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日本時空異聞録  作者: 笠三和大
10/138

版図拡大、時々アクシデント

日本が本格的に大陸を開拓していきます。

今月はこれでおしまいです。また来月までお待ちください。


――2019年2月15日 日本国中央米州 東部海岸

 日本国は未開拓のアメリカ大陸の内、まずは中央部分(旧世界で言う所のアメリカ合衆国)の領有を国内に向けて宣言した。

 中央部分に存在する集落とは、初接触から約1か月余りで東西南北ほぼ全てと接触し、友好的な関係を築くことができたからである。

これから日本は段階を経て、南部(南アメリカ)、北部(カナダ、アラスカ及びグリーンランドなど)と順番にアプローチをかけていくつもりである。

もちろん、国内では左翼派など一部の者たちによる大陸領有に反対するデモが起きたが、大陸を手に入れれば『今の』自分たちの生活を保つことができること、そして開拓されておらず国として成り立っていない大陸を領有し、開発することは侵略行為には値しないということを言われて、反対派も何も言えない状態となっていた。

 まずは自衛隊主導で大陸の開発を行なうために、港の水深をもっと深くする工事や、生物などの生息域に配慮した場所を港湾施設に開発する工事を始めていた。

 これは民間の港湾開発業者が一手に引き受けており、一気に開発を推し進めることになっている。だが、旧世界と違って海に体長10mを超える捕食者が存在することも予測されたため、常に自衛隊の護衛艦が随伴している。

 貨物運搬船や、海外旅行ができずに使用されていない大型旅客船などは全て政府が非常事態ということで徴用し、人員の輸送や物資の輸送に充てている。

 幸いなことに、初接触に成功したハガン族の集落近くにある海岸には港湾都市に改造するのにうってつけな場所が存在したため、接触直後から既に開発を推し進めていた。

 結果、1か月ほど経った今では、開発途中ながらも最低限の荷下ろしや人員の乗降が可能になるほどの設備を整えていた。

 これだけでも今までのように揚陸艇や輸送艦を使って物資を輸送していたのとは天と地ほどの差ができたと言える。

 また、港湾都市には多数のヘリポートと簡易補給基地を最優先整備したため、付近の状態を調べるのにヘリコプターを使用することができるようになった。

 近隣集落の住民からの情報を得た自衛隊は、まずは最重要であるエネルギー資源の捜索に乗り出していた。



――2019年 2月17日 日本国中央米州東側海岸内陸30km

 ここでは、陸上自衛隊の高機動車3輌、96式双輪装甲車1輌、89式装甲戦闘車1輌による資源探索部隊が行軍していた。

 指揮官として高機動車に乗る金谷1等陸尉は、近くの集落の人からとある話を聞いていた。

「デールイさん、本当に、この近くなんですね?」

 彼の隣に座っているのは、近くの集落に住むウサギのような耳を持った細身の女性、デールイだった。

「は、はい。間違いありません。石を投げて鳥を仕留めたと思って行ってみたら……この先の崖の下に、それがありました」

「わかりました」――『各員、急な斜面に注意せよ。そこに目的の物がある可能性が高い』

『了解。』

 しばらく走ると、96式双輪装甲車のハッチから顔を出していた射手が、何かを見つけたようだった。

『隊長、こちら根元。全車停止を進言します』

『こちら金谷、どうした?』

『これでしょうか? ボコボコと何かが噴き出しているように見えますが……』

 金谷はデールイを連れて高機動車から降り、彼女の手を引いて崖の下を覗き込ませた。

「デールイさん、これですか?」

「そう……この臭い、この色……間違いないです!」

「ありがとうございます」――『各員、その場で待機。化学科、湧き出ている物の成分を調べてほしい』

『こちら化学科、了解』

 すぐに特殊な防護服に身を包んだ化学科の隊員が、高機動車に結んだロープを伝いながら降りていく。

 そして、すぐに検査キットを取り出して液体を掬いとった。

「……よし」――『こちら化学科、サンプルの回収を完了した。これから簡易的な検査を行なう』

『了解。』

 そして、数分が経過する。

『こちら化学科。ひとまずだが成分の分析が終わった。結果は……』

 その場に緊張が走る。

『間違いありません、これは原油。つまり、これは油田です』

「「「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」

 自衛隊員達の興奮に、デールイはギョッと身をすくめた。

『こちら金谷、よくやった! 直ちに本国に報告する!!』

『了解。こちらの回収を頼む』

 すぐに高機動車がバックを始め、ロープに掴まった隊員が崖から上がってくる。

 そして、上がり終わるとその場にいた者たちと嬉しそうに肩を組んで踊りだしてしまった。

 デールイは訳が分からず、オロオロするしかない。

「あ、あの、カナヤさん。あの臭くて汚い池、そんなにすごいの?」

「あぁ! あれがあるだけで、我が国の今後がどれだけ助かるか……デールイさん、ありがとう! 本当にありがとう!!」

 満面の笑みで彼女の手を握ってくる金谷の顔は、とても眩しいものだった。

「(こんな……こんな臭い池を手に入れて、日本はどうするつもりなんだろ?)」

 デールイは何も分からないのでさっぱりだったが、皆が喜んでくれたので自分も嬉しくなり、一緒に踊りだすのだった。

 この報告を受けた日本政府は、直ちに開発業者を送り込んでその場所に石油採掘施設と精製プラントを急ピッチで建造させるのだった。

 また、後に専門家に調べてもらったところ、この油田の埋蔵量は日本の(現在の)1年間の消費量に対して、300年以上使えるという結論も出たことで、各業界が狂喜乱舞することになるのだった。

 もっとも、この場所は旧世界では油田などなかったので、なぜこうなったのかはわからない。しかし、まずは燃料の確保ができそうなことに日本は歓喜した。



――2019年 3月18日 日本国中央米州 とある集落

 ここでは、豚のような耳を持った人種『オーク族』に対する職業指導が行われていた……ちなみに、彼らの種族名の由来は『多く食う』からだという。

 決して、ファンタジーによく出てくる豚のバケモノではない。

「で、これを、こう?」

「そうですよ。スジがいいですねぇ」

 それは、自衛官たちの護衛の下で始められることになった麦の栽培だった。

 現在の日本の食糧事情において、麦と大豆が占める割合はかなり高い。だが、その自給率は非常に低い。これらを確保することは、日本にとっては死活問題と言ってもよかった。

 オーク族は力に優れると同時に農業技術に対して非常に高い興味を示してくれたため、様々な農業の専門家が既に大陸に渡り、指導を始めていたのだ。

 少し丸目の体形に、穏やかな顔をしたオーク族は、はっきり言えばお人好しな種族であった。

 フレンドリーかつ勤勉な所が日本人の琴線に触れたようで、今は麦と大豆をメインに教えているが、今後は輸入に頼っていた様々な作物を作るのに彼らの力を借りることになるだろうと、政府は予想している。

 日本人の、特に若者の農業離れは著しいものがあるため、大陸の原住民たちをうまく労働人口として組み込むことは、平等な労働体系を確立するうえでも重要なことであった。

 幸いなことにオーク族はとても物覚えがよく、天然農薬の調合や簡単な機械の使い方も、スポンジが水を吸収するかのように覚えていった。

 ある人々などは、『これが本当にあのファンタジーでお馴染みのスケベな種族と同じ名前の人たち?』と驚きを隠せないという。

 ちなみに、どうでもいいことかもしれないがちゃんと女性もいる。丸みを帯びた体型と、可愛らしい顔が特徴的なことから今秘かに日本人の間で『ぽっちゃりカワイイ系』として有名になりつつあり、秘かにファッション業界が彼らに合う服のデザインを既に考え始めたとかそうでないとか。

「すみません、こちらを見てください」

「はーい!」

 また畑の隅の方で作業をしている、頭の上から毛でできた角が生えている種族は小回りが利き、手先が器用なこともあって細かい作業を中心に教えられている。

 彼らは日本人の感覚では『ゴブリン』に近いことと、彼ら自身がまだ自分たちの種族に名前を付けていなかったことから、彼らを『ゴブリン族』と称することになった。

 ちなみに、顔立ちは普通の人間そのもので、森で過ごしていたせいか少し肌が緑色に染まっていることと、体が人間の子供くらいしかないことを除けば人間とほぼ同じ構造であることも確認されている。

 またまた余談だが、大陸で次々接触した様々な部族のことは、既に日本の科学者たちが調査を始めている。

 それは主に、『彼らは我々人類と交配できるのか』、ということと、『交配した場合、どのような子供が生まれるのか』という2点に絞られている。

 彼らは普通の日本人よりも高い能力を発揮することが多く、最初に接触したハガン族などはクマの耳やシカの角を持っていて、クマ耳の方は腕力に優れることと少し毛深いこと、シカの角を持つ方は脚力と持久力に優れていることが確認されている。

 クマ耳系の腕力は基本的な人で重量挙げのオリンピック代表並みで、シカ角系の方はフルマラソンをそれほど疲労せずにこなせるほどの持久力の持ち主であることが確認されている。

 これらのことから、この世界にはいわゆる一般的な『人類』を遥かに上回る者たちが多数存在するであろうことが予測されているため、研究に対しても大量の予算が投じられることが決定している。

 ついでに、日本のオタクたちからもかなりの寄付があったらしい。

 曰く、『ケモ耳娘とイチャイチャしたい!』から、早く調べてほしいとのことらしい。そんなオタクやニートと呼ばれるような一部の存在は、今では開拓のために大陸に上陸している業者に多くが就職しており、建築、開発関連企業の有効求人率と株価がうなぎ上りになっている現状だった。

 また、IT関連の企業は当面必要なくなるだろうと判断されたために株価が暴落しそうになったが、政府が『いずれ情勢が落ち着いたら大量の人工衛星や様々な物を作る際に絶対必要になる』という発言をし、同時に公金をつぎ込んでIT企業を維持することを発表したため、一気に株価が上昇した。

 これらのことにより、現在日本の株価はかなり不安定な状態に陥っている。

 また、輸入品関連を扱っていた業者などは今後の経営に対する見通しが立たなくなったことで軒並み倒産したため、そういった人たちの再就職先として政府が様々な分野を斡旋している有様であった。

 これについても、現在の労働人口では何もかもが全く足りていないことからも危惧されており、浮浪者や刑務所に収監されていた軽犯罪者の囚人なども大陸の開発のために駆り出されており、高度経済成長期を超える、日本国開闢後、初となる国民総活躍時代の到来などとメディアも報じるようになった。

 また、ここで徴用されている囚役者たちは、この開拓に参加することで刑期の短縮と、出所後の就職先として様々な企業を紹介することが約束されている。

 さすがに殺人や強盗などの重犯罪者たちは出すわけにいかなかったが、刑務所内に収容される犯罪者の総合数が減ったことにより、収容している人たちをある程度集約できたことで刑務所の負担がかなり減ったと、刑務官たちからは喜びの声が上がっていた。

 労働に従事する囚役者や浮浪者たちも、今まで社会の役に立てないと思われていた自分たちが必要とされているという満足感を得て、皆真面目に取り組むようになっていた。

 しかも、自衛隊の監視を離れれば即座に捕食者の餌食になるということは繰り返し報道で伝えられていたので、皆パニック映画や怪獣映画のようなことになってはならないと絶対に監視の輪から離れようとしなかったという。



――2019年 5月3日 日本国中央米州 都市開発部

 自衛隊の守る簡易的なプレハブ小屋がそこにはあった。こちらでは、都市の構造についての議論が重ねられていた。

「やはり、現地の生物となんとか共存できるように、生活圏を分断することが効果的と判断できます」

 こう発言したのは、日本でも屈指の建設会社の若手社員であった。彼は建築業に勤める傍ら、趣味で古生物の生態を学んでいたこともあってある程度の知識を保有している。

 そんな彼は、これまでの高度経済成長期などにおける建設ラッシュや開発により、日本固有の貴重な生物が次々と姿を消したことを学んでいた。

 ニホンオオカミ、ニホンカワウソなど挙げればきりがない。

 そんな経験を日本はしていたことから、環境省や国土交通省からも既に通達され、この大陸における都市開発には、そういった環境への配慮が求められることになっていた。

「今回試験的に建設する都市は、とりあえずですが東京23区ほどの広さを予定しています」

 彼は表示されているプロジェクターにレーザーを当てて、構想されている都市のCG図面を指す。

「この都市はそれ程広くはありませんが、開拓において様々な機能を集約するために大陸に進出する各企業の分社が建設されることが既に決定済みです。しかし、これまでの日本の都市構造では、この大陸特有の害獣、通称『恐竜』と呼ばれる生物への対処能力が圧倒的に不足していることが既に関係各所から挙げられています」

 彼はプロジェクターを操作し、自衛隊の偵察部隊が撮影していた恐竜の写真のいくつかを表示する。

「ご覧の通り、恐竜の中には体長が20mを優に超える、これまでの陸上生物の基準から大きく逸脱した種類もあります。ですがこちらは大きいとはいえ草食恐竜、つまり手を出さなければ大人しい種類と考えられているため、それほど問題ではありません」

 『問題は』、と彼は再び画面を操作した。

「中には有名なティラノサウルスのようなタイプの超大型肉食恐竜も確認されております。対策を施さなかった場合、人間と家畜の損害が大きくなることが予想されております。なので、巨大草食恐竜も肉食恐竜も寄せ付けないようにするべきと考えると、巨大な防壁を構築して都市を覆ってしまうか、或いは追い払うための防衛火器を設置するべきというのが私の意見です」

 彼は自らの主張を終えると、次の人に立っていた場所を譲った。

「この恐竜が大陸の各地に生息していることで、道路を敷いても彼らに襲われる、或いは逆に事故で死なせてしまうなどの被害が多発することが予測できます。そこで、恐竜の生息域に敷設する道路は全て恐竜が入ってこられないような高架道路としてしまうことがよろしいと判断しました」

 今度立ったのは、道路敷設の専門家であった。彼も自分の資料を展開して、色々と説明していく。

「我が国が食料や資源を輸送するのに、大陸を横断する陸路は不可欠となります。その安全を確保すること、それでいて生物など環境に配慮するという条件を満たすためには、生物の生息圏だけでも高架道路、或いは地下道を敷く必要性が高いと、私は判断します」

 これは、道路だけの話ではない。海の巨大生物は予想ではあるがあまりの大きさと体重の問題で陸に上がってくることは不可能だろうと言われているため港湾設備は既存のやり方でそれほど問題ないと言われている。

 しかし、道路や空港などは地上に作られているため、できる限りそういった生物の侵入を阻止する必要がある。彼らは人間とは違い、交渉や話術が通用しない相手である。そのため、物理的に入ってこられないようにシャットアウトできる要塞のような設備が必要になってしまうということなのだ。

 このため、今政府御用達の生物専門科学者たちが、様々な生物が嫌う『音』などがないかどうかを研究中である。

 これは空港でもバード・ストライクを防ぐために使われている技術であり、鳥の先祖と言われている恐竜にも有効なのではないかと考えられたのだ。

 もっとも、この音を使った対策自体も根本的な解決とはなっていないため、更に効率的な対策を見つける必要もある。

「これらを含めて、私たちはこれまで日本では経験したことのない様々な問題に突き当たることでしょう。ですが、これは我々建築業界にとって……いえ、そこから派生して、日本全体を一気に活気付かせるまたとない好機なのです。この機会を最大限に生かして、我々は『冒険』してでも可能性を手に入れなければならないと、考えています」

 締めくくるような彼の言葉に、その場に座っていた多くの者が頷いたのだった。



――2019年 8月8日 日本国中央米州南部 某所

 ここでは現地住民の情報と簡易的な調査を行なった結果、鉱物資源が存在する可能性が極めて高いことが明らかになったため、政府は自衛隊の一部を護衛として送り込んで本格的な調査をさせることにしていた。

 大型生物に遭遇する可能性が極めて高いことから、広範囲における不整地での運用能力と攻撃力が極めて高い『90式戦車』2輌と、整備及び近代化改修を行なった『74式戦車』3輌に、調査団を乗せた高機動車1台、そして指揮官の乗る『82式指揮通信車』の計7輌が、巨大な森林地帯を抜けていた。

 しかし、戦車部隊を指揮する玄田1等陸佐は、出発から既に3時間が経過している中で隊員の緊張があまり長持ちしなくなってきたことに気付いた。

「うぅむ……このままではあまりよろしくないな……そうだ、気分転換と恐竜除けを兼ねて音楽でも流すか」

「音楽ですか?」

「何か、緊張感を取り戻すような、それでいて皆の気分が高揚するような楽曲はないか? ワーグナーのワルシャワ・フィル……あれはヘリコプターだもんな。キルゴア中佐の。戦車系に似合うやつはないか?」

 問われた隊員は車内に入ると、以前駐屯地祭で使用したCDを探してみた。

「あ、これしかありませんが……」

 CDの表面に記載されていた楽曲名を見た玄田は、満足そうに頷いた。

「いいじゃないか。戦車の行進にはうってつけだ」

「ですが……」

 隊員が何やら渋るような表情を見せる。

「どうした?」

「いえ、その……これが流れると、自衛隊は大体何かしらの被害を受けるというジンクスがあるらしいんですよ。特に、とあるアニメ映画での自衛隊出動シーンで流れた時は、自衛隊の攻撃が全く効かなかったって聞きますし……」

 隊員の心配を聞いた玄田は、豪快に笑い飛ばした。

「アッハッハ。そんな映画みたいなことが本当に起こるものか。大丈夫だ。ティラノサウルスだろうが、首の長い奴だろうが、襲えるなら襲ってみろってものだ」

 玄田の豪快な笑いに少し安心したのか、隊員がCDをセットする。

――ジャジャーン……

 特徴的なシンバルのような音と共にスタートした某『大戦争マーチ』は、東映特撮映画でも非常に有名な物の1つであり、映画のタイトルがそのまま曲の名前となっている。

 作中でオープニングと終盤の自衛隊出動シーンで流れたこの曲は、元は作曲家の伊福部昭氏が軍歌をイメージして作曲したものということもあり、日本の自衛隊のイメージに非常にマッチしていた。

「おぅ、おぅ。やっぱり自衛隊はこの曲じゃないとな」

 82式指揮通信車のスピーカーから流れるどこか古臭くてダサい、しかし同時に勇壮なメロディは、自然と隊員たちの表情を引き締めた。

 皆このマーチを聞きながら進んでいると、森の木が一瞬動いたような気がした。

「な、なんだ!?」

『全車、一時停止!』

玄田が見上げると、長い何かが森の木から枝ごと葉っぱを毟って食んでいた。

「あれが恐竜か……確かにデカいな」

「あんなのに踏み潰されたら、戦車だって一発でスクラップですよ」

「確かにな」

 玄田達の視線の先には、首と尻尾が細長い、体長30m以上はありそうな恐竜が立っていた。

「確か……『雷竜』に似ている奴だったな」

「はい。偵察したヘリコプターの情報と一致しますね。有名なブラキオサウルスの平均体長が25m前後と聞いていますので、それよりかなり大きいです。体長は30mを超えていますよ。足も少し長めのようですし……」

 恐竜はこちらに尻を向けた状態である。のんびりと葉っぱを食べている様子は、やはり草食動物ということもあって牧歌的な雰囲気を漂わせている。

「とはいえ、飯の邪魔をしちゃ悪いな。そろそろ行くか」

「はい」

 森がアーチ状になっているため、その間を抜けようとするとどうしても恐竜の尻尾の下を通ることになった。すると、その恐竜が急に震えだした。

「ん。どうしたんだ?」

「喉に葉っぱでも引っかかったんですかね?」

 直後、尻尾の付け根から猛烈な音と共に何かが噴き出した。

「ゲホッ!! ゲホッ!! や、ヤロウ……屁ぇこきやがった‼」

 車両から体を出していた面々は、まともにこの大オナラを食らってしまった。

「ま、全く……行くぞ!」

 玄田が合図すると、車両がゆっくりと動き出す。いきなり高速で動いて、刺激したくなかったからだ。

 しかし……再び恐竜が、体を震わせ始めた。

「ま、また屁をこく気か……?ったく」――『総員、車内に入れ。またあんなのを浴びせられたらたまらん』

 玄田の指示を受け、体を出していた隊員たちが次々と車内に入る。

 全車両の半分ほどが通り過ぎた時、尻尾の付け根部分が盛り上がったように玄田には見えた。

「ん……? 屁じゃないのか?」

 直後、恐竜の総排泄口が『もっ』と言わんばかりに膨れ上がったのを見て、玄田は相手が何をしようとしているのかを察した。

『全車全速離脱!! ヤロウ……クソしようとしてやがるっ!!』

 それを聞いた部隊は大慌てし、隊列を乱しつつも急いで加速しようとした。

だが直後……

――ボッ!……ヒュゥッ!!……

 まるで巨大な岩石のような質量が、一気に真下に向かって落下した。そして、その物体はちょうど真下に来ていた、最後尾の『90式戦車』に鈍い音を立てて命中した。

――ゴシャッ‼

「あぁ~~!? 11億もした戦車がぁ~っ!?」

 『90式戦車』はなんとか走れるようだったが、明らかに何かが壊れる音が聞こえた。恐らく、上部構造物の一部が落下してきた質量に耐えきれずに壊れてしまったのだろう。

「べ……弁償しろおおおぉぉっ!!…………」

 玄田の叫びは、この巨大恐竜には全く届かなかった。 後に鉱物資源は見つかったものの、この『90式戦車』は『74式戦車』1輌を連れて離脱し、基地へ戻った。

 排泄物を取り除いて調べた結果、副砲の12.7mm重機関銃が大破、更に油気圧サスペンションも故障するという大惨事になったのであった。

 余談だが、この『90式戦車』は、後にとある駐屯地に展示され、『ウンのついた戦車』として有名になったという……。

作中で使用された『大戦争マーチ』が何なのかは、状況とネタからお察しください(笑)。

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― 新着の感想 ―
[一言] 孤独のグルメの井の頭五郎の輸入雑貨店に廃業の危機が・・・ これからは新大陸相手に輸入雑貨店を展開する模様・・・
[一言] 右寄りの俺からすればなぜ領有化に反対するのか理解できないな… どうせなら世界征服して欲しいと思うぐらいには右寄りだから
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