この世界の英国へ
どうも皆さん、笠三和大です。
新たな元号が『令和』に決定致しました。
今後も先人に恥じぬよう生きて、そしてこの小説を投稿したいと思います。
――2024年 2月15日 日本国 神奈川県横浜市 海上保安庁第三管区
転移から約6年が経過し、大陸を含めた日本国内の情勢が『それなり』に安定化してきたこともあり、日本は使節団を東にあると思われる旧世界におけるヨーロッパ大陸へ送り込むことによる接触を決めた。
とはいえ、この世界の国々はまだまだ制度的に未成熟な国が多いと考えられていた。
それは転移してきた年に打ち上げた偵察衛星で調べたところ、各国の文明の発達具合は様々である事が分かって来ていた。
最大で発達していて第二次世界大戦相当、最低ラインだと中世ヨーロッパと同等、日本列島らしき島国に至っては戦国時代相当という分析であったため、発展度から出現するであろうと推定されている海賊などに対応できる程度の戦力が必要になると考えられていた。
そのため、使節団を護衛するために鹿児島に籍を置く海上保安庁最大級の巡視船『しきしま』を派遣することを日本政府は決定した。
これには、対空レーダーを装備していることで不審な航空戦力が存在しても対応できるという点が大きく加味されていた。
今回接触しようという国は、旧世界で言う所のイギリスに位置する場所なのだが、なぜか沿岸部に滑走路のような設備が見受けられたため、なんらかの航空戦力を有していると考えられた。
また、なぜ最初に接触しようというのが旧世界で言う所のイギリスなのかを説明しよう。
この国の港には鋼鉄製の軍艦が停泊しており、その能力を分析したところ、明治30年にイギリスで竣工し、日本が保有した戦艦によく似ていたのだ。
更には先述の通り滑走路のような物が確認されたことで、航空機に関する知識もあるため、かなり発展していると仮定されている。
他の国々を衛星で見ると、一番発展していると予想されているのは旧世界で言う所のロシアなのだが、それに50年程度の開きしかないレベルの文明を誇っているようで、小さい島国ながら非常に有力な国だと日本は推測していた。
旧世界で言う所のフランスやイタリアなどの国々は中世から近世レベルの能力しかないと推測されているのにもかかわらず、イギリス、フランスおよびドイツ付近、東欧、そして北欧と中東の発展レベルは隔絶していた。
だがロシアと中国はとても遠いので、まずは一番近くにある中で最も発展していると考えられたイギリス島に接触する事と決定された。
この使節団には、初めてこの世界で外交活動を行なった園村と国元の外交官2名が任命された。
『しきしま』は鹿児島から一度補給のために横浜に寄港し、態勢を整えてから出発した。
――2024年 2月16日 イギリス島(と考えられる島)沖合50km
巡視船『しきしま』に搭乗している外交官の園村は、初めて行なうことになるであろう本格的な国家同士の接触を前に、非常に緊張していた。
元々真面目な人物だが、今回接触する国がこの世界でも高い発展度を持つ、『列強国』に分類されるほどの国力を有していると想定されているため、否が応にも緊張せざるを得ない。彼はこの2日ほど胃がキリキリと痛んでいた。
「先輩、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。どうも緊張してな」
「無理もないですよ。少なくとも、我が国が転移してから本格的な初めての国家間接触ですからね」
「お前は元気そうだな?」
「いやぁ、俺って緊張するとお腹が空くんで、つい食べ過ぎちゃうんですよねぇ」
「羨ましいな……」
ニコニコとほほ笑む国元は、園村と比べてもかなり快調のように見える。
対する園村は、緊張のあまり胃薬が手放せなくなっていた。
「先輩。そんなに緊張していたら、身が持たないですよ」
「ハハハ……俺としてはお前みたいに楽しそうに生きていられればと思うよ……」
すると、扉をノックする音が響いた。
「どうぞ」
扉を開けて入ってきたのは、『しきしま』の船長である島津であった。
「失礼します。先程、対象国の者と思われる航空機がこちらに接触を図ってきました」
「本当ですか!」
「ただ……」
言い淀んだ島津に園村と国元は顔を見合わせる。
「どうかしたんですか?」
「実は今、その航空機は後部のヘリコプター発着用甲板にいるんです」
「え、ヘリコプターを持っているってことですか!?」
もしそうならば驚きの話である。そもそも回転翼機と呼ばれる航空機が開発されたのは第二次世界大戦の後である。
だが、島津は首を横に振った。
「それがその……なんと言えばいいのか……」
「?」
瀬戸内に案内され、ヘリコプター発着甲板に向かった園村たちは、そこでとんでもないものを目にする。
「……おい国元、あれって……」
「えぇ、間違いなく竜ですよ」
そこには、地球上では空想上と言われていた生物、『竜』が座っていた。大人しくしてはいるが、その目つきは鋭く、周囲で銃を構えている海上保安庁の特警隊を『グルル……』と唸りながら警戒している。
そしてその竜の前には、背の高い女性が立っていた。
女性、と判断できたのは、胸元に膨らみがあったからである。
女性はかけていたゴーグルを取った。その顔を見て、園村たちは驚いた。ほぼ人間そっくりなのだが、顔の表面に鱗のような物がびっしりと覆っている。
今日本に編入され始めた亜人類にも『蜥蜴人』という種族がいるが、外見は彼らに酷似している。
違いがあるとすれば、頭に角が生えていることと、鱗の密度が蜥蜴人に比べて若干だが薄そうなことであろうか。
「恐らくですが、『竜人族』ですよ」
「何とも……不思議なものだな」
すると、女性が口を開いた。
「ここは我がグランドラゴ王国の領海だ。お前たちはどこから、何をしにこの国に来た?」
やはりと言うべきか、彼女が発した言葉も日本語に聞こえた園村たちであった。
島津が耳打ちする。
「こちらが手を振ったら、分かったと言わんばかりにこの甲板に降りてきました。この甲板が、飛行物体を着陸させるものだという概念があったようです」
そして着艦してきたということは、この『竜』は垂直離着陸できる存在であるということである。
「まるでヘリコプターみたいだな……」
「確かに。こんなものが存在するなんて……一応地球とはいえ、さすがは異世界ですね」
すると、相手が苛立ったように再び口を開いた。
「答えろ。お前たちは何者だ」
園村たちはハッとしたように居住まいを正す。
「失礼致しました。私は日本国外務省の園村誠と申します。こちらは、補佐の国元健司です。グランドラゴ王国、というのが貴国のお名前なのですね」
2人はお辞儀すると、相手の女性は訳が分からないという顔をした。
「ニホン国……聞いたことの無い国だ」
「そうでしょう。我が国は、今から6年ほど前にこの世界に、国ごと飛ばされてしまったのです」
「な、なんだと……? そんな荒唐無稽な話、信じられると思うのか!? 貴様らは、私をからかっているのかっ!!」
顔を真っ赤にして怒り出した女性を見て、園村も思わず慌ててしまった。
「い、いいえ。あなたをからかったつもりはありません。我々は、貴国から1千km以上西に離れた場所にある島国を本土とする民族です。今は、その更に西にある大陸も掌握しているため、国土は大幅に拡張されていますが……」
それを聞き、今度は女性の顔が青ざめる。
「ば、バカな……ここから西の大陸と言えば、スペルニーノ王国が接触しようとして怪物に襲われたという蛮地……そ、そんな所から来たというのか!?」
園村は動じずに、女性の目を見て返した。
「今、大陸の各地は我が国によって開拓されつつあります。故に、最早未開の蛮地などではありません」
「……確かに、これ程の大きな船を造れるならば、少なくとも蛮族ではなさそうだな」
どうやらこの女性は船舶についても少し知識があったらしく、思案顔になる。だが、園村たちが見ていることを思い出すと、ハッとしたように顔を上げた。
「……名乗りが遅れた。私はグランドラゴ王国第2飛竜隊のキトゥンという」
「いかがでしょう。貴国の外交担当者様に、お取次ぎを願えませんか?」
キトゥンは考えていたが、既に気付いていることがあった。
「(この船、大きいだけではない。恐らくだが鉄でできている。艦首と艦尾部部分には砲らしきものも見える。随分と口径が小さいが……だが、速度も出ている。強力な機関を有しているということだ。少なくとも、昨日今日に出来上がった新興国家ではなさそうだ。すぐに本国に連絡しなければ)」
キトゥンは考え込んでいた顔を上げ、返答する。
「分かった。直ちに本土へ戻り、あなた方のことを報告させてもらおう。そうだな……2時間ほど待っていてほしい」
「え、たったのそれだけですか?」
「あぁ。我が国は島国なので、沿岸部に重要な施設は集中しているんだ。だが、同時に東側の仮想敵国からの侵攻を予測し、全ての施設は西側に集まっている。私の『ワイバーン』ならば、30分もしないで飛竜基地に到着する。そこから打電すればいい。恐らくこれ程高度な技術の詰まった船だ。『打電』が何のことかもわかるのだろう?」
「あぁ、モールス信号による通信ですね。お願いします」
すると、脇に立っていた国元が興味深げにキトゥンの竜を覗き込んだ。
「やっぱりワイバーンって言うんですね。名前とかあるんですか?」
「こいつの名前はガスト。私の大事なパートナーだ」
「へぇ~。あ、もしかして火を吐いたりします?」
キトゥンは、いきなり相手が自分たちの最重要戦力について言及してきたことに驚いた。
「あ、あぁ。よく知っているな……?」
「我が国では、竜という生物が空想上の存在として伝わっているんですよ」
「ほぅ。だが、こいつは空想などではないぞ」
「分かっています。だから興奮しているんですよ」
「ふぅん。変わっているな。おっと、無駄話をしている暇はない。すまないが、私に付いてきてくれ。この船でどこまで行けるか分からないが、できる限り近くにいてもらった方がいいだろう。ただし……」
一瞬、キトゥンは眼を鋭く細めた。
「お前たちがいきなり敵対行動をとるようならば、我らの鋼鉄艦で撃沈してくれる」
だが、園村は穏やかに微笑んだ。
「そのようなことはしないと、誓わせていただきます」
「……分かった。付いてこい!! ここから40km先、我が国の沖合10kmで待機していろ!!」
キトゥンは愛騎のガストに跨ると、合図して飛び上がった。
「す、凄い。本当にあんな大きい生き物が飛ぶんだ……」
「航空力学や生物学上では、ありえないと学者なら言うと思いますよ。もし国交を結べたら、あの竜についても調べたいですね」
驚いている園村に対して、国元は子供のように目を輝かせている。
「(こいつは全く……)」
そしてワイバーンは飛行を始めた。
「お、結構速度が出るみたいですね」
「どれくらいが最高速度なんだろうな」
2人の呟きを他所に、『しきしま』も海を裂きながら航行を再開した。
もちろんキトゥンも、それを見ながら空を舞う。
「あの船……やはり速い。我が国の主力艦よりも、速度が出ているんじゃないのか……?」
ワイバーンは生物としては非常に速く、巡航速度200kmほどで飛行することができる。今は案内のため速度を落としているが、それでも眼下を行く船の速度はこの世界の船の常識からかけ離れた速度で航行していることが分かった。
「いったいどうなっている……この世界に、何が起ころうとしているんだ?」
キトゥンの呟くような声を聞いていたのは、愛騎のワイバーンのみであった。
40分ほど進み、大分陸地が近くに見えるようになった。するとキトゥンのワイバーンが再び降りてきた。
「お前たちはここで待っていろ。今から基地へ戻り、お前たちのことを報告する。私のガストは大分疲れているからな。別の者を連絡に寄こす」
先程から少々横柄な態度のキトゥンだが、園村も国元も気にしていない。
「分かりました。お待ちしています」
「うん」
キトゥンはそう言うと、再び飛翔して陸地の方へ去っていった。
「これで軍艦を差し向けられて問答無用に攻撃されたくはないけどな……」
「さすがに大丈夫じゃないですかね? っていうか、先輩がちょっと神経質すぎるんですよ」
「そう、かな」
国元の呆れたような視線に園村は苦笑するしかない。真面目なうえに色々と気を使ってしまう日本人らしさが、この場合は裏目に出ているらしい。
「まぁ、後は気長に待ちましょう」
どちらかと言えば楽観的な国元は呑気なものである。
――西暦1738年 2月16日 グランドラゴ王国 竜騎士団詰所
一方キトゥンは急いで基地に帰還した。
愛騎を竜舎に入れると、直属の小隊長への挨拶もそこそこに急いで竜騎士団の団長室へ向かった。
いきなりのことに小隊長は慌てている。
「こ、こらキトゥン! いきなり騎士団長の部屋に赴くなんて無礼だぞ!」
「無礼は百も承知です。ですが、どうしても急ぎ伝えて騎士団長の判断を仰がなければならない緊急事態が発生いたしました」
キトゥンは強い意思のこもった眼差しで小隊長を睨み付ける。元々彼女はかなり気の強いタイプの女性で、小隊長が気の弱いタイプだったこともあって、思わずたじろいでしまう。
彼女は小隊長を無視して扉を3回ノックする。
「騎士団長! 第2飛竜隊員のキトゥンです! 取り急ぎお伝えしなければならない緊急案件が発生いたしましたので、入室の許可をお願いします‼」
一瞬の沈黙ののち、中から『入りたまえ』と言う渋い声が響いた。
「失礼いたします」
奥には、鱗を持つ大柄な男が座っていた。
「いきなりどうしたのだ。君のように冷静な人物が、順序も飛ばすほどに緊急を要する事態が起きたというのか?」
「はい。火急の事態であると判断し、無礼を承知で参りました」
騎士団長は椅子に座り直すと、キトゥンをしっかりと見つめ直した。
「分かった、聞こうか」
キトゥンは今この国の沖合10kmに停泊している船のこと、その船に『日本国』を名乗る国の使節が乗っていることを話した。
「日本国……確かに聞いたことの無い国名だな。しかも、西から来たと?」
「はい。彼らはそう申しておりました」
だが、これには側に立っている小隊長が反論した。
「そんな馬鹿な。西には大陸があると聞いたことがあるが、我が国よりも遥かに文明力の低い蛮族の集落ばかりがあるという話だぞ。7年ほど前だが、スペルニーノ王国はそのように言っていた」
「はい。私も最初はそんな蛮族共がどうやってこの地まで来たのかと驚いたものでしたが、彼らの乗ってきた船は間違いなく鋼鉄でできた物でした。しかも、帆がないのです」
「帆がないだと!?」
それまで冷静に話を聞いていた騎士団長が、初めて目を剥いた。
「はい。船に降り立った時、唸るような音が船から聞こえました。恐らくですが、機械による動力船であると判断いたしました」
騎士団長は驚いた。この世界では今、多くの国が鋼鉄軍艦を建造しているが、それはここ十数年ほどのこと。それより以前から持っていた国など、世界最強のイエティスク帝国以外にはない。
そんな技術を文明から外れた蛮族が保有しているなどと、到底信じられる話ではない。
「で、その日本国の使節を待たせているのだな」
「はい」
「分かった。こちらから外務局に打電しよう。事態は急を要するようだ」
騎士団長は立ち上がると壁際に固定してあるモールス信号の打電装置の前に座り、外交を担当する外務局へ信号を打電した。
――15分後 グランドラゴ王国 外務局
この世界第二位の国力を誇る列強国、グランドラゴ王国の外務局は、毎日多忙を極めている。
外務局員の若手職員ファルコは、竜騎士団からの緊急打電を受け取っていた。
「なんだって? 新興国が我が国と国交を締結したい? 機械動力を持つ鋼鉄船を所有しているとの情報あり、だって!?」
彼の出した大声に、部署内の全員が彼を見る。だがそんな視線を物ともせずにファルコは立ち上がると、急いで局長の部屋へ向かった。
局長室の重厚な扉の前に立つと、彼は息を整えてから扉をノックする。
「失礼致します、ファルコです。入室を許可願えますか?」
一瞬の沈黙がファルコの思考を支配する。
『入り給え』
ファルコが局長室へ入ると、髭を生やした大男が座っていた。彼はこの国において竜人族と並ぶ勢力を持つ種族、『ドワーフ族』のゴリアであった。この外務局の局長を務める人物である。
「ファルコか。どうしたんだ?」
「はい。ただいま哨戒飛行を行なっていた竜騎士から、新興国が我が国との国交開設を求めて来訪したとの打電を受けました」
「何、新興国だと?」
ゴーリアは訝しむ。この世界で今国があると判明していない場所は、この国から遥か西にある巨大な未開拓の大陸のみと言われている(実際には人の住めない北極と南極、及びオーストラリア大陸が存在する)世界で、新興国と言うのがよく分からなかったのだ。
「まさか、大陸の民が集結して国を作ったというのか?」
「それが、どうもそうではなさそうなのです。打電によると、どうも相手側は機械による動力船を実用化しているとのこと」
「ば、馬鹿な!!」
ゴーリアは外務局の局長を務めているため、各国の様々な技術にも精通していた。今この世界に存在し、グランドラゴ王国が把握している国の中で、『同水準以上』の技術を有しているのは先述のイエティスク帝国だけであった。
「イエティスク帝国の者ではないのだな?」
「報告によれば、『使者は日本国から来た』と言っているとのことです。その船の航行速度は、最低でも20ノットを超えていたとのこと」
「……蟻皇国やニュートリーヌ皇国はもちろん、我が国の主力艦すら上回っているというのか……」
「竜騎士の目で確認されたことです。少なくとも、相応の技術を有している国であると私は思いました」
「ふむ……日本国か。気になるな。分かった。国王陛下には私から報告する。ファルコ、お前は竜騎士団に『失礼のないように港に案内する』ように伝えるんだ」
「よろしいのですか?」
「……少なくとも、機械動力船で我が国の主力艦を上回る速度を出しているという時点で、動力関係の技術に関しては負けていると私は思う。彼らの技術を急ぎ見定めるべきだ。ファルコ君。君は打電を受けた者としてその日本国の使節を迎えに行ってほしい」
ゴリアは鋭い目でファルコを見つめた。ファルコも動じずに、局長の言葉に『ははっ!』と応じた。
ファルコは自分の部署に戻ると、部署に設置されているモールス信号装置に打電した。
「えぇと、『相手国使節団を失礼のないように港へ案内せよ。そこからは外務局員が引き継ぐ』と」
ファルコ直属の上司である課長が、ファルコに問いかける。
「ど、どうしたんだ? 局長はなんて言ったんだ?」
「すみません課長。私はこれから港湾都市へ向かいます」
「こ、港湾都市? 何故急に? 先程の打電と関係が?」
「すみません、説明をしている時間がありません!!」
ファルコは上着を着こむと、外へ飛び出してグランドラゴ王国が開発した内燃機関を搭載した『自動車』に乗り込んだ。
「すまない、港湾都市エルカラへ向かってくれ!!」
「畏まりました」
この『自動車』はまだ開発したばかりの物で、国内でも公共機関の限られた場所に配備されているだけである。非常に貴重な物だが、いずれは一般人も乗れるように量産を進めるつもりであり、それに向けてコストダウンなどの研究も進んでいる物である。
燃料は最近発見された『石油』を使用している。まだわずかしか見つかっていないが、いずれは大量採掘して艦船の燃料にも使えるようにするために研究を進めている。
同じ国内でも遠方へ向かう時は『蒸気機関車』を使用するが、それほど長くない距離を急ぐ時ならばこの『自動車』の方が航続距離は短いもののかなり利便性が高い。
そんな事情もあり、今グランドラゴ王国内では自動車など、乗り物全般の改良を推し進めているところであった。
そんなグランドラゴ王国の技術の結晶に揺られながら、ファルコは先程報告した内容を自分の頭で整理する中で『はっ』と気付いた。
「……まさか、日本国の船は既に重油を使用した内燃機関を搭載しているのか? いや、だったら煙突や立ち上る黒煙が見えるはず……竜騎士からそんな報告は無かった。だが……まさか……」
彼はダラダラと冷や汗を流しながら恐怖に支配される。少なくとも、エンジン技術では負けている『かもしれない』と思っていたが、『もしかしたら』どころではないのではないのか、と。
「……いずれにせよ、日本の船を見ればはっきりすることだ」
彼はこみあげてくる恐怖感を押し殺しつつ、20kmほど離れている港湾都市エルカラへと向かった。
石畳の地面の上を『ガラガラ』という音を立てながら車は進んでいく。彼はこの後に、自分がこの国の歴史に名を刻む人物の1人となることをまだ知らない。
次回は、王国外務局員との接触です。




