呉へ、そして大陸へ
どうも、笠三和大です。
遂に日本が大陸へと足を踏み出します。
――2019年1月3日 午前11時 日本国 外務省
本来ならば三が日までは休みのはずの外務省に、何名かの職員が集まっていた。
彼らは元々都内に住んでいて、地方に出る必要がなく年末を都内で過ごしていた者たちであった。
「はぁ……なんで元旦早々こんなことになるかなぁ」
外務省職員で数少ない都内に残っていた園村は溜め息を吐くが、吐いたところで現実に日本がとんでもない状況に置かれており、それに対応する最前線にいるのが自分たちだけであることも分かっているため、それ以上の文句は言わない。
「先輩、信じられないのも分かりますけど、異なる状況が確認されていて、外交をする必要がある以上は我々が対応しないといけません」
「分かってるよ、国元」
2人は外務大臣の直接指示で集められた者たちである。突然ながらも確認された事態は間違いなく事実であると確認されており、日本の食糧事情及び資源状況を救うには、大陸との接触が不可欠にして最優先であるということから、自衛隊を伴って大陸にある集落へ向かおうとしていた。
「それにしても助かりましたよね、『P―3C』のカメラに、原始的ながらも集落らしきものが写っていたのは」
「あぁ。集落の雰囲気から学者が推定したところ、日本の弥生時代程度の文明水準であろう、だってさ」
「先輩はどう思いますか? 今回の接触」
「どうって?」
「うまくいきますかね?」
「うまくいくかいかないかじゃない。うまく進めなければならないんだ。そうしないと、日本は確実に滅びる」
「そうですね」
2人は外務大臣から説明を受けた後、新幹線に乗って広島県の呉市へ移動し、海上自衛隊の護衛艦に搭乗して大陸へ向かうことになっていた。
大陸が不整地ばかりであること、航空状況が読めないことから『おおすみ』型輸送艦に車両を搭載することになっていた。
また、現地が未開拓であれば猛獣などに遭遇する危険もあるため、護衛のために広島に本拠がある陸上自衛隊第13旅団と一部の装甲車を搭載することとなった。
「それにしても、集落ばかりで国と定義されていない場所なんてどうするんですかね? 交流を結んだとしても何ができるんでしょう」
「さぁな、その辺は上のお偉いさんが考えるんだろうよ。国元、気を引き締めろよ。今回の任務は、日本の未来がかかっているとすら言える」
「はい。分かっていますよ、先輩」
2人は福岡行きの新幹線に乗り、4時間ほどかけて広島まで向かう。
ちなみに、本来三が日も新幹線は満席のはずだったが、夜中とはいえ政府が緊急事態を発令したお陰でキャンセルが相次ぎ、席を確保することができたのである。
また、元日から数えて2日の間に政府直属の航空機や車両があちこち動き回ったお陰で接触することになるであろう集落の中心人物に献上する品物をかき集めることもできた。
また、自衛隊の一部の車両を集めるのにも多少時間がかかっていたため、それもあって出発はこの日となった。
2人は1時間ほどの説明を受けた後東京駅へ移動し、新幹線へ搭乗する。
園村はせめて新幹線の中くらいはと目を閉じ、睡魔に身を任せることにした。
――約5時間後 広島県呉市 海上自衛隊基地
東京を発ち、新幹線で広島に到着した後在来線で呉の海上自衛隊基地に到着した園村たちの目の前には、灰色の巨大な船が佇んでいた。
「これが我が国の輸送艦か。そういえば実物を見るのは初めてだな」
「そうですね。俺、結構ミリタリー系も好きで色々勉強しているんですけど、この船って艦橋を右舷に寄せた空母型の形状になっていることが特徴なんですよ」
好きというだけあって、国元の解説にも熱が入る。
『おおすみ』型輸送艦
基準排水量8900t
全長178m
全幅25.8m
速力22ノット
航続距離不明
2005年に退役した『あつみ』型輸送艦の代替艦として建造された輸送艦で、基準排水量は6倍、戦車揚陸艦からドック型揚陸艦に変更された船である。
国元が語ったように全通甲板で艦橋を右舷に寄せた空母型の形状を取っている。
しかし、『おおすみ』型の最上甲板前部は車両・資材置き場となっているため、ヘリ発着スポットは艦後部の2箇所のみとなっている。
車両は露天の最上甲板に38両、ドックと同レベルの車両甲板に27両搭載することが可能になっており、人員のみだと1千人近くを一気に輸送できる、災害派遣や海外へのPKOなどではお馴染みの船である。
現在はMV―22ティルトローター輸送機に対応した改装を予定している。
自衛隊員に案内されて中へ入ると、内部には既に幾つもの陸上自衛隊の車両が並んでいた。
「俺はあまり詳しくないんだが……国元はあそこに並んでいる車両を全部知っているのか?」
「はい。すごい種類ですよ。軽装甲機動車、73式装甲車に、89式装甲戦闘車……え? あれって87式自走高射機関砲!? あんな物まで持っていくのかよ!?」
園村は国元の熱気に圧倒されながらも尋ねる。
「そ、そんなにすごいのか? えっと……87式自走高射機関砲、だっけ?」
「はい! 元は装甲化された攻撃ヘリコプターを目標にしている車両で、不意の遭遇でなければあまり役には立たないだろうと言われていた車両ですが、未開の地ということで何が起こるか分からないことと、一応水平方向による対地攻撃もできるんで持っていくのかもしれませんね」
せっかくなので、国元が名前を挙げた車両の概要を説明する。
『73式装甲車』
時速60km
行動距離 300km
武装 12.7mm重機関銃 1丁
7.62mm機銃 1丁
小松製作所で1974年に製造された装甲車で、小銃弾と砲弾の破片を防ぐアルミ合金で覆われている。
アルミ合金は軽量にできる代わりに製造コストが高いこと、防弾鋼板に比べると防御力に劣ることが難点と言われる。
浮航キットを取り付ければ水上も移動できることが特徴で、その際は時速6kmほどでの航行となる。
兵員室側面と乗降扉には、T字型の銃眼が6箇所設けられており、限定的ながら乗車戦闘も可能。
『89式装甲戦闘車』
時速70km
行動距離 400km
武装 35mm機関砲1門
7.62mm機銃 1丁
対戦車誘導弾 2基
『FV』と呼ばれる日本初の歩兵戦闘装甲車で、軍事に疎い人が見ると戦車と勘違いするような形状が特徴。
73式装甲車よりも頑丈な防弾鋼板で覆い、水上を渡る浮航性に加えて、防御力の一助となるように前方左側に配置されたディーゼルエンジンは変則・操向装置が一体となったパワーパックとなっており、整備性に優れている。
人体に命中すれば四散するほどの威力を誇る35mm機関砲を主砲に、副砲として7.62mm機銃を装備した全周旋回式の砲塔を備えている。
79式対戦車誘導弾(通称重MAT)を装備しているため、普通科の車両ながら戦車に対して高い攻撃力を備えていることが特徴である。
外部偵察用の潜望鏡がついた7基の銃眼が設けられており、中の隊員は乗車したままで車外を撃てるようになっている。
ただし、登場してからそれほど経たずに冷戦終結と対ゲリラ戦重視への移行で、自衛隊内での相対価値が下がってしまったという、不遇な車両でもある。
『87式自走高射機関砲』
時速53km
行動距離 300km
武装 90口径35mm機関砲 2門
初速 秒速1175m(焼夷榴弾)
秒速1385m(徹甲弾)
機甲部隊に随伴して戦車の上空を守る車両で、戦車と同等の機動力及び、展開の手間を省いた即応射撃能力が求められた。
装甲化された攻撃ヘリコプターを目標としているため、撃ち出す砲弾は空中で炸裂するための近接信管がなく、直撃による破壊を狙うようになっている。
射程は4000m程度と、攻撃ヘリコプターの放つミサイルよりも射程が短いことから有効性が疑問視されていたものの、日本の険しい地形及び島嶼防衛で敵国がヘリコプターを運用した場合、匍匐飛行していた時に不意の遭遇戦となる可能性があること、無人機の使用が拡大していることもあって再評価されている。
『軽装甲機動車』
時速100km
行動距離 500km
英略名を『LAV』といい、敵前で起動戦闘を行える小型装甲車として2000年代に小松製作所で開発された、四輪駆動車である。
乗員キャビンには小銃分隊の半分となる4名が乗り込み、固有武装は持たないものの、天井の円形ハッチから各種小火器を撃てるほか、5.56mm機銃『MINIMI』専用の防盾付き銃架を装着できるようになっている。
航空自衛隊でも基地警備用の車両として調達されており、2004年にイラクに派遣された際には側面、後方の防弾ガラスを増設した物が使用されている。
『偵察用オートバイ』
時速115km
行動距離 230km(カワサキKLX250ベースのデータ)
オートバイは四輪車よりも軽快かつ廉価なため、第二次世界大戦前から偵察・斥候・連絡に広く使われてきた。
装甲がないので使用場面は限られるものの、現在もオフロードバイクを装備に加えている軍隊は多い。日本では現在、カワサキKLX250ベースをメインにしており、偵察隊のみならず、普通科や特科の情報小隊にも装備されている。
ヘリコプターに搭載することも可能で、総合火力演習などでは、『UH―1J』から降りて走り出すオートバイの姿も見られる。
「それだけ未知の可能性に対処できるように、ってことか」
「実際政府はこの2日の間に様々な異世界転移小説や自衛隊が関わるファンタジー系の作品を検索させて対処しやすい部隊などを防衛省に考えさせていたらしいですし」
軍事に詳しい方に対する余談だが、なぜ派遣車両の装甲車は新しい『96式装輪装甲車』ではなく前時代的と言える『73式装甲車』なのかということについてだが、未開拓の不整地でも機動力を確保できる無限軌道の方が即応力があるだろう、そして、川など水辺があった場合に、『96式装輪装甲車』にはない浮航能力で柔軟な対応ができるからという理由からである。
「まぁ、さすがに戦車や自走砲が必要になるとは思えませんけど、何かしらの猛獣に対抗すると考えても過剰戦力かもしれませんね」
国元の言葉にうなずくと、海上自衛隊の制服を着た男が2人の前に立った。
「海上自衛隊第1輸送隊『おおすみ』艦長の島崎と申します。今回はお2人を大陸まで、輸送させていただきます」
2人も返礼する。
「ありがとうございます。護衛艦はどうなりますか?」
「呉に居を置く、第8護衛隊が担当いたします」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
2人は船室へ案内される。
「車両の搭載は既に終わっておりますので、もう間もなく出発いたします」
「そういえば、夜の出発ということですが問題ないんですか?」
「大丈夫ですよ。そのために護衛隊が付いているのですから」
島崎の言葉に、それもそうか、と納得する園村であった。
艦隊は一路、大陸へ向けて出発する。
ちなみにその夜の食事は、金曜日だったこともあってカレーだったという。
海上自衛隊の海軍カレーの味に舌鼓を打ち、少しだけリラックスできた園村であった。
翌日 正午 海上自衛隊 第8護衛隊 護衛艦『ちょうかい』
イージスシステム搭載護衛艦『ちょうかい』艦長の瀬崎は、双眼鏡を覗いていた。その視線の先には、広大な陸地が広がっている。
だがそこに、本来の彼らの常識ならばアメリカ大陸に存在するはずの人工建築物の姿は見えない。
「ようやく見えてきたな」
「はい。航空機ならば大した距離ではありませんが、船で移動しようと思うと結構距離がありますね」
副艦長の野村が答えた。
「我々は沖合5kmで待機するが、外交使節団は大丈夫かな?」
「まずは陸上自衛隊を揚陸させて、周囲の安全を確保してからとのことですし、大丈夫じゃないんですか?」
「揚陸は問題ないだろう。問題は……『P―3C』の見たという集落の人たちとの接触だろう」
国民には公表されていなかったが、『P―3C』の収めた写真には、集落が写っていたことは、自衛隊の中では周知されていた。
確かに、何が起こるのか心配である。だが、慎重論ばかりでは何も始まらないのも事実であった。
「まぁ、『P―3C』の写真を見る限りはかなり原始的な生活をしているようですし、争うという概念すらあるかどうかわかりません」
野村の言う通りである。万が一襲われるようなことになったとしても、自衛隊の装備と確認された文明のレベルを考えれば、余程の奇襲を受けない限りは負ける要素はない。
それでも、自衛隊の交戦規則を考えると、余程追い詰められなければ自衛権を発動することすら難しいので、不安が残るという部分がある。
「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか」
瀬崎は『おおすみ』から装甲車を載せて発艦する『エアクッション艇1号型』を見ながら呟いた。
『エアクッション艇1号型』
速力40ノット以上
搭載量 54t
兵装 なし(ただし銃架あり)
元は米軍のLCAC―1級エアクッション型揚陸艇を購入した物で、一般にもエルキャックと呼ばれているホバークラフトである。地上でもゴムのスカートが破れない限り、多少の障害物に構わず進めるのが特徴となっている。
地球上ならば70%の海岸に揚陸することが可能であり、場所を選ばない揚陸性能は重宝されている。
しかし、そろそろ寿命が近づいていることもあり、電子制御で燃費の良いエンジンへの換装や、推進抵抗が少ない、もっと深いスカートへの交換などの寿命延長改修を順次行なっている。
『エアクッション艇1号型』を操縦する早川は、これまでの日本ではあまり考えられない地形に気を付けつつ、不思議な高揚感を覚えていた。
「まさか、国交使節団を揚陸させる役目を担うなんてなぁ……世の中何が起こるか分からないもんだ」
砂浜に上がると艦尾ランプを開き、装甲車に降りるよう合図する。
「FV、降車を開始してください」
『了解』
89式装甲戦闘車を先頭に、2隻が何度も往復して73式装甲車、軽装甲機動車などを揚陸していく。
最初に砂浜へ降りた89式装甲戦闘車に搭乗する、陸上自衛隊・海田駐屯地第13旅団所属の古山一等陸尉は、緊張感を保ちながら周囲を警戒していた。
「沿岸部に住む原住民からいきなり襲撃を受けるかもしれないからな……総員、注意を怠るなよ」
「了解」
そして最後に、使節団を乗せた軽装甲機動車が下りてきた。
改めて、車両の内訳を記しておく。
○89式装甲戦闘車 1輌
○73式装甲車 1輌
○軽装甲機動車 3台
○87式自走高射機関砲 1輌
○偵察用オートバイ 3台
かなり混成しているうえに、軽装甲機動車や偵察用オートバイを除けば総合的にそれほど速く動けない車両ばかりである。だが、今回は速さよりも悪路で確実に進める走破性を重視したこともあり、履帯装備の装甲車を2種類用意してある。
また、87式自走高射機関砲も履帯走行を行うため、不整地における安定した射撃性能も、選ばれた理由の1つである。
園村はずっと固まっていた。緊張しているからか、沈黙に耐えられずに隣に座る国元に話しかけた。
「国元、学者先生はネイティブ・アメリカンのような人たちがいると想定しているって言ってたよな?」
「はい。どんな人たちなのか、とても気になりますよ。やっぱり、トマホークとか持っているんですかね? ほら、西部劇でネイティブ・アメリカンがよく持ってる、投げやすい斧ですよ」
緊張しっぱなしの園村に対して、国元はずっと楽しそうな調子である。園村は、もう三十路になる自分にはない後輩の若さに、思わず苦笑していた。
全隊が揃ったことを確認すると、89式装甲戦闘車を先頭にその後ろと左右は軽装甲機動車、更に左右の前方で89式装甲戦闘車に並ぶ様にして偵察用オートバイが並び、軽装甲機動車の後ろを73式装甲車、最後尾に87式自走高射機関砲を配置して、時速50kmで走り始めた。
「乗用車に比べると結構ゆっくりだな」
「87式自走高射機関砲の最高速度が時速53kmまでしか出ませんからね。それに合わせるような形なんでしょう。幸い、『P―3C』の発見した集落は海岸から5kmも離れていないそうですし、すぐ到着するでしょう」
国元の言葉通り、ほんの10分も走ると、近くに鬱蒼としたジャングルにある原始的な構造の住宅が見えてきた。その造りは古く、まるで歴史の教科書にでも出てきそうな佇まいであった。
「あんな物に住んでいるんだな……」
「現代の我々の価値観からすると、考えられないくらい生活水準が低いですね」
「それにしても、あの植物の植生はシダに似ているが?」
「確かに。まるで、図鑑で見たことのある古代の地球ですよ」
車両のエンジン音が聞こえたのか、原始的な石槍で武装した男たちが飛び出してきた。どうやら、敵襲だと思われたらしい。
「そりゃそうだよな。ネイティブ・アメリカンくらいの生活水準の人たちが装甲車を見たら、化け物にしか見えないだろうな……」
まずは89式装甲戦闘車に乗っていた古山が下車すると、口が露出した仮面らしき物を被っている屈強そうな男が前へ進み出た。
「ここは我らの集落だ。お前たちは誰だ? どこから来た?」
普通に話しかけてきたのにも驚いたが、男の口から飛び出したのが、流暢な日本語だったことにも古山は驚いた。
「に、日本語が通じるのか!?」
すると、相手が首を傾げた。
「いや、お前たちが俺たちの言葉を話しているようだが?」
「そ、そうか。私は日本国陸上自衛隊第13旅団所属、古山俊樹一等陸尉という者だ」
すると、相手はまた首を傾げた。
「ニホン? ジエイタイ? なんだ、その言葉は? 意味が分からないぞ」
「私たちは、あなたたちと交流を持ちたいという国のトップ……頂点に立つ者の命令を受けて、交流のための使節を護衛している。私たちの後ろにいるのが、あなたたちと交流を持とうとしている使節団だ。敵対の意思はない」
仮面から露出している男の口元がわずかに緩む。敵対する気がないということが分かっただけでも少し安心したのだろう。
「わかった。その者たちと話がしたい」
すると、園村が一歩前へ進み出た。
「私は日本国外務省の職員で、園村誠といいます。こちらは、私の補佐をする国元健司です。我が国日本国は、あなた方と交流を持ちたいと思っております。どうか、この集落の長の所へ案内していただけないでしょうか?」
男はそこでようやく、仮面に手をかけた。
「今までの非礼をお詫びしよう。俺はハガン族の戦士ガロン。お前たちが見慣れない格好と見慣れない化け物を使役しているもので、怪物の親玉かと思ってしまった。仮面を付けたままでいたことを、改めて謝罪する」
どうやら、彼らの常識でも本来は相手にきちんと顔を見せて交渉をするものらしい。思った以上に礼節を弁えているようで外務省の職員もホッとした。
だが、ホッとしたのも束の間だった。男が飾りのついた仮面を脱ぎ捨てると、その仮面の下にあったものに、外務省の職員も、自衛隊員も驚愕の表情を隠せなかったのだ。
「ん? どうした。俺の顔に何かついていたか?」
「い、いえ。その……『耳』は、本物ですか?」
「耳? この耳が、どうかしたか?」
ガロンと名乗った男の耳は、側頭部ではなく、頭頂部に付いていた。しかも、形状が人間の物とは違ったのである。
すると、実家の父が東北で猟友会に入っていたという隊員が古山に声をかけた。
「まるで熊の耳みたいですよ」
そう、仮面を脱ぎ捨てた者たちの頭には、熊のような耳が付いていたのだ。
「そんなに珍しいのか……どうやら、本当に我々の知らぬ所から来たらしいな。付いてきてくれ。長の所に案内する」
ガロンが先導するように歩き始めた。
一応古山を含めて武装した自衛隊員5名が園村と国本の周囲を固める。だが、少なくともいきなり襲ってくるような野蛮な人種でないことにまずは安堵していた。
「園村先輩、彼らはいったいどういう体の構造しているんですかね?」
国元の言葉に、園村も驚きを隠せない表情で返す。
「あの耳のことか?」
「はい。少なくとも、『本来の』地球ではありえないことですよ」
「確かに、政府は『平行世界の過去へ時空転移してしまったかも知れない』と言っていたな。ハガン族、と言ったか? あんな耳を持っているということは、アニメやファンタジーのように、動物のような特徴を持った人間たちの世界なのかな?」
少なくとも、これまでの常識が通用するかどうかと言えば、通用しない可能性を念頭に置いたうえで様々な交渉を行なうべきであろうと園村は考えていた。
ガロンについて200mほど歩くと、木造と思われる非常に原始的な、しかしどこか趣のある住居が幾つか見えてきた。
幾つかは高床式になっていて、恐らくそれが倉庫の役割を果たしているのだろうと園村は考察した。
「映画とかでよく見るネイティブ・アメリカンの住居は、獣の皮と骨で組んだ非常に原始的な、日本でいえば縄文時代のような物で、それと同等かと思っていましたけど、この様子を見るとやっぱり弥生時代くらいの文明はありそうですね。明らかに倉庫の役目を果たす大きな建造物がありますよ」
「あぁ。麦を栽培しているらしい畑も見える。今は冬だからかな? どこにも作物らしきものは見えないが、恐らく倉庫に蓄えてあるんだろう」
「そうですね」
そして集落の中をしばらく歩くと、一際大きな木造住宅が見えてきた。
前でガロンが止まると、大声を張り上げた。
「長、日本という場所から来た者たちが、長にお会いしたいと申しております!!」
わずかな時間ながら、静寂が流れる。
すると……
「ガロン、お客様を入れなさい」
中から静かな声が響いてきた。ガロンが藁の敷布をめくり、2人に中に入るよう促した。ちなみに、自衛隊員はきちんと入り口の前で待機する。
次回は長との会談、そして遂に、自衛隊の武器が火を噴きます。