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日本時空異聞録  作者: 笠三和大
134/138

戦艦が簡単に沈む……か?

今月の投稿となります。

真綿で首を締めるようにじわじわと……

 単艦で進む『ボロジノ』は、機関部に異常がなく、エレベーターを使用して炎上していた水上偵察機を素早く投棄したこともあってわずかだが荷が軽くなり、心なしか足が軽いように感じられた。

 だがそんな軽快な航行とは裏腹に、乗組員たちの顔色は悪いままだった。

「どうかしら。まだ敵は見つからないの?」

「はい。先程の攻撃で電探もやられたようで……もはや本艦の索敵能力は、『人の目』のみとなりました」

 それは、電探どころか水上偵察機が開発されるより以前の原始的な水準に戻ってしまったことを意味している。

 あまりに絶望的な状況に、艦長のスルタンはもう頭を抱えていた。

 指揮はずっと艦隊司令のリュドミラが執っているが、そんな彼女もまた顔は青ざめたままである。

 いかに『ボロジノ』が強力な戦艦であるとはいえ、単艦のみで艦隊決戦に勝利することは不可能である。

 技術水準が離れていて、相手が精々黎明期の鋼鉄艦であれば10隻くらい相手にしても余裕で蹴散らせるだろう。

 だが、主砲を1基潰された上に電探も使えなくなっているこの状況では、同水準の敵……まして艦隊単位で向かって来たら効果的な反撃もできずに集中砲火を浴びてしまうだろう。

 



 その頃、日本国海上自衛隊第一護衛隊群及び開発隊群所属の護衛艦『やまと』は、未だに航行している敵艦1隻を捉えていた。

「かなり頑強ですね。機上レーダーの反応と写真から超弩級戦艦クラスと推測できますが、これほど頑丈とは……」

「トマホーククラスを3発も受けて戦闘能力を失わない。あの堅牢さは、まるでドイツのビスマルク級戦艦だな」

「以前から上がっていた情報でも、船体の形状はビスマルク級に酷似していると推測されていましたし……船体の全体的な防御力で言えば、大和型か、一部それを上回るかもしれませんね」

 ビスマルク級戦艦の1番艦、ビスマルクは初めての出撃であった1941年のデンマーク海峡海戦において、重巡洋艦『プリンツ・オイゲン』と共にイギリスの『プリンス・オブ・ウェールズ』と巡洋戦艦『フッド』を相手にして、プリンス・オブ・ウェールズを損傷(損傷度合いについては書籍・資料によって様々)させ、巡洋戦艦フッドに至っては開戦から約15分後のビスマルクの主砲弾一斉射の時に38cm砲弾が装甲を突き破り弾薬庫で炸裂したためにほぼ一瞬でフッドを轟沈させた……というのはかなり有名な話である。

 問題はその後であった。

 当時イギリス国民からも高い人気を誇っていた『マイティ・フッド』が沈められた(当時の日本人の感覚で言えば『長門』が沈められたに近いだろうか)ということもあり、イギリス海軍の大艦隊に取り囲まれて、その上で袋叩きにされた上に沈んだという話だった。

 だがその沈んだ原因は自沈であり、戦後海底に沈んだビスマルクを調査した結果、驚くべきことに船体の重要区画部分を貫いていた砲弾はわずかだったという話がある。

 流石に至近距離の砲雷撃戦だったために上部構造物は完全に沈黙させられるほどの甚大な被害だったようだが、それでも最後が自沈だったあたり、その堅牢さが窺える。

 なので、この戦艦は確実に仕留めなければならない。

「対艦誘導弾の補充には時間がかかります。空母の攻撃隊も、第一次目標と軍港と飛行場、そして近辺の工業地帯としていたため、対艦攻撃可能な兵装への転換は『少々』時間がかかります」

 それを聞いた菅生は『やむを得ない』と呟くと、素早く指示を飛ばす。

「『やまと』、砲撃戦用意‼弾種、噴式徹甲弾‼」

「了解、砲撃戦用意。弾種、噴式徹甲弾」

「敵艦の情報、偵察機より入電中。スクリーンに出します」

 日本が開発したラムジェットエンジン搭載型46cm徹甲弾。

 その威力はすさまじく、先ほど発射された対艦型トマホークをもはるかに凌ぐという計算が出ているほどである。

 そして、先ほどまでレーダー員のみが見ていたレーダー画面が投影型スクリーンとして表示される。

「敵艦は未だにこちらを発見できていないようだな」

「やはり、電子妨害がかなり効いているようですね。制空権を押さえたこともあって、搭載されている水上機も発艦させられないようです」

 先ほどまでは電子妨害の影響だったのは間違いないのだが、今は対艦誘導弾の攻撃によって水上機格納庫が破壊されたことによって炎上した水上機を投棄している。

 そのため、戦艦『ボロジノ』は既に航空偵察能力を失っているのだ。

 もっとも、日本側は映像で偵察をしているわけではないのでそこまでは知らないのだが。

「主砲発射、準備完了」

「敵艦捕捉。トレースし続けています」

「敵艦との距離、既に100kmを切っています」

 情報によれば、海に出ている艦隊を除いて残存する敵艦隊は全て港に釘付けらしく、今の時点でこの最後の戦艦さえ叩けば一気に港湾部制圧に向けて動くことができる。

 菅生は最後の指示を飛ばした。

「主砲、撃ち方始めーっ‼」

「てーっ‼」



――ズドドドォォォンッ‼――



 第一射で放たれた主砲弾3発は、発射直後に尾部のパーツが割れ、そこから火を噴いてレーダー上の『ボロジノ』へと向かっていく。

 観測員が報告を続ける。

「着弾まで10、9、8、7、6、5、4、3、着弾、今!」

 着弾からさらに10秒後、レーダー上の輝点はまだ輝いているが、先ほどより速力が大幅に落ちていた。

「敵艦、速力落ちています」

「撮影用カメラのズームアップだ。距離も少しだけでいいから近づけろ」

 それまでは偵察機の安全を考慮して敵の対空砲の射程圏外からの観測に徹していたが、敵艦の状況を把握するために敢えて接近させることにする。

「映像、出ます」

 映し出された高性能映像を見ると、船体の各所がめちゃくちゃになっていた。

 主砲塔は全て砲身が曲損しており、前部主砲1基からは火が噴き出している、と思った矢先に小爆発があった。

「弾薬の一部に誘爆したのでしょうか」

「恐らくな。対処を間違えれば船が吹っ飛ぶぞ」

 砲塔の扉が開くと、生きていたらしい兵員たちが急いで可燃物を投棄しようとしているのが見えたが、しばらくして艦橋や艦内からも多数の人が出てきたかと思うと、配備されている救命ボートを降ろし始めた。

「やはり危険な状態か」

「そうですね。この様子……速度も落ちていますし、機関部にも重大な損傷を受けていることは間違いないですね」

「機関部の損傷を復旧することも難しく、しかも砲塔内部で爆発……総員退艦指示か」

「十分考えられます」

 何百人もの人間が海へ飛び込んでいき、救命ボートに引き上げられる。そんな状態がしばらく続いていたが、遂にその時が来た。

「敵艦爆発!」

 大爆発を起こした『ボロジノ』は船体がくの時に折れ曲がって真っ二つになると、そのまま海の中へと沈んでいくのだった。



 一方の『ボロジノ』側はと言うと、冷たい冬の海を漂流しているにもかかわらず、皆放心状態となっていた。

「そんな……『ボロジノ』が……爆沈するなんて……」

 イエティスク帝国最強の戦艦であり、船体の余裕から大出力レーダーを始めとする様々な電子機器を搭載することによって高い能力を得ていた『不沈艦』、『無敵艦』とまで言われた船が、1発の砲撃もできずに沈められる。

 そんなことが起こりうるなど、彼らからすれば信じられないことだった。

「司令官っ、ご無事ですかっ」

 艦長を始めとした幹部が引き上げられたリュドミラにすり寄る。というのも、救命ボートの上は狭くて走れないので、駆け寄ることができないからである。

 だが、そんな状況とは裏腹に、リュドミラは危険な状態であった。

 急に冷たい水に落ちた影響か、低体温症を起こしつつあったのだ。

「くっ……このままでは司令官のお命が……」

「救命具の中に毛布があります。それで少しでも体温を保持させなければ!」

「分かった。皆、我慢してくれ。司令官優先だ」

「はっ、はい……」

「分かりました……」

 兵士たちも凍えそうだが、それでも美人司令官のためにと身を挺する。

 すると、彼らの上空に『パタパタパタパタ』と空気を叩くような音が聞こえてきた。

「な、なにかしら……?」

 兵士たちが上空を見渡すと、西の空からなにかが飛んでくるのが見えた。

「あれは……回転翼機だっ‼」

 一瞬基地の者たちが危険を冒して救助に来てくれたのかと思ったが、形状を見て違和感を覚えた。

 なぜならば、自分たちが見たことのある回転翼機よりも洗練された形をしているうえ、挙動もかなり滑らかなのだ。

「おっ、おい!あれを見ろ‼」

 兵士の1人が指差したところには、赤い丸が描かれていた。それがなにを意味するか、リュドミラはすぐに理解した。

「あの紋様……そうか。やはり日本軍の機体だったか」

「司令、どうされますか‼」

 リュドミラは力なく座り込んだままだ。だが、それでも指示はしっかりと出した。

「今の我々に抗する力は残されていない。もしも殺されるというのなら……甘んじて受けるほかあるまい」

 事実、彼らは使えそうな武器と言えるものはなにも持ち出せなかった。陸戦隊用の小銃もなく、わずかに一部が携帯していた拳銃があるのみである。

「し、しかし!このまま無抵抗でいるなど、誇りある帝国軍人として……!」

「誇りで命は長らえられない」

 ピシャリと言い放つリュドミラの震える、しかし力強い言葉に兵士たちは押し黙る。

「未来の帝国のことを憂うのであれば、ここは恥を忍び生き永らえよ。そしていつの日か……いつの日か帝国に帰った時にこの時の経験を活かせるように考えるのだ」

「恥を……忍んで……」

「そうだ。我ら海軍は陸軍の精神論者とは違う。常に合理的に考え、行動しなければならない。死は易し。生きるは難しだ。だからこそ困難を乗り越えて生き延び、後々の未来に常がることを……うぅっ」

「司令官!」

 リュドミラは低体温症の状態でありながら懸命に指揮を執っている。兵士たちがなんとか温めようとしているが、如何せん自分たちも濡れているために中々うまくいかない。

 このままでは彼女の命が持たない。そう判断した艦長は、思い切った決断をした。

「こうなれば……司令官。ご無礼仕ります‼お前ら、司令官の周りを囲め‼そして引っ付くのだ‼どこを触っても構わん‼とにかく少しでも司令官に体温を伝えるのだ‼」

 これが、風が吹き込まない洞窟の中などであれば裸かそれに近い状態となって引っ付き合って温め合うということも有効なのだが、今は吹き晒しの真冬の海、その真っただ中である。

 このような場所で服を脱ぐことは自殺行為としか言えない。

「しっ、しかし!そのようなことで司令官のお体に触れては……」

「緊急事態だ‼なにか問いただされた時の責任は私が取る‼救助が来るまでなんとしても持たせなければならんのだ‼司令官も仰ったとおり、最後の一瞬まで諦めるな‼」

「艦長……分かりましたっ‼」

 生き延びた兵士たち、とくに最初から救命ボートに乗っていてほとんど濡れていてないものを中心にリュドミラに抱き着き、彼女に体温を伝えようとする。

 すると、上空で見ているだけだった回転翼機が高度を下げてきた。

「くっ……殺すなら殺せ‼」

 兵士の1人が叫ぶが、回転翼機からは思わぬ言葉が飛んできた。

『イエティスク帝国の軍人ですね?急を要する患者がいますか?いるようであれば手を上げてください』

 どういうつもりかはわからないが、相手にこちらを攻撃する意思がなさそうに見えた艦長の判断で、何名かの兵士が手を挙げた。

『これよりそちらに移ります。攻撃はしないでください』

 回転翼機はさらに降下し、強烈なダウンウォッシュが帝国兵たちを襲う。だが、兵士たちはリュドミラを冷やすまいと必死に彼女を庇う。

 そして、回転翼機の側面についた扉が開き、横に備え付けられていた器具から綱が降りてきた。

 綱から人間がスルスルと降りてくると、素早く周囲の確認をする。分厚い服を着たその男は、オーガ族やミノタウロス族に比べるとかなりほっそりとしているように見える。

 なぜなら、分厚い服を着ているにもかかわらず両種族より細く見えるのだ。

「私は日本国海上自衛隊第一護衛隊群護衛艦『いずも』所属、川野嗣治1等海尉です。急を要する方を拝見してよろしいですか?」

 そう言われた艦長は道を空け、リュドミラの方へ通した。

 男が真っ青な顔で意識が朦朧としているリュドミラに近づくと、一目でどうなっているか理解したようだ。

「これはいけませんね」――『こちら先遣救助隊川野より本隊へ。女性1名急を要する措置あり。症状は低体温症とみられる。低体温症の人物は他にも3名存在』

『了解。直ちに収容し〈いずも〉へ移送せよ』

『了解』

 通信を終えた川野はすぐに彼らの方へ向き直った。

「これよりこちらの女性の方から順にヘリコプターへ移送します。特にこちらの女性の方は最も急を要するようですので先に収容します」

「……なぜだ」

 艦長の言葉に川野は一瞬意味が理解できなかったらしく、『え?』と疑問で返した。

「なぜ、敵をここまでして助けようとする」

 川野は戸惑った視線の艦長に穏やかに笑みを返した。

「漂流している人を助けるのに、敵も味方もありませんよ」

 そう言うと素早くリュドミラに救命具を装着し、引き上げるように合図する。

 リュドミラの女性としては大きな体は、あっという間に上空のヘリコプターに収容されていった。



 イエティスク帝国第一艦隊は全滅し、生存者200名ほどが救命艇から日本によって救助されるのだった。



――半日後 日本国 東京都 市ヶ谷 防衛省

「以上です。第一、第二段階は成功しました。帝国最大の港湾部は完全に制圧状態にあります。残存艦艇のほとんども『やまと』の主砲による砲撃で全て撃沈した、とのことです。また、潜水艦による機雷敷設は想像以上の効果を発揮したようです」

 一部の小型艇……魚雷も大砲も積んでいない、機関砲くらいの警備艇などは砲弾の節約のために残そうかとも考えられたのだが、万が一それで損傷を受けたら目も当てられない。

 そのため、港湾内で動く艦艇は『やまと』の砲撃によって全て破壊された。

 また、ブンカーから出てこないでいた一部の潜水艦は、機雷を恐れてなのか既に動けなくなっている状態であった。

 そのため、残余の潜水艦は輸送艦から上陸させる陸上自衛隊に制圧させるつもりである。

「これで作戦の最終段階、『大阪作戦』を実行に移せます」

「大阪作戦……大阪城を包囲した徳川家康に倣って、ねぇ……これ、一度は失敗する、なんてことないよな?」

 幹部の質問に『流石にそこまでは』と答える進行役であった。

「しかし、港湾部から上陸した陸自部隊と共同して首都に攻撃を仕掛けることになるため、かなり大掛かりになることは間違いないですね」

「確かにな。敵を西側以外に逃がさないための作戦ということから、西以外の包囲網は完全・万全と言えるほどにしなければならない」

 既に陸上自衛隊が威力偵察をした結果、敵がロケット弾らしき兵器を用いていることが判明した。

 やはり命中精度こそ悪いものの、『87式偵察警戒車』が損傷したほか、部隊の至近に落ちてケガをした隊員も数名いる。というか、死者が出ていないことが奇跡に近いほどだ。

 ドイツ的な発想であれば『WG』シリーズが、ソビエト的発想であれば『カチューシャ』ロケット発射機のような兵器があってもおかしくはない。

 それの有無を調べるための威力偵察だったのだが、想像以上に『数』を発射してきたため、一目散に逃げ帰ったのである。

 情報はできるだけ多く、それも生きて持って帰ることにこそ意味があるのだから。

「ロケットの炸薬量もそれほど多くないうえ、航空偵察の結果街の外周部に配備されていました。射程は精々2km程度とのことです」

「しかし、こちらが図に乗って仕掛けようとでもすれば瞬く間にこれが飛んでくるだろうな」

 現代ロケット砲の『MLRS』なども精度よりは数をばらまくことによる面制圧を主な目的としているため、精密誘導の単弾頭ロケットにでもしない限りは目的のモノにピンポイントで命中させるということは不可能である。

「気になっていたんだが、これは今までどこに隠れていたんだ?飛行場や陸軍基地の倉庫などはほとんど潰したと空自から報告が上がっていたぞ?」

「それですが、どうやら街中にいくつか地下へ通じる道路があったらしく、地下に収めていたようです」

「なるほど、それは盲点だった。隠匿と言うと山肌のトンネルなどをイメージしていたが、普通に地下道への隠匿もあったな」

 地下道を壊そうと思うと簡単ではない。地下道を崩すことで街の構造そのものに大きな影響を及ぼす可能性もあるからだ。

 できる限り民間人に犠牲者を出したくない日本人としては、そんな事態は避けたいものである。

 余談だが、第二次世界大戦中のアメリカにおいても無駄に犠牲者を出さずに日本の軍事力『のみ』を削ぎ落とせないかと考えた人物がいたという。

 彼らはノルデン照準器や新型爆撃機などの新鋭装備を利用すれば、工業地帯などを集中的に叩けて、日本の戦力・生産力だけを削ぐことができるのではないかと考えたのだ。

 だが実際には、機器の不具合や爆撃機の精度、そしてなんといっても高高度からの爆撃の場合には日本のジェット気流の影響もあって目標としていた場所への命中はかなり少なかったというのだ。

 その後アメリカは『Bー29』による焼夷弾の絨毯爆撃に切り替え、東京大空襲など、官民問わぬ甚大な被害をもたらす戦法に切り替えざるを得なかったという話もあったらしい。

 あくまで1つの話だが。

「いずれにしても、現在制空権はこちらが握っています。時折小銃や機関砲らしきものが出てきていたようですが、彗星が全て叩き壊しています」

「今思えば、地下から運び出されていたということか」

「はい。現在『やんま』を始めとするヘリ部隊を使用して街中を捜索させています。地下への入り口を見つけるごとに対戦車誘導弾で破壊させていますが……想像以上に数が多いようで、まだ出てきます」

「ゲリラ的な抵抗はもうしばらく続きそうか。だが、こちらにもあちらにも犠牲を極力少なくしようと思うのであれば致し方ないな」

 時間はかかる。冬が始まって厳しい環境が強まりつつあるため、できるだけ早くに決着をつけなければならない。

 しかしそれで無理して力攻めをすれば間違いなく膨大な犠牲者を出すことになり、後々国内から多くの批判が上がることになるのは間違いない。

 現場及び防衛省は尋常ではない心労を背負いながら作戦を進めているのだ。

「また、イエティスク帝国皇帝についてですが、今の時点で全く動きはないそうです。発見した抜け穴からも抜けだした様子はありません」

「首都近辺まで迫られたら負けということは理解していると思うのだが……やはり、最後に一撃手痛いのを見舞おうと考えているのかな?」

「その可能性は十分にあり得ます。なので、市街地に関しては徹底した捜索をさせています。脅威になりそうな能力を保有し、尚且つヘリ及びガンシップで破壊可能なものはできる限り破壊するつもりです」

 第二次世界大戦まではピンポイントに精密な爆撃をするとなると、急降下爆撃の印象が強かったと言ってもよかったが、大戦後はジェット機が主流になったため、急降下爆撃より水平爆撃及び反跳爆撃(スキップ・ボミング)が主流となった。

 それらも電子機器の補助なくして精度の高い爆撃は不可能であったため、アメリカ軍が使用したGPS誘導による誘導弾及び爆弾を用いるようになるまで精密な攻撃は厳しかったのだ。

 だからこそ、制空権を完全に掌握する必要があるとはいえ、長時間滞空して猛烈な火力を叩きこむことが可能な輸送機改造型のガンシップは重要な攻勢火力なのである。

「わかった。使える時間はできる限り使って構わない。敵民間人への被害も考慮しつつ、極力地上部隊の脅威を排除するように厳命してくれ」

「了解です。流石に歩兵の持つ対戦車兵器は厳しいかもしれませんが……それでも現場に判断を任せます」

「うむ。責任は上層部がしっかりと取る。そう付け加えてな」

 作戦はいよいよ大詰めに入ることとなる。



 それから2日間に渡って何度も何度も、徹底的に帝国軍に対して『Fー6』、攻撃・汎用ヘリコプター、そしてガンシップによる反復攻撃を行なった結果、市街地にほとんど敵兵力が見当たらなくなってしまった。

 だが、それでも時折忘れた頃に地上から発砲音が聞こえてくるため、敵兵も地下に潜んでいると考えられている。

「組織的抵抗はほぼなくなったとみていいでしょう。問題は……敵が地下に潜んで機を窺っている場合ですね」

「地下はどうしても攻撃しにくい……空自の方からはなにか意見はありますか?」

 問われたのは航空自衛隊の幕僚であった。彼も資料を確認しながら答える。

「そうですね。はっきり申し上げるのは心苦しいのですが……地下に対する攻撃はかなり限定的な物になります。というのも、事前情報では市民の多くも地下へ避難しているとのことですので、下手に地中貫通爆弾を使おうものならば甚大な犠牲を出すことになります」

 幹部たちの間からため息が漏れる。

 こうなってくると、包囲網を狭めていく間に攻撃を受ければなにかしらの被害がこちらに出る。それはできれば避けなければならない。

 なので、本土で防衛大臣や幹部たちは決断したのだ。

「やむを得ないな。地下への入り口を見つけた際、空自に依頼して地中貫通爆弾で攻撃することも既に許可が下りている。ならば……こちらの犠牲を最小限に食い止めるには、地下に潜む敵をより効率的に潰していくしかない」

「しかしそれでは……できる限り民間人の犠牲者を少なくしようという目標が……」

 なにか反論しようとした幹部に陸将は首を横に振った。

「結局のところ、命というものには優先順位がある。第一に優先されるべきは我が国の国民。これには我々自衛官も含まれる。ここは譲れないだろう。第二に同盟国・友好国の国民だ。これは今の政府及び国民の総意でもある」

「それは……その通りですが……」

 そこで陸将は全体を更に見渡した。

「それに以前、既に蟻皇国との戦いで海上自衛隊の『やまと』が地下にある首都を攻撃した際に数百人以上の犠牲者を出している。今更どう取り繕おうとも、これは覆しようのない事実だ」

 他の幹部たちも黙り込んでしまった。だが、確かに陸将の言う通りである。

「恐らく統幕も政府も、それはわかっているのだろう。だからこそ上層部及び政府が『責任は我々が負う』とまで明言しているんだろうからな」

 確かに、蟻皇国との戦いでもそのような発言を事前にしたことはなかった。それだけ上層部及び政府がこの戦争を早期に終結させることを望んでいる、とも考えられる。

「……分かりました。直ちに空自に攻撃要請をします」

 


 それからわずか2日間の間に航空自衛隊の『Fー6』を中心とした攻撃隊の反復攻撃により、敵が潜んでいる地下道のほとんどを潰し、ゲリラ的な出現路に壊滅的な打撃を与えることに成功するのだった。

 当然のことながら地下に避難していた民間人数百人以上が犠牲になることになり、戦後日本だけが異様に意識してその後処理及び弔いなどを行なっている姿を、各国の者たちは『なぜあそこまで敵となった国の民のことを気にするのだろうか』という疑問を抱かせることになる。

その後の捕虜、人権問題という定義についての会議が何度となく開催されることになり、日本を含めて戦争中における捕虜、民間人の扱いというデリケートな話題ではあるものの、『目を逸らしてはいけない』という各国からの強い意志もあり、様々な議論がなされることになるのだが、それは別の話。


……正直、民間人を犠牲にする場面を描くかどうか悩みましたが、流石に胸が痛むので止めました。


次回は1月4日に投稿しようと思います。


この作品完結まで、あと……4話

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