少年皇帝、祖国に戻る
今月1話目となります。
一応今回はぶっ飛んだネタは入れていません。
それはそうと、日本国召喚はなんだかきな臭くなってきましたね……
――西暦1742年 6月10日 アヌビシャス神王国 神都カイジェ
日本との交渉を取りまとめ、皇国での戦闘が一通り終了したことによって、レーヴェたちは一路、皇国へ戻ることになった。
元老院議員たちは日本に収容され、軍の暴走を止められなかったこと、日本に対して宣戦布告したことを咎められて裁判を受けるらしい。
とはいえ、いわゆる衣食住の類は保障されているらしいので、この世界の下手な国家よりはいい待遇らしい。
まぁ、今まで散々好き放題して皇国を危うく滅亡させるところだったのだから、これで一安心というものである。
「爺よ、余はなんとしてでも皇国を生まれ変わらせる」
「はい。どこまでもお供致しますぞ、陛下」
レーヴェは日本の制度や法律、さらに人々のあり方に至るまで様々な書籍を購入していた。
もちろん軍事関係の書籍も多数存在する。皇国をより日本に近い、平和主義ながら自国の防衛ができる国家にしないと日本側も困るという話は聞いていた。
故に、日本側からすると旧式、しかし皇国からすれば100年以上先の技術を輸出してもらうことでイエティスク帝国ともある程度渡り合えるようにしなければならない。
その点についても他の友好国はある程度理解を示してくれている。
曰く、『別に喧嘩を売ってくるのでなければこっちはどうでもいい』ということらしく、無頓着と言ってもいいその点には日本も感謝していた。
その代わり、友好国全体の能力をアップデートする速度を上昇させないといけなくなってしまったが、いずれする予定が少し早まったと思えばそれほど大したことではない。
もっとも、指導、教導をさせられる防衛省、自衛隊側は本気で悲鳴が上がったとかそうでないとか……まぁ、いつの時代でも、現場の苦労は上には伝わらないというのは、お約束である。
もちろん軍事関連のみならず、政治などを含めた民間方面でも様々な仕事が積みあがることとなるであろう。
「ちなみに爺よ、帝国に対抗しようと思うと何から始める?」
「恐らくですが、先進戦術の教導からではないかと。進んだ戦い方が分からないことには兵器の運用など理解できませぬからな」
更にレーヴェ自身による皇国民の意識改革もある。課題は山積みであった。
だが歩みを止めるわけにもいかないので、これからも進み続けなければならないであろう。その道はとても険しいと思われるが。
すると、顔を赤らめながらレーヴェは少しもじもじした。
「それはそうと、爺」
「なんでしょうか、陛下」
「……カメリアとの式はいつにするか」
いきなり見せた年相応と言えるレーヴェの表情に、思わずメーロも温かい微笑を見せた。
「そうですな。日本との敗戦処理を終わらせ、皇国が新たな体制を始めると述べたところでよろしいのではないかと」
「……そうだな」
この亡命のための逃避行の間だけだったにもかかわらず、レーヴェはすっかりカメリアに心を許しているらしい。
だが、メーロもそれでいいと思っていた。皇国が新しい道へ進む、第一歩になると思っていたからだ。
彼らは皇国へ帰るべく、更に進む。
――西暦1742年 6月17日 シンドヴァン共同体 首都バレタール
ここには日本からニュートリーヌ皇国へ派遣される予定の外交官、警察官などの人々が集まっていた。
というのも、港湾設備が護衛艦の砲撃と機雷封鎖によって壊滅状態であり、船で赴くことができない状態なのである。そのために、どうしても車両を用いて陸路で赴かざるを得ないのである。
彼らはここでレーヴェを始めとするニュートリーヌ皇国要人たちと合流し、皇国へ向かう予定である。
「陛下たち、そろそろ到着されますかね」
外務省から派遣されている外交官兼監察官を務める中嶋が腕時計を見ると、補佐役の飯野が頷く。
「そうですね。中嶋先輩、くれぐれも……」
「分かってるよ飯野。皇国側には舐められないように、しかし威圧もしないように、だろう? 全く、上も難しいことを言ってくれるな」
中嶋は苦笑するが、飯野は至って真面目な顔で『仕方ないでしょう』と返す。
「それが今回の我々の仕事です。先輩は在柔外交官であると同時に監察官なのですから」
「だから分かってるって」
その時、車が近づいてきた。中に乗っている人物がネコ科の耳を持っていることで、レーヴェたちであるとすぐにわかった。
「お待ちしておりました、陛下」
「うむ。では、参ろうか」
レーヴェやメーロたちを囲むようにして警察官と自衛隊員が歩く。このバレタールに自衛隊の車両が既に集結しており、皇国へと向かう手筈になっている。
向こうで派遣部隊と合流し、戦力の調整を図ることになっている。当然、部隊の一部は日本に帰還する予定だ。
「ルマエストがどうなってしまったのか……この目でしかと見届けねばな」
先頭には『87式偵察警戒車』を配置し、更に『軽装甲機動車』3台で囲み、後方からは『16式機動戦闘車』が2輌と補給用の『73式トラック』が5輌随伴するのだった。
レーヴェの護衛のためとはいえ、本当は戦闘車両を割きたくなかった防衛省だったが、『彼にもしものことがあれば皇国民全てが敵になる』と外務省から説得されて、なんとか抽出したのがこの部隊であった。
今回の移送部隊の指揮官を務める高屋三等陸佐は『87式偵察警戒車』のハッチから顔を出しながら前へ進む車両の隊列を見て嘆息する。
「全く……実戦やった連中には悪いが、帰ったら休暇申請しないと割に合わんな……」
実際のところ、自衛隊という組織の都合上、海外で戦闘行為を行うだけでもかなりの負担がかかっている。
補給などの物理面もそうだが、隊員たちの精神的にもかなり厳しい部分が多いのだ。実際、隊員の中には前線に出ている部隊でもないのに疲労感に包まれている者すらいる。
いや、精神面という点で言うならば実戦を経験した者のほうが強いようだった。自分たちのほうが技術的アドバンテージの上で立っているとはいえ、『本当の戦場』を目の当たりにした隊員の多くは『戦う』とはどういうことなのかを強く実感していた。
もちろん、改めて戦いに嫌悪感を抱き自衛隊を辞する者もいるだろう。だが、『自分たちが力を振るわなければ無力な人々があの無残な姿になる』と思い出すことで自分が力を振るうという事実を『自分自身が許す』ことができるようになる。
人間とは、そういう身勝手な生物なのかもしれない。
だが、まずは自分で自分を許さなければ、必要な時に前へ進めずに、そのまま立ち止まってしまうことになる。
それを乗り越えられるかどうかが、生きていけるかそうでないかの違いなのであろう。
「まぁ、よほどのことがなければ無事に送り届けられるだろうと思うけどな……油断だけはしちゃいけないよなぁ」
ヘルメットをかぶり直すと、高谷は『仕方ねぇ』と言わんばかりの表情を見せるのだった。
――西暦1742年 6月22日 ニュートリーヌ皇国 首都ルマエスト 南部郊外10km地点
レーヴェを乗せた車両は、更に『10式戦車』と『やんま』型対戦車ヘリコプターの護衛を加えて町中へと進むのだった。
当然、街は大騒ぎになる。ここしばらく攻撃をしてこなかった日本軍の車両らしきものが、突然市街地に侵入してきたのだから。
ある者はその報を聞きシェルターの中で震えあがり、ある者はその通り過ぎる姿に対して、絶対に屈さないぞと言わんばかりの強い視線を向けるのだった。
そして、レーヴェの住居であった教会のような建物に到着する。
「陛下、ここですね?」
「あぁ。ここには、余が国民に向けた放送設備が用意されている」
元々レーヴェは元老院によって『国民の象徴』という立場に近い存在として担がれていた。そのため、時折国民に対して放送などで声をかける必要があったのだ。
日本でいえば、皇族による玉音放送ということである。
「まぁ、国民に対して『我々は頑張らなければならない』、『帝国に負けぬよう奮励せよ』という感じのことを述べるばかりで、建設的なことなど何も言えていない状態だったがな」
レーヴェは苦笑しているが、国民からすれば、自分たちの象徴がそのように声をかけてくれることがどれほど心強かったかと思うと、ニュートリーヌ皇国の国民にとってはどこか日本の皇室を思わせる雰囲気があるようだ。
車を降りると、メーロが先頭に立ってレーヴェと中嶋たち日本の関係者を放送室へ連れていった。
「ここだ。ちょっと前のことのはずなのに、なぜか妙に懐かしく感じるな」
「左様でございますな」
レーヴェが席に座ると、従者たちがテキパキと準備を進めた。
「陛下、間もなく準備が整います」
「うむ」
少しすると、電力が通ったのかスピーカーから音が流れ始める。
「あ、あー……」
窓の外を見ると、スピーカーの脇に立っていた従者が腕で丸を描いた。『聞こえる』ということらしい。
『親愛なる皇国臣民諸君、レーヴェ・ニュートリーヌである。ずっと留守にしていたこと、まずは詫びを入れたい。すまなかった』
シェルターから出てきた人々は怪訝な顔をしながらお互いの顔を見あうが、声は間違いなく聞き慣れたレーヴェのものであった。
『余がこの国を離れていた理由を、臣民諸君には話していなかった。余は……敵対状態にあった日本国へ赴いていた』
敵対国であった日本へ自分たちのトップであった皇帝が赴いていたという事実に、皇国民はざわつく。
『なぜ敵対関係にある日本国へ余が赴いていたか……それは、我が国では日本に手も足も出ずに敗北すると分かっていたからだ』
レーヴェはそこから、日本の兵器と自分たちの使っている兵器の基本的なスペックの差についてを、こんこんと説明した。
皇国民たちは、明かされるそのスペックの差に、ただただ青ざめることしかできなかった。
『分かってもらえただろうか。我が国と日本国とでは、我が国とイエティスク帝国を超える差が存在する。そんな国に……元老院はロクな調査もせず〈帝国の属国だ〉と決めつけて一方的に戦争を吹っかけたのだ』
国民は信じられなかった。イエティスク帝国といえば、自分たちをかつて虐げ、支配していた最強の存在である。そんな恐怖の権化といってもよい存在を上回る能力を保有しているなど、神か悪魔しか彼らの感覚では想像できない。
『ここまで言えばわかってくれると思う。余は……これ以上無為に犠牲を増やしたくなかった。だが、元老院がいる限りそれは叶わぬ。故に、元老院を排除してもらったのだ』
ここにきて国民は、皇帝であるレーヴェが、元老院によってお飾り状態にされていたことを知った。
『既に元老院は日本の警察機構によって捕縛された。これからは……日本の指導を受け、余が皇国の政務を取り仕切る』
国民たちは顔を見合わせて疑問を呈する。
「どういうことだ?」
「我が国は実質的に敗北した。故に、日本国から監察官が来て、日本国にとって都合のいいように動かされるのだろう」
「半ば属国になったようなもの、か……」
「いや、体面上だけでも独立が保てるだけマシと思うべきかもしれないな」
国民も既に敗北ムードが漂っていた。そもそも強力な航空戦力及び超長距離を砲撃できる能力によって街の各所は既に崩れ落ちている。
それも軍関係者や元老院議員に関係する場所ばかりであったことから、日本がそれらの存在のみを標的としていることは既に知られていた。
逆に言えば、『それだけを狙う余裕があった』ということに気付いた者はより深い敗北感に包まれている。
「我が国は……負けたのか」
「しかも、イエティスク帝国でもない相手に……」
『今後、我が国はより開かれた存在にならなければいけない。周辺諸国と融和し、協同してイエティスク帝国の脅威に立ち向かわなければならないのだ。そのために……どうか余に協力してほしい』
国民は拡声器の前で崩れ落ちた。今まで自国のみの力で帝国に立ち向かおうと技術を磨いてきたが、それが無駄だったことを改めて突き付けられたからだ。
だが、これで終わったわけではない。皇国はここから、また走り出さなければならないのだと分かっている者は、泣きながらも上を見上げて皇帝に対する最上位の敬礼をした。
こうして、ニュートリーヌ皇国は、日本と講和することが正式に決定した。
西暦1742年6月15日 シンドヴァン共同体 首都バレタール ラケルタの館
シンドヴァン共同体のギルドマスターの中でも、真っ先に日本と結んだことで大きな勢力を得たラケルタは、館の自室で日本から輸入した緑茶を啜って従者からの報告を受けていた。
「そう。皇国は完全に降伏状態になったのね」
「はい。レーヴェ陛下が国民に呼びかけると同時に、各地に残存していた陸軍に降伏を促したことでほぼ無条件降伏の形になりました。以後は日本の指導を受けて港湾設備の復旧や新体制の構築を行うようですね」
「で、日本は今後軍事力に関しては皇国をどうするつもりなのかしら?」
「まだ詳細な情報は入っていませんが、イエティスク帝国の脅威が存在することから、日本からの武器供与と教導、そして一部の鉱山発掘権などの代わりに先進兵器の無償供与などが行われるようですね」
「武器の無償供与? そんなことをして大丈夫なのかしら?」
従者は書類のページをめくりながら続ける。
「なんでも、『敵味方識別装置』とかを応用して、日本の兵器を標的にできないように仕込むとか」
「……そんな精密技術があるとは、さすがは日本といったところかしら」
「帝国の脅威が存在する以上、我が国もいつまでも武装放棄中立を謳うことはできないかもしれませんね。帝国が東を制圧して間もない今、混乱している間こそが態勢を整える好機かと」
「そうねぇ……他のギルドマスターたちにはあれこれと手を回す必要がありそうだけど、なんとかしないと」
「既に一部のマスターの中には日本の男性との結婚を考えている方がいるとか」
「まぁ、気の早いこと」
クスクスと笑う彼女はどうしても悪役っぽい雰囲気を漂わせているが、これで素なのだから質が悪い。
ついでに言うと、別に悪巧みをしているわけでもなければ裏で闇取引のようなことをしているわけでもない。
しかし、どうしても彼女は『そういうキャラクター』に見えてしまうらしい。実際、危うい取引などもいくつかあったことから、日本のノンフィクションライターが彼女に取材をし、彼女のこれまでについてまとめた本が既に出ているのだが、これが大好評となっていた。
他にもフランシェスカ共和国の女将軍シーニュのことや、アヌビシャス神王国のケルウスのことも既に本になっている。
閑話休題。
「それはそうと……フランシェスカ共和国なんかはどうする気かしらね? あの国、火器関連使えないでしょ?」
「それなのですが……それについて日本がエルフ族の体を調べたところ、鼻腔内部に火薬などの一部の発火性物質が発火したあとの物質に対して不快な反応を示しやすくなる代わりに嗅覚が非常に発達していることが明らかになったそうです」
「つまり?」
「鼻の対策を……日本で配備されている『ガスマスク』を付けて銃を撃たせてみたところ、『全く不快感を覚えなかった』そうで、これからは銃器保有も視野に入れて軍事改革を行うそうです」
これにはラケルタも目を丸くした。
「なんとまぁ……日本にできないことはないのかしら?」
「日本人に言わせれば、我々がまだまだ『可能性に満ちた存在である』とのことらしいです」
日本人らしい気を使ったであろう言い回しに、逆に苦笑してしまうラケルタであった。
「要するに私たちは『まだまだ未熟』ということなのよね。全く……どうやったらそこまで相手に配慮する言葉が出てくるのか、勉強したいほどね」
日本人の、相手に対して過剰なまでに配慮をする姿勢は友好国の間でも有名になりつつある。
その低姿勢ぶりと丁寧ぶりは特にフランシェスカ共和国やアヌビシャス神王国の間で人気になっており、『日本的対人接触マニュアル』とでも言うべきものが出回り始めたほどであった。
しかも、日本の外務省や企業が監修しているため、信頼性は折り紙付きである。
「まぁ、こうなってくると各地がどんどん発展していくでしょうし……イエティスク帝国が黙っていないかもね」
「ですが、各国全てが帝国に近い技術を得るとなれば、帝国もそう簡単に諸国へ手を出せなくなるでしょう。言ってはなんですが、やはり人間が集まって国家を成す以上、ある程度の力が必要になるということのようですね」
ラケルタはため息をつく。元々シンドヴァン共同体が非武装を貫いてきたのには、荒れ地が多く侵略しても意味がない(と思われていた)こともそうだが、実はラミア族に合う武器や服を作るのがかなり労力を要するということもあって自分たちはあえて非武装を貫くことで、対外的に関りを持とうとしないにもかかわらず野心的なイエティスク帝国から侵略される要素を排除していたのだ。
だが、帝国は高い野心を常に抱いているということはどの国も知っているため、いずれは力を蓄える必要があったと思えば今回の話は渡りに船、なのだが……
「日本の負担、大丈夫なの?」
「はっきり申し上げて、日本は過労状態が転移から続きっぱなしといっても過言ではないようです。国内総生産などの数値は未だに上昇を続けておりますが、国民は悲鳴を上げているそうです。人口増加もそれに拍車をかけているそうですね」
日本の人口は大幅に増加し、既に転移直後と比較して5千万人以上増えている。
が、これはあくまで数字上の話であり、その増えた人口のほぼ全てが生まれたばかりの子供なので、むしろその子育てのために多くの人員が必要となっている有様であった。
そのため、農業、建築業、防衛関連企業、警備業などの多くが人手不足で涙目にならざるを得ないほどの状態であった。
製造業も製造用の新型ロボットが開発されて人員に余裕ができているとは言っても、人の手が入らなければならない部分は多々存在する。
要するに、日本のハイパーブラック状態は未だに継続しているのである。
もっとも、転移前の色々と追い詰められ、鬱屈していた状態から比べると、多くの日本人がやりがいのある仕事と環境に、イキイキとしながらブラック状態を逆に楽しむ者さえいるという恐ろしい状態であった。
日本人の恐ろしさ、『日本面』が文字通りここにきて強い力を見せ始めていた。
もっとも、そのせいでやはり過労死する者も後を絶たない現状は続いている。政府もこれには頭を痛めており、対策を講じてはいるのだが、とにかく『現実』がそれを許してくれないのである。
「日本に関してだけど、教育体系を輸入させてくれるのなら、他の国の人に教育を任せてもいいんじゃないかしら?私たち自身の能力向上にもつながるわ」
要するに、海外留学をさせることで教育に費やされる人員を削減できないか、ということである。
「それはどうでしょうか……日本の教育水準まで引き上げようと思うと、こちらのほうでも学ぶことが多すぎて、一朝一夕でできることではありませんので、はっきり申し上げて、現実的ではありませんね」
「やっぱりそうなのね……まぁ、せめてグランドラゴ王国やニュートリーヌ皇国くらいの能力がないと最低限追いかけることすらできないでしょうし、私たちじゃあと何十年……いえ、何百年かかるかしら」
従者も苦笑いしているが、せめてと思ったのか慰めの一言を告げる。
「ニュートリーヌ皇国もそうですが、『こうするべき』という指針があるだけで短縮化はできますよ。流石に100年で日本に追いつくとは言えませんが、それでもいずれは日本に追いつけるようになるでしょう」
「そして、その時はこのシンドヴァン共同体が今までのような国じゃなくなる、ってことね」
非武装中立でなくなるということは、シンドヴァンの最たる象徴を失うということでもある。
だが、それも時の流れによる変化なのだから受け入れるべきなのだろう。
「日本が現れて全てが変わったわ。果たして、これがいいことなのか悪いことなのか……判断がつかないわね」
「それは後世の者たちが判断することです。我々は、我々がいいと思うことを成していくしかありません」
「……そうね。今あれこれと考えていても仕方のないことだわ」
ラケルタはそう言いながら日本から輸入された芋羊羹を頬張り、緑茶を美味しそうに啜るのだった。
「そういえば、ラケルタ様は結婚など考えておられないのですか?」
「あら、長年付き添ってくれているあなたがそんなことを言うなんてね」
「恐れ入ります」
ラケルタの従者はダークエルフの壮年の男性であった。元はアヌビシャス神王国の人物だが、既に90歳を超えている。実は、ラケルタの母の代から仕えているのだ。
「そうねぇ……私もそろそろ考えないといけないかしら。お若いレーヴェ陛下が年上のお嫁さんをもらうようだし……私も年下の男の子、探してみようかしら」
またもクスクスと笑うラケルタだが、その真意はどこにあるか、従者以外はまるで窺い知れない。
彼女の中に今存在するのは、いかに日本を利用して自国を、自分たちをさらなる高みへ導くことができるか、という点だけであった。
「ウフフ……日本の男性、私みたいな人でも受け入れてくれるかしら」
このわずか1年後、ラケルタは日本から出張に来ていた不動産関係のとあるサラリーマンと恋に落ちて結ばれることになる。
ちなみにその男性は、ラケルタより3つ下でかなりの童顔だったという……
本当はもっとあれこれと複雑な戦後処理の描写ができればよかったんですが……やはりそう言うのは苦手です。
次回からは少し過去に戻って、開拓途中のアメリカ大陸で、とある自衛官に起きた珍事をショートストーリーのような形で4話やります。




