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日本時空異聞録  作者: 笠三和大
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腐敗の頂点と暗躍する者たち

おはようございます、笠三です。

今回は皇国で一番問題とされている組織、元老院と暗躍したメーロたちの結果について書きました。

――西暦1741年 2月2日 ニュートリーヌ皇国  大会議場

 ここでは、皇国を実質的に動かしている元老院議員50人が集まっている。

 彼らは皇国の内政、軍事、経済、ありとあらゆることに権限を持つ。彼らは『国威発揚・軍備増強』を声高に叫び、軍事にまつわる様々な情報を収集、自国に活かせそうな物があればそれを盗ませ、吸収することも心得ていた。

 元老院議長でジャガーの様な耳を持つオケイオンは、日本から拿捕したという貨物船に積まれていた、眼鏡をかけて巫女服のようなものを着た女性の絵がプリントしてある焼酎『灰霧島』を片手に会議をしていた。

 この時点でお分かりいただけるだろうが、元老院議員は軍備増強と対イエティスク帝国以外に関してはかなりたるんだ組織である。

 旧世界を基準にすると、同年代を参考にしても有り得ないレベルである。

「そういえば、この美味い酒を作り出した日本なる国が、我が国に謝罪を要求してきたということだが?」

 オケイオンの問いかけに、トラの耳を持つ中年の議員が『ヒック』としゃくりあげながら資料を見る。

 正に大トラであった。

「えぇと……『貨物船の返還及びその乗組員の殺害に関する謝罪及び、遺族に対する賠償』、だそうですぞぉ」

「なんだとぉ?」

「イエティスクと繋がりのある野蛮人の分際で生意気なぁ……」

 他の議員たちもかなり飲んだのか、大分でき上がっている。そんな中、1人がハエでも追い払うかのように手を振りながら発言する。

「そんな奴らの要求など知ったことではないわぁ……それよりぃ、『電探技術』はどうだぁ?」

「えぇ、ヒック。あの船にはやはり電探が搭載されていました。我が国の、25km先まで見れる電探よりも遥かに高性能です」

 日本では使用されている艦船の多くに、事故防止の意味も含めて水上レーダーが搭載されている。

 その民生用の時点で、皇国の技術より優れていることが分かる。だが、考え方のねじ曲がった皇国は更にその斜め上の考え方をする。

「そうか……では、あの小太りの船長が逃がした女4名が、イエティスク帝国の間者だったということか。やはりあの船は帝国の密輸船だったのかもしれぬ」

 皇国は疑わしい存在は全て帝国のモノとして断じる癖があるため、ワケの分からないモノや、自分たちより優れているものは全て帝国の物であると即断してしまうのだ。そして、だからこそそれに対して抗おうとする。

「おのれ……帝国に尻尾を振る狗どもめ……そういえば、狗どもで思い出したが、フランシェスカ共和国に向けた西部征伐部隊の具合はどうだ?」

「はっ。最近は城塞都市ガラードに戦車を中心とした攻勢をかけ始めており、戦いを有利に進めているとのことです。じっくりと攻めれば、半年もなく陥落するでしょう」

 だが、議長のオケイオンは眉間にしわを寄せる。

「半年では生温い。3か月以内になんとか陥落できるようにせよ。せっかく矢も破城槌も通さぬ戦車があるのだ。夜も昼もなく攻め立ててやれ」

「では、そのように通達いたしましょう」

「場合によっては交代要員も必要だろう。本国から早急に増援を送れるようにそちらも手筈を整えておけ」

「心得ました」

 重要な会議が終わるや、後は酒盛りである。議場の外を警備している兵たちも、さすがに呆れた顔をしていた。なまじ能力があるだけに、しょうもないと思ってしまうのである。

 そんな皇国の道行きが、既にとんでもない方向へ向かっているということを、この時点では誰も知らなかった。



――翌日 ニュートリーヌ皇国 首都ルマエスト 大聖堂

 皇帝レーヴェ・ニュートリーヌの元には、執事たるメーロが収集した情報が様々に集められていた。

「では、爺の見立てでは間違いなく日本は帝国とは関係がないのだな」

 傍らに控えていた豹の耳を持つ老人、メーロが恭しく頭を下げながら報告を続ける。

「はい。爺は明言してもよろしいと判断いたします。日本国は間違いなく、帝国の属国などではありません。共同体内部で収集した情報を総合すると、どうやら『転移国家』であるとのことです」

「転移国家?」

「数年ほど前に、この世界の西海に突如現れたと。その後6年ほどをかけて大陸に手を伸ばし、開拓と開発を推し進めているとのことです」

「そんなおとぎ話のようなことが……信じられないな」

「確かに信じがたいですが、事実としてそれほどの国力を持つ国がいきなり現れております」

 更にメーロの隣に立っていた若い女性が、1枚の写真を取り出した。

「日本と交易のあるシンドヴァンの商人から手に入れた写真です。こちらをご覧ください」

 その写真には、見た事もないほどの巨大かつ先進的な摩天楼が写っていた。自国の建造している大聖堂や軍事施設などとは、比べ物にならないほどに美しく、そして異様である。

「なんだ、この建造物群は……」

「商人曰く、日本の実質的な首都、東京都の観光施設、『東京スカイツリー』の300mを超える高さの展望台から撮影した写真だそうです。美しい解像度の写真もそうですが、その写真に写る摩天楼の数々は、イエティスク帝国すら足下に及ばないものであると私は考えます」

 メーロは最初この写真を見た時、有体に言ってしまえば『ぶったまげた』の一言であった。

 だが、そのあと部下が差し出した写真に、彼は更に度肝を抜かれることになる。

「もちろんこれも凄いのですが、こちらもご覧ください」

 差し出されたのは、シンドヴァン語で書かれた雑誌らしい書籍だった。

「これは?」

「少し前に開催された、シンドヴァンでの日本の軍事演習の要綱です。写真は出ていませんが……『戦車』や『戦闘機』、更には『空母』という名前が確認できます。恐らく、日本国の戦闘力は最低でも帝国クラス……諸技術が優れていることを加味すれば、日本国は軍事技術においても帝国を凌駕する可能性すらあります」

 帝国の戦力が強大であることは、様々な方面から伝え聞いている。もし彼らが万全の態勢を整えて全戦力を傾けてきた場合、本来ならば皇国は瞬く間に滅ぼされてしまうであろうということも。

 今帝国が割と大人しいのは、国内の不穏分子を抑えていることと、東の方にある不毛地帯を手に入れ、ガスや鉱物などの資源開発に勤しんで国力を蓄えているからという一面が大きい。

 情報部によれば、制圧しやすそうな東の島国、『天照神国』を狙っているとも言われている。

「だとすれば、我が国はどうすればよいと思う? まずは元老院に伝えて対策を取らせるか?」

 だが、メーロは首を横に振った。

「少なくとも、元老院にこれを伝えたところで信じる者はほとんどいないでしょう。そして、恐らくですが……日本国は近いうちに軍港などの我が国の軍事施設を攻撃してくるであろうと私は予測しております」

 日本の、情報が正しければ民間人を問答無用で殺害しているのだ。その報復と考えれば、十分にあり得る。

「軍事施設を! 勝てないのであろう、どうするのだ?」

「そこで、なのですが……恐らく海軍は日本国の前に完膚なきまでに叩き潰されてしまうはずです。それに乗じて、陛下はシンドヴァンへ向かうのです」

「シンドヴァンへ?」

「あの土地は基本的に中立地帯ということもあり、『あの国』を除いてはイエティスク帝国すらも攻撃しない土地です。そして、そこから日本へ亡命するのです」

「日本に! どうする気だ!?」

 メーロは『コホン』と咳払いして更に続けた。

「これはよい機会です。日本国に陛下の窮状をお伝えし、『国内の陛下の権利を不当に奪っている反抗的勢力を駆逐する』という体で陛下が日本国内で正統政府を樹立するのです。日本国の支援を受け、皇国を陛下の手に取り戻しましょう」

 メーロはここ数日ずっと、日本の支援を受けてレーヴェに皇国の実権を取り戻させることを考えていた。

 もし日本国が帝国よりも優れているのならば、日本に権益の一部を差し出すことで帝国の暴虐から国と民を守ってもらえるかもしれないと思ったのだ。

 何より日本を利用すれば、将来的にではあるが帝国の脅威も払いのけることができるかもしれない。

 メーロはそういった打算を込みにして、日本に敢えて助けを求めたほうがいいと進言したのだ。

「元老院が余の出国を許可するかな?」

「幸か不幸か、元老院の阿呆共はそれほど陛下のことを『実務的に』は重要視しておりません。むしろ、変事が発生した際に危機に巻き込まれることを彼らは恐れるでしょう。彼らにとって陛下は『担ぎ上げなければならない御神体』です。逆に言えば『その御神体に傷をつけてしまった場合』、元老院は国民から大きな批判を浴びることになります」

「なるほど、それ故に彼らは余の安全確保の意味もあれば出国を許可する、ということか」

「恐らく見張りに軍の兵士と議員をわずかばかり付けられるでしょうが、その程度であれば我らでどうにかなりましょう。懐柔、説得など、方法はいくらでもあります」

 メーロとしても、同じ猫耳族の同士を殺めるのは心が痛む。説得や懐柔である程度でも納得してくれればやりやすくはなる。

「分かった。爺よ、その方向性で準備を進めてほしい」

「お任せください」

 メーロは再びお辞儀すると素早く退室し、部下のもとへ向かった。

 だが、内心メーロもそれなりに焦っていた。シンドヴァンの内部で情報を集めさせていた部下は全員無事だったのだが、日本に潜入しようとした部下は老若男女問わず10人近くが捕まってしまった。

 そして、この11人目が捕まった時点で、メーロは日本本国への潜入を諦め、部下たちにもやめるように通達した。

「日本国……優れた防諜能力を持っているようだな」

 メーロが自室へ向かっていると、サーバルのような耳を持つ1人の若い女性と出会った。

「これはこれは、カメリア殿ではありませんか。元老院議員の一員たるあなたが、何か御用でしょうか?」

 すると、カメリアと呼ばれた女性はとても不機嫌そうにメーロを睨みつけた。

「何か御用、だと? 皮を被るのも大概にしてくれ。私はあののんべえ共とは違う!」

 この女性はカメリアと言い、若くして元老院議員の地位を受け継いだ人物だった。だが、彼女は現在の元老院体制を快く思っていない、元老院の中ではかなりの『穏健派』でもある。

 それを知っているからこそ、敢えて気分を逆なでするようなことを言ってみたメーロであった。

「奴ら、日本なる国に喧嘩を吹っかけたが、ほとんど戦力の分析をしていないではないか! 私が思うに……」

 元老院議員への怒りのあまりヒートアップしかけたカメリアを手で制すると、メーロは彼女を自室へ連れ込んだ。

「カメリア殿。あまり大声を出さないでいただきたい。元老院の関係者に見られたら大事ですよ」

「知ったことか。親の地盤を受け継いだだけの私のことなど、あののんべえ共は気にすまい」

 自虐的に述べる彼女だが、メーロは彼女が優秀な人物であることを熟知していた。親の地盤を受け継いだだけ、とは言うが、急死した両親に代わって幼い頃から信頼できる側近らと共に領地の運営をしてきただけあって、カメリアは20歳という若齢ながら、下手な議員よりもよほど頼りになる人物であるというのがメーロの下す人物評であった。

 そして何よりも、無駄に攻撃的ではなくきちんと理知的な分析を求める合理主義な一面もある。

「それよりも、問題は日本という国だ。あの大型船と電探装置……私も多少かじった程度だから大して詳しくはないが、電探とは、イエティスク帝国では最高機密に近い。相手の目視圏外から発見できるなんて、そんな物を『民間船』に積んでいることがそもそもおかしい!」

 そもそも、民間船にソナーやレーダーの類が搭載されるようになったのはそれほど古くない。北の某国など、未だにソナーが民間の漁船に行き渡っているかどうか怪しい国すらあるほど、と言えばわかりやすいだろうか。

「元老院の方では、『あれはイエティスク帝国の間者を乗せていた船』という見方が強まっている。だから搭載されていたのだと。だが、私は違うと思う。あの船の速度計を見て驚いた。あの巨大船は、明らかに我が国の軍艦よりも高速を出すことができる。そして電探があったということは、我が軍の艦が接近していることは分かっていたはずだ。敵の一員だというのならば、なぜ彼らが逃げなかったのか、それも謎だ」

 カメリアの言うことももっともである。だが、その背景には日本の平和主義故にきちんと話せばわかる、という平和ボケが残っていたからにすぎない。

 実際タンカーの船長はシンドヴァン共同体から情報を多少得ていたため、『シンドヴァンと繋がりのある国ならば変な真似はしないだろう』と過信していた部分もある。

「私は……正直に言って怖い。民間船と思しき船にすら電探を搭載できるような成熟具合を持っているならば、軍用はその比ではない。つまり、日本の軍事技術は、我が国はもちろんのこと、イエティスク帝国すらも上回っている可能性が高いと私は考えているのだ」

 メーロは目を見張った。カメリアは優秀な人物だと常々考えていたのは事実だが、ここまで冷静に分析ができる人物とまでは想定していなかった。

 そして、それ故に彼女を信じてみることにした。

「よくわかりました。では、あなたを信じてお話ししましょう」

 メーロが態度を一変させたことに驚きつつも、カメリアもまた表情を引き締めた。

「私は独自の情報部隊を有しているのですが、その者たちの集めた情報が確かであれば、間違いなく日本という国は、皇国はもちろんのこと、帝国よりも高い技術力を有していると考えられます」

「やはり……貴殿もそう思われるのか」

 メーロが教育係として今までレーヴェを守っていたことは薄々知っていた。だが、独自の情報部隊まで持っているというのは初耳であった。

「そして、日本の本土へ潜入させようと考えていた者たちは悉く捕縛されたようです。日本の防諜能力は……非常に高いと考えられます」

「!……既に日本のことを調べていたのか。陛下の教育係の裏の顔、しかと見させてもらった」

「そして、それをあなたに明かしたということ、もうお分かりですね?」

 カメリアも冷や汗を流しながら頷いた。万が一これで裏切ろうものならば、自分はすぐに消されるだろうということがすぐにわかる。

「……で、私はどうすればいいのでしょう?」

 カメリアは言葉遣いも一変させた。この相手にはそうするべきだと本能が訴えかけていたからだ。

「そうですな……好都合です。実は……先程陛下とも話し合っていたのですが、日本は恐らく、我が国に対して報復攻撃に出るでしょう」

「そうだな。そうでなければ国家の威信もへったくれもない」

「そして、日本の攻撃は非常に強力な物になると推測されます。ただでさえ我が国の海軍力はグランドラゴ王国や蟻皇国に比べても劣る。最強と言われる帝国よりも高度と考えられる日本海軍を相手にした場合、間違いなく壊滅状態に陥るでしょう」

「うむ。それも十分予想できる」

 『そして』とメーロは本題に入った。

「そこで議会は狼狽するはず。私は『陛下の安全を確保する』ためにシンドヴァンへの退避を促します。シンドヴァンは帝国すら認める中立地帯。そこならば軍事的手出しはたとえ味方であろうとも一切できなくなる。そして、シンドヴァンからまずは陸路と海路でアヌビシャス神王国へ移動し、そこから船で日本国へ亡命するのです」

「!」

 そこまで言われれば、カメリアも自分が何をするべきかもすぐにわかる。

「なるほど……分かりました。直ちに警護用の兵をまとめておきましょう」

「流石はカメリア殿。察しが良いようで」

 カメリアもメーロも、ニヤリと笑う口元を抑えられなくなるのだった。

 メーロはカメリアに協力するように部下たちに申し伝え、カメリアもまた周囲の兵に『戦いの準備』を進めるように命じておくのだった。

 こうして、皇国側でも備える動きが加速していく。



――西暦1741年 2月10日 フランシェスカ共和国 城塞都市ガラード

 ここは旧世界でいう所のオーストリアに位置しており、フランシェスカ共和国がイタリシア王国及びニュートリーヌ皇国からの侵略に対抗するためにグランドラゴ王国から城塞都市ジラードと共に建造してもらった要塞である。

 イタリシア王国は元々スペルニーノ王国と連合を組むことで高い能力を発揮する国だったこともあり、単独ではフランシェスカ共和国でも十分対処できる。

 だが、近年軍事力を大幅に伸ばしてきているニュートリーヌ皇国はかなりの脅威となっていた。

 彼らが使用する野砲やカノン砲の威力はだんだん上がりつつあり、流石に正面門やコンクリートの壁を破壊するほどではないものの、心理的効果もあり厳しい戦いを強いられていた。

 しかも、最近は弓矢を受け付けない『戦車』という兵器までも持ち出してきているため、共和国側は無闇に反撃もできない状況である。

 このままでは、技術力を高めていく皇国相手にジリ貧になるであろうことは誰にも予測できていた。

 この城塞都市を治めるエルフ族の将軍エグルもその1人であった。

「それで、本国からはなんと?」

 彼はこの日も発生した小競り合い(皇国側が少数の部隊と戦車で威嚇攻撃を仕掛ける)の後始末に追われながら、部下に問いかけた。

「はっ。軍司令部曰く、『間もなく日本国の援軍が到着する。それまではなんとしても持ちこたえるように』とのことです」

 エグルは従妹で西の守りを担っている女将軍シーニュのことを思い出していた。彼女は今、自分より一回りほど年上の自衛隊の大将軍(楠陸将のこと)と交際しており、その彼女から日本の兵器が非常に優れていることはよく耳にしている。



 曰く、戦車は百発百中の命中率と堅固な走行車両をも打ち砕く破壊力を持つ。

 曰く、誘導弾という逃げることのできない、追尾する爆弾を実用化している。

 曰く、音の速さを超える航空機を有している。

 曰く、船の速度も常軌を逸しており、速いモノでは44ノットも出せる。



 など、もしも日本国と敵対するようなことがあれば、滅亡は間違いないとまでフランシェスカ人の間では言わしめられている。

「援軍が来るという具体的な日時までは分かるか?」

「詳細までは明らかになっていませんが、まずは南方のニュートリーヌ海軍を滅した後にこちらと北方の海軍を叩くとのことですので、最低でも2か月から3か月は待つべきかと」

「……そうだな。下手に期待を持つと待たされてイライラしてしまう。多少遅いくらいに想定しておいたほうが問題ないだろうな」

 日本の能力を考えれば、もしかしたらもう少し早いのかもしれないが、油断は禁物だとエグルは考えていた。

「ところで、日本から教えてもらった作戦はどうだ?」

「はい。予想以上の戦果を挙げています。ガスを振りまく戦法とは思いつきもしませんでした」

 日本はフランシェスカ共和国がニュートリーヌ皇国に苦戦していることを知り、風向きに気を付ける必要はあるが、多くの敵を巻き込める毒ガス戦法を伝授していた。

 相手を殺すタイプの毒ガスでは処理にも困る、ということで、フランシェスカが独自に編み出した、麻痺毒のガスを流すことにした。

 毒ガス戦法に対して知識がなく、正面から進んできてガスを吸った皇国兵はあっという間に動けなくなり、これまでに200人以上が捕まって捕虜収容所に収容されている。

 これにより皇国兵は向かい風の日は攻撃を仕掛けてこなくなったため、それだけでも大きな進歩である。

「風に関してはある程度推測ができてしまいますから、皇国側も最近は学習してきたようです」

 とはいえ、特に最近は皇国側に戦車という装甲車両が登場したこともあって弓矢でダメージを与えることがほとんどできなくなっていたことを考えると、このガス戦法はもうしばらく使えそうである。

 だが、要塞に向かって風が吹く日は使えず、雨の日もあまり意味がないことを考えると、結構天候にも左右されるため、その日の『運』にもよる。

 しかしフランシェスカ共和国がエルフ族の特性上火薬兵器を使えないままでは、皇国と渡り合うにはこれしかないのも事実なので、これでなんとか持ちこたえさせるしかない。

 幸い城塞都市というだけあって都市外に民家は存在していない。そういう事情からガスが使い放題という点も結構大きい。

 また、日本が分析した結果ガスは比重上『重い』ことも分かっているため、ガスを使用する際は皆要塞の上から状況を確認するようにしている。

 これにより、共和国側は今までガスによる犠牲者は出していない。

「そういえば、捕虜たちはどうしている?」

「はい。皆ひとまずは人道的な扱いをしているからか大人しいですね。ただ、万が一反乱を起こさないようにそろそろ本国へ送るべきではないかと思うのですが……いかがでしょうか?」

 日本の教導により、『人道的な捕虜の扱い方』も教わった共和国では、捕虜を自然と厚遇するようになっていた。

 幸い城塞都市内部には膨大な備蓄があり、湧き水は日本の設置してくれた浄水装置もあって加熱しなくても飲めるようになっていることもあり、捕虜からの評判も非常に良かった。

 ちなみに、この城塞都市ガラードには10万人の人が住んでいる。その内兵力は1万人と、10分の1にも登る。

 また、この都市に住む人は老若男女問わず非常時の訓練を積んでいるため、頭数というだけならばこの倍以上になる。

まるで、旧世界のスウェーデンかスイスのような状態なのである。

 形状はいわゆる旅順要塞の発展版だが、その規模は桁違いである。これは偏に、食料自給率がそれほど高くないグランドラゴ王国が共和国からの輸入を途絶えさせないためにできる支援をしたことが原因である。

「本国に要請して車両を派遣してもらえ。日本製の車両は優れているからな。皇国に追いつかれることもなく護送できるだろう。そうだ、皇国人に日本のことを知ってもらうという意味でも日本に何人か送り込むというのはどうだろうか?」

「日本にですか。悪くないかもしれませんね」

 彼らの要請を受けて数日後、首都から日本の車両が派遣され、捕虜の多くが護送されていくのだった。


大変今更なのですが、活動報告という物を始めました。

活動報告というよりは気まぐれ日記みたいなものですが……もし気が向いたら、読んで見てください。

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― 新着の感想 ―
[一言] フランシェスカ共和国がエルフ族の特性上火薬兵器を使えない、とありますが、ランボーのように矢じりだけ起爆性の物に換装させて放てば通常の重火器よりも金属少なくて忌避感も低いと思いました。 装甲車…
[良い点] 地球の並行世界に転移、ファンタジーな世界観ながらも場所を想像しやすい感じがいいですね。 独自兵器の登場もまた面白い。 [気になる点] 作戦名つまりコードネームが少し捻たもののほうがありでは…
[一言] 更新お疲れ様です。 まさかの皇帝レーヴェの亡命&亡命政権計画・・・・ 心ある若き&美女?元老院議員も居て、計画の実行には心強く^^ 次回も楽しみにしています。
感想一覧
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