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日本時空異聞録  作者: 笠三和大
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外伝3・俺の上司と相談相手が修羅場過ぎる

少々遅くなりましたが、今月2話目になります。

いやはやそれにしても暑い……コロナはまだまだ猛威を振るっているようですので、重々注意しなければいけませんね。

――2023年 11月3日 日本国 環境省 新世界生物研究所報告課

 ここでは、新大陸各地に派遣された学者や研究者たちの報告が日々寄せられてきている。

 だが、多忙ともいえるこの課に集まる情報は、どれも旧世界の常識をぶち壊してくれるようなものばかりだった。

「いったいどうなってるんだ、この星は?」

 報告を読む課長や、その下で働く者たちは、日々送られてくる情報に頭を悩ませていた。

「『大陸にて確認される生物のほとんどから、人間に近い塩基配列が見つかる』、ねぇ……これの意味が全く分からん」

「なんで人間……ホモサピエンス類以外の生物から、人類に酷似した塩基配列が見られるんでしょう?」

「そこなんだよなぁ……まさか、誰かが人為的に遺伝子レベルで改造した、とか言わないよなぁ?」

 課長の言葉に、その場にいる全員が沈黙した。

「それはつまり、この世界にそれを行えるだけの技術力を持つ国家が存在する、ということか?」

「だとしたら、アメリカ大陸に国がない理由が分かりません。他の国の情報を集めても、進んでいて1950年代から60年代に近い程度という分析でしょう?遺伝子技術なんてそこから何十年先の話になると思ってるんですか」

 実際のところ、現代でもクローンを作ることはできるが、全く異なる生物に人間と同じ塩基配列を組み込むなどというのは、遥か未来の技術ということになる。

「……これはもっとこの世界について、色々と調べてみる必要があるようだな……上層部と政府に話をするのが嫌になってきた……」

 ただでさえ案件が山積みなのだから当然である。

 だが、それでも仕事をする。何故ならば、それが日本人だからである。



――2023年 11月5日 日本国 アメリカ大陸 ベイモリオカ基地

 ミクが基地に住み着いたこの2か月程で、鳴坂はすっかり痩せてしまっていた。

 というのも、ことあるごとに鴨沼と幻乃が衝突するからであった。ミクをモフモフする時だけはいい笑顔で撫でるのだが、それがないとたちまち言い争いばかりである。

 他の職員たちも止めたいようなのだが、如何せん彼女が派遣されてきた職員の中では一番地位があったことも災いして誰も口出しできない。

 鴨沼に関してはまだ三等空尉ということもあって基地内の幹部でも地位は低いほう……なのだが、彼女の容姿端麗ぶり、文武両道及び面倒見の良さなどの様々な面から口を出せる幹部が少ないのである。

 というか、他人の恋路を邪魔することで馬に蹴られたくないという日本人のある意味日和見主義的な部分が出ている……単に面白がっているだけとも言えるが。

「はぁ……なんで三尉と幻乃さんはあんなに仲が悪いんだろう……」

 思わず呟くその言葉に、他の隊員たちは一斉に『はぁ!?』という視線を向ける。

「……アイツ、まだ気づいてないの?」

「っていうか、追い詰められてそれどころじゃないのかも……」

「ここまでくるとちょっと可哀そうだな……」

 これまでは好奇の目で見ていた隊員たちも、やせ細るまでに至った鳴坂の様子を見てしまうと、流石に可哀想と思うほどであった。

 すると、幻乃が検査を終えたミクを連れて食堂へ入ってきた。

「お、ファントムさんだ」

 すると、たまたま資材を運び込んでいた防空司令所の隊員が事情を知らずに基地隊員に質問する。

「ファントムさんって?」

「あぁ、幻乃さんのことさ。彼女の名前が幻乃御影だろ? 苗字の『幻』と、名前の『影』を合わせると『幻影』。俺たち空自には馴染みのある名前になるだろう?」

「幻影……あぁ、『F―4』ファントムのことですか」

 日本の旧軍でもそうだったが、戦闘機には何かしらの愛称がつく。アメリカの『F―4』の場合はそれが幻影を意味する『ファントム』だっただけのことである。

「そういうこと。俺たち基地職員の間じゃ、彼女はファントムさん、なんだよ」

「本人はなんて?」

「『なんだかアニメキャラみたいですね』って笑ってたよ」

 彼女はそういう方面にも理解のある人物だったようで、そのあだ名を笑って許してくれていた。

 後に本人は『まるで自衛隊の皆さんの仲間になれたような気がして嬉しかった』と語っている。

「そういう意味じゃ、鴨沼三尉は……」

「彼女は眼光鋭いし、なんでもできるってイメージだからな。敢えてあだ名をつけるなら……さしずめヴァイパー姐さんってとこか」

「ヴァイパーって、『F―2』じゃないっすか……あ」

「どうした?」

 防空司令所隊員が逃げるように歩き出すと、基地隊員の後ろからポン、と手が伸びてきた。

「面白い話してるわねぇ……私のどこが、対艦番長なのかしら?」

 ギギギ……という擬音がしそうな様子で振り向くと、顔は笑っているが目は笑っていないという状態の鴨沼が立っていた。

「あ、えぇと、ですねぇ……か、かっこいいじゃないですか? 三尉って」

 この隊員は、この後格納庫の掃除を命じられたという。

 内緒話は、周囲をよく見てからしましょう。

 と、既に鳴坂の隣には幻乃が座り、ミクも足元でご飯を食べ始めている。

 そしてさも当然のように鴨沼も鳴坂の隣に座り込んだ……こうなり始めた頃、どちらかと隣り合わせにならないようにすれば喧嘩も起こらないかと考えた鳴坂が端のほうに座ったところ、たまたまその時は鴨沼が隣に座り込んだ。

 そうしたら、後で幻乃がいい笑顔(しかし目は笑っていないという)で鳴坂をネチネチと言葉責めにしたのだった。

 かといって、幻乃が先に座ろうものならば鴨沼からあとでキツイお仕置きが待っていることは明白であったため、なるべく両隣の空いている席に座るようにしている鳴坂であった。

「……俺、本当にどうすればいいんだろう……」

 それもこれも、年上の女性に対して強く出られない鳴坂に問題があるのだが、『お姉ちゃんは絶対』といってもよい感覚を持っている鳴坂にとって、『年上の女性に口答えをする』というのはよほどのことがなければ有り得ないのである。

 そんな思いを2か月もしていれば、やせ細るのは無理もなかった。



――2023年 11月8日 日本国 ベイモリオカ基地

 しかし、そんな鳴坂の苦悩をよそに、ミクはスクスクと成長していた。

 出会った頃はイエネコくらいしかなかった体躯も、それより一回りくらい大きくなるまでになり、爪や牙も伸びてきた。

 そして特徴的なのは、やはり牙の伸び方が早いのである。

 この日も、幻乃は牙を観察し、記録を取っていた。

 鳴坂に連れてきてもらって、宿泊している施設の近くにある幻乃の即席研究室にいる。

「やはり……そういうことなのね」

「な、なんですか?」

 不安げな鳴坂に、幻乃はいくつかのレポートを取り出して説明する。

「鳴坂君、ミクちゃんのDNAを採取して調査した結果、ミクちゃんの遺伝子には現代のネコ科には見られない配列があったの。比較的近縁と思われるのは……これね」

 幻乃が見せたのは『サーベルタイガー』こと『スミロドン』のデータであった。

「スミロドン……ミクはスミロドンなんですか?」

「恐らく、ね。今までの化石だけでは毛の色などはあまり判別できていなかったのだけれど、この辺りが割と寒冷地であることを考えると、恐らく毛が生え変わるタイプのネコ科なのね」

「毛が生え変わるネコ科……そんなのがいるんですか?」

「えぇ。マヌルネコと呼ばれるネコは、色こそあまり変わらないけど、冬毛と夏毛を使い分けることによって環境に適応しているわ。これは鳥だけど、ライチョウなんかも夏は茶色の、冬は真っ白の毛に覆われることによって保護色的な能力を発揮するわ」

 実際、幼体と成体で色が全く異なる例というのは他にもある。

 アザラシなどがそうだが、子供の頃はポワポワとした毛に覆われ、氷に溶け込むような真っ白の体色だが、大人になると黒や灰色に近い体色になり、毛も抜け落ちる。

「たぶんだけど……このネコ科は敵があまりいないであろう厳寒期かそれに近い時期にあえて子供を産んで、冬の間に独り立ちできるほどにまで育てるんじゃないかしら」

「そうなんでしょうか?」

「さぁ、それも含めて分からないことだらけよ。いずれにしてももっと観察、研究を進める必要があるわね」

 幻乃がさらにデータをまとめている間、鳴坂は初めて見る幻乃の部屋にソワソワしっ放しであった。

 そして、『ある写真』が目に留まった。

「あれ……これって……?」

「あぁ、幼い頃に故郷で撮影したものよ」

 見ると、神社であった。神社で幻乃らしい女の子と、それより小さな男の子が一緒に並んで写っている。

「へぇ……この子、幻乃さんの弟さんですか?」

「いいえ。その子は近所の子だったの。もっとも、私が小学生に上がってそれほど経たないうちに茨城の百里のほうへ転校してしまったから、その子はもう私のことは覚えていないでしょうけど」

「へぇ……あれ?この神社って……小松の? 幻乃さんって、小松出身だったんですか?」

「えぇ、そうよ」

 幻乃の言葉を聞きながら、鳴坂は懐かしそうに写真を見る。

「へぇ……俺も小松出身でして、小さい頃はこの神社でよく遊びましたよ。そういえば……俺も近所に遊んでくれた女の子がいました。あの子、どうしてるのかな……」

「……鈍感」

 幻乃はそんな鳴坂を、どこか残念そうに見つめながらボソリと呟いた。

「そういえば、ミクってすごく賢いですけど、それも何か理由があるんでしょうか?」

「……それに関しては、気になることが1つあるわ」

「え?」

「これを見てちょうだい」

 幻乃が指示した画面には、DNAの塩基配列が描かれていた。

「……すみません。俺、こういうのはよくわからないんですが……」

「これはね、現代ネコ科共通の遺伝子配列なの」

「は、はぁ……」

「でもね、ミクちゃんにはそうとは思えない配列が見つかったわ」

「世界が違うし、現代基準から考えれば古代の生物なんですからそれも当然なんじゃ?」

 幻乃は黙ったまま、別の配列を見せた。

「これは『ヒューマン』……人間の配列?」

「えぇ。そして、この配列のこの部分と、ミクちゃんのこの部分が……」

 幻乃が画面を操作すると、合致する部分が出た。

「え……?」

「この子には、人間と同じ塩基配列が確認できたの」

「人間と……同じ?」

 幻乃は更に画面を切り替える。

「これを見て。他にも採取されたサンプルが多数存在するんだけど、今まではほぼ全てが哺乳類以外のサンプルだったの。今回のミクちゃんのデータは、今まで採取されていなかったパターンよ。そして……驚くべきことに、この区域には他にもマンモスのような大型哺乳類も確認されたわ。それらからサンプルを回収したら……やはり人間と同じ塩基配列が見つかったの。もしかしたら、この世界の生物の知能レベルが前世界に比較すると基本的に高めなのは、人間の遺伝子が組み込まれているからかもしれないわね」

「な、なんでそんなことが起きてるんですか……?」

 幻乃は首を横に振る。

「今のところ理由は不明よ。人為的に仕込まれたんじゃないかっていうのが上の予想なんだけどね」

「人為的に……誰が、なんのために?」

「それも含めて今後も調査が必要ね」

 科学的な考察を語る幻乃の目は正に学者の目つきである。

 そんな彼女の真剣な物言いに、思わず鳴坂もゴクリと喉を鳴らす。

「ミクは……どうなるんですか?」

「……」

 視線の先では、サッカーボールにじゃれつくミクの姿があった。すっかり大きくなって、小柄なヒョウ並みに大きくなってきたが、やはりその知能の高さゆえか、ミクは人間に対して『手加減が必要』ということを理解しているらしく、全くと言っていいほど問題を起こさない。

 隊員たちのほうが可愛がり過ぎて上司に怒られるレベル、といえばどんな状態か窺える。

「『ミクに関しては』だけれども……少なくとも、こうして人に危害を加えずに言うことを聞いてくれていると考えれば、このままでも問題ないと判断されると思うわ」

 幻乃の諭すような言い方に、少しだけホッとする鳴坂であった。

「それより、そろそろ夕ご飯じゃないかしら?」

「え? あぁ、本当だ。ミク、ご飯に行くぞ」



――みゃぁ♪



 返事をして付いていくミクを見た幻乃は、さらに書き加えた。

「『人間の話す言葉を理解している節がある』……本当に、どうなっているのかしらね」

 目を細めつつ、幻乃もパソコンを閉じて食堂へ向かった。

 食堂は夕飯を求める男たちでごった返しており、かなり賑やかである。

 鳴坂は既に席の一角に座っており、右隣にはさも当然と言わんばかりに座り込んでいる鴨沼の姿もある。

 どうやら、鳴坂がこの時間に来ることを知っていて待ち伏せていたらしい。

 基地内では既に、鳴坂を巡って美女2人が鍔迫り合いを繰り広げていることは上層部から末端までを含めて周知の事実なので、誰も何も言わない。

 とはいえ、幻乃からすれば不愉快極まりない。

「……(あの筋肉お姉様、まだ彼を……けー君を狙ってるんですね)」

 幻乃は忌々しい、と言わんばかりに鴨沼を睨む。

だが鴨沼もそんな視線はどこ吹く風と言わんばかりに食事を続けながら鳴坂に今日の訓練でどの点がダメだったとか、逆にここが良かったとかを指摘している。

 そして、そんな鳴坂の姿を見る幻乃御影について、読者諸氏はここまで読んでいればお気づきだろう。

 先程の幻乃の部屋にあった写真に写っていたのは、まだ幼稚園に入る前の、非常に幼い頃の鳴坂慧太だったのだ。

「(全く……けー君は全然気づいてくれないし、なんだか手強そうなライバルがいますし、踏んだり蹴ったりです)」

 昔は『みー姉ちゃん』、『けー君』と呼び合った仲だったのだが、やはりそこはわずか2.3歳の幼い少年である。覚えていなかったようだ。

「まぁいいでしょう」

 幻乃も食事を受け取ると、隊員たちから暗黙の了解で空けられている鳴坂の左隣の席に座った。

「だからね、そこで操縦桿の動かし方が……」

「は、はい……」

「それに、動きがあまり細かすぎるのもよくないわ」

「はい……」

 2人が話し合っている中で頃合いを見計らって、幻乃は声を挟んだ。

「あらあら、鬼教官のしごきとは、なんて前時代的なのかしら。平成はもちろん、昭和も古い頃の話ではないかと思いますけど」

 この瞬間、2人の間に火花が飛び散った。

 周囲の隊員たちも『そら始まった』と言わんばかりにちらりと見てくる。

 だが、鴨沼も負けてはいない。

「あらあら。お言葉ですが、この程度についてこられないようじゃ精鋭たる戦闘機パイロットはまだまだ先の話よ? 話に聞くだけとはいえ、世界最強とも言われるアメリカのトップガンなんて、こんなモノじゃないから」

「素人考えを述べさせていただくならば、世界最強の米軍と日本の自衛隊を比較する時点で間違っているのではないかと思いますが?」

「おあいにく様。日本にはかつて、ハンデがあったとはいえ、F―104と呼ばれる当時中古の、しかもモンキーモデルの戦闘機で、米軍の当時最新鋭だったF―15戦闘機に撃墜判定を出した人がいたのよ? 自衛隊はそれくらいの心持がないといけないわ」

 実際のところ、在日米軍と自衛隊はよく空戦訓練を行なっているらしいが、かつては米軍をして『空自とだけは喧嘩したくない』、さらに冷戦時代から領空侵犯を繰り返していたソ連からも『自衛隊機と相対する時は1機に対して3機でかかれ』と言わしめたほどの技量を持っていた時代もあったという。

 もっとも、これに関しては空自のみならず陸自や海自にもそういう『ぶっ飛んだ』系の逸話があり、アメリカで開催された戦車の射撃競技会で、2位のドイツに圧倒的大差で1位を取ったにもかかわらず優勝したことよりも、1発を外してしまったことを悔しがる姿から『陸自と喧嘩はしたくない』と言わせる、米海軍との演習の際に世界の海軍関係で唯一、潜水艦を用いて米空母に撃沈判定をだして米海軍をビビらせたりするなど、逸話には事欠かないといえばその恐ろしさが知れる。

 特に後者の空母の話に関しては、米軍にとっては大戦時に日本の潜水艦によって空母ヨークタウンが撃沈されたことを思い出させるトラウマスイッチという話もあるほど有名である。

「ですがまだ鳴坂さんは入隊してそれほど経過していない方なのですし、そこまで突き詰める必要もないのでは?」

 とはいえ、2人が舌戦を繰り広げる姿に、とにかく鳴坂は縮こまるしかない。

 その様子は他の隊員たちも、果てには上司たちまでもがすっかり名物と言わんばかりに遠巻きに眺めているのだった。

 そんな好機の視線にさらされて縮こまる鳴坂の隣で、鴨沼もまた幻乃のことを忌々しそうに見つめていた。

「(この腹黒学者、どこまで彼に付きまとう気かしら。この子は……私だけのものなのに)」

 鴨沼愛実という女性は、ボン・キュ・ボンの三拍子が揃った、顔立ちも凛々しいという、自他共に認める美人である。

 本土にいた頃は広報などの取材も多かったといえばその人気が窺い知れる。

だが、170cmを超える、女性としては高い身長と、幼い頃から航空自衛官でパイロットだった父親に憧れて鍛えていた肉体も相まって、自衛隊入隊以前から男性とは縁がなかった。

 そんな中、自衛隊に入隊してからしばらくが経過して、後輩として入ってきたのが鳴坂だった。

 最初ははっきり言って、『あら、随分と可愛い子が入ってきたわね』くらいの認識しか持っていなかった。

 しかし、鳴坂は怯えて『怖い上司』扱いしてくる他の隊員たちとは異なり、鴨沼のことをちゃんと『1人の女性』として扱ってくれた。

 本人に聞いてみたところ、『自分が実家にいた頃は姉にかなり甘やかされていたので、年上の女性にはどうしても気を使うんですよ』と、彼が末っ子で姉3人を持つ弟であることを知った。

 だからなのか、鳴坂慧太という男は年上の庇護欲をそそるような雰囲気を放っているとは感じていた。

 それでいて、姉たちの教育もあって年上の女性には優しくするように努めていたらしい。

 本人も言っているが、『お姉ちゃんは絶対』なのだ。

 何かあれば気を使い、誕生日やお祝いがあれば、『自衛官に』ではなく、『女性に似合う』ような贈り物をいつも考えてくれている。

 そんな、『女性にとってのあたりまえ』を、当然のこととして実行してくれる鳴坂のことを、鴨沼も自分なりに可愛がっているつもりであった。

 そして、弟のように思っていた感情が、それまで感じたことのなかった女らしい恋心に転化するのに、それほど時間がかからなかった。

 時には悪ふざけのようにアームロックをかけるようにその豊満な実りで『あててんのよ』をやったり、訓練後に『暑いわね』などと言って彼の前であえて胸元を少し広く開けたりするなど、彼に対してそれとなくアプローチしていた。

 このまま押していけば、彼のほうから告白してくれることも夢ではないだろう……そう思っていた。

 だが、そんな時に現れたのが幻乃御影であった。

 自分と違い、清楚でお淑やか、さらに知的でいかにも女性らしい、しかも鳴坂の好みらしい年上のお姉ちゃんといった風を吹かせる幻乃が現れたことで、鴨沼はかなり依怙地になっていた。

 それはもう、幻乃を見ると口喧嘩が絶えなくなるほどに。

 女とは、自分が想いを寄せる相手に好意を持っている女がいれば、目を見て分かってしまう。

 何故ならば、『自分と同じ目をしているから』である。

 元をただせば、ミクを拾ってきた鳴坂に原因があると言えばそれまでなのだが、これに関しては不可抗力だった部分もあるため、そこは追及しない。

 ついでに言うならば、そんな、いい年した大人とは思えないような対応を取ることで惚れた男から幻滅されたくなかったという一面もある。

 それに、元々可愛いもの好きだった鴨沼に言わせれば、『モフは無罪』なので、それ自体は問題ではない。

 幻乃は幻乃で、ミクがきっかけで久しぶりに鳴坂に会えたこともあってミクを恋のキューピッドだと思っている節がある。

 そのおかげで、ミクをモフモフする時だけは喧嘩せずに仲良く可愛がるのだが。

 故に敏感な隊員などは『この2人、惚れた男が同じでなければ実はすごく仲良くなれたんじゃなかろうか』とすら思われている。

 もっとも、鳴坂を巡って争い続ける以上はもうしばらくこの関係が続きそうではあるが。

 自室へ戻った鴨沼はタンクトップ姿でトレーニングに励みながら、その頭の中で鳴坂のことをずっと考えていた。

「鳴坂の……阿呆め……あんな腹黒に……デレデレしてっ……」

 汗だくになって吐息を漏らしながらも、鳴坂への文句をぶちぶちと言い続けるが、虚しくなったのか入浴セットを持って大浴場へ向かうのだった。

 一方食事を終えた幻乃も自分の部屋へ戻ると、ぶすっとした表情のまま、データの編集を行なっていた。

「全くもう……けー君のバカ、鈍感、スケコマシ……」

 結局データをまとめ終えたのは0時になってしまった。

「……寝ますか」

 2人の女性もまた、愛してしまった男との関係において、深い悩みを抱えるのだった。

どうでもいいことかもしれませんが、幻野さんはミク以外にも色々な生物のサンプルを調査しています。

その合間を縫って、鳴坂君に会いに来ているのです。

次回は9月の10日までには投稿します。

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