作戦会議、そして城塞都市ジラードの防衛戦
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まさかここまで多くの方が私の作品にお気に入りを付けて下さるとは……今後とも、なるべくミスのないように頑張りますので、どうか見守って下さい。
――西暦2024年 6月12日 日本国 東京都 防衛省
フランシェスカ共和国及び日本国に対して実質的に宣戦布告してきたスペルニーノ王国とイタリシア王国に対し、日本は自衛目的のために個別的自衛権の発動を国内外に向けて宣言した。
全国の陸海空各自衛隊に対して非常事態宣言をかけ、必要な戦力を抽出してフランシェスカ共和国に向かわせる必要があった。
また、敵はフランシェスカ共和国を併呑した後に日本に軍を差し向けると宣言したとのことであり、共和国内部の敵を残しておいた場合にその敵が日本に向かってくる『可能性がある』ために、そちらも掃討する必要がある。
現在防衛省では、どの部隊をどのように派遣し、対応させるかを協議している。
この会議にはグランドラゴ王国の軍人も参加している。
彼らは近隣諸国の軍事事情に詳しいため、敵の兵器の運用方法などをレクチャーしてもらうために日本側が招聘したのだ。
その結果わかったことがいくつかある。
○敵の主力艦隊は戦列艦であり、大砲の射程は1km~1.5kmほどである。
○敵の主力装備は蜥蜴人がメイスやバトルアックスなどの重量系の近接打撃・斬撃武器を使用するが、まずはマスケット銃や牽引式の大砲によって敵を減らす戦術も心得ている。
○蜥蜴人は頑強な鱗と筋肉を持っているため、曲射された弓矢程度は鎧なしで弾き返す。直射はその限りではない。
○有翼人は基本的に小柄で軽装なため、短剣の類を主兵装としている
これら3点はそれほど問題ではなかった。だが、とんでもないのはここからであった。
○イタリシア王国には巨鳥と呼ばれるワイバーン並みの大きさを誇る航空戦力が存在する。制空型の最高速度はワイバーンの7割ほどだが、輸送型は速度が遅い代わりに火薬を詰めた陶器の壺を落とす空爆戦法を心得ている
○有翼戦士団も空を舞い、敵の船に直接乗り込んで白兵戦を行おうとしてくる
○故に彼らの切り札は有翼戦士団であり、それらを輸送する鳥母が彼らの旗艦となる
であった。
まず何が問題かと言えば、航空戦力を洋上で運用するという思想があることであった。これは旧世界で言えば第二次世界大戦開戦レベル、すなわち彼らの基本的な技術水準及び思想水準から考えると、本来ならば200年以上離れた考え方である。
戦列艦の能力は幕末の鋼鉄艦に比べれば低いが、大航海時代を基準にすれば高いと言える。
砲弾も球形砲弾ではなくきちんと炸裂する砲弾であるとのことであった。
だが防衛省の幹部が頭を悩ませたのは、『有翼人は船に空から乗り込んで白兵戦を行なうこと』であった。
「まずいなぁ……」
防衛省幹部の三谷が呟くと、グランドラゴ王国から派遣されてきた武官のスワロウはギョッとした顔で三谷を見つめる。これほどの超技術を持つ日本がなぜスペルニーノやイタリシアを恐れるのか、よくわからなかったのだ。
「な、何がまずいのですか?」
「いえ、人間大の存在を、数千も撃ち落とすことなんて、現代の艦船の設計思想上では考えられないのです」
日本が所有しているイージス艦は対艦誘導弾や大陸間弾道弾を、汎用護衛艦はそのイージス艦を守るための防空能力を有している。
だが、それらの兵器は全て人間程度の大きさの、しかも数千もの数を一度に相手取ることを想定していない。
そのため、ミサイルでは十数人を巻き込むことができるかもしれない。だが、全護衛艦が艦対空誘導弾をそちらに向けた場合、輸送型の巨鳥による爆撃を食らう可能性がある。
近接防御用火器『CIWS』は発射速度が速すぎるため、全力射撃を行なうとすぐに弾切れしてしまう。
主砲の対空砲弾でも一度に吹き飛ばせる数はそれほど多くないと予想される。
もし数千人もの人数、しかも子供と同じ程度の大きさの存在に波状攻撃をかけられたらと思うとぞっとする。
現代の護衛艦に乗っている自衛官たちでは、鍛えているとは言っても直接白兵戦を行なうことはほとんど想定されていない。
精々護身用の9mm拳銃や警備隊の自動小銃での応戦になるだろうが、波状攻撃をかけられた場合確実に犠牲者が出ると考えられる。
しかも、万が一操舵室を乗っ取られるようなことにでもなれば、戦力の低下は免れない。
異世界へ自衛隊が転移したというとある小説でも、イージス艦に低空飛行してきた竜で乗り込んできた敵の刃物によって操舵室の人間がほとんど抵抗できずに殺された、という話があるため、油断すると痛い目を見そうなのである。
かといって戦闘機では対空誘導弾の数が持たないことと、人間の子供サイズの相手に狙いを定められるかどうかわからないので対処は不可能である。
「敵にはおそらくレーダーの類はない。ならば、敵航空戦力が飛行する前に空母そのものを射程ギリギリからSSMで狙い撃っては?」
「スワロウさんの話が確かならば、敵は空母を旗艦としているため、それを守るために密集隊形を取っている。恐らくだが他の戦列艦が邪魔で当たらないぞ。それに、全部の戦列艦と鳥母を沈めるなんて、そんな量のSSM、ASMは木造船相手には用意できない。コストパフォーマンスが悪すぎる」
三谷は海上自衛隊の西郷幕僚長に疑問を投げかけた。
「相手は我々日本人から見ると子供ほどの背格好、しかし飛翔することが可能であり、数千人規模で一気に船に対して襲い掛かってくるとのことですが、西郷さんならばどう対処しますか?」
問われた西郷も『うぅむ』と唸り声をあげてしまった。そもそも現代戦において、船の相手をするのは船、或いは航空機なのであり、船に人が乗り込んで白兵戦を行なうような近接的な戦闘方法は明治の文明開化の時点で廃れている。
近代的に見えて原始的なちぐはぐさの見える戦法なので、現代の戦術から行くと非常に対処が難しい相手なのだ。
「敵をなんとか密集させて、そこに対空誘導弾の波状攻撃をかける、というのが現実的ではあると思うのですが……敵を密集させる方法が見つかりません。そんな理由を、敵方に作らせることができないのです」
これには多くの者たちが頭を抱えてしまった。
これがグランドラゴ王国ならば、船に乗り込まれたとしても身体能力に優れた竜人族とドワーフ族の膂力で力任せに引きはがす、あるいはサーベルや手斧で斬り捨ててしまえばいいのだが、日本人の身体的能力は彼らほど高くはない。
まして、通路の狭い艦内に侵入されてしまった場合。身軽で小柄な向こうの方が有利なことは否めないと思われる。
すると、陸上自衛隊幕僚部の若手幹部、春山が手を挙げた。
「一つ、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「敵の飛行機動部隊は、木製の空母のような船を旗艦とする傾向がある、とのことでしたよね?」
問われたスワロウが答える。
「は、はい。彼らの切札は有翼戦士団による斬り込み戦法なので、それを守護する巨鳥部隊と連携を密にする意味でも彼らは鳥母を旗艦にするのです」
春山は少し顎に手を当てると、手元に置いていたメモ帳に何かを書き出した。
「これなら、いや、これだと少し不安が……なら、これなら?」
数分ほど沈黙が支配した後、春山は立ち上がった。そしてプロジェクターを一度消すように指示すると、会議室全体に声をかける。
「失礼します。本作戦において一番有効的かつ、最も被害を少なくできる可能性があるであろう作戦を思いつきました。よって、発言の許可をお願いいたします」
その場にいた全員が頷いた。春山はお辞儀でそれに応えると、コホン、と咳払いして話し始めた。
「まず、相手が航空機のような物だと思っていることが間違いなのです。相手を空飛ぶ歩兵……いうなれば、小さなハンググライダーのような物で船に飛び移ってくる空挺部隊のような物だと思えばいいのです」
それを聞いた瞬間、多くの幹部がハッとした。今まで自分たちが兵器には兵器を相手取ることばかり考えており、対人戦闘には対人、及びそれに順応できる兵器を用いればいいという発想の転換ができていなかったことに気付かされたのだ。
余談だが今回の戦闘会議を受けて、後に自衛隊では今後柔軟な思考で作戦を考え、それを理解できるようにと様々な学問を多角的に隊員に学ばせるようになり、自衛隊員の質を向上させる結果につながる。
閑話休題。
聞き入っている幹部たちを前に、春山は続ける。
「ですので、私はこのような作戦を立てたいと思います。現在アメリカ大陸の東端、ベイナリタ地区に接岸している『あづち』型輸送艦の一番艦『あづち』を使いたいのです」
「『あづち』を?」
「はい。『あづち』に陸上自衛隊の普通科隊員を乗せ、艦隊後方に加えるのです」
それを聞いた時、西郷もようやく理解した。
「そうか! 敵が空母型の船を旗艦とする傾向があるのならば、こちらも相手の価値観と同じ戦法を取っているように見せかけるということか!!」
「はい。西郷幕僚長の仰る通り、敵に『あづち』を我々の旗艦だと思わせることで、その攻撃を集中させたいと思います」
新型の強襲揚陸艦である『あづち』型は全長257mもあるため、『いずも』型や『ひゅうが』型よりも大きい。『いずも』型や『ひゅうが』型を超える、現在では海上自衛隊最大の艦艇となっている。
「では、そのまま『いずも』型や『ひゅうが』を旗艦として、そこに普通科隊員を乗せるのではダメなのかね?」
それを聞いてきたのは西郷の補佐をしている中村であった。
「『いずも』型や『ひゅうが』型は大きいため確かに物資や兵員の輸送にも使えます。しかし、あくまで役目はヘリコプター搭載護衛艦なのです。『あづち』型ならばこれら2種類よりも多くの兵員と、更に携行系の兵器を大量に搭載することが可能になります。つまり、兵員を用いる戦闘により適しているということなのです」
それは間違いなく彼の言う通りであった。『いずも』型や『ひゅうが』型は震災などの災害でも物資輸送に使える船ではあるが、その本質は『今の所』ヘリコプター運用及び対潜哨戒のための護衛艦である。
ならば、餅は餅屋。歩兵には歩兵をぶつけるべきだという意見を考えたのだ。
「私は今回の派遣に際して横須賀及び佐世保に籍を置く第一、第二護衛隊群を用いたいと考えています。そして、その背後に『あづち』と、護衛艦2隻を配備したいと考えています。こちらの護衛はアメリカ大陸防衛用に開発された『ふぶき』型護衛艦を使用するべきです」
米大陸沿岸部を警備するために建造された『ふぶき』型護衛艦は射撃システムも最新型の物を採用しており、既に多数の同型艦が就役しているため、2隻程度ならば遠征に使用しても問題ないと判断したのである。
加えて、他の護衛隊群や護衛隊から艦を引き抜いたのでは、あまりに本土の防衛力に難がありすぎる。そういう想定でもあった。逆に言えば本土を抜けられなければアメリカ大陸に到達することは不可能に近いので、大陸側の守りを少し手薄にしても問題ないということであった。
「もちろん、敵と接触するまでに少しは数を減らしておきたいのでCIWSなどによる攻撃は行なうべきでしょう。敵をおびき寄せたところで甲板上の普通科隊員の携行兵器によって敵を撃破するのです。また、万が一を想定するならば銃剣装着も行なった状態で戦闘するべきでしょう」
ちなみに、敵に勘違いされないように第1護衛隊群からは『いずも』を、第2護衛隊群からは『いせ』を外してその穴を補填するために舞鶴に籍を置く『しらぬい』と第4護衛隊群の『すずつき』を充てることが決定された。
統合幕僚部はその想定で戦闘準備を進めるのだった。
――西暦1738年 6月15日 フランシェスカ共和国 城塞都市ジラード
フランシェスカ共和国がスペルニーノ王国との戦争を想定し、国境からそれほど離れていない穀倉地帯を背後にした地点に、グランドラゴ王国の技術支援を受けて建造した巨大コンクリートでできた城塞都市ジラードが存在する。
この要塞都市はフランシェスカ共和国の基準はもちろん、敵対国であるスペルニーノ王国やイタリシア王国の基準からみてもかなり頑強かつ強大であった。
日露戦争で大日本帝国軍が苦戦した旅順要塞を大型化したようなものと思っていただきたい。
これと同じ構造のガラード要塞が、東側の軍事国家ニュートリーヌ皇国との国境近くの平野部に存在し、国防の双璧と言われている。
運用するのがフランシェスカ共和国なので大砲や機関銃の類は設置していないものの、この頑強な要塞を正面から打ち破ることは敵対国である連合王国には難しいであろうと想定されていた。
しかも、付近に山は一切ない平野部にある街道のど真ん中に都市として建造されているため、高い所から大砲を撃ち込むという、日本軍がとった二〇三高地のような戦法も使えない。
要塞の守護を任されているエルフ族の女将軍シーニュは、激しい戦闘に疲弊しつつも、果敢に2万の兵の指揮を執っていた。
「怯むな! 長槍部隊は押し返せ‼その後ろから抜剣部隊で一気に斬り捨てろ!! 弓兵隊、誤射しないように後方の敵を狙え!!」
王国製の大砲では鋼鉄製の門やコンクリート製の壁を破壊できないことを分かっているからか、敵もフランシェスカ共和国の想定する城攻め同様に梯子をかけて城壁をよじ登るしかない。
だが、グランドラゴ王国の技術支援によって完成したこの城塞の高さは25mもあり、生半可では登れない。
空から攻撃を仕掛けてくる有翼戦士団も、中に降り立ったところで各個撃破されているため、あまり有効な手段とは言えない。
更に、白兵戦になってもスペルニーノ王国側は攻めあぐねていた。
「何故だ! 何故フランシェスカの犬や耳長共にこれほど苦戦する!?」
スペルニーノ王国の歩兵団長ドリーロは、自身も長大なバトルアックスを振るっているが、フランシェスカ共和国の樹海騎士団の振るう新しい武器に追い詰められていた。
フランシェスカ共和国主力部隊の樹海騎士団はこれまで剣や槍、弓矢を主兵装としていたが、日本からある武器を輸入するようになって武装・戦術が大きく変わっていた。
「すごいものだな。この『薙刀』という武器は」
小隊長のパルドがその手に握っているのは、日本から輸入した薙刀であった。
薙刀は斬撃・刺突の両方に優れた近接武器である。長槍に比べればリーチでは劣るものの、個人が扱う武器としては非常に使い勝手が良い。
刀のように切り裂くことも、槍のように突き刺すこともできるうえに、槍よりも短くて取り回しが利くということで狼人族は好んで薙刀を使用するようになっていた。
逆に前線でファランクスを組んでいる長槍隊の持つ槍は、今までとは比べ物にならないほど長く、頑丈で、そして鋭い。
日本は薙刀や槍などの兵器を輸出するにあたり、刀だけはこれまで通り刀鍛冶に打たせて特注品を作らせていた。そのため、刀に関しては非常に値が張り、貴重品となっている。
しかし、一般兵卒が使うような量産向けの武器に関しては金型などを用いて工場で作れないかという意見が出たため、政府は三菱重工業や日本製鋼所に命じて斬撃や刺突に用いることができる刃物の金型を作らせた。
そこに日本が誇る合金技術で超合金性の刃物を製造することに成功した。
超合金と呼ばれる金属でできた、この世界にあらざる薙刀や槍が、スペルニーノ王国の陸軍主力部隊を圧倒していたのだ。
「しかも、柄の方も軽いのに頑丈だ。これならば柄同士をぶつけあっても中々壊れないだろう」
日本は超合金をはめる柄として、戦闘機の素材や新幹線のパーツの一部などでも使用されている炭素繊維強化プラスチックを利用していた。
分析されても彼らの技術水準ではその素材は分からないだろうという判断から、完成品の輸出が許可されたのである。
これにより頑丈ながら軽量で、非常に取り回しが良い武器となった。
スペルニーノ王国のメイスやバトルアックスはその重量で敵を叩き潰すことを得意としているが、エルフや狼人族の身軽な動きには中々ついていくことができず、振り回したところを薙刀で柄から断ち切られてしまう。
また、エルフの指揮官など、一部の幹部にしかまだ行き渡っていないが、日本の鍛冶技術で作られた日本刀も凄まじい威力を発揮していた。
城塞の中に降りてきた有翼戦士団の有翼人は、今までエルフたちが持っていた片刃のサーベルとは比べ物にならないほどの切れ味に驚かされる。
「なんだ!? なんでこんなによく斬れるんだ!?」
エルフ族は弓とサーベルを得意とする種族であった。その彼らに日本刀が加わることで、その戦闘能力はこれまでの比ではない。
要塞から打って出た一部のエルフ指揮官は、馬上のスペルニーノ王国指揮官に一騎打ちを挑む。
最初こそハルバードを振るっている蜥蜴人の方が優勢に見えたが、素早く馬の足を薙ぎ払ったことで形勢が逆転し、蜥蜴人が大きな音を立てて倒れ込む。起き上がった瞬間、エルフ指揮官の鋭い一閃が堅固なはずの蜥蜴人の肌を切り裂いてみせた。
日本刀は使い手にもよるが、達人が使用すれば薄い鉄を切り裂くことは造作もないと言われている。
速さと鋭さを重視するエルフの剣術と、薄く、鋭い刃で敵を切り裂く日本刀は正にベストマッチだったのだ。
そして、空から襲い掛かってくる有翼戦士団がそれほど多くないのには、エルフ側が使用している弓にあった。
「馬鹿な! 弓矢がこんな距離まで届くはず……がっ!?」
有翼人の指揮官が、鋭く、そしてひんやりとした感触の矢に貫かれて地面に落ちる。
フランシェスカ共和国が日本から輸入していたのは刀槍や薙刀のみではなかった。遠距離攻撃を行う弓矢もまた、日本から輸入していた。
日本は転移直前にアーチェリーの弓、すなわちコンパウンドボウを国産化に戻すことを決定していたため、作ることを決めていた町工場がフランシェスカ共和国向けの輸出品の大量発注を受けて大忙しとなった。
だが、それによって作られた弓矢の飛距離と威力は、原始的なマスケット銃などとは比べ物にならないほどの物であった。
精密な狙撃も、動体視力に優れたエルフ族にとっては朝飯前の芸当である。
100m以上離れた地上の敵も、急降下を開始しようとした有翼人も、等しくエルフの優れた弓術の前では的となる。
更に部隊に対しては矢の雨を降らせることにより、敵後方及び航空戦力はまるで近寄れない状態となっていた。
「これが……こんな恐ろしい物を作りながら、日本にとっては輸出しても問題ないとはな。どれほど日本と我が国との間には技術差があるのだろうか」
シーニュは自分も日本刀を振るいながら乗り込んでくるイタリシア兵を次々と討ち取っていく。
そして、夕方になる頃には趨勢が決していた。
「退け、退け――ッ!!」
連合国側が遂に、撤退を開始したのだ。
イタリシア王国の有翼人はあまり夜目が利かないこともあって、夜間戦闘は向いていないのである。
連合国側はこれまでの戦いで8万もの兵の内1万近くを損耗した。それに引き換え、共和国側はわずか200人ほどの犠牲で済んでいる。
「この日は我らの勝ちだ。勝どきを上げろッ‼」
「「「エイ・エイ・オー!!」」」
城塞の兵士たちが勝ちどきを挙げ、指揮官であるシーニュもようやくホッと一息ついていた。
「シーニュ将軍。今回も犠牲少なく敵を追い返せましたね」
「えぇ。日本の優れた技術でできた武器……いきなり戦局を覆すほどではなくとも、こうして防衛線の内で使用する分には圧倒的な力を発揮してくれるわね」
「軍令部が、緊張が高まっていたからとこちらの方に新鋭武装を優先的に配備してくれたおかげですよ」
「これならば、グランドラゴ王国も歩兵程度は十分追い返せるわよ」
共和国側、特にエルフ族は銃火器を嫌う傾向にあるため、軍隊の近代化ということはできない。
他国が使うことは自由なので文句を言ったりはしないが、自分たちが使おうと思うとなぜか嫌悪感があって使えないのである。
彼ら自身もそのことについて疑問に感じたことはあるが、原因がわからないので基本的に火器は使わない方向で彼らは生きてきた。
ただし、『ただの炎』を扱うことには抵抗がないため、日本から導入したプロパンガスや、IHなどの直接炎を用いない加熱システムは使えている。
これまではスペルニーノ王国やイタリシア王国に攻められた場合、防衛が成功していたとしてももっと犠牲が出ている計算であった。それが、日本から導入された武器によってより犠牲が少なく防げたのである。
シーニュは日本という国に対して、非常に高い興味を抱くようになっていた。
「この戦を無事に乗り切ることができれば、是非日本に一度行ってみたいものね」
「そうですね。自分も同意見です」
シーニュと副官は、敵が明日どのように仕掛けてくるだろうかと会議を続けた。
彼らの戦いは、もう数日ほど続くことになる。
――西暦1738年 6月17日 フランシェスカ共和国 港町シャローネ
エルフの武官リュシオルは、この日到着する日本の護衛艦隊11隻が来るということで緊張しながら待っていた。
既に日本と国交が結ばれてから3か月以上が経過していたこともあり、港湾施設やインフラ整備を優先的に施されていた場所に住む者たちは日本の圧倒的な技術力を目の当たりにしていた。
リュシオルもまた、この港に籍を置くフランシェスカ共和国海軍第1艦隊の軍師を務める人物であった。日本国の持つ常識からかけ離れた様々な文物はよく知っている。
それだけに、今回日本が派遣してくるという艦隊を彼は内心とても楽しみにしていた。
グランドラゴ王国と同じような巨大な大砲を搭載した船の姿を思い浮かべていると、沖の方に巨大な艦影が見えた。
日本から輸入された双眼鏡で確認すると、舳先に太陽を象徴する旗、旭日旗が翻っている。
「あれが……日本の艦」
グランドラゴ王国の船に比べると細長く、全体的にスマートな印象を受ける。
大砲は王国の物に比べると小さそうだが、それでも日本のことなので、何かしら超技術の塊なのだろうと考える。
すると、沖の空から白い何かが飛行してきた。
『それ』はリュシオルのそば、地面に書かれた『H』のマーク上に降り立つ。そう、リュシオルが立っていたのは日本が設置したヘリポートだったのだ。
中から人が降りてくると、素早く敬礼する。
「お疲れ様です。日本国海上自衛隊強襲揚陸艦『あづち』所属の、土方二等海尉であります。フランシェスカ共和国の観戦武官殿をお迎えに上がるよう指示を受けて参りました」
リュシオルも共和国式の敬礼で返す。
「丁寧なご挨拶、ありがとうございます。フランシェスカ共和国海軍第1艦隊所属、軍師のリュシオルです。この度はよろしくお願いいたします」
「準備はできておりますか?」
「はい。荷物もここに」
「では、そのままヘリコプターに乗ってください」
「はい」
リュシオルの乗った『MCH―101』は『あづち』型強襲揚陸艦に着艦し、収容した。
そして艦隊はこの港町シャローネを目指す敵に向けて20ノットの速度で航行するのだった。
次回、遂に海上自衛隊と連合王国軍の衝突です。