倒です。ただ、救いなのは陸上配備戦闘機がMig―17なので、もしかしたら艦載機はレシプロ機のままかもしれないという点です。この部分はもう少し詳細な調査が必要になるでしょうが……」
首相がまとめるように手を挙げる。
「いずれにしても、皇国をこれ以上弱らせてイエティスク帝国が乗り出してくるのはマズい。今は自衛隊の戦力が一部駐留しているからいいが、ずっと駐留というわけにはいかないからな」
実際、もし第二次大戦当時のドイツ陸軍並みの機甲戦力と冷戦前期のソ連空軍に匹敵する航空戦力で、しかも圧倒的物量を以て押してこられたら、自衛隊でもかなり危うい。
なので、派遣された陸上自衛隊は機甲化・特科・高射特科を中心に兵器の迎撃能力の高い部隊となっている。
皇国の情報部曰く、帝国は現在制圧した東方部分の統治に忙しいらしいので、それに時間がかかることを祈るしかない。
首相の言葉に、『とりあえずはそれで納得するしかない』と閣僚たちも首を縦に振らざるを得なくなったのだった。
「最後に、会談場所は……シンドヴァン共同体の首都バレタールにある我が国主導で建設中のホテルだな」
外務相が頷く。
「はい。建物の完成式典もつい1週間前に完了しましたので、堂々と使えます。シンドヴァン共同体は非武装中立国家と各国に認められている場所ですので、他国からの変な横槍もないと思います」
「おもてなしに関しても、我が国から様々な分野の料理人が派遣されますので、各国代表にも満足していただけると思いますが……」
外務相の懸念に頷いたのは厚生相であった。
「何せ、今回は日本が現在交流を持っている全国家の、それも外務大臣代理級として外務担当者が集まりますからね。まぁ、基本的に食文化は旧世界に酷似しているので、それに近いモノで満足していただけるとは思いますが、念には念を入れるべきでしょう」
さすがにグランドラゴ王国、つまりは前世界の英国面的な料理(魚が惨殺されたようなパイとかウナギのゼリーなど)はやめておいたほうがいいだろうと閣僚たちも思っている。
その代わり、彼らが三度の食事以上にこだわると言ってもよい『紅茶』に関しては、日本本土静岡で採取された最上級グレードの茶葉を発酵させた物を用意させる予定だ。
ご存知の方も多いかもしれないが、紅茶とウーロン茶と緑茶は、全て同じ茶葉でできている。
発酵度合いで味が変わるのだ。
故に、日本でも環境と設備さえ整えれば紅茶はちゃんと作れるのである。
ちなみに、やはりというか残念ながらというか、グランドラゴ王国では戦争状態であっても、陸海軍でティータイムを忘れないという。
竜騎士団は哨戒飛行などで空にいることが多いためそうもいかないらしいが、基本的に上流階級ともなると毎日のティータイムは当たり前だそうだ。
そこ、英国面は世界を超えるとか言ってはいけません。
首相も食文化の相違には思う所があるのか、重々しく頷いていた。
「料理や歌といった人の心に訴えかけるモノは国境も、言語すら超える。いい意味でも、悪い意味でも……故に、気を付けないとな。皆、頼んだぞ」
「「「了解しました」」」
こうして、日本側も講和会議に向けて様々な準備を始めるのだった。
――西暦1742年 9月3日 グランドラゴ王国 王都ビグドン
ここでは、日本とニュートリーヌ皇国の講和会議に出席するべくグランドラゴ王国外務大臣代行のドワーフ族、グローブが出発準備を進めていた。
王国には既に日本主導で作られた空港が存在するため、空路で同じく空港のあるアヌビシャス神王国まで赴き、そこから日本の船舶を利用した海路でシンドヴァン共同体まで向かうのだ。
「もう少しすれば日本の空港がシンドヴァンにも完成していたのだが……まぁ、やむを得ないか」
既に日本は各国の連絡用に空港及び港湾設備の開発を進めているのだが、アメリカ大陸の中でも、物資の流通を盛んにするために開拓が進んでいる所に空港を設置しなければならないので、友好国方面は中々進んでいないのが現状である。
さらに大陸では旧世界でいう所のパナマ運河の開通を目指して土木工事業者が日夜を問わず(比喩ではない)悪戦苦闘しているが、何せ将来的には『やまと』型護衛艦クラスの船はもちろんのこと、『あかぎ』型航空護衛艦や超大型タンカーも余裕を持って通過できるような作りにしないといけないので、細心の注意を払って建設しているのだ。
そのため、転移から既に9年以上が経過しているにもかかわらずまだ半ばも完成していないという状況である。
それもあって、現在の日本はどちらかと言えば南アメリカ大陸の港湾設備を拡大することでオーストラリアやハワイ、及びそれに至るまでの島々に接触を試みようとしていた。
もっとも、その前にニュートリーヌ皇国と戦争になってしまったので西へ乗り出すのはまた延期になっていたが。
同じ西でも、民間ではアラスカ方面を開拓しようという動きのほうが強い。地続きなので補給面でもまだマシなのと、新たな資源の開拓に余念がないのだ。
「まぁ、日本の船は我が国の船より遥かに快適で速い。問題なかろう」
彼は休暇を取って観光で日本に赴いたことがあるが、その時味わった驚愕は今でも覚えている。
強国の一角に数えられる自分たちと同じ科学文明の延長線上でありながら、その空は青く美しかった。
最近は日本から輸入した排煙抑制フィルターや諸技術の向上もあって多少はマシになってきたものの、工場の排煙のせいで『霧の都』とあだ名されているどす黒い自国の空とは大違いである。
それでいてそびえたつ建造物による摩天楼は、その青々とした美しい空に向かって誇らしげに伸びており、そのデザインや形状も自国の建造物と比較して明らかに先進的で美しい。
町を行き交う人々も自国に比べて洗練され、機能的な衣服を身に着けて仕事に勤しんでいる姿は、カッコいいとすら思えてしまう。
さらに、歩きながら通信を行うことができる携帯電話が既に実用化されていることにも驚いた。王国では壁に据え付けるタイプの大型電話が開発されたばかりだったのだが、早くも日本の技術を導入したことでビジネスバッグ並みの大きさの携帯電話を開発しようという動きがあるほどである。
そして国民の大半が所持している、テレビと呼ばれる映像放送装置により国民は常に新鮮なニュースを受け取ることができるという、溢れんばかりの情報社会でもある。
そして首都東京では、日本各地の美食が様々な店舗として集まり、都内を移動するだけで日本のみならず、日本がかつていたという転移前の世界の料理や、この世界に来てから新ジャンルとして開拓された『旧世界では絶滅した生物グルメ』までもを味わうことができるという、圧倒的な食糧生産能力もある。
そして交通機関も発達している。
王国では基本的に移動に使うのは蒸気機関車と駅馬車であり、最近開発された内燃機関搭載型の自動車はまだ富裕層と政府関係者のみが使うことができる貴重品であった。
それが、日本では数千万台を超える車両が所狭しと走り回り、物流や人の流れを支えている。
鉄道も蒸気機関ではなく電気で動く車両を開発し、首都の環状鉄道においては70億人もいたと言われている転移前の旧世界でも、最も人が乗り降りすると言われた新宿駅がある。
数多くの人が大移動する姿は、圧巻の一言だった。
そして極めつけは、地方へ行きたい時は時速300km以上で地上を疾走する新幹線が、日本の北や南の果て、及び大陸へ行きたい時は時速800km以上の速度で巡行する超大型飛行機がある。
呆れるほどに諸設備が整っている。
世界最強のイエティスク帝国でさえ、一般人向けのインフラ整備はあまり進んでいないという噂を耳にするので、いかに日本が恵まれているかがよくわかる。
彼は飛行機に乗って数時間フライトし、アヌビシャス神王国で船に乗り換えた。
「おや、グランドラゴ王国の方ですね?」
グローブが声に振り向くと、小柄な体躯に羽の生えた腕を持った、端正な面立ちの有翼人女性が姿を現した。
「おぉ、イタリシア王国のアナトラ殿ですな?」
ドワーフ族のグローブが髭の生えた筋骨隆々といった体格なので、並ぶと親子にしか見えないが、どちらも27歳である。
もっとも、ドワーフ族は日本人に近い寿命を持つのに対して有翼人は30代まで生きれば長生きと言われる短命種なので、価値観は大分異なるが。
「一緒の船とは思いませんでしたよ」
「私は先日アヌビシャス神王国に到着して一泊していたんです。グローブさんはいつ到着されたんですか?」
「私は先程空港から車で港まで移動してきましてね。すぐ船に乗り換えましたよ」
「やはりドワーフの方は体力に溢れていますね……私は昨日までの船旅でヘロヘロでした。年は取りたくないモノです」
グローブも有翼人のことは知っているため、苦笑いするしかない。
「それにしても、きれいな服ですな」
「日本で購入したものです。日本は凄いですね。私たちより遥かに洗練された、しかし着心地のいい服をいっぱい作っている」
日本には大陸接収時に南米大陸の有翼人を国民として組み込んでいたため、それら亜人向けの衣服も多数存在する。
特に、有翼人の翼のある腕や水棲系亜人のためのウェットスーツと日常服を兼ねたデザインの服など、デザイナーたちにこれまでとは全く異なる『新しい価値観』をもたらすことになった。
「本当に日本は凄い。私たちも、負けないように頑張らないといけませんね」
船は進み、シンドヴァンへと向かう。
それはそうと、実は現在本腰を入れて執筆を開始した2作目があります。
今はまだ名前を明かせませんが、この物語が終わることが決定した時には報告できると思います。
今後も拙作をよろしくお願いいたします。