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日本時空異聞録  作者: 笠三和大
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帝国の落日

遂に講和と相成りました。

条件とかは書いていませんが、ぶっちゃけそんなに厳しくないです。

後々恨まれてナチスみたいになられても面倒なので、国際社会で管理することになります。

――西暦1752年(日本西暦2034年)1月4日 イエティスク帝国 ラーヴル基地

 日本国自衛隊及びアヌビシャス神王国軍を始めとする連合軍の統合作戦本部では、追い詰めたイエティスク帝国に対して最後の一手をどうするべきかという話が進められていた。

 そんな時であった。帝国側から、使者が派遣されてきたのだ。

 曰く『我が国は貴国との戦闘を一切停止し、降伏する』とのこと。

 まさか覇権主義国家がこれほど早々に(あくまで日本がいた旧世界基準)降伏してくるとは思っていなかったため、一同は完全に度肝を抜かれてしまった。

 いや、毒気を抜かれてしまったと言うべきだろうか。

「帝国が降伏を、ねぇ……急にどうしたんだろうか」

「降伏したと見せかけて我々を騙し討ちにでもする気でしょうか?」

 訝しむ陸自の幹部たちに、街を引き続き偵察していた空自の幹部が返す。

「いや、戦闘可能と思われる兵士たちは皆武器を捨てて街の一角に集まっているらしい。恐らくだが本当の話だろう」

 地下から出てきた兵士たちは広場のようなところに集まっており、広場の中央に銃器や刃物など、武器になりそうなものを集めているようだ。

 と言っても、残っていた小銃や手榴弾が中心のようで対戦車砲や無反動砲などはほんのわずからしく、どちらにしても組織だった抵抗は難しかっただろうというのが偵察隊の報告だった。

 そもそも、わずかでも大砲があろうとも弾薬が欠乏気味らしいのでどれほどうまく扱えたか不明瞭なところであるが、それを論じても仕方がない。

「まさか、本当に降伏する気ですか?世界最強と言われたほどの力を持つ覇権国家が、こんなに呆気なく?」

 日本がいた地球での近代的な戦いを基準にすると、第二次世界大戦時のフランスを除けば、これほどに早い降伏の例はあまりないと言っていい(太平洋戦争開戦時の南洋の島々及び東南アジア諸国は列強とは言い難いので数えない)。

「信じられんな……本当に信じられない」

 その他の国々は3か月以上持ちこたえた国ばかりだったこともあり、わずか1か月ほどの戦いということもあってあまりにも呆気なく感じてしまっている。

 だが、一部の幹部はある結論に達していた。

「今回に関しては首都に至るまで、我々はかなりの電撃戦を徹底していました。道中の豪雪・ブリザードに悩まされることも多々ありましたが……冬季部隊の圧倒的な行動力と、重機類の活躍もあってなんとか道を確保できていたことも、この戦いを支えていた部分があると思います」

「そうか。敵が十全な備えをするより前に大規模な攻勢をかけられたのが大きいのか」

 第二次世界大戦におけるフランス軍の場合は防衛を主体とする『マジノ線』に頼り過ぎたこともあり、その脇にあったアルデンヌの森を抜けられたことで陸軍戦力の機動的な動きが機能しにくかった部分があった。

 もちろんそれ以外にも『航空機の整理ができておらず、最前線でドイツ相手に通じるほどの新鋭機が少なかった』ことや『そもそも平和を謳歌していた人々が戦いを厭いドイツの魔手が迫っているという事実から目を背けていた』ことなど、原因自体は他にもある。

 だがなんと言っても『あまりに短時間における大攻勢で降伏せざるを得なかった』という事実に関して、目を背けようがないのは間違いない。

「もちろん偽降伏の可能性を捨ててはいけませんので、警戒は必要です。しかし、相手が真に降伏する気があるのであればそれを寛容な姿勢で受け入れるべきです。もし彼らをあまりに疑うことで彼らが降伏を撤回するようなことにでもなれば、今度は泥沼の紛争状態になります。それだけはなんとしても避けなければなりません」

 日本も敗戦間際に抗戦を望む一部の軍人がクーデターを引き起こそうとしたことがある。

 そのため、もし仮に帝国がそのような継戦派を主流としたゲリラ的な戦法に切り替えてきた場合、アメリカのベトナム戦争やソ連のアフガニスタン戦争のような厳しい戦いになることが考えられる。

「それは……確かにその通りだが……」

「それに、各国との関係をすり合わせていることを考えると、できればちゃんと受け入れることを望むでしょう。我が国の技術に比べれば帝国の技術の方が近い能力を持つ国も多いですから、帝国の技術を消化・吸収することでさらに力を上げやすくなるでしょう」

 これは外務省及び文部科学省の意見であった。彼らは技術的見地及び外交的見地から帝国が早く降伏するのであればそれに越したことはないと考えているのだ。

 しかし、現場の安全はもちろんのことだが銃後の人々のことも考えなければならない自衛隊側として見れば、できる限り敵戦力は削っておきたいところであった。

 流石に太平洋戦争の際に米軍が敢行したような本土に対する無差別な絨毯爆撃や艦砲射撃などは行いたくないというのが日本の考えだったが、もし長期化しそうであればそれに対して作戦を変更しなくてはならないということも考えていた。

 仮に『やまと』型で艦砲射撃を行う場合、以前蟻皇国の首都南京に『やまと』型で砲撃をしたことがあったため、それの時と同じ、しかしある意味あの時以上の甚大な被害をもたらすことになるというのが統合幕僚部の予測だった。

 艦砲射撃、それも戦艦を用いた艦砲射撃という戦術では旧世界において最後に実行したのは湾岸戦争の際の米軍であり、不活性化(モスボール)から実戦復帰させていた『アイオワ級戦艦』による艦砲射撃を実施したことがあった。

 だが、『やまと』型の45口径46cm主砲はそのものだけでもアイオワ級を遥かに超える破壊力を有しているうえに、砲弾も当時のモノと比べて工夫がされてより破壊力のある砲弾となっているため、残念ながら参考となり得るデータではない。

 それでもなお、『戦艦の艦砲射撃は四個師団に匹敵するもの』という説があることを考えれば、それが『既存の戦艦の範疇で考慮した場合』であるため、『やまと』型に関してはそれを上回るという試算が出ている。

 そもそも『砲撃の威力は口径の三乗に比例する』と言われているため、タダの数値上だけで比較しても『すごく、すごい』ことになる。

 以前も比較例を出したが、例えば、ヘンダーソン飛行場を砲撃した金剛型は35.6cm砲だったため、以下となる。



○35.6×35.6×35.6=45118.016



 これがアイオワ級になるとさらに拡大されて



○40.6×40.6×40.6=66923.416



 となる。この差は大きく、ただの数字上だけで言っても21805.4となる。

 そして大和型が46cm砲なので以下となる。



○46×46×46=97336



 アイオワ級との差は30412.584、金剛型との差に至っては52217.984と、もはや計算するのも馬鹿馬鹿しいほどの数値となっている。

 先述の通り以前もこのような計算をしたことがあるが、ここに砲身長や弾薬の威力そのもの、さらに主砲の門数などが加わって計算はより複雑になっていくのが現実である。

 実際に金剛型は『連装4基の8門』だったのに対して、アイオワ級や『やまと』は『三連装3基9門』という砲門数の差もあることを考慮すると、やはり一概には言えないだろう。

 また、第二次世界大戦において日本以外で様々な戦艦による艦砲射撃を行ったのは多数の戦艦を保有していたアメリカとイギリスだけだったと言っても過言ではない。

 その主砲も戦艦のものと考えるだけで長砲身28cm砲や長砲身30.5cm(アラスカ級大型巡洋艦)から40.6cm(アイオワ級及びネルソン級)まで、間には35.6cmや38.1cmも含めてと、大きく差があったのだ。

 そんな絨毯爆撃の次に激しいと言っていいであろう攻撃を都市に対して実行するということは、沿岸部付近限定とはいえ都市部を火の海に変えることになるだろう。

 そんなことをすれば、人々の心に深い憎悪を植え付けることになるのは間違いない。

 そしてそれは、戦後処理をより面倒にすることに他ならなかった。

「蟻皇国の時は手の出しようがなかったために艦砲射撃という手段を取りましたが、今回のイエティスク帝国に関しては全くその必要がありませんからね。無用な破壊を振りまくことによって、後々の恨みを買う方がよろしくないと考えられているようです」

「そりゃそうだ」

 このため、自衛隊及びアヌビシャス神王国軍は帝国からの正式な降伏を受け入れるために外務省のお役人に直接来てもらわなければならなくなったのだ。

「既に外務省には通達済みですので、後はお偉いさんの都合がつくかどうかですね」

「流石にこれほど早くカタが付くのは予想外だっただろうからなぁ」

 隊員たちは口々に愚痴を言うものの、外務省の指示を仰ぎつつ調印の儀に向けて準備を進めるのだった。

 それに伴い、陸上自衛隊とアヌビシャス陸軍が街中へ入って帝国軍の武装解除を進めると共に治安維持にあたるようになるのだった。



――翌日 日本国 東京都 首相官邸

「……まさか、こんなことになるとはな……」

「えぇ。想定外でした」

 閣僚たちの前には、『イエティスク帝国降伏の儀について』と書かれた薄い紙の冊子が配布されていた。

「覇権国家というのは本来、もっと攻撃的かつしぶといものなんじゃないのか?」

「そのはず、なんですが……」

 防衛省の幹部もこれは想定外だったようで、困惑の表情を隠していない。

 実際、少なく見積もってもあと1か月から2か月近くは粘られるという想定で色々な準備をしていたのだ。

 具体的には降り積もっている豪雪に備えた様々な冬季仕様装備だとか、逆に雪を利用して構造物を作るための施設車両などである。

 雪を利用して壁を作ることでそれ以上の雪による被害を防ぐ防壁としようというのは、豪雪地帯出身の防衛省の幹部が考えたことだった。

 曰く『雪が降りもって厄介ならば、雪を積み上げることで壁としてしまい、吹き付ける雪と風を防いでしまえばいい』と。

 逆転の発想と言えばそこまでだが、元々陸上自衛隊は札幌の一大イベント・『さっぽろ雪まつり』において雪の加工・構造物の構築に関しては手慣れたものであった。

 それを応用し、本部を含めた兵員の宿泊するための周辺施設の壁を構築し、高さ4mを超えるモノを構築していたのだ。

 これにより周辺から吹き付ける暴風と豪雪はほとんど気にならなくなっており、隊員たちも『場所と気温の割には居心地のいい』と言えるくらいの環境を整えることができていたのだった。

 また、ソ連に侵攻したドイツ軍の轍を踏まないためにも服装や補給品などを徹底し、アヌビシャス神王国軍と共有することも忘れていなかったのだ。

 これにより、マイナス30度を下回るような気温の下でも春まで十分に持ちこたえられる想定だったのだが、ハッキリ言ってそのほとんどが無駄となってしまったのだ。

「まぁ、ある意味無駄で済んだことの方がよかったのかもしれないが……アヌビシャス神王国軍の被害は?」

「はい。神王国軍は例の列車砲の砲撃で352人が死亡、48人が重軽傷を負いました。また、寒波の影響で凍傷を引き起こした者が10名以上いたそうです。しかし、寒さに起因する死者はいません」

 夜は寒いという砂漠出身とはいえ、昼も夜も寒い環境というのはダークエルフ族にとってもかなり厳しい環境だったらしい。

 むしろ、寒さによる死者を出さなかっただけマシだと言うべきだろう。

 なお、陸上自衛隊の中には交代で休んでいる間に猛吹雪にもかかわらず雪合戦に興じるおバカ……いや頭のおかしな輩がいて、たまたま見に来ていたアヌビシャス神王国軍を唖然とさせたという話があったそうだ。

 かつて旧世界のアラスカで行われた冬季演習の際、同じ内容だった米軍が死者を出した大惨事に発展したというのに、陸自側は先に目的地に到着し、『米軍遅いし雪合戦でもするべ』と言って本当に遊び、それを見つけたアメリカ側に呆れられたのは有名な話だ。

 どういう経緯だったのかはさておき、自衛隊という組織に所属する日本人の頭のネジが若干吹っ飛んでいたのは間違いないだろう。

 今回の話もそうである。

 普通の国であれば間違いなく実行できない、或いはやらないようなことを平然とやって喜ばずに訝しんでいるあたり、やはり大概に頭がおかしい国のようである。

 まぁ、単純に『日頃の行いの結果』と言ってしまえばそこまでなのだが。

「しかし、死傷者がアヌビシャス軍にだけ出てしまったというのは問題だな……自衛隊ばかりが安全なところにいて、アヌビシャス軍にばかり負担を強いたのではないのかという推論が生まれかねないだろう」

「それは……あり得ないとは言い切れませんね」

 陣形図を見れば、むしろ王国軍は自衛隊よりは街の外縁部と言える箇所に配置されていたため、日本側もできるだけアヌビシャス側に被害が出にくくなるようにという配慮が見て取れるものになっていたはずだった。

 だが大変不幸なことに、神王国軍を配置した場所のすぐ近くに列車砲を隠蔽していた山があったのだ。

 こればかりは事前偵察で発見できなかった日本側の責任と取ることもできないこともない。

「それだけは避けなければならないな……戦闘が終わるというのならば好都合だ。この陣形図について公開し、隠見砲台が我々の想定を超えた使用方法であったことなどを説明するしかないな」

「マスコミなどは言い訳と取るでしょう。かなり厳しいことになると思います」

「しかし自衛隊員に犠牲が出たならばそれはそれで問題だ。こういっては神王国には申し訳ないが……まず優先されるべきなのは自国民の命だ。それは彼らにとっても変わらないだろうから、その点も合わせて説明するしかないだろう」

「国民はもちろんですが、方々へ理解を求めることも重要ですな。なんとか根回しをしておかなければ……」

 戦争が想像以上に早く終わったこと自体はとても嬉しいことなのだが、想像とは色々異なっていた展開に戸惑っているのも事実である。

 閣僚たちは改めて『想像と現実の乖離』というものを思い知った気分であった。

 やはり机上の空論、平面の上で立てた作戦ばかりでは限界もあるのだ。

 それでも最近の作戦というものは無人機や人工衛星を使用することによって、昔とは比べ物にならないほど三次元的な作戦を立案・構築できるようになっているはずだった。

 しかし人間の考えることというものは、どれだけ足掻こうとも『万全』や『完璧』というものとは程遠いのだということを、改めて突き付けられたようなものだった。

 そしてそれは、将来戻ってくるのであろう先史文明人との戦いでも間違いなく起こりうることだ。

 いや、相手の発展度から考えれば、そもそも戦ったところで今回の日本とイエティスク帝国との戦いの如く一方的に蹂躙されることになる。

 日本及び友好国が総力を結集して戦ったとしても、相手に与えられる損害が極小なのは間違いなく、逆に日本を始めとする地球人類が滅ぼされるか、よくて隷属させられるかのどちらかとなるだろう。

 情報によれば先史人類は生殖能力を含めた身体機能が現代人と比較しても大幅に低下しているとのことだが、彼らとてそれを補って行動できる術を身に着けているに違いない。

 先だってオーストラリア大陸で回収されたパワードスーツにも強力な抗菌・除菌機能があったと言われており、『恐らく内部はエイズ患者のための無菌室みたいな環境を構築できただろう』という分析結果が出ていた。

 現代日本では広大かつ様々な設備を必要とする無菌室と同様の設備を、人間より少し大きいという程度の小さなパワードスーツ内で再現するという時点で、彼らが生存のためにどれほどの技術を磨いてきたのかが窺える。

 もちろんそれだけで彼らの兵器技術・戦闘技術が優れており、こちらが一方的に手も足も出ないなどというわけではないが、間違いなく相手にとっては『数が多いのが面倒くさいだけ』の存在に違いない。

 ただ1つだけ救いがあるとすれば、ガネーシェード神国及び蟻皇国の内部で発見された資料を総合すると、宇宙へ旅立ったと言われる先史人類の数はそれほど多くないようであった。

 いたとしても、50万人はいないだろうとのことである。

 この数字は、日本の自衛隊員の総数の2倍強ほどでしかない。

 もちろん、兵器体系が大幅に変わっている以上無人兵器や効率化された運用に基づく兵器でそれらをカバーしているのだろうが、宇宙へ出たという宇宙船の構造図が残されていたため、それを見てみた。

 その結果、物理学者の桐生が述べた一言に衝撃が走った。



「これ、小型から中型くらいのドローンならともかく、戦車やパワードスーツみたいな兵器はほとんど載せられないと思いますね。多分ですけど、銃を扱えるアンドロイドとかが載っているくらいじゃないですか? ほら、宇宙戦艦のリメイクアニメに出てきたような奴」



 だとすれば、実際の戦闘能力というのはそれほど高くないのかもしれない。もちろん油断は禁物だが、そもそも先史人類の最後の技術の多くは新人類たちを制御することに力を注いでいたらしいというのが桐生の分析だった。



「それだけに、生物兵器やガス兵器にはかなり強いと判断できますが、銃撃や爆撃、砲撃にどれほど対抗できるのかというのは気になるところですね」



 実際、大型兵器の運用能力はパワードスーツを除けばドローンくらいとも考えられている。

 この点については、日本側が数少なく安堵している点でもあった。

 実を言えば、無線操縦のドローンならば対処のしようはいくらでもある。

 妨害電波を放ってドローンの動きを妨害すること、ドローンで捕捉しにくく、しかもドローンの進路上になるであろう場所に防空ネットを仕掛けること、などである。

 防空ネット程度の技術であれば、二次大戦時のイギリスにおいて気球という形で既に実用化されているため、それほど難しくはない。

 もちろん細かく言えばそれ以外にも色々とあるのだが、無人兵器というものは意外と穴が多い。

 確かに前線に人を送り込む必要性などが薄れるが、今度はそれによって人の目で見なければ把握できないことが伝わりにくくなるという一面がある。

 また、いくら無人化を推し進めていたとしても『物には限度』という言葉があるように、間違いなく限界はあるだろう。

 最終的に相手を降伏に追い込もうという場合、やはり歩兵を送り込む必要があるのは技術が発達した現代でも変わらないことなのだ。

 地球を基準にすれば核兵器でも使わない限り、圧倒的な数の差は埋められないはずだ。

「そういえば、近々周辺を飛行している衛星やその残骸を回収する計画が実行されるが……どうかね?成功しそうか?」

 その言葉に頷いたのは防衛相と協力している文部相だった。

「現在打ち上げ予定の新型無人航宙機……無人シャトルの最終調整はどうなっている?」

「はい。既に9割の調整を完了しています。ただ、首相命によりさらにもう1回最終チェックを行う予定です」

「いや、もう2回だ。とにかく詳細までチェックして、できる限りの不備を排除してほしい」

「も、もう2回ですか!?確かに重要ではありますが……予定が押していますので……」

「予定ギリギリまで詳細にチェックするんだ。今回の衛星回収計画がうまくいけば……我が国の技術はさらに進歩するだろう。それが『チェックを怠ったから失敗しました』では話にならないだろう?」

「それは……その通りですが」

「人員が必要ならば、こちらもできる限り補助するように企業から派遣させよう。少しでも……少しでも先史人類の能力に追いつき、追い越せる光明を見出さなければならないのだから……」

「総理……」

 日本は現在、間違いなくこの世界でトップを走る国である。

 これまでの『最強』であったイエティスク帝国をも呆気なく降せるほどの、国力と技術力を持っている。

 しかし、先述した通り日本が先史文明と戦おうものならば、技術力というだけで言えば間違いなく負ける。

 パワードスーツのようにある程度追いつけそうな分野はともかく、他の精密機器などの分野においてはまだまだ及ばないと考えられている。

 それを理解しているからこそ、今回の衛星回収計画が持ち上がったわけである。

 衛星に使用されている電子機器類を解析できれば、日本の電子技術はさらに進歩することは間違いない。

 人工衛星と言えば、その国、或いは組織の中核技術が詰まった先端存在と言っても過言ではない。

 もしも、この世界によく似た世界を舞台にした『水にプラスする会社が作ったゲーム原作のアニメ』のように強大な破壊力を持つレーザー衛星のようなものがあった場合、間違いなく日本は甚大な被害を受けるうえ、反撃の手段はないに等しい。

 今開発している宇宙まで届く超長距離誘導弾、『天御柱』が完成すれば、衛星軌道上で回遊しているであろう人工衛星なども迎撃が可能になる。

 これは後に、必ずいつか訪れるであろう隕石の迎撃を目的として、と表向きは説明しているが、分かる者には分かっていた。

「首相。お気持ちはわかります。チェックもちゃんと2回させましょう。ですが、首相はもう少し肩の力を抜いてください」

「官房長官……」

 官房長官は優しく微笑むと、首相の前に紅茶を淹れたカップを置いた。

「我が国の海の師匠に倣いましょう。こういう時は紅茶を飲んで落ち着くのです」

「それで変な方向に行くのがイギリスだったじゃないか」

「我が国とて大英帝国に負けず劣らず奇妙奇天烈な国ですよ。今更です」

 まるで漫才のようなやり取りだが、このちょっとした会話のお陰で首相の過熱した思考も少しだが落ち着いていた。

「すまんな、ありがとう」

「いいえ。このくらい大したことではありませんよ」

 しかし、首相は落ち着いたらどうしても一言ツッコミを入れたかった。

「先ほどの言葉、分かりやすく取り上げていたのは海の方じゃなくて戦車乗りの少女のキャラクターソングじゃなかったか?」

「いいじゃないですか、細かいことは」

 おどけるような官房長官の一言に、首相も思わず笑いだし、周囲の閣僚や幹部たちも自然と笑みをこぼしていたのだった。

 日本人は海上自衛隊のように国際的に門戸を開いているような組織や人員を除けば、それほど開放的な感覚、視野を持ち合わせていないという一面がある(あくまで一面)。

 これは元々、戦国時代が終わるまでは国内の内乱ばかりで海外に目を向ける余裕がそれほどなかったこと、江戸時代が終わるまで他国との付き合いが薄かったことなどが挙げられる。

 実際には平清盛、足利尊氏、孫の義満、そして戦国時代の大内氏や島津氏などのように海外との交易を重要視した人物もいたのだが、その規模はあまりに細々として、国民生活にまで影響を及ぼしたのは古い時代の中国だけだったと言っても過言ではない。

 江戸時代に入ってからは当時の中国こと清、オランダ、そして朝鮮半島を除けば琉球王国だった沖縄、その沖縄を通じた僅かな東南アジアの品が入ってきていた程度である。

 当然のことながら、国民を挙げて海外と交流することによって国際的な視野を磨くような機会はかなり少なかったと言わざるを得ない。

 また、真面目な国民性もあってか、これまた一部を除いてユーモアを用いるというセンスも欧米人に比べると欠けているように筆者は感じている。

 本来、緊張しすぎるであろう環境をうまく緩め、話を円滑に進めることはとても重要なことである。

 しかし、日本人という民族はその中でも基本的に真面目に物事を進めようとする傾向があると筆者は感じており、どうしても真剣になればなるほどギクシャクしがちなのではないかと思っている。

 欧米人であればここに、ちょっとしたジョーク(ブラックなものも含める)を交えることで緊張を解きほぐし、加熱する思考を冷やすことも可能なのだ。

 特に同じ島国でありながら、イギリス人はどのような時でもユーモアを忘れない。

 そして、この世界に転移したことで日本人も段々とそれができるようになりつつあるらしい。

 政府はもちろんだが、民間企業でも今やこの取り組みは必要不可欠となっていた。

 柔軟な考えのもとに行動し、思考を過熱させすぎない。

 日本人は……いや、人間という生物は物事に熱中することで視野が狭くなりがちという当たり前の、しかしある意味気付きにくかったことにようやく一般人も含めて気付くことになった。

 だが、このことに気付いた恩恵は大きく、これを教育体系の中に盛り込んで広めたことによって人々はなにか議論する、或いは言い争うような場面に陥った場合、『視野が狭くなってしまう』ということをハタと思い出すようになったことで、これまで以上に冷静に話し合うことができるようになるのだった。

 奇しくもそれは、発した言葉が力を持つという『言霊』を重んじる日本人の考え方と一致し、より浸透していくことになる。

「よし。チェックはしっかりとさせてくれ。ただし……ちゃんと余裕をもって確認させることだな」

「はい」

 ようやく首相も肩の力が抜けたようで、少し柔らかく微笑みながら官房長官にそう告げたのだった。

 イエティスク帝国以上の未来を見据えて、日本は先へ先へと進んでいく。



 そして日本を始めとする諸国は、イエティスク帝国と講和するためにシンドヴァン共同体へと向かうことになるのだった。

……またいくつかネタを仕込みました。

ま、今回はそれとなくくらいなので分かってもらえればいいなくらいですね。


現実の戦争もこれほどスパッと終わればいいのですが……理想論ですね。

そして改めまして、いよいよ次回最終回でございます。

と言っても、そんな特別なことはない、と思いますので悪しからず。

次回は4月5日に投稿しようと思います。

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― 新着の感想 ―
>戦闘を一切停止 ここが1番良くやったと言いたいところですね。帝国はなんだかんだで継戦派をコントロールできたようですね。皇帝やその親戚筋を旗印に分裂とか普通にあるので。過激派などの勢力はなかったのだろ…
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