外伝4・自衛隊員になったサーベルタイガーと、二等分の花婿
今月1話目になります。
仮面ライダー聖刃が始まりましたが、本好きの人間としては本を主題とした話のようなので、とても楽しみです。
10月からは魔法科高校の劣等生……ポンコツリーナを日笠さんの声で聴けるかと思うと……こちらも楽しみです。デュフフ。
――2025年 9月21日 日本国 ベイモリオカ基地
ミクが基地へ住み着いて既に2年が過ぎた。
ミクはすっかり大きくなり、幻乃が予想していた通り犬歯が大幅に伸びていた。
幻乃はこれをもって『やはりミクはサーベルタイガー、あるいはそれに近縁のネコ科動物である』と判断し、新世界生物研究所には『完全新種生物』として登録するよう要請すると同時に、『要研究継続』の要請書も提出した。
これまでの地球の生物では考えられないような能力や生態を有している可能性が高いため、たとえ1匹だけでも研究を継続する必要があるのだ。
「やはり、これほど知能が高いうえに人間の遺伝子を持っていることが不可解極まりないので、それをもっと研究する必要がありますから」
幻乃はそう言って今もこのベイモリオカ地区に居座り続けている。
そして、そんな年の7月半ばに事件が起きた。
といっても、正確にはミクが起こした事件というわけではなかった。
なんと、本土から過激な左翼派グループが、ミクを自衛隊への脅しに使うべくわざわざ大陸まで赴いてベイモリオカ基地に侵入を図ったのだ。
真夜中の3時に、2名の男が鳴坂の部屋にいるミクを確保しようと基地内へ侵入したら、ミクが不審者の気配に感づいて飛び起きて、窓ガラスを破って外へ飛び出して男2名をあっという間に猫パンチでノックダウンさせてしまったのだ。
基地の警備隊員が最終的には確保したのだが、このことが新聞で大きく取り上げられた。
見出しにはこのようにデカデカと表された。
『航空自衛隊ベイモリオカ基地で飼育されていたサーベルタイガー、基地へ侵入を図った左翼系過激派を逮捕する!』
しかも、動物らしく手加減できずに相手を殺してしまったということはなく、爪を出さなかった猫パンチで頬をひっぱたいてノックダウンさせた後に、警備をしていた歩哨の隊員のもとに報せに行ったというおまけ付きであった。
この賢さが瞬く間に話題となると同時に、政府では『自衛隊が動物虐待をしていると取られてはマズい』、ついでに『空自で、しかも大陸所属基地だからと基地警備がザルでは困る』という認識が広まった(そもそも訓練する際の相手である陸自が尋常ではない白兵戦能力を有していて、合同訓練で全く歯が立たない事実が広まってからは、『自分たちはあれほどにはならなくていいか』となっているのが原因なのだが、どうしても大陸での脅威度が恐竜など分かりやすいものが多いこともあって低すぎるので警戒レベルも本土より少し低めなのだ)。
対応に悩んでいたその時、とある番組で旧世界のウソのような本当の驚き話の1つが首相の目に留まった。
「ポーランド軍の兵士になった熊、ヴォイテク?」
第二次世界大戦時にポーランド軍に実在した、『伍長』の階級を持ち、自軍や同盟軍への補給任務に従事したという、シリアヒグマの話であった。
このヴォイテクは、幼い頃親をハンターに撃ち殺された後に、イランの少年によって拾われた。
だが、その後ポーランド人の難民に物資との交換で更に譲渡され、それから人間と一緒にいるようになっていた。
ポーランド軍に拾われて成長してからは、兵士とレスリングをしてもケガをさせないなど、人間との過ごし方を深く理解していることからとても愛されるようになる。
その後も各地を転戦するポーランド軍に付き従い、砲弾を味方に届ける(比喩ではない)などの補給任務に就き、その補給部隊のマークがヴォイテクになるほど部隊の人々に親しまれた存在であった。
ちなみになぜ階級を与えられたのかといえば、イタリアに上陸する際にポーランド軍がヴォイテクを連れていこうとしたら、連れていってくれる予定のイギリス軍に『ペットはダメ』と言われてしまった。
そのため、ポーランド軍の人々は自軍の上層部に掛け合い、『ヴォイテクを正式な兵士として登録すればいい』として強引にイギリス軍に認めさせたという話である。
悪名高き英国面(褒め言葉である)をもある意味で凌ぐ、何度でも蘇ると言われる強き人々の愛と努力の賜物である(大事なことなので繰り返して言わせてもらう。褒め言葉である)。
当時のポーランド人は戦争の影響で祖国を奪われている状態だったこともあり、まだ幼いうちに親がハンターに撃ち殺されて独りっちで居場所のなかったヴォイテクを自分たちに重ねてとても大事にしていたのだ。
「……これだ!」
首相はこの番組を見てから防衛大臣や環境大臣、さらには厚生労働大臣など各官僚に根回しを行い、保護者である鳴坂慧太とともにミクを、なんと首相官邸に招致した。
最初は『トラに近い存在を官邸に招き入れるなんて』と多くの者から反対の声が上がったが、首相はあくまで『ミクはヴォイテクや一部にある動物のように、幼い頃から人間と一緒にいることで人間への接し方を心得ている。なにかあれば、私はそれまでの人間だったということだ』と堂々とした発言を見せ、国民からの評価をさらに高めた。
そして、防衛大臣並びに首相の名前で、ミクに『航空自衛隊1等空士』の地位を授けたのである。
『人間と同じブラックな環境に放り込むな』などと、一部の愛好団体からは批判も出たが、『ミクが非常に賢いこと、そして旧世界ではヴォイテクという前例があった』という点を説明し、自衛隊及び日本政府のイメージアップを図ったのである。
当然、普段は基地内をパトロールするという『仕事』をしてもらい、人間同様に給料も出すうえに『ミク向けの』生活用品なども支給されることが決定した。
それにとどまらず、年に3回のボーナスとして質の高い最高級国産肉(牛豚鳥竜)をお腹いっぱい食べることが許される日も設けた。
そのお肉は、生ではなくちゃんと焼く、或いは煮るなど火を通してある。これは、ミクが魚を除けば肉類を加熱してから食べさせてもらっていたことが影響している。
ちなみに、首相がミクに階級を授与する際には、なんと航空自衛隊の服に身を包むという異例の格好を取った。
これには、『首相が自衛隊の最高指揮官である』という点を人々に強調すると同時に、『いつもお世話してくれている人と同じ服を着ていれば、仲間だと思ってもらえてさらに大人しくなるだろう』という学者からの仮説も影響したという。
それらの待遇に伴って、統合幕僚部及びベイモリオカ基地が協議した結果、それまで決まっていなかった機体マークにミクを採用することを決定した。
これにより、ベイモリオカ基地の機体マークは白いサーベルタイガー、つまりはミクとなったのだった。
このことはグランドラゴ王国やフランシェスカ共和国などの海外メディアにも伝わり、『日本国は動物さえも軍役につかせることができる』と変な形で広まり、各国の日本に対する畏怖をさらに強めさせることになる。
こうしてミクは、美人パイロットとして名高い鴨沼と並んでベイモリオカ基地の顔として扱われることになる。
そしてミクの人気が出たことによって、防衛省及び関連施設ではミクのグッズが売り出され、これが一躍大人気となる。
ちなみに、一番人気は『等身大ミクぬいぐるみ』で、女性を中心にモフモフ系にゃんこ好きに『バカ売れ』と言っていいレベルで売れまくった。
この年の流行語大賞の一角に『自衛隊員になったスミロドン、ミク』と『総理大臣 空自制服』が入ったほどといえば、その人気と話題ぶりが窺える。
閑話休題。
その一方で、鳴坂は相も変わらず鴨沼と幻乃の両名による板挟みであり、両名の機嫌を取るのに苦労していた。
もっとも、当の鳴坂本人がこの2名に男性として意識されていることに気付かず、弟に近い存在としか見られていないと思っている時点で最大の大ポカなのだが。
ついでに言うならば、自分が鳴坂に想いを寄せていることを未だに直接伝えていない幻乃や鴨沼もどっこいどっこいなのだが。
両名も『いつか気付いて彼のほうからプロポーズしてくれる』と割と乙女なことを思っているので、これがまた中々と言っていいレベルで進展しないのである。
そしてこの日、鳴坂は幻乃、鴨沼、さらにミクと共に出かけていた。出かけていた、といっても基地の近くにできている小さな商店街にだが。
サーベルタイガーのミクもすっかり顔なじみになっており、町の住人たちからはまるで我が子のように可愛がられている。
そんなミクを連れて歩く鳴坂と幻乃もまた、町ではすっかりおなじみになっており、『鳴坂がどっちの女性を選ぶのか』というネタで賭けの対象にされているほど有名である。
知らぬは鳴坂ばかりなり、である。
「おや、お3方、今日はアジが安いよ‼」
「お3方、ミクちゃんにこれあげな!」
まるで昭和の商店街のようなノリで色々とサービスしてくれるのだが、現代日本ではどこか失われつつあった『温もり』を感じさせてくれるこの環境が、鳴坂は大好きであった。
そしてそれは幻乃も、鴨沼も同様だった。
この温かい町のあり方を、皆気に入っているのだ。
「いつもありがとうございます」
「私なんてまだまだ余所者ですのに……」
鴨沼と幻乃が恐縮していると、魚屋のおばちゃんがカラカラと笑いながら大声で話す。
「固いこと言いっこなしさ! 突き詰めちまえばアタシらだってほんの少し前に町ができて住み着いただけの人間だからね! でも、住めば都っていうだろう!」
「あぁ、なんだか知らないが、この町はとても居心地がいいんだよなぁ」
隣に立っていた魚屋のご主人も、同じようにニコニコしている。
2人ともかつては本土でパート仕事やアルバイトをしていたそうだが、政府から生活のために支援金が出ると聞いて大陸に移り住んだのである。
そうしたら自衛官の家族やミリタリーに興味を持つオタクなどが移り住んだ結果、あれよあれよという間に『商店街』と言える規模にまであっという間に発展していた。
そしてそんな独身モノと元現地住民である亜人類たちが次々と結婚、あっという間に子供が多数生まれていた。
町の人たちもどこか古き良き日本を思わせる賑やかさを受け入れており、町の皆で子育てをしているような状態である。
そんなベイモリオカ地区だが、まだ交通網もそれほど発達していないため、基本的にはリヤカーと自転車が主な輸送手段である。
自衛隊は車両を使えるが、それとて将来的なことを考えるとある程度節約する必要があるせいで、港湾部から基地内に運び込むのは完全に人力である。
とはいえ、大きな車両はまだインフラ整備が行き届いていないことから使えないので『いっそ小回りの利く三輪トラックか大八車でも復活させるか』などと本気で昭和か明治に帰りそうな発言を経産相がある会見でポツリと漏らしていたほど、と言えばその深刻さが知れる。
ちなみにこの発言、普段なら失言として非難やヤジが飛ぶところだったが、年配の記者がツボにはまったらしく大笑いしたことで、結局会場にいた皆が大爆笑に包まれてしまうという珍事まで発生していた。
経産相も自分が引き起こした事態にもかかわらずポカンとするその絵面は、国民のお茶の間にも大きな笑いをもたらしたという。
ある意味、国民全てがランナーズハイのような状態で皆が疲れながらも充実しているという、危険と充実の狭間の状態なのかもしれない。
実際、転移前に比べると『生活にハリが出た』、『今が楽しい』、『未来に希望が出た』と答える人も大幅に増えている。
恐らく、転移前のギスギスした、『頑張っても報われない、楽しめない』日本から、大きく変わったからだろう。
なんと言っても、中・露・韓・朝など、日本に対して色々と問題を抱えている近隣諸国からの圧力がなくなっただけでも重圧から解放されたようなものであり(国内に残る在日外国人はそうでもないだろうが)、新大陸という『全く手が付けられていない宝の山』が存在することで、皆が『成功者になれる』という『夢』を持てたことが大きい。
近いと言われている昭和の時代とて激動であり、良いことばかりではなかっただろうが、それを知る者も、そうでない者も、老若男女問わずに『今』を必死に生きようとしている。
それは正に、某流浪人が述べたように、生きようとする強い意志が、『明日』への原動力となっているようであった。
このような事例が散見されてからは、政府が積極的に若者や希望者を大陸に誘致しており、既に大陸東部各地では小規模な町レベルだが、人々が生活するリズムを整えられる場所ができあがりつつあった。
「本当に、いい場所ですよね」
ただ、若干残念なのはちょっと昭和回顧しすぎたせいか、古い暴走族よろしく自転車で危険走行する輩が多少いるという点である。
これは町の駐在巡査がいつも『こらー!』と言いながら追いかけまわしており、悪い意味で名物となっている。
もっとも、そんな光景を見ても高笑いしているという、逞しい住人たちであったが。
「えぇ。どうせならこのまま永住したいです。研究所の分所もこっちに作られることになりましたし」
幻乃の所属する新世界生物研究所は大陸生物の研究拡大に伴って、分所を大陸に設置することを決定していた。
人員も専門的なことは学者にやらせればいいので、最低限はある程度仕込んだ雑用にやらせるというスタンスを利用することで、なんとか人員不足をカバーしていた。
「ところで慧太さん、あちらに美味しそうな魚竜フライがありますけど……」
「おい鳴坂、あっちのトリケラステーキ串、美味そうじゃないか?」
幻乃はこの2年の間に、鳴坂のことを名前で呼ぶようになっていた。要するに、『もっと距離を縮めたい』という願望を前面に押し出した形である。
「は、はい。すぐに買ってきます……」
急いで2人に頼まれた物を買いに行く鳴坂を見送ると、お互いギロリとにらみ合う。
「本当、しつこいですねぇこの筋肉如来は……」
「はぁ? しつこいのはあんたでしょう? この腹黒ファントムが……」
火花を散らしながら完全に鳴坂を取り合っている姿も、先述の通りこの町の名物である。故に、周囲の人々は『おぉ、また始まった』と言わんばかりに注目する。
「だってそうでしょう? いつもいつもすました顔で……腹黒と言わずしてなんというのかしら?」
「お言葉ですが、そちらこそ口を開けばまだまだだから鍛えろ、鍛えろと……猛士の鬼とてそれほどではないのでは?」
「ほぉ~ライダーネタとは言ってくれるじゃないの? そっちこそニコニコしつつ何を考えているかわからない魔王の側近みたいになるのかしらねぇ?」
「言いますねぇ?」
「幹部自衛官を舐めないでちょうだい。現代自衛官っていうのはねぇ、アニメ・特撮ネタに付いていけてこそナンボなのよ?」
注・これはあくまで作者の感覚です。本当の自衛官の方が皆そうとは限りません……逆もまた然り。
すると、足元のミクが前足で2人を交互に『ポンポン』と叩いた。
「どうしたの、ミクちゃん?」
――ヴォ
『あっち見て』と言わんばかりに顎で示された先を見ると、真っ青な顔をしつつステーキ串と魚竜フライを持った鳴坂が立っていた。
「あら慧太さん、ありがとうございました」
「鳴坂、ご苦労様」
2人は鳴坂から料理を受け取ると、モグモグと食べ始める。
「あら、本当においしいですね」
「えぇ。テレビで紹介されたとおりだわ」
2人は食べている間もバチバチと火花を散らす。鳴坂としてはお姉様2人の喧嘩に口を挟むこともできず、青ざめたまま黙っているしかない。
それどころか、どこか『可哀そう』という風に目を細めているミクに気を使われて足をポンポンと叩かれる始末であった。
こんな、温かくも生温い日常がもうしばらくは続くかと思われた……だが、世の中とは時に思わぬ形で爆弾を投下する。
――2026年 2月14日 日本国 ベイモリオカ地区
この日も、鳴坂はげっそりしながら仕事を続けていた。
だが、放送していた国営放送でこの日、思わぬ話が政府からもたらされる。
『それでは、次の案件ですが……〈一部の国民における、一夫多妻制度の復活〉の是非についてです』
寝ぼけ半分に食堂の机に肘をついていた鳴坂は、ガクッという音を立てそうな勢いで頭を滑らせて机にぶつけてしまった。
「は!?」
『えぇ、政府機関による調査の結果、現在の日本の人口比率を換算したところ、女性の比率が転移前に比べて5%近く向上しています。このままでは、将来的に結婚を考えた場合に男性の絶対数が不足している状態に陥ると政府は考慮しています。現在積極的な子づくり政策を推し進めて人口も増えつつありますが、出生比率も5を総数とした場合、男性2の女性3という割合であります』
「へぇ……将来的には今よりも女性がさらに増えるのか……」
鳴坂と、隣に座っていた鴨沼と幻乃がそれを見て目を丸くする。
「本当ね。私みたいな女性パイロットももっと増えるかもしれないわね」
「あなたみたいなゴリラ女が増えすぎても困るでしょうが」
「言ったわね?」
「言いましたが?」
『なお、この一夫多妻制度が適用されるには、公人・民間人問わず、政府が定める〈ある一定の国に対する功績〉を得た人物に限られます』
「なるほど、お国のために頑張った人は女の子を侍らしてもよい、ということね」
「い、言い方に若干悪意を感じますね……」
「あら、女の子からすれば当然よ。好きな相手を独り占めできなくなるかもしれないんだから」
「あぁそうか……女性視点で見るとそう言えますね」
実際問題、『政府としては女性があぶれてしまうのがよろしくない』と考えてこのような政策を打ち出したのだろうが、女性視点からすると旧態然としている感が否めないのであろう。
「でも、実際そうやって数値として出されると、さすがにちょっと厳しいとは思うわね」
「え?」
「だってそうでしょう? 男性の絶対数が少なくなれば、どうしてもあぶれる女が現れるわけで、同性間で子供を作るような技術でもできれば話は別かもしれないけど、そうでないのだとすると合理性のある面も見えるのよ」
ここが鴨沼のただ感情的でない、論理的にものを見られる一面である。
「実際、100万人単位で女性の方が多くなるのだとすると、これは問題よ。いくら現代の女性が働くことを優先しているとは言っても、結婚を全く考えていないわけじゃないわ。そんな女性たちが、結婚したくても相手がいないという状況が続くのはよろしくないと思うの」
「あ、そういう考え方はあるんですね……」
「私だって、自衛官でパイロットだけど、好きな人がいるし」
チラリと鳴坂を見ると、鳴坂は『えっ?』と言わんばかりにドキリとした表情を見せる。
「あら、私にもいますよ。好きな人」
幻乃もチラリ、と上目遣いで鳴坂を見る。
そして、鳴坂とてここまで熱烈な好意を向け続けられて鈍感でいられるほど強いメンタルの持ち主ではなかった。
そして、この日それまで抱えていた疑問が遂に解決する。
「はい、鳴坂君。これあげるわ」
「慧太さん、これ受け取ってくださいね」
2人が差し出したのは、可愛くラッピングされた包みであった。
それを見た周囲の隊員や幹部たちが『おぉっ』、『遂に!』と声を上げる。
自衛官とは、結構悪ノリする存在である。
「ここまでずっと一緒にいれば、私の気持ち、わかってくれるわよね?」
「慧太さん、分からないなんていったら、怒っちゃいますよ?」
2人の差し出した物体が、なんであるかわからない訳がない。ましてや、『この日』なのだから。
「「バレンタイン、やっと渡せるわ(ます)」」
これまではお互いがいがみあっているだけで恋愛的にはなんの進展もなかった。だが、そんな状況では不毛だと2人とも思い始めたのだ。
おまけに鳴坂もかなり鈍感なのと、彼が末っ子で女性関係に自信がない性格であることも分かっていたので、時間がかなりかかってしまったが、彼女たちのほうからアプローチしようということに2人で相談して決めたのだ。
そして、ようやく、遅まきながら、鳴坂も薄々ではあるが彼女たちの寄せてくれる好意に気付き始めていた(遅すぎる気もするが)。
「……2人とも、本当に?」
「あら。私、こう見えて身持ちの堅い女のつもりよ? ここまで強く誰かに恋したの……あなたが初めてなんだから」
「私も、慧太さん……けー君じゃなければこんなことしませんから」
けー君、という呼び方に一瞬懐かしさのようなモノを感じた鳴坂であったが、まずは目の前の2人に応えなければならない。
ちなみに、周囲では隊員たちがどうなるかと固唾を飲んで見守っている。
「……すみません。今の時点で、2人のどちらを選びたいのか、俺には決められません」
2人は『そんな気がしていた』と言わんばかりに苦笑する。
「でも、ちゃんと俺なりの答えを出したいと思っています。だから……少しだけ待っていてください」
鳴坂の、強い意志を持った視線に、2人は頷く。
「しょうがないわね。もう少しだけ待ってあげるわ」
「でも、私たちももういい年なんですから、早めにお願いしますね」
自衛隊員たちに囲まれている衆人環視の中、2人は鳴坂の頬にキスをする。
その後、数か月ほどしてから、幻乃は自分がかつて鳴坂の幼馴染であったことを告白した。
鳴坂は驚きつつも『けー君』と呼ばれた理由を思い出し、懐かしさに破顔する。
だが、同時に彼の中では上官であり魅力的な女性と認識していた鴨沼のこともあって『どちらかを選べない』状態となってしまった。
そんな時、政府から『政府のイメージアップに貢献した』ということで、『重婚許可』が下りたのだ。
これを受けて幻乃も鴨沼も、『仕方ない』と苦笑しながらも受け入れてくれた。
こうして、鳴坂慧太は、戦後日本で初となる、重婚を果たした初の国民として、歴史に名を残すのだった。
その生涯は、とにかく2人の嫁の尻に敷かれまくりだったという……
今回も色々とネタを盛り込みましたが……実はヴォイテクの話はちょうどこれを書いてていた頃にテレビで見て『これだ!』と思ったものでして……2年ぐらい前でしたかね?
次回は20日くらいまでには投稿しようと思います。