大砲王の叫び
皆様、あけましておめでとうございます。
本年は元旦早々に恐ろしい天変地異がなかったこと、誠に喜ばしい限りです。
しかし、世界は未だに安定を欠き、いつ大規模な戦争が起こってもおかしくない綱渡りの状態が続いていると筆者は感じております。
この世界では度々戦争・紛争が起きていますが、これが現実の絵とならないことを祈るばかりです。
2日後、日本及び連合軍はさらにじわじわと包囲を狭めており、既に半径20km以内に入っている。
敵の攻撃を警戒しながらの接近であるため、どうしても真綿で首を締めるような包囲となっているのだ。
相手が焦れて打って出てくればなおいい。出てきたところを一網打尽に叩き潰し、そのままの勢いで首都になだれ込むつもりである。
既に帝王府に関しても場所は掴んでいるため、万が一脱出しなかった場合にも最短ルート及び妨害をされる場合の迂回ルートも多数検索、シミュレート済みであった。
「帝国軍に動きはあるか?」
「今のところほぼ沈黙しているようです。偵察隊のドローンからの報告でも、ほぼ敵部隊は沈黙したと結果が入っています」
「流石に地下を潰されて継戦が厳しくなったかな……いや、油断はできない。なにが起こるか分からないのが戦場だ。他の連中にも気を抜かないように改めて言明してくれ」
「はっ」
しかし、陸上自衛隊は気づいていなかった。自分たちを射程に収めている、とんでもないものがその牙を研いで待っていたということを……。
その頃、とある場所の地下ではイエティスク帝国の残兵が巨大な『なにか』の前で動き回っていた。
「クソっ、日本め!」
「これで思い知らせてやる……‼」
「おいっ、砲弾の準備急げ‼」
「急かすなよ‼急かしたって機械の早さは変わらないっての‼」
彼らは巨大な砲弾らしきものを、機械を操作してその物体に装填していた。日本の航空攻撃の目を逃れて、いったいなにを準備しているのだろうか……少なくとも、度重なる航空偵察でも発見されていない『それ』は、とてつもなく巨大である。
その中では戦車を改造したらしい弾薬運搬車も動いている。その砲弾は人間を遥かに超えるサイズであり、口径も40cmなど優に超えているように見える。
彼らは街の南側に展開している敵、『日本軍』に対して、『それ』を発射しようとしていた。
「少将‼全ての準備が完了いたしました‼」
「敵部隊、有効射程内に入っています」
「時限信管、時間設定完了!榴弾装填完了!」
「よし!日本め……目にもの見せてくれるわ‼てーっ‼」
「撃てっ‼」
――ズドオオォォォォォォンッ‼
猛烈な轟音と共に、帝国軍の配備している中では最大・最強・最重量の砲弾が遥か彼方へと飛翔していく。
地下にいても分かるほどの強烈な衝撃波を感じた兵たちは、自分たちの放った一撃が侵略者に対して強烈な打撃を与えてくれることを信じていた。
「9、8、7、6、5、4、3、弾着、今!」
直後、地面を揺るがすほどの衝撃が20km近く離れた地下にいる彼らにも伝わってきた。
「見たかぁ、日本国め‼これが我ら、世界最大の帝国の保有する超巨大砲『80cm砲ドーラフ』の底力だ‼次弾装填用意‼」
時間は30秒前に遡る。陸上自衛隊イエティスク帝国方面派遣部隊と行動を共にしているアヌビシャス神王国陸軍の派遣部隊として選定されていた第二師団は、機甲部隊の『デセルタ』型戦車と共に徐々に包囲を狭めていた。
1日ごとに少しずつしか進めていないとはいえ、あのイエティスク帝国をじわじわ追い詰めている、と言われれば感慨深いものがある。
だが、現場にいる者たちは航空機からの報告を聞くばかり(それも日本の機体の報告)なので、あまり実感が持てていない。
そのため、自衛隊と比べるとどうしても気が緩んでしまっていた。
「なんだか呆気ないなぁ」
「訓練だともっと激しい戦いになるって想定だったけど、日本が強すぎるんだ。全然締まらないよ」
神王国の陸軍幹部たちは時折兵士たちに対して『油断するなよ』と小言を言うものの、そんな彼らも若干顔が緩んでいる。
彼らもはっきり言って、現状が楽観的であるという感覚がどうしても抜けていないのだ。
「まぁ、彼らには油断するなよとは言いましたが、まさかこれほど呆気ないとは思っていませんでした」
「確かに……先ほどの1等兵の言葉ではないが、もっと苛烈で過酷な戦闘になると思っていたよ」
幹部たちもそんな兵士たちを見ている間に段々と楽観的な感情が強くなってきたのか、ついついお喋りに興じてしまう。
「私もです。日本のいた旧世界で繰り広げられたという苛烈な戦闘の記録からすれば、今回のこれは戦いとすらいえないでしょう」
――ウゥゥゥゥゥゥゥ……
「ん?今なにか感じないか?」
1人のダークエルフ兵が、空気の振動のようなものを感じたようだ。
「え?なにが……」
直後、彼らは猛烈な衝撃と閃光の後、一瞬にして意識を永遠に失ったのだった。
アヌビシャス神王国陸軍第二師団の中でも500人近い部隊員と何両かの車両は、遅れて聞こえてきた一瞬の飛翔音すら耳にすることはできず、その場にいた全員が天に召されたのであった。
その報告はすぐに連合軍司令部にも届くことになった。
「アヌビシャス神王国軍第二師団中央部において大規模な爆発あり、一個中隊が一気に吹き飛ばされましたっ‼」
「なんだと!?爆撃機は出てないぞ‼」
「ロケット砲に関しても全く出現を感知していない‼一体どうやって攻撃したんだ!?」
狼狽する陸自の幹部たちを尻目に、空自の幹部が声を上げた。
「直ちに周辺域の偵察を行え‼なにか……なにか見逃しているのかもしれないっ‼」
「了解‼直ちに哨戒行動に移らせます‼」
街の周辺を飛び回っていた航空隊がすぐに弾着地点から半径30kmほどを捜索したが、あったのと言えば、半径のギリギリ内側に枯れ木が多数存在する山が2つあるくらいのモノだった。
だが、『ACー3』の1機に乗るパイロットの金倉裕理1等空尉が、その山に違和感を覚えていた。
「おい、なんかあの山の木、変な方向向いてないか?」
「いや、わからない!」
試しにヘリを要請して接近してもらうことにした。その結果、とんでもないことが分かった。
『こちら〈やんま〉4号機より本部!大砲だ‼巨大な大砲の砲身が山の中からわずかにだが突き出ている‼これは……デカい‼恐らくだが、我が国の大和型戦艦の主砲よりはるかにデカいぞっ‼』
「山の中に馬鹿でかい大砲の砲身だと!?」
幹部たちは驚いていたが、『大和型戦艦の主砲より大きな砲身』、『山の中から突き出ているほど長い砲身長』という話を聞いた資料担当が大砲の欄を見ている時に『こいつだっ‼』と声を上げた。
そこには、ナチス・ドイツが……というよりヒトラーの号令によって作られた巨大砲、『列車砲グスタフ・ドーラ』の名前があった。
「列車砲だと!?しかも史上最大級のヤツじゃないか‼」
それはドイツが要塞攻略のためにクルップ社に造らせた、世界最大級のモンスター砲であった。
自走砲として作られた『カール自走臼砲』の600mm砲よりはるかに大きく、しかも砲身が長いため、40km近く砲弾を飛ばすことができるシロモノだ。
「列車砲を!?山の中に列車砲を据え付けているっていうのか!?」
「いや、普通の列車砲はともかく、80cm級はあまりに重くて現地で組み立ても必要としていたはずだが……どういうことだ!?」
そもそも『グスタフ・ドーラ』はあまりに重すぎる、大きすぎるために動くことがままならない存在である。
口径80cm、重さ4.8tの榴弾及び7t越えの徹甲弾を発射できる大砲は、地面の上では発射不可能とすら言われるほどの難物だった。
それだけに砲弾の輸送にも専用の貨物列車を必要としており、1時間当たり3、4発しか撃てなかったと言われている。
かつてのナチス・ドイツは1千tを優に超える強大過ぎる重量に耐えるために線路を利用したのである。
すると、ヘリからさらに続報が入る。
『こちら〈やんま〉4号機より本部!枯れ木の山の北側に街側から伸びる多数の線路を確認した‼山の中に向かって伸びている模様!』
「恐らくですが、山に隠見することで砲台そのものが攻撃を受けにくくしているという想定なのでしょう」
「なぜ今まで気付かなかった!」
『地面の色と同化するように偽装されていました‼超低空飛行してようやく判明した次第で……わっ!』
突然ノイズが走り、幹部たちは緊迫の表情を更に硬くする。
「どうした!」
『地上から射撃が!やはりなにかあるようです!』
「了解。直ちに航空攻撃を開始させる。即刻退避せよ」
『こちら〈やんま〉4号機、了解!』
指示を受けた『ACー3』彗星が3機、山への攻撃に向かうが、105mm榴弾を多数撃ち込んでも全く効果がないようだ。
「やはり山をくりぬいて砲台にした、ということなんでしょうね……これでは生半可な攻撃は全く意味をなさないでしょう」
「こうなったら、『Fー6』部隊の『黄泉平坂』でらちをこじ開けるしかない」
「そうですね。地中貫通爆弾を多数撃ち込めば、その衝撃で内部を崩すことが可能かもしれません」
第二次世界大戦時にはウォルト・ディズニーが考えた映像のネタを基にして作られたロケット推進の爆弾、通称『ディズニー爆弾』や、地震を引き起こすほどの破壊力を有する10t爆弾『グランドスラム』などが存在した。
だが今回はそれとは別の、地中貫通爆弾であれば効果があるのではないかと急いで考えたのだ。
幸い地中貫通爆弾『黄泉平坂』は敵地下施設攻撃用に多数が運び込まれているため、要請があればすぐに使用は可能となっている。
「それと、付近に同じような施設が見えないか調べさせろ。もしかしたら他にも偽装されているかもしれない」
「はっ!」
第二次大戦時にも砲台や艦船を木々で偽装するようなやり方があるにはあった。
だが、さすがの自衛隊もまさか山1つを丸々くり貫いて砲台にするとは想定外だった。
「現在基地に帰投した『Fー6』飛行隊が爆装、燃料補給の上で再出撃するそうですが……どれだけ少なく見積もっても全ての作業を終えるのに30分近くはかかるそうです」
「なんとか短縮できないのか!」
「無理です!空中給油を使うにしてもある程度余裕を見越して補給しないといけません‼幸いなのは給油設備が一度に5機以上使えるようにされているところです。爆装さえ終われば、一気に殲滅できます。それまであの着弾地付近に近づかないようにするしかありません‼」
「くっ……せめて、敵の列車砲が上下俯仰以外の角度変更を行えないことを祈るしかないか……」
「流石に山をくりぬいて作った場所ともなりますと、方向転換のようなことは難しいかと思いますが……」
だが、陸将が首を横に振った。
「分からないぞ。ここは確かに地球だ。だが、我々の常識に照らし合わせた感覚とは違う発展を遂げた世界でもある。総合的には第二次世界大戦直後、冷戦に入るくらいの頃の技術だからと侮っていると、こちらが間違いなく大損害を負うことになる‼」
そう言われては幹部たちも『うっ……』と言葉を詰まらせてしまう。だからこそ先程、空将も『同じような施設が他にもあるかもしれない』と言ったのだから。
「わ、分かりました。現場に弾着地点付近に近づかないこと、そして進行速度を少し早めることを命じます」
「攻撃を受けたアヌビシャス神王国軍にもすぐに、できる限り詳細に通達しろ。発射速度こそ遅いが、万が一もう一度発射されて命中した場合、被害は甚大なことになる。その上で移動速度を上げた方がいいともな」
「はい。直ちに伝えます」
敵がなぜ自衛隊ではなくアヌビシャス神王国軍を砲撃したのかは分からないが、列車砲の機動力のなさ及び発射速度の尋常ではない遅さを考えると、『たまたま射程に入っていたから』なのかもしれない。
すると、幹部の1人が『まさかとは思いますが』と声を上げた。
「山肌に似せた偽装を施しているなら、方向転換も可能になっている可能性があります。強度があるかどうかは不明ですが……列車の路線を使用することを想定して転車台を使うのだとすれば、やはり山肌も転車台を使うような想定で掘られているのではないかと思います」
「そんなことが可能なのか!?」
「いや、建造物や地下構造を見る限り土木技術はかなり発達しているようだ。見る限りだが一部に関しては1960年代か70年代に達しているのではないかと考えられる部分もある……その割に建造物そのものの設計に関する思想は古いようだが、兵器の設置のために重点的に発達させていたとすれば納得できる」
いずれにせよ、今まで以上に気を引き締めてかからなければさらなる被害が出ることは確実となってしまったため、これまでも引き締まっていた自衛隊及び連合軍関係者の顔が一層引き締まる。
「しかし、このまま航空隊が来るのを座して見ているわけにもいかないと思います。幸いと言うべきでしょうか、大重量の砲弾を用いていることから、80cm列車砲の発射速度はかなり遅いです。この隙に発射を遅らせるように、或いは発射できなくなるように妨害工作だけでもできないでしょうか」
もしこれが『グスタフ・ドーラ』と同様の性能を持つ大砲であると仮定するならば、もう1発撃つまでにあと30分以上、かかれば45分というデータがある。
大和型戦艦の46cm主砲ですら、揚弾から装填まで基準秒時で33秒だったという話もあり、敵艦に照準を合わせて砲撃するとなるとそれよりは遥かに時間がかかっただろうが、それでも80cm砲の次弾発射まで30分以上というバカげた数字に比べれば十分早いと言えるだろう(比較対象にならないという意見もあるかもしれないが)。
「確かに……わずかだが山の中から砲身が突き出ているのなら、砲身を攻撃してしまえば発射を遅らせる、或いは発射不可能にすることも可能か……」
「『ACー3』の搭載火器(未だに精密誘導兵器は搭載できていない)ではピンポイントに大砲の砲身を狙った精密砲撃・射撃は不可能ですが、『やんま』の対戦車誘導弾……『ASGMー2』であれば十分に狙えます。あれはアクティブ・レーダー誘導とセミアクティブを使い分けることができるタイプですから」
「そうか。なんらかの理由でアクティブ誘導が使えない時のことを想定して、母機誘導能力もつけたんだったな」
「カメラで誘導できるなら、よりピンポイントに命中させることも十分に可能ですね」
だとすれば、砲台を攻撃する前に攻撃そのものを止めることはできるかもしれないと幹部たちは考えた。
「付近を飛行中の『やんま』で対戦車誘導弾を装備している機体は?」
「3号機と7号機です。現在街の上空を飛行しています」
「燃料は持つか?」
通信士がパイロットに急いで確認を取る。
「今砲身を攻撃するだけならば十分持つそうです。ただ、攻撃したらすぐに基地に帰投しないと持たないそうですが」
「分かった。それで構わないから攻撃するように伝えてくれ」
「了解」――『こちら本部より〈やんま〉3号機へ。直ちに敵巨大砲の砲身を攻撃せよ。繰り返す。敵巨大砲の砲身を攻撃せよ』
『こちら〈やんま〉4号機、了解』
指示を受けた4号機は素早く指定のポイントへ移動した。禿山を見れば、確かに砲身らしいものが突き出た山肌がある。
「今まで気付かなかったとはな……いや、これじゃ余程接近しないと気付くのは難しいか」
『確かにな』
後方のガンナー席から相方が通信で同意を示す。
「実際、レーダーを使っても地形は映っているが、砲身が特定できているかと言うと怪しい(作者はレーダーの能力というものについて不勉強です。ただ、第二次世界大戦時の米英軍のレーダーの中には重巡から発射された20.3cm砲弾(8インチ砲弾)を特定できるほどに精度の高いレーダーもあったそうなので、もしかしたら砲身と山肌の差を見分けることもできるのかもしれないという思いはあるのですが……)。
『くそっ、レーダーがクラッター処理しちまってたようだ』
「ミサイル、行けるか?」
数秒の沈黙が機内を支配する。わずかな時間のはずだが、パイロットは手に冷や汗をかいて緊張していた。
『大丈夫だ。母機誘導に設定し直した。誘導弾のカメラモードは起動している』
改めてガンナーが目標をロックオンすると、『LOCK』の文字が出てロックオン成功と分かった。
『Fire!』
ガンナーの声と共に一瞬の衝撃が機体を揺らし、誘導弾が飛翔していく。
その距離はわずか2.5km。10km以上という有効射程の十分な圏内である。ものの10秒足らずで誘導弾が砲身部分に正確に命中する。
『命中を確認』
あまり接近しすぎると機関砲や高射砲に撃たれる可能性があるが、幸いこの場所では敵の攻撃は命中しなかったようだ。
「よし、帰投するぞ。ここからは地面の上の奴らの仕事だ」
『了解。次は戦車にぶっ放したいもんだぜ』
ヘリコプターは踵を返し、補給のために基地へと戻るのだった。
一方、砲身をピンポイントに狙われ、そして破壊されたイエティスク帝国軍は大混乱であった。
「状況報告‼」
「ほ、砲身欠損!途中から真っ二つに吹き飛んでいます‼これでは次弾撃てません‼」
次弾装填の準備をしていたところに遠くから放たれた敵の噴進弾らしきものが着弾したと思ったら、直径80cmの砲身が一撃で粉砕されてしまったのだ。
「クソっ‼早くも反撃してきたかっ‼二番砲はどうした!?」
「現在通信中です!少々お待ちください!」
砲台同士の通信は敢えて有線での通信にしてあるため、物理的に電線を切られない限りはちゃんと繋がってくれるのが強みである。
「二番砲台より通信!『我、敵の攻撃を受けている。砲身曲損、使用不能』とのことです……既に、南部に向けられた2つの超大型砲が使用不能になりました……」
「バカな!巨大砲であるからこそ山肌に偽装し、砲身付近に至っては目視では余程接近しなければわからないと評判のあの超大型砲がもう2門とも使えないだと!?あれを見つけ出し、しかも超精密に攻撃して破壊するとは……敵の索敵・攻撃能力はバケモノか‼」
少将の言葉も砲台内部に空しく響くのみであった。
すると、部下がなにかに気付いたように具申する。
「少将、意見具申!敵がこの場所に気付いたということは、大規模な攻撃が加わる可能性があります‼退避するべきです‼」
「退避だと!?敵を眼前にして逃げろというのかっ‼」
「ここには80cm砲以外には警備用の小銃と高射機関砲しかありません‼敵の大部隊に迫られた場合、放棄するしかありませんっ‼」
「ぐうっ……」
実際、この砲台内部はそもそも見つかっても山肌で攻撃を凌ぐことを想定していたため、銃火器は最低限しか置いていない。
なので、敵に見つかり、しかも山肌を用いた防御も効果がない以上はどうすることもできないというのが兵士たちの本音であった。
少将もそれを理解しただけに唸ることしかできないのである。
「敵には地中に潜ってから爆発する遅延信管付きの爆弾もあるそうです!1発くらいならばともかく……何発も喰らえば間違いなくここは崩落します!そうなっては全員助かりません‼今すぐに退避しなければ間に合わないのです‼」
部下の言う通り、山の内部をべトン固めで補強しているとはいえ、地中に潜りこんでから猛烈な爆発を引き起こすという爆弾を叩きつけられた場合、どれほど持ちこたえられるか不明なのも事実である。
「くっ……撤退‼撤退だーっ‼直ちに当砲台を放棄!撤退しろーっ‼」
少将の言葉を皮切りに、兵士たちが我先にと逃げ出した。
武器は全て放り出し、移動に使えそうな車両や二輪車はあっという間に乗っ取られて走り去っていく。
弾薬輸送用に使っていた機関車は始動準備だけしておいた状態だったので、貨車に少将を乗せてから発進した。
幸い、出発までの間に残った人員全てが乗り込むことに成功したのも大きかったと言えるだろう。
彼らが砲台、そして山を出てから数分後、雷鳴のような音と共に何かが上空を飛び去っていき、それらが通過した直後に隠見砲台から何発もの小さな爆炎が上がった。
そして爆撃らしい攻撃が5回続いた後、砲台を隠見していた山が大きな音を立てながら崩れ始めた。
空けられていた空洞部分を埋めようと言わんばかりに、内側に向けて崩れた山の質量により、まだ機関車で近くを走っていた帝国軍にはその地響きが感じられるほどであった。
「そんな……日本とはいったいどんな国なのだ……山肌をくりぬいて、ベトン固めにした砲台を粉々に打ち砕くなど……反則ではないか……」
少将の言葉を皮切りに、兵士たちも項垂れるほかなかった。
こうして、イエティスク帝国首都防衛隊は陸・海・空における組織的な戦闘能力を、僅か数日で喪失することになるのだった。
当然ながら、帝王府では絶望的な報告ばかりが次々と飛び込んでくる。
「陸軍はほぼ全軍が、組織的行動が不可能になりました‼たまに地上に出られたと思った瞬間にどこからともなく爆弾や銃弾が飛んできて、すぐに物言わぬ死体と成り果てます‼」
「海軍は水中爆弾によって行動不能‼潜水艦は動けず、水上艦艇も水中爆弾に引っかかる可能性があるため、全く動けません‼」
「既に第一艦隊の戦艦『ボロジノ』も沈没したとの情報が入っています‼唯一湾外に出ていた艦隊は全滅です‼」
「空軍は稼働可能な戦闘機が既に枯渇しました……やらぬよりマシだと爆撃機や双発の夜間戦闘機なども発進させましたが……なにもできずに撃墜されました……」
イエティスク帝国でも爆撃機とレーダーが発達した頃、他の国家が大型の爆撃機を配備して自国を攻撃してきた時に備えるためにレーダー網を配備して夜間の迎撃能力を大幅に向上させていた。
そのため、日本で言う『月光』のような双発型の、しかもターボチャージャー付きという能力の高い夜間戦闘機も配備されていたのだが、残念なことに現代の対空誘導弾の前では無力だった。
すると、報告に来ていた軍の高級将校が頭を垂れながら、悔しそうに告げる。
「陛下、無念な話ではありますが……ここは一度、帝都を捨てて逃げられるべきかと」
周囲の大臣たちはざわついた。
「バカな!建国以来各地へ行幸する以外は帝都を離れたことのない陛下に、帝都を離れろと言うのか!」
「この弱腰め‼なんとか日本軍を追い払えないのか‼」
口々に軍人を罵る大臣たちだが、軍務大臣と先史文明の遺産解析に携わる者たちは『日本には逆立ちしても勝てない』ということを十分に理解していた。
だからというわけではないが、彼らはむしろ逃亡派である。敵わない以上、降伏するか逃げるか、自滅するまで戦うしかないのだ。
「現実問題として、残存戦力では日本国の部隊に多少の損害を与えることはできるでしょうが、追い払うこともままならないというのが軍部の考えです。既に軍部の兵器は9割近くが撃破されており、修理工場を含めた工業地帯も敵の空爆によって壊滅しています……組織立った抵抗ができない以上、残されているのは市街地に籠っての不正規戦のみです」
「それでいいではないか‼少しでも相手に出血を強いて、損害を出させて油断ならぬ存在と考えさせてから講和に持ち込めばこちらとて有利に立てる可能性が十分ある‼」
ここにきてまだ優位に立てると勘違いしている愚か者たちがいることに軍務大臣も、そして皇帝アレクサンドルも頭を抱えていた。
そして遂に、皇帝の堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた……具体的には、『ガタン‼』と激しく立ち上がった音である。
「なるほど。我が軍は強い。圧倒的な力を持つ相手に一矢報い、損害を与えることに成功した。だが……その後はどうだ?」
「陛下……」
「軍部の力を己の力と同一視することはやめよ。時としてそれは……大いなる勘違いを生むことになる」
ここまで来れば、多くの者たちがこの後の言葉を予測することができてしまった。
「ま、まさか、陛下は……」
アレクサンドルは大きく頷いた。
「宰相、日本国の陣に、和平の……いや降伏の使者を送れ。我が国は……降伏する」
聞いた者たちは一様に項垂れて涙を流し始めるのだった。
この日、イエティスク帝国は日本に対して降伏し、それに連なるようにしてフィンウェデン海王国も降伏することになるのだった。
……ま、列車砲に関してはちょこーっとロマンすぎるかと思いましたけど、『移動しなければ、防衛目的ならば多少なりとも使い道があるのではないかと思った』結果出してみたものですね。
その代わり、1発ポッキリで出オチに近い感じでしたが……
次回は2月7日に投稿しようと思います。




