外伝2・彼女がフラグを立てたなら
未だにコロナとは無縁で過ごせている笠三です。
今月1話目の投稿となります。
今回はもう1人のヒロインの登場です。
鳴坂君の未来はいったいいずこへ……
――2023年 9月16日 日本国 アメリカ大陸 ベイモリオカ基地
この基地には今日、定期便として物資を輸送してくる『C―2』輸送機に搭乗して、環境省お抱えの新世界生物研究所の職員3名が訪問することになっていた。
基地司令の矢代は、既にレーダーでキャッチしていた『C―2』を護衛させるべく、既に近距離空対空誘導弾を2発装備した『FT―4』を離陸、現場空域へ向かわせていた。
ちなみに余談だが、『FT―4』に搭載する対空誘導弾は当初『AAM―3』と『AAM―5』の予定だったが、残念なことに重量とスペースの都合からこの2種類は4発搭載が不可能ということになり、どうするかと防衛省及び防衛装備庁は頭を悩ませた。
流石に2発では不安が残る。
そんな時、1人の技術者が思いついた。
『〈OH―1〉の対空誘導弾ポッドは?』
『それだ!』
正規のAAMシリーズと比較すれば重量も軽く、それでいて性能の高い軽SAMの改良型として、『22式空対空誘導弾』として制式採用されたこの誘導弾ポッドには2発の誘導弾が搭載されている。
射程を延ばすために日本ではもはやおなじみになったロケットブースターによる加速器で射程を5km以上延伸することに成功した。
閑話休題。
『C―2』輸送機が発進したのは三沢基地、三沢からこのベイモリオカ基地まではそれほど距離がないこともあって、本土から発進した時点で捕捉はしていた。
ならば別に護衛もいらないのではないか、という意見もあるようだが、身も蓋もないことを言ってしまえば、安全第一なのである。
「司令、間もなく輸送機が到着します」
「うむ」
しばらくすると、グレーの迷彩塗装を施された大きな航空機がゆっくりと近づいてきた。
ゴオォォォォォォォォ……というターボファンエンジン特有の音を立てながら、『C―2』輸送機は滑走路に着陸する。
着陸して滑走路から外れた『C―2』輸送機は後部のハッチを開け、多くの車両や物資を降ろす。
データ上は36tもの荷物を載せることができるこの輸送機には、毎度自衛隊への物資と、今回は特別に『お客さん』として新世界生物研究所の職員が乗った車を降ろす。
と、一部のマニアからは菌扱いされるメーカーの小型車と、中型のトレーラーが『C―2』の中から降りてきた。
「お、あれか?」
車は矢代の手前で停止すると、中から20代後半と思しき清楚な雰囲気を漂わせる、白衣を纏った女性が降りた。
「初めまして、矢代空将補。私は新世界生物研究所、哺乳類担当課の幻乃御影と申します」
「ベイモリオカ基地司令官の矢代です。男が多くてむさ苦しい所ですが、どうかよろしくお願い致します」
矢代と幻乃が握手し、まずは基地へと案内する。
軍事には疎いであろう幻乃からするとどれも珍しいのか、キョロキョロと周囲を見渡して呟く。
「……なんと言いますか、流石は自衛隊の基地ですね。大きなレーダーやミサイルの発射装置など、マンガみたいです」
「もはや現実がだんだんとマンガに近づいてきたような感じですがね」
矢代が連れていった先には、外からのお客(主に大臣級や関連企業の人など)を出迎えるための部屋があった。そして、その中に入ると、鳴坂(以後彗太)がミクのお腹を撫でまわしていた。
ミクは甘えられるからか、かなりご機嫌な様子である。
――ゴロゴロゴロ……
「よしよし、頼むからもう少し大人しく……あ、司令!」
「ご苦労、鳴坂一曹。こちらが新世界生物研究所の幻乃さんだ」
「初めまして、航空自衛隊ベイモリオカ基地所属、『FT―4』パイロットを務めております鳴坂慧太一等空曹であります!」
すると幻乃もキレイな敬礼で、しかし優しい微笑で返してきた。
「初めまして、鳴坂さん。新世界生物研究所所属、哺乳類研究担当の幻乃御影と申します。その子がミクちゃんですね?」
「はい」
そう言っている間にも、ミクは彗太にすり寄ってじゃれかかる。傍目には微笑ましいが、結構重量があるのでじゃれつかれているほうは結構厳しいのだ。
「出会った経緯を教えていただけますか?」
「はい、事態は3日前……」
慧太はミクと出会ってから今に至るまでを、できうる限り事細かに説明した。幻乃は素早くメモを取っていき、あれこれと質問を繰り返す。
「なるほどなるほど。ではあなたの上司である鴨沼さんという女性が性別を確認してくれたんですね?」
「はい。三尉の確認によって、ミクがメスであることが明らかになりました」
「エサはどうされていましたか?」
「エサは茹でた肉を中心にしています。時折釣ってきた魚も与えていますが」
「場合によってはキャットフードなどを食べるかどうかの検証も必要ですね……あとは血液検査でしょうか」
「血液検査?」
「それによって地球の哺乳類ではどの種類に近いかを判断して、それに応じた食生活をさせるのが一番理想的かと思いますよ」
「なるほど……」
確かに、地球の哺乳類でどの種類に近いかを判断することができれば、それに応じた生活環境を整えてやれば順調に生育するということである。
「色々細かいんですね……」
「当然ですよ。現代の生物とは異なる環境で生きていた存在なんですから」
どこかお姉さん風を吹かす幻乃だが、彗太はどうもこういう相手に言い返すことが苦手である。
何せ本人が3人姉弟の末っ子で、上には常に姉がいたことに加えて、近所にはかつて、一番上の姉と同い年の幼馴染がいたこともあり、『お姉ちゃんは絶対』という感覚があるのだ。
だから、こういった一歩リードしてくるような雰囲気を放つ女性にはどうも抗いがたいものを感じてしまう。
「わ、分かりました。それでお願いします」
「はい」
だが、幻乃は別に冷徹というわけでもない。ミクの体調を気遣い、どんな生活リズムを送っているのかなども細かく聞いている中で、『遊びたがる時はなるべく遊んであげた』と言った時には柔らかい笑顔を見せているのだ。
「なるほど……大まかなことは分かりました」
幻乃はいくつかの事柄を紙に書き記すと、再び顔を上げた。
「では、私もミクちゃんに触れさせてもらいましょう」
幻乃はそれまでとは一転して柔らかい表情でミクに近づくと、ゆっくりと頭を撫で始めた。
「よ~しよし。いい子ねぇ」
――みゃぅ……
見れば、ミクもすっかり懐いている。
「どうやらこの子、思った以上に人懐っこいようね。恐らく、乳離れしてからまだそれほど経過していなかったんじゃないかしら」
「まだ親の庇護が必要だ、ってことですね」
「えぇ。それもあって、自分を守ってくれる存在にとても甘えているのよ。元々ネコ科やイヌ科は成体になっても人間のように自分より強くて大きな存在に甘えることはあるけど、それがこの種類にも当てはまるのかどうかわからないから」
「そういうもん、なんですか?」
「そういうものよ」
そう言いながらも幻乃はミクをゆっくりと撫でる。その手つきは熟練といってもいいほどなめらかで、そのまま口を開けさせていた。
「この子、毛並みや体つきはユキヒョウに似ている気がするわね」
「ユキヒョウ……寒冷地に住む大型ネコ科動物ですよね」
日本では多摩動物公園などで見ることができる、大変モフモフでポテポテなネコ科動物である。
追記・作者も大好きです。
「えぇ。でも、もしユキヒョウやそれに類似する生物だとしたら、犬歯の伸び方が少し他の歯に比べて長いような……」
「え、大型ネコ科動物ならそういうモノなんじゃ……?」
「それにしても、ですね。この子はかなり長めです」
ミクがあーん、と口を開けているので、その牙を触りながら幻乃は呟く。
「まさか、とは思うのですが……やはり、精密な検査をしないといけませんね」
幻乃はカバンの中から少し小さめの注射器を取り出した。ミクはそれが本能的に痛覚をもたらすものだと分かったのか、少し怯えた顔をして後ずさろうとする。
「少し痛いわよ。でも大人しくしていてね……」
チクリと刺さった瞬間ミクは明らかに少し痛そうな顔をしたが、そこは専門家らしく、素早く採血を終えた。
「はい、終わったわ。よく我慢できたわねぇ」
そう言いながら幻乃は素早くネコが『ちゅ~る』したがるおやつを取り出して与えてみる。少し臭いをかぐと、それが美味しい物だとすぐに気づいたのか、CMのようにペロペロと『ちゅ~る』し始めたのだった。
――♪……ペロペロ……
「す、すごく嬉しそう……」
「ネコ科ですもの。このおやつが嫌いではないと思いましたが、やはりこれに惹かれたようですね」
幻乃は更にその隙をついて、体毛の一部を引っこ抜いていた。これも研究材料にするつもりなのだろう。
「は、速い……」
「こういうのは手際が大事なんです」
いずれも慣れていなければ不可能と思わせるレベルである。
彗太はこの時点で、彼女もまた自分たちとは異なるタイプの『プロフェッショナル』なのだと思わされた。
「そういえば、幻乃さんはどこに宿泊されるんですか?」
「それなんですけど、今この基地の西側約5km地点に簡易宿泊所ができつつありますよね。あそこに宿泊しますよ」
これはいわゆる、マスコミや見学者を受け入れるための施設である。
それほど規模は大きくないが、ちょっとしたビジネスホテル並みの規模となっており、施設を見学に来る防衛省幹部や企業関連の人物が宿泊している、
「あぁ、あそこですか」
「えぇ。当面はそちらでお世話になると思いますけど、しばらくしたら専門の猟師さんを雇ってこちらの近くに居つくことになると思います」
「今は猟師さんも大口径ライフルを持つようになりましたからね。それなら安心ですね」
大陸開拓に伴って、恐竜などの大型生物が多数生息することが判明して以来、自衛隊だけでは開拓団の護衛に手が回らなくなりつつあった状況を受け、政府が大口径ライフルを用いた大型肉食動物に対する、自衛による狩猟を許可したのだ。
実際にはそれでも全く足りず、自衛隊への入隊希望者を更に募ることと車両の増設によって対処せざるを得なくなったのだが。
そして、新世界生物研究所では専属で猟師を雇っており、その人たちに護衛を頼んでいる。
自衛隊などが信用ならないから、というわけではない。とにかく人手不足でそちらに充てる余裕がないだけである。
「とはいえ、この航空基地の近くはようやく基地隊員の家族やその人たちを対象にした商店とかの小さな町ができ始めたくらいですからね……色々不便もあるかもしれませんよ?」
「そうでしょうね。それも想定して、機材を多数持ち込むことにしました」
「あのトレーラーはそのために……よく『C―2』に載せられましたね」
「色々と無理を通してもらいました。本当は船で運んでもらうべきだったのですが、時間が惜しかったのでなんとかお願いしました。まぁ、三沢基地の方も『民間の物を固定・輸送するいい訓練になった』と仰ってましたが」
「ハハハ……」
これには同じ自衛隊員である彗太も苦笑せざるを得ない。だが、前向きなのはいいことなのではないかと思う自分がいるのも事実であった。
「とはいえ、点検を終えるまでは機材も使えないんですけどね」
そう言いながら幻乃はミクのお腹を撫でまわす。
『ちゅ~る』のこともあってか、ミクはすっかり幻乃に心を許したようだった。いや、幻乃が放つ雰囲気が独特で、それがミクを和ませているようですらある。
「(なんというか……すごい人だな)」
彗太もいつのまにか、幻乃にどこか惹かれ始めていた。
そしてそんな様子を、鳴坂の上司である鴨沼も見守っている。だが、そんな彼女はどこか複雑そうな顔をしていた。
「……」
それから更に1週間後の夜、ベイモリオカ基地の食堂には幻乃の姿もあった。『ミクと同じ空気で食事をしてみたい』という彼女の要望である。
実際、ミクはすっかり皆のペットのような感じになっており、隊員たちによって文字通り猫可愛がりされている有様であった。
「……すごいですね。自衛隊の食事はクオリティが高いとは聞いていましたが、とてもおいしいです」
「気に入ってもらえたならよかったですよ」
幻乃が食べているのは、航空自衛隊独自の改良を施された料理、『空自空揚げ』である。
大陸の各地に多く生息している、オルニトミムスと呼ばれる恐竜に酷似した中型雑食恐竜の群れを幾つか捕獲し、それを広大な牧場という形で管理して食用になるかどうかを何度も実験した結果、やはり鶏肉に近い味わいを得られることが明らかになったため、それらが定期的に自衛隊に実験もかねて供出されるようになったのだ。
評判はかなり良く、『濃い肉の味と肉汁がたまらない』という意見もあれば、『噛み応えがあって噛めば噛むほど旨味が出る』という意見もある。
「自衛隊は食にとても気を使う組織だという評判に、偽りはなかったようですね」
感心するような幻乃の言葉に、彗太は苦笑しながら返す。
「まぁ、単に日本人が食いしん坊なだけ、とも言えますけどね。そうでなければここまで工夫を重ねることはしないでしょう」
「あら、でもそのお陰で、旧世界でも有数のグルメ大国の1つになっていたじゃないですか」
幻乃が悪戯っぽく笑うと、そのどこか蠱惑的とも言える表情に彗太も思わずドキリとしてしまう。
そして、その笑顔を見て脳裏に一瞬、浮かび上がった『ある女性』の笑顔にどこか似ていることに気付いた。
「(あれ? 何か……どこかで……)」
すると、肩をポン、と叩かれた衝撃で鳴坂は思わず我に返った。
「ちょっと一曹、ボーッと生きてんじゃないわよ」
どこかの5歳児みたいなことを言って現れたのは、上司の鴨沼であった。彼女もまた、山盛りの唐揚げと大盛りご飯を中心としたトレイを片手に、彗太の隣に日本人としては大きいと言われるその胸を『ゆさり』と揺らしながら座り込んだのである。
傍目から見れば、片や長身でボン・キュ・ボンの引き締まった美ボディのお姉様、片や清楚な雰囲気を漂わせるお姉様に挟まれているという、羨ましいことこの上ない状況であった。
しかし、そんな光景を見た他の隊員は、その間に漂う緊迫した空気を感じ取ったのか、思わず呟く。
「……修羅場かな」
「えっ?」
「馬鹿、お前は知らないだろうが、鴨沼三尉が鳴坂を狙ってんだよ。この基地じゃもっぱらの噂だ‼」
「えぇ!? あんな童顔を!?」
「だからだよ。普通の自衛隊員にはない可愛さを、どこか感じているらしい。ま、そもそも鳴坂は年上の女性受けがいいみたいだしな」
「そういや、そうだったな……」
実のところ本人はあまり意識していなかったのだが、基地内の売店で働くおばちゃんや、後方支援勤務の年上WACたちからも随分と可愛がられているのである。
とはいえ、そんな女性たちの中でも、厳しくも優しく、そして同じパイロットであり上司であり、普段から訓練もプライベートも含めてほぼ一緒にいる鴨沼こそが鳴坂とは一番近い距離間だった……これまでは。
それが、この1週間で幻乃の出現もあって色々と変わってしまったのだった。
「あの学者先生、若いとは言っても鳴坂よりは年上みたいだしな。やっぱり気になるんだろう」
「マジか……なんでアイツばっかり、と言いたいけど……」
「あんな風に板挟みになってギスギスしているところを見ると、こっちは『傍観者でよかった』って思っちまうんだよなぁ……」
「……ラブコメって、見ている立場からすると面白いが、当事者はそれどころじゃないんだろうな」
「あぁ。そうだな」
他の隊員たちは『くわばらくわばら』と言わんばかりに、しかしどこか面白そうに3人を見守るのだった。
一方、当事者である彗太は、当然のことながら2人に挟まれてかなりの居心地の悪さを覚えていた。
「あ、あの……三尉。なんだか、不機嫌そう、ですね……?」
「あら、そう見えるかしら?」
チラリ、と横目に鳴坂を見るその切れ長の瞳は、やはりどこか怒っているようにも見える。
「(なんで、どうして!? 俺、何か三尉の機嫌を損ねるようなことしたか!? 怖すぎるんだけど!?)」
実際には鴨沼にただヤキモチを焼かれているだけなのだが、元々女性と恋愛をしたことのない鳴坂にはそれが分からない。
それだけではない。
「鴨沼さん、そんなに怖い顔をしていては鳴坂さんが怯えてしまいますよ?」
「あら、別に怖い顔をしているつもりはないわよ? それに、こんな顔を怖いと思うようでは、そもそも敵と戦うパイロットなんて務まらないと思うのだけど?」
2人の間に、見えない火花が飛び散った瞬間であった。
「あらあら、鳴坂さんは実戦を経験されていないではありませんか? それなのにそんなに気構えてばかりではあっという間にボロボロになってしまいますよ?」
「いつ来るかわからない実戦に備えるからこその自衛官ですよ? それに、自衛隊のパイロットは訓練こそ積んではいますが、実戦経験はゼロですので。私も彼と変わりません」
「まぁ怖い。そんなことばっかり言ってらっしゃるから鳴坂さんに怖がられるんですよ。ねぇ、鳴坂さん?」
「あら、栄えある航空自衛隊のパイロットとして、その程度の覚悟もないほうが問題よねぇ、鳴坂一曹?」
彗太は2人に挟まれて『ひぃ~……』と冷や汗をだらだらと流すほかない。
『岡目八目』という言葉がある。当事者よりも、傍から冷静に様子を見ている者たちのほうが状況を把握しやすいというのが大雑把な意味だが、正に今、それが当てはまる状況になっていた。
2人の美女に板挟みとなっている彗太は全く状況を把握することができず、他の者たちは『あーあ』と思いながら、目の前で繰り広げられるラブコメ模様にニヤニヤしながら興味津々となるのであった。
ちなみに余談だが、ミクは彗太の足元で、上のピリピリした空気など知ったこっちゃないと言わんばかりに呑気に恐竜のもも肉にかじりついている。
――ハグ、ハグ、ハグ……♪
……純真にして無垢とは、時として残酷なものである。
結局この食事の間、彗太は文字通り針の筵に座らされているような状態となってしまったのだった。
食後、彗太は自室へ戻ると、癒しを求めるかのようにミクの体をモフモフするのだった。
「ミク~。俺、何か悪いことしたのかな……?」
若干涙目になりながらミクをモフモフしている姿は、とても成績優秀なパイロットとは思えないが、どちらかといえばこれが彼の素である。
先述の通り昔から年上の女性には抗いがたい性格だったこともあり、お姉さんたちには中々強く出られないのである。
結果、このように何かに逃避するような姿勢を見せることもある。
――みゃぁ?
ミクはミクで鳴坂が気弱になっていることを感じているのか、頬をペロペロと舐めて慰めてくれる。
乳離れして間もない子供とは思えないほどの気の使い方であった。
「うぅ……ゴメンなぁ。気弱になっちゃだめだよなぁ……」
彗太は間もなく消灯ラッパが成るという時間になったため、寝間着に着替えて布団に入る。
「お休み、ミク」
――みゃぁ
ミクも自分の寝床であるクッションの上に寝転ぶと、なんと自分で毛布を体にかけた。どうやら、『これがあるとあったかい』ということを理解しているらしい。
「本当……頭いい、よな……」
普段の生活リズムによってあっという間に押し寄せた睡魔に抗うことはできず、彗太はそのまま夢の世界へと旅立った。
――2023年 9月28日 日本国 ベイモリオカ基地西部5km地点
ここには民間が建設した宿泊用のホテルがあり、幻乃御影と研究者一行はここに宿泊している。
幸いなことにビジネスホテルとしてはそれなりの広さがあったこともあって、機材も多数持ち込むことができている。
幻乃はここで、ミクの遺伝子構造について研究していた。ちなみに風呂上がりなのか、バスローブ一丁というかなり扇情的な格好である。
「……やはり。そういうことなのかしら?」
幻乃がみているのは、ミクの遺伝子配列である。
しかし、その配列に表示されている塩基は、既存のネコ科に当てはまるものがほとんどない。
強いて言うならば、やはりユキヒョウに近い部分がある。
だが、どうしてもネコ科では説明のつかない配列がいくつか見られるのだ。
「でも、この配列……まさか、ね……」
物憂げにため息をつくと、椅子の背もたれによりかかる。
仲間内からは『美乳』と称される胸元が悩ましげに広がるが、誰もいないので気にしない。
「興味深いけど……色々面倒なことになりそう……」
そう言いながら、幻乃はスマートフォンのある画像を開いた。
それは、彼女が幼い頃住んでいた場所で撮影されたカメラの画像をスマートフォンに保存し直したものであった。
そこには、当時小学生だった彼女と、幼稚園くらいの男の子が写っている。
「……まぁ、あの子にまた会えたのは嬉しいけど」
そう微笑む幻乃の顔には、隠しきれない喜びがにじみ出ていた。
「でも、いつになったら気付いてくれるかしら?」
まぁいいか、と自分に言い聞かせるように幻乃はベッドに潜り込んだ。
夢の中で、また彼と会えることを願いながら……
世間はずいぶんとコロナで騒がしくなっていますね。
自分たちが感染しないように、十分に注意しましょう。